第25話 ▲大師ミラレパ

紀元前八〇八七年十月一日


 アヴァロンの海岸で、一人夕日を眺めつつ、アルコンはクラリーヌが好きだった真紅の薔薇を海へと流した。

 若い頃、アルコンはよくアバランギの海岸でデートした。クラリーヌはいつだって若く美しく、アルコンの眼に輝いて見えた。

「クラリーヌ、すまなかった」

 それがアクロポリスまで届くようにと願いつつ。アルコンは「暁のバラ剣」を抜いて、夕日に照らしつつ、シャフトへの復讐を誓った。


 その日の早朝、ライダーは食料調達に海岸へ出かけた。するとケイジャが着いていくと云って追いかけて来た。

 ケイジャはライダーに懐いている。最初はライダーの大きさと厳(いか)つさにびっくりして物陰に隠れていたのだが、おずおずと観察している内に、安全と分かったのか途端に懐いた。よく腕にぶら下がって遊んでいる。仕方がないので連れて行く事にした。

 ライダーは海岸で怪魚を釣り上げた。ハタ科の巨大魚イタヤラ(ゴリアテ・グルーパー)だ。体長二メートルはある。

「この島は生物が巨大だな」

 港に居たステラーカイギュウの群を見た時から何となく感じていた事だ。

 ところがそれは前触れだった。城への帰路に、ライダーに緊張が走った。行きには見なかった巨大生物が群れを成していた。全身毛むくじゃらの山のような体、巨大な牙。マンモスだ。十数頭はいる。まぎれもない巨大怪獣がこの島には生きている。アヴァランギ平原などで見かける温厚なマストドンなどとは全く違う危険な気配に、ライダーは腰のレーザーソードに手をかけた。

「ロードマスターまで走れ……!」

 だが、マンモスは一向に襲ってくる気配がない。草食のマンモスは自分たちの食事に夢中で二人に気づいていない。だが、このイタヤラを狙ってサーベルタイガーやダイヤウルフなどもっと危険な怪獣が茂みに潜んでいるかもしれなかった。ライダーは獲物を再び担ぎあげると、ケイジャを探した。小柄なケイジャは足元にうずくまっていた。伏せていると思ったらくしゃくしゃの満面の笑顔で、ライダーに両手の中のものを差し出した。

「四つ葉のクローバー見ィつけた!」

 その無邪気さに、ライダーは苦笑するしかない。

「帰ったら姫様に見せるんだ!」

「行くぞ」

 早めに帰るのが得策だ。

 ロードマスターで道を急ぎながら、このケイジャたちのためにも、アトランティスの未来を残さなければならないとライダーは決意する。

「巨大怪獣が生き続ける奇跡の島……か。だが、この島の連中はなぜか温厚だ」


 石の離宮から救出されてアヴァロン島へ来てから、一月が経過していた。

 アマネセルはキャメロット城の広い廊下を一人でルビー色の杖をつき、ゆっくりと歩いている。ようやく、他人の肩を借りなくても一人で歩けるようになった事がうれしかった。やっぱり、あのマリス・ヴェスタが見つけてくれた黄金の実がよかったのだ。永年禁則地といわれてきたこの島は、アヴァランギ本島の喧騒からは考えられないほど静寂で、神の気、精妙なヴリルに満ちている。この島での平和な日々は、陛下処刑から久しく忘れていた日常的な感覚をアマネセルに取り戻してくれた。こんな平和をずっと享受できたらどんなにいいだろうか。しかしアヴァランギ本島で同胞たちが苦しんでいる以上、あの島に戻り、国家を救わなければならない。アマネセルの胸には、アミュレットのピジョン・ブラッドのルビーが輝いている。その昔…。「いとしい私のお姫様」、そういって母・アルメルダがくれた石。

 窓の外に烏が見えた。このところ時折姿を見せる烏は、同じ烏であろうか。鳥か……。昔買っていたフクロウのグラウクスは何処へ行ったのだろう。

 一室から見知らぬ話し声が聞こえて来た。廊下から覗き込むと、部屋の中でオージン卿が誰かと話している。確かに、円卓のメンバーの声ではなかった。見るとオージンは純白の光を放つ貴人と話している。アマネセルに気付いたオージンは、ハイランダー族の族長ミラレパだと紹介した。アマネセルは部屋に入りながら、目の前の貴人に眼を丸くした。遂にアマネセルの目の前に出現した不老不死の種族は、おそらく二メートル五十センチは優にあり、姫を見下している。

 かつてアトランティス人の祖先は巨人だったという。巨人の島オグもその子孫だが、巨人とはいえライダーと同じくらいの体躯である。さらに大きいハイランダー族は、滅んだ巨人の名残であり、はるか太古からこのアヴァロンに住んでいると言われ、その実年齢は定かではないが千歳を超えている。中には数千歳、あるいは一万歳を超える人さえいると云う。ここはシャフトの領域が及ばない別の「国」、ゆえに禁断の地として畏怖されているのだ。

「姫にもお伝えしなければならない事ですが、シャフトが起こしたヘラスとの戦争、ラグナロックは、真の意味で世界最終戦争になるでしょう。それは、ツーオイ石が使用されるせいです」

 ミラレパもまた、間もなくアトランティスが沈むというビジョン・ロジックを告げた。

 ハイランダー族は一体どうするのかと姫が問うと、彼らは間もなくここを離れると答えた。彼らと同様に背の高い巨人の住む西方の大陸のマイラ(ネバダ砂漠)のシャスタ山の地下に、「テロリス」という地下都市が存在する。そこはクリスタル・シティとも呼ばれており、建築物は全てクリスタルで造られている。そして彼らは、沈みゆくアトランティスの一部の人々をそこへ移す仕事をしていた。アトランティスでは、近年人が忽然と消える事件が度々起こっていたが、その人々は、彼らの誘いを受け入れた者たちで、導かれていたらしかった。

