第26話 ▲ウィザードハッキング
応接間の円卓に、ライダー製の、軍隊向けの野趣あふれる野戦料理の数々がヱメラリーダとケイジャによって運び込まれていった。
その中で異彩を放っているのが円卓の中央に鎮座する、城の形をしたデコレーション・チョコレートケーキだ。姫は目を輝かせた。それはアヴァランギの王城であった。チョコケーキはまだうら若い姫の大好物だ。メインディッシュは、二メートルの巨大魚イタヤラ(ゴリアテ・グルーパー)のオーブン丸焼きだ。
「なんだこの巨大さは……もう少しでイルカ級の船舶くらい大きさがあるじゃないか」
アルコンがあきれ返った声を出す。
「ケイジャも手伝ったんだよ!」
レジーナが飛び跳ねてはしゃぐ。手伝ったといっても、ライダーの横で騒いだり歌ったりしていただけである。
「アマネセル姫、二十歳の誕生日おめでとうございます!」
今日はアマネセル・アレクトリアの誕生日だった。ケイジャは四つ葉のクローバーを嬉しそうに渡した。
キャメロット城には、ハイランダー族秘蔵の素晴らしいワインがあり、卓上にも十本以上並んでいる。敷地にはリンゴ畑の他にアイレン畑が広がっている。それは、「最後の晩餐」と名付けられた決戦前の前祝いだった。ヱメラリーダ命名の正式名称は「最後の決戦に向けたワインde作戦会議」。今日はアマネセル・アレクトリア姫の誕生日会を兼ねていた。ワインを飲みながらの打ち合わせ、これが「焔の円卓」流である。ライダーの焼いた焼きトウモロコシで、全員で乾杯する。ケイジャが銀のナイフを使って、姫の皿のトウモロコシを器用に取っていく。
ワインと共に、豊富な種類のチーズが並べられている。彼らは知らなかったが、大海獣から採った乳のチーズである。
「このチーズ、クラリーヌ姉さまが見たら」
ヱメラリーダがついそう口に出して、後悔した。クラリーヌは高級チーズが大好物だった。一瞬気まずい沈んだ空気が漂う。その後もしばらくヱメラリーダはしんみりしていた。
「では、皆食べながら、これより第十回円卓会議を始める」
議長アルコンが夜光杯を掲げて宣言した。
「ワーロック大将が率いるアトランティス軍は、いよいよガデイラを越えたようだな。それでも二カ月かかった。かなりな激戦だったようだが、おそらく相当な数の死者が出ただろう。発表されていないが、多分キメラ達の……」
「それとツーオイを利用したヴリル・デストロイヤー、気象兵器が使用された。その反動が此処まで来ている。アヴァランギはもっと酷いだろう。いよいよ、地中海進撃か」
最初の攻撃では、キメラ達に多数の死者が出た。それから数週間、睨み合いが続き、単発的な戦闘がダラダラと継続したが、シャフト評議会は再度のデストロイヤー使用を決定した。その後、キメラ部隊を先頭にガデイラの占拠に成功したのである。
しかし話はもっときな臭い。インディックが明かした情報によれば、武器商人たちがヘラスをたきつけていたという。武器商人はシャフトの配下の者たちだ。シャフトは敵国ヘラスにも、アトランティス軍に対抗しうる武器を横流しして売っていた。「ラグナロック」はシャフトの大計画であり、ビッグビジネスだ。よってガデイラ攻略にわざわざ二ヶ月もかけたのだ。
「やつ等は強敵を演出し、ヴリル・デストロイヤー使用を正当化する。おそらくツーオイを操り、これから、ブラックナイト衛星の座標を見つけてつなげる為に。全ては恐るべき陰謀とプロパガンダだ。一度の使用のたびに、国土に危機が生じる。このままでは国民が危ない。国外に脱出したのは、一部の人に過ぎない。時間がないな。とにかく我々が一番に考えねばならないのは国民の安全だ。国民たちを一刻も早く国外へと出すことが先だ」
アルコンがみんなの顔を見ながら言う。ブラックナイト衛星とは、古代にアストロマンサー達が打ち上げたヴリルで浮かぶ巨大ヴィマナの衛星である。それは自立して移動していた。それをシャフトはデストロイヤー使用に使おうということだった。
「では沈む前提ということか?」
ライダーがむっとした顔で応じる。
「いやそうじゃない。リスクマネジメントだ。危険を犯すのは我々だけで十分で、国民ではない」
「最悪を想定か…だが国民はわれわれの言葉を信じるだろうか。我々は凶悪なテロリストであり、シャフトに追われる処刑された重罪人の残党だ。狂言を撒き散らすいんちきな予言としか受け取られないかもな」
