第15話 ▲戒厳令魔方陣突破舞踏

「ここともお別れだな」

 シャフトのユグドラシル大本部の根に巣くったアジト「ニヴルヘイム」。

 レジスタンスのメンバーの中で、オージン卿とヱメラリーダ・ロックバルトは、ビルの屋上から屋上へと自在に空を飛ぶ事ができた。元近衛隊隊長であるアルコンは、ひょいひょいとビルの壁面をよじ登る身軽さがあった。だが、空を飛ぶのは得意分野ではない。オージンは不在である。他の者は飛べないし、このままではアラベスク結界の中で脱出可能な人数は限定されていた。一方でシャフト保安省のメンバーは、アラベスク活動の中を自由自在に動く事ができる。彼らがその防御装置を身につけているのは、仕掛けているのが保安省だからであり、マリスもそうしてアラベスクに足を取られる事なくこのアジトまで来たのである。しかしマリス只一人が動けたとしても、それで彼らをアクロポリスの外へ無事誘導させる事はできない。

 もう一つの方法は、アルコンが言ったアラベスク活動の結界の中のグリッド・エネルギーを読み取る方程式ダンスである。このダンスの方程式の存在は、シャフトでもごく一部の者しか知らなかったが、マリス・ヴェスタは事前にそれを解析してきたというのだ。

「方程式のダンスなんて、俺たちにマスターしている暇などないが、一体どうする」

「私がマカバフィールドを作り出す。そこへ皆が『参加』すればいい。私がマカバのマニューバ(動き)を操作する。そのために意識を私に同調して。マカバフィールドの中で意識を一体化すれば、自然と同じ動きができるのよ。手を動かせない者は、足だけでも合わせてくれればそれでいい!」

 マカバとは、人体から発生られるエネルギーフィールドの事である。「マー」は浮力を乗じる特殊なヴリル(霊光)、「カー」は魂、「バー」は肉体を意味する。すなわちマカバは人体のヴリルがプラズマ化した力である。その形状は人体を包み込む正四面体を二つ合わせたフィールドであり、魔術師はそれを強力な磁場として作り出す事が出来る。それを使って一種の「乗り物」を作り出し、マニューバを、すなわち滑走したり、自由に「滑空」する事が出来るのだ。ヱメラリーダも普段、それを作って空を飛んでいる。ヴリルが形成するマカバ、生体のエネルギーフィールド。それを使えば、人間は自在に空を飛ぶ事が出来、物体を念動力で操作し、ブラスターのレーザーの銃撃を交わすことすら可能だ。

「お……お前と、意識を同調させるだって……」

 ヱメラリーダはむっとして顔をそむける。二人のマカバが交流すると、紡錘状のマカバフィールドに発展させる事が出来る。だが、同調するというのは心の交流だ。

 マリスによればアラベスクの結界のエネルギーの流れと同化する舞踊は、たとえダンスをマスターしていなくても、メンバーがマリスの作り出したマカバフィールドと同調する事で、自然と手足が動くようになる。全員の視線が今度はヱメラリーダに集中した。

「仕方ないな。じゃあお前に合わせてやるわよ。そうすれば、あたし達のマカバフィールドに全員が入って、あたしに意識を合わせれば自動的に動けるはず」

 ヱメラリーダは、方程式ダンスの達人だった。しかしヱメラリーダとて速攻で振付をマスター出来る訳ではない。だから、まずマリス・ヴェスタの作り出した魔方陣戒厳令脱出の方程式ダンスに、ヱメラリーダが同期する。そのヱメラリーダに今度はメンバー全員が同調すれば、全員がマリスのダンスを自然に行えるはずだった。しかしここでヱメラリーダが賛同したのは、マリス・ヴェスタの作戦に乗ることで、相手の心を読み取れるはずだと思ったからだった。

 外へ出ると、道という道がベルトコンベア状態になっていた。

「準備はいい? 行くよ、ヱメラリーダ」

「OK」

 マリスの取り出したクリスタルを増幅する「メロディBOX」がリズムを刻んでゆく。よし、いくぞ。自分のゴールデンキャットガールとしての脚力、機動力を持ってすれば、保安省など振り切ることが出来る。