「地上はツーオイ石から噴き出す闇のエネルギーによって、世界中大混乱に陥るでしょう。また氷河期が訪れるという事です。シャフトのマギ達はその事故を予想しつつも、本当の意味では理解していません。闇をも出し抜けると考えている。そして結局、事故を起こしてしまうでしょう」

「教えてくれないか。キャメロット城の庭のリンゴ畑で、仲間が黄金のリンゴを見つけたんだ。申し訳ないが君達に断りなく、姫にそれを食べてもらった。しかしそのお陰で姫の体力は回復した。アヴァロン島は、アクロポリスでは長く禁断の地とされてきたが、こことヱデンの園には、どのような因縁があるのだ」

 オージン卿の問いに、アセンドマスター・ミラレパは深く頷いた。

「あの実は我々が、姫に食べていただこうと考えて用意していたものです。ここはヱデンを模した土地として、我々の先祖が設計しました。あくまで似ているだけですが。ヱデンとは、遥か太古ガイアに存在した理想郷の名です。『創世神賛歌』にある通り、イブはアダムに、リンゴを一緒に食べると健康な子供が生まれるという伝説を信じさせ、食べさせました。姫が食べたのは、おそらくその永遠の実の方だと思います。ヱデンの園にはもう一つ、智恵の実が存在していた事は御存じでしょう。実は、アトランティス人はもうすでに智恵の実を食べているのです。善悪の智恵の実は、文明をもたらす光であると同時に、神より与えられた試練でもあります。文明によって思考が二元性に囚われる事を意味します。つまりアトランティス人は、クリスタルという智恵の実を食べた結果、光と闇、二元の極にあるのです。実を食べるように唆した蛇とは、すなわち混沌の邪神・アポフィスです。あなた方は善悪の智恵の実を食べて、囚われた。そこからの解決はありません。だからこのアトランティスという文明は失敗するでしょう」

 アトランティスが沈む時、ツーオイ石の暴発によって、クリスタルに蓄積されたヴリルの負のエネルギーが全世界にまき散らされるのだ。結局アポフィスはその時復活する。つまり、地下世界に広がるクリスタル・シティへと避難するしかない。そしてミラレパはアマネセルに、レジスタンスが行くなら案内する、と勧めた。

「お気持ちはとてもありがたいのですが、私達は最後まで残ります。私はこのアトランティスを見捨てられません」

「生きていれば、他の方法でこの星に貢献する事も可能です」

 アマネセル姫はハイランダー族と自分達の違いを感じた。立ち位置が違いすぎる。

「……どうやら姫の意思は固いようですな。やむをえません。では君はどうするのかね、オージン」

「私も姫と同じく、彼らと残りたいと思います」

「我々の考えでは、事故は避けられないと思う。シャフトの想定外という名のおごり、アトランティス人の傲慢さによってです。それでも彼らと戦うつもりですか」

「はい。最後まで姫と共に。我々二十五人と共に」

「分かりました。私達もしばらくはここに居る。ここの施設は自由に使って結構です。しかしここはヱデンに似ているがヱデンではない。ヱデンはあなた方が自分で造るべきなのです。それ以外に、あなた方がヱデンに帰還する方法はないでしょう」

 床が揺れている。小さな地震が起こって、オージン卿は姫を支えた。

 ミラレパは何かに気づいたように窓の外を観た。

「またツーオイ石を兵器に利用したようです。間もなくあの山は爆発する。首都のあるアヴァランギの火山のエネルギーを分散するためです。そうでなければ、諸君は首都で仕事すら出来ないでしょうから。少しでも残された時間を稼ぐために。だから我々もずっとここに留まる訳にはいかない」

 まだ山々に噴煙は上がっていなかったが、ミラレパには何かが視えているようだった。ここも山脈だけが残るだろう、と付け加えた。

「我々の責任だな、全て。申し訳ない」

「時が尽きようとしている。我々はもう次の段階の事を考えている。つまり、アトランティス以後の未来の事です。誤解しないでもらいたい。あなた方の努力を、決して軽んじている訳ではない。だが、我々の役割はあなた方とは別のところにあるのです」

「それで構いません。感謝いたします」

「健闘を祈る。気高きアマネセル姫、我が大切な友人、大賢者オージン。我々自身はそれを選択しないが、あなた方の選択を、敬意をもって尊重する」

 彼らは、長い事光と闇の闘争劇を繰り返してきたこの星の卒業者たちだった。だからある意味でオージン達より割り切りが早いとも言える。それにしても、もうミラレパ族長には今後一万年間の予定が視えているらしい。だがレジスタンスはそんな簡単に、アトランティスを諦める訳にはいかなかった。アヴァロン島のハイランダー族のようには!

「最後に姫、伝えておきたい事があります。あなたがアクロポリスに戻った時、あなたはそこである人に会うでしょう」

 アマネセルの脳裏に穏やかな父の顔が浮かんだ。まさか、会えると云うのか……。

 ぼうぜんとアマネセルが考え込んでいると、二人の前からミラレパは消えている。いや、確かにそこにいるのだが、周波数の異なる世界に存在しているために、姿が見えない。もし計画が成功すれば、ガイア全体がこんな風に精妙な波動の上次元へと上昇し、人類は粗雑な周波数のこの物質世界を卒業していく。

「彼らはいつもキャメロット城の中にいる。だけどその存在に気付かない。さっきは我々に分かるように、周波数を合わせて下さったのです。……おや、いい香りがしてきましたな。ライダー殿が作った料理が、そろそろ円卓に並ぶ頃です。参りましょう」

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