「それでもやるの! たとえ変な風に思われようと、国民を危険にさらすわけにはいかない。そして我々はこの国に残る! それとも一刻も早く事故を回避するかよ」
ヱメラリーダはアルコンに賛同した。この危機から国民を救わずして、我らに“義”はない。
マリスとインディックは、円卓会議におけるヱメラリーダの発案でアクロポリスへのハッキングを試みる事を発表した。
「試してみたら?」
それは、もともとマリスの勧めで始まった。インディックは、白バラのマリナトスとしてかつてハッキング事件を起こした時、ツーオイ石の中にスパイ・ウィルスを残していた。それは妖精の姿をしたアバターで、一種の使役神として使える。それは働きを封じられていたものの、奇跡的に案内人と呼べるような別のウィルスプログラムにつなげたのである。
「ツーオイ石の中にか? で一体何だったんだそれは」
アルコンが訊く。
「どうも、ヱイリア・ドネが残していたものらしいです」
「まじ? ヱイリアが……」
ヱメラリーダが碧眼を丸くしてうるうるさせる。
「最後は消えてしまいました」
ヱイリア・ドネの残した糸はこれで二本目。それでヱメラリーダは賛同したのである。
インディックとマリス・ヴェスタは、インディックの書いた魔方陣の上でウィザードハッキングを試みた。チャリス(水)、ワンド(火)、ペンタクル(地)、ダガー(風)、ロータスワンド(大地)といった全属性の魔術武器を総動員した。
キャメロット城のシャイニング・クリスタルから、アストラルプロジェクションしてアクロポリスのクリスタルへ侵入する。だが、二人のアストラル投射はツーオイ石が張っている戒厳令結界に阻まれ、侵入を阻止された。
「駄目だ、テレパシーでさえ調べる事ができない。サイコメトリーもあっさり遮断される」
「これを使ってみてください。きっと突破口が見つかるはず」
アマネセル姫は、オレンジに輝くヱクスカリバーを差し出した。
一旦ハッキングを撤退した二人は、「ツーオイの鍵」と言われるヱクスカリバーの新たな機能を解明した。ヱクスカリバーを使ってヱオスフォル石(曙光石)で、再度ハッキングを試みる。インディックとマリスはアクロポリスへとアストラル体を投射し、遂にアバターでの侵入に成功した。再び糸を再びたどって、マリスとインディックはツーオイ石へのハッキングを仕掛ける。しかし、障壁に妨げられてツーオイまでたどり着く事はできなかった。
「やむをえない、ウィザードハッキングによるテレパシー通信で国民へ呼びかけよう」
二人はアバターによって国外脱出のビジョンロジックを伝えた。
ところが結果は散々たるものだった。
「駄目だ。みんなまともに取り合おうとしない。シャフトにいいように言いくるめられている。ヴィクトリアの崩落と同じだ。洗脳するまでもなくか。いいや、これは洗脳か」
国民は、アトランティスの崩壊の歴史を知りつつ、ヴィクトリア大崩落は百年前の出来事で、しばらく起こっていないのだから、そんなことは起こらないと日常の安寧をなんとなく信じていた。そんな中、レジスタンスの警告によって逃げ出した人はごく少数だった。多くはシャフト発表を信じ、レジスタンスは陰謀論として一蹴された。それは恐怖の水晶体の発するラジオニクスによる洗脳作用によるものだ。そうである。この危機を多くの人は気づかない。誰もがシャフトの言うことをうのみにしていた。
「では、一体どうするんだ?」
方針が定まらないまま、迷っているうちに多くの人が死ぬのだ。
「われわれのミスだ。これは…迷いのままむざむざ多くの人々を失う事になる。このままじゃな」
アルコンは難しい顔で眼をつぶって考え込む。
「あきらめちゃダメだ、人々を救うことをあきらめて、陛下のご遺志を受け継ぐ者といえるの?!」
ヱメラリーダの問いに、インディックも唇を噛んで沈黙している。日ごろポジティブな事しか口にしないインディックである。すると、マリスが言った。
「今回のハッキングは、無駄ではありません。インディックのアバターはシャフトの秘密を解き明かしました。それは百年間の恐るべき陰謀の全てです」
マリスの金眼が冷めた眼で、ヱメラリーダを捉えている。
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