 マリスの白銀に輝いたマカバフィールドが出現した。マリスを先頭に、その後をヱメラリーダの緑のフィールドが紡錘陣形に重なっていく。その後ろに全員が並ぶ。ヱメラリーダを中継として、レジスタンス各メンバーたちは、マリスのダンスの陣形のマカバフィールドの中へと入り、自然と体の動きを合わせていった。それは後の世に出現するジャズダンスと共通する要素を多く持っている踊りだ。ヱメラリーダは驚いた。プロのワルキューレ・ダンサーだったヱメラリーダから見ても、マリスのダンスは見事だった。立場が違えばワルキューレの候補生になれるほどだ。そのお陰で二人はすぐに同調した。すると最初は単純に走りながらダンスをしているように見えたマニューバが、次第に彼らの身体が路上から少し浮きあがり、アラベスクの上を猛スピードで滑空するストライドへと変化した。

「お前、なかなかやるじゃん。見直したよ。空飛べる?」

 当然、ヱメラリーダはマリスがゴールデンキャットガールである事を知らない。

「私は飛べない」

「なら今度はマカバの式に想いを込めて唄うんだ。さぁ、私に続いて飛んでみな!」

 ヱメラリーダがマントラを奏でると、ヱメラルド飛行石にパルスがかけられ、コヒーレント超音波が発生する。すると反重力が生じ、華奢なヱメラリーダの身体がヴワッと浮き上がった。こうして人が、車がそして建築資材が浮かぶのである。ヱメラリーダと同調したマリス・ヴェスタも、自身のゴールド・ルチルクォーツに向かって同じように呼びかけてみた。二人は飛んだ。そうしてメンバーを包み込んだマカバフィールド全体が浮き上がった。マニューバを自在に駆使し、巨大な光る紡錘状のマカバが、アクロポリスの魔天楼の渓谷を飛んでいく。切れのいいマニューバで踊るマリスは横で見ていても美しい。一体彼女はどこでこんなダンスをマスターしたのだろう。ヱメラリーダの心に疑問が膨らんでいった。

(こいつ……全然心が読めない。心をガードしてやがる。……何なんだこの女は。この女の……強力な心の防壁は!)

 ヱメラリーダは周囲を警戒しつつ、隣のマリス・ヴェスタの心を読もうとしているのだがてこずっていた。意識を同調しているはずなのに、こんなに読めないなんて、やはりこの女は怪しい。だが仕方ない。今はアクロポリスを脱出するまでは。ともかくこの街を脱してから、こいつの化けの皮をはがしてやる! そう決心しつつヱメラリーダはダンスに集中した。

「キラーウィッチだ!」

 背後を保安省のロードマスターが十二機追跡してきた。魔方陣の中を駆け抜けていくレジスタンスのマカバを、「キラーウィッチ」イゾラ・マジョーレ中佐がいち早く察知したのだ。全部で十二機のロードマスターから発せられたレーザーの束が彼らに向かって浴びせかかってきた。ヱメラリーダはマリスに隊を預け、一旦自分は外れて襲撃者の方へと向かった。すでにレジスタンスの一隊は、マリスに直接つながっていた。ここまで同調できれば後はマリスに任せても大丈夫だった。一方ヱメラリーダもまたマリスに同調したままで、踊りながら敵のロードマスターと対決せねばならなかった。ロードマスターの牽引ビームがヱメラリーダを吊り上げる。

 ゴチャゴチャ考えていても仕方ない状況に、彼女は飛行石に向かって呪文を唱え、後方上空を飛ぶロードマスターに乗ったイゾラめがけて、一気に飛び上がった。ヱメラリーダは囮になってみんなを逃がしたのだった。

 ヱメラリーダは飛び上がりダンスを維持しながら、緑に輝くレーザー光剣を抜いた。最初に先頭の二台のロードマスターを光剣で破壊した。三台目がイゾラのロードマスターだ。緑の光剣はイゾラの白くて華奢な首に襲いかかった。イゾラのモービル剣・シーガルスホルムの剣が鞭のようにそれを撃ち払う。蛇のような勢いで、純白に輝くモービル剣はぐにゃぐにゃと揺れつつ、逆にヱメラリーダの首を狙う。

