第二話:俺は不毛という言葉を辞書で調べて以来、髪の毛は『作物』だと思っている。

 前編:髪は女の ”命” なの

 俺の横顔を分度器に見立てたとする。そして角度面積の80度以上が毛のない部分を占めている。そんな俺の頭を初めて見た奴の反応は大体決まっている。


 言葉を失う、動きが止まる、目を見開く、そのいずれかもしくはすべてだ。

 当然の反応だ。学生服を着た若い男がそんな寂しい頭をしていれば、リアクションには出さずとも少なからず驚くに決まっている。


 だが、まさか俺がそちら側にまわる日が来るとは思わなかった。しかもその相手は俺と同じ学年の女子だ。美少女だ。鷹山だ…よな?


「た、鷹山…?」


 何とか冷静を保とうとするも、本心では居ても立っても居られなくなったのか、俺は思わず口を開いて確認する。


 いや、俺はこの状況を認めたくなかったのかもしれない。

 目の前にいる鷹山(仮)は、俺の知らない学園七不思議か何かの一つ、放課後のピカピカさん(適当に命名)なる存在ではないかと思いたい。


 再び静寂に包まれる教室。夕焼けに染まるグラウンドで練習に励む、運動部の掛け声だけが遠くから聞こえてきた。


 ほんの少しして、先に動いたのは鷹山(仮)だった。

 彼女は手に持っていた育毛剤を俺の席の机に置く。そして周囲に誰もいないような態度と静かな面持ちで、もう片方の手にある『長い黒髪のもの』を自分の頭に静かに乗せた。やっぱりカツラだった。


 頭に髪の毛を乗せた鷹山(仮)だったその女子は、まごうことなき鷹山、本人だった。

  

 改めて思い知らされた現実に俺は再び声を失う。

 いや、どうしろというのだ。


 何事もなかったように「鷹山、お前カツラだったんだな」と普通に接する。もしくは無言でその場を立ち去る。どちらも違うと思う。


 そうこう悩んでいるうち、鷹山は少し離れた自分の席まで歩き、マイ通学鞄を開けていた。そして中から上品そうな布に包まれて、紐が巻かれた長さ約20センチほどの代物を取り出した。


「……なきゃ……お許しを……」


 何かを小声でブツブツと呟きながら謎の代物の紐を解き、布を外す鷹山。

 中からは、味噌汁お椀のような漆器色の細い筒らしき物が姿を現した。


「鷲頭君……ごめんなさい」

 

 鷹山は哀しそうな眼でチラリとこっちを見る。

 左手で筒を支え持ちながら右腕を静かに動かす。微かに何かが乾き擦れる音が聞こえたと思った次の瞬間だった。


 シャキィーーーン!


 アニメやゲームなんかで聞き慣れた勢いある金属の滑走音とともに、鷹山の手には鈍い銀色に輝く小刀が握られていた。


 あ、これ、あれだ。秘密を知られたからには死んでもらうパターンだ。

 俺は即座に理解した…って、冗談じゃないぞ!


「ちょっと待て、落ち着け鷹山!」 

「こうするしかないのです」


 俺は慌てて声を上げながら両手を前に突き出す。

 明らかに不利なのはこちらなのだが、敵意がないことを示すような、命乞いをするような複雑な気持ち、とにかくワンクッション、ひと呼吸の間を作ることに必死だった。


「見られたからには、お別れです…ごめんなさい」


 そう言いながら、静かに小刀の刃を下に向けて逆手で握る鷹山。

 そのモーションはまるで、終わりの時刻へと進む時計の針のように思えた。


 とにかく逃げなければ。

 俺は鷹山を警戒しながら後ずさりで教室の出口に向かう。しかし、足と腰が少しばかり竦んでいるのが自分でも分かった。


「さようなら、鷲頭君」


 とにかく力を振り絞って外へと逃げようとする俺に向けての別れの言葉。

 

 鷹山は、逆手で握った小刀を頭上高くに掲げる。

 そして顎を上げると同時に。自分の喉元に刃先を向けた。


「…って、お前が死ぬつもりかよ!」


 俺は迫る命の危険が自分ではないと分かった途端、三倍の性能(通常に戻った身体能力)で鷹山の自害を阻止するべく走った。


「とにかくやめろ!落ち着け!早まるな!」

「無理です!私は死なないといけないのです!」


 俺は鷹山の両手首を小刀の柄ごと引っ張りつつ、手から離させようと力を込める。下手すればどちらかが大怪我をしかねない。


 サスペンスドラマのクライマックスで「揉み合いの末につい…。そんなつもりじゃなかった」と、刑事に話す役になるのも、言わせるのもまっぴらゴメンだ。


 とにかく死に急ごうと必死に抵抗する鷹山。

 しかし、華奢な身体のとおり徐々に腕の力は弱まる。そこに生じた指の隙間から俺は、薙ぎ払うように小刀を引き離した。


 その勢いで横向きにうなだれるように彼女は転倒した。

 そして頭から放たれるようにカツラが転がり、またもや鷹山(仮)が姿を現した。いや違う、こっちが真の鷹山か?


「ううぅ…ひっく、う…うううう、ひっく…うう」

「落ち着け、涙を拭け。何よりまずは頭を隠せ」

 

 俺は三度、同じ台詞を言いながら傍らに落ちていたカツラを拾い上げる。

 それを顔を座り込んだまま、顔を両手で覆い嗚咽をあげる鷹山の頭上に乗せるとともに、奪い取った小刀を自分の机の中に隠した。


「鷲頭君、お願いです。このまま死なせてください」

「そういう訳にはいかない。人として、何より同じクラスの仲間を見過ごしになんかできるか」


「私の頭のことも見過ごしにできないでしょ?だから死なせて…」

「た、確かに驚いたし、そのことも見過ごしにはできない。だけど安心しろ。絶対に誰にも言わない」


 俺の最後のひと言に一瞬、ピクリと反応を示す鷹山。

 どうやら自分の秘密が知れ渡ることを一番に恐れているようだ。まあ当然だ。


 それから俺は何とか鷹山の気持ちを変えようと熱弁をふるった。

 声を低く、心を込めて順々に命の尊さを説き、理に問うように、情に訴えるように、そして時おり「絶対に言わない」「秘密は守る」という言葉を何度も挟みながら説得を続けた。


 こんなに喋ったのは中学生の頃、弁論大会での『コンプレックスに負けるな。それでも俺は前を向く』以来ではないだろうか。


 最初は俯いたままの鷹山だったが、時間が経って冷静になったからか、少しずつ俺の言葉に耳を傾けていた。


「…俺からは以上だ」


 ひととおり話を終えた俺は、手を動かさず軽く深呼吸をする。

 鷹山は座り込んだままだった。


「よかったら話してくれないか。もしかしたら俺だからこそ少しは何かの力になれるかもしれない」


 約束はできないが、色んな意味で光明を含んで締め括られた俺の説得が功を奏したのか、鷹山は少し経ってからポツリポツリと語り始めた。

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