 レーザー光剣とモービル剣が空中で激しく衝突する中、イゾラのロードマスター以外が体制を立て直して、マリスと仲間達を追っていった。

 ヱメラリーダは踊りながら、アクロバティックキックを繰り出した。他人はリーダキックと呼んでいる。ちょうど左右の足を交互にドロップキックを延々と繰り返すような攻撃だ。イゾラとの死闘を繰り広げつつ、さらにアラベスク活動の中にマリスに仲間を託したヱメラリーダは下を気にかけた。疾風のロードマスター十一機に追跡されつつ、レジスタンス達は、マリス・ヴェスタに意識を合わせてダンスの陣形を作りながら、見事にアラベスク結界の路上を滑走している。彼らは無事だ。どうやらマリスは、少なくともこの時点では裏切り者ではなかったらしい。

 イゾラはヱメラリーダの動きを止めようと右腕を掴んだ。ダンスができなければ彼女は結界で拿捕できるはずだ。だがしなやかな脚が伸びあがり、イゾラの顎をかすめた。イゾラは手を離した。左足めがけ、モービル剣を撃つ。光剣と衝突して火花が飛び散る。

「すばっしっこい女め、くたばれ!」

 両刀使いのイゾラは左手でブラスターを撃つ。だが宙返りしたヱメラリーダはすでに数百メートル先を飛んでいる。

 巨大なヤシの木が立ち並ぶロードマスターの環状レース・コースで、チェイスが続いていた。追撃者のレーザーは苛烈を極めた。するとアルコンは後方へと下がり、ヱクスカリバーを突然抜いた。一体何をするのかとマリスが気にしていると、アルコンはヱクスカリバーを振った。レーザーはまるで鏡に反射したように、あるいは飴細工のようにマカバの手前でグニャリと曲がった。アルコンはライダーがヱクスカリバーで保安部員を蹴散らす様を見ていた。マカバの中で、ヱクスカリバーが光り輝き、それが活動している事に気がついたのだった。試しに追撃をかわそうと振ってみたら、意図せずレーザーが曲がったのである。

 イゾラを振り切るも、空が急に真っ黒になった。突風が吹きすさぶ。竜巻が後ろに迫っていた。黒い竜巻は都市を破壊しながら追いかける。

「振り向くな! 立ち止まってる暇はないぞ。前へ進め」

 アルコンは邪悪な気配を感じていた。

「議長の攻撃だ。きっとこれはツーオイ石の、ヴリル・デストロイヤーの実験の一環だろう」

「そんな……そのレベルの魔術を都市の中で?」

 まさしくアルコンの予想は正解だった。なぜなら黒い竜巻は、ついに黒い巨人の形をとり、それが暴れながら街を破壊し、迫って来たからである。巨大な議長の影は、脱出するレジスタンスを掴もうとしていた。

「……急げ!」

 マリスを先頭にしたマカバフィールドは、ロードマスターの追跡を引き離すスピードを出していた。コースを超えて、ついに第一運河まで来ると、それを見計らったようにオルカ型の潜水艦が浮上してきた。

 マリスを先頭に、レジスタンスを包んだマカバフィールドは、滑り込むように鯱級潜水艦サーペント号に飛び込んだ。最後に追ってきたヱメラリーダがハッチに飛び込むと、黄金色の潜水艦は直ちに潜水を開始した。

 マリスの正体には依然として不審があったものの、結局ヱメラリーダに仲間を託されたマリスは彼らを敵に渡さなかった。その事実を、ヱメラリーダは認めるしかない。


 動く路面を、ダンスで滑空する戦士達。車の助手席に揺られて、転寝している八木真帆は、ポップ歌手の舞い踊るPVを思い出しながら、口ずさんでいる。それを篠田は横目でちら見したが、すぐ目前の瓦礫の合間を縫う道に視線を戻した。

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