第7話 ▲帝都アクロポリス炎上

「黒魔術を奉ずる者共、ニーズヘッグに告ぐ! ラーをも恐れぬ反逆者共、ラーの元に改心するなら一時間以内に魔術と武装を解除し、投降せよ。……命だけは助けよう。だがもし、一時間経っても投降しないなら、今日が真にこの地上での最期の生活となるだろう」

 太陽ピラミッド前に保安省本隊が到着した。ハウザー長官のダミ声が装甲車のクリスタル・スピーカーから流れてくる。ハウザーが帯剣の魔剣ストームキラーを抜いてブンまわし、まとわりつくファントム騎士団の幻影は雲散霧消していく。

「それは貴様らの事だろう! 陛下を殺した奸臣共めらが……」

 相手に聞こえる距離ではないが、ピラミッド前に陣取ったアルコンは言い返しつつ攻撃を中止する。相手は戦闘と破壊しか能のないバカ。単細胞だがその分危険である。

 こここそが死地だ。最期の王党派勢力として、アルコンは何としても太陽ピラミッドを死守するつもりだった。もしシャフトにツーオイ石を占拠されたら、アトランティスは終わる。皇帝の理想はそこで完全に潰えるのだ。だが、ツーオイさえ彼らの自由にならなければ、まだ希望はこの国に存在している。

 レジスタンスがクーデター直後から調べたところ、明らかになったのは、水晶炉を軍事利用するか否かで、シャフト議会と帝がずっと対立していたという事実だった。シャフトの内部でツーオイ石の占拠に異を唱えた者たちもまた、アルコン率いるレジスタンスに合流していた。結局、和平を進めるアトラス帝は、シャフトにとって厄介な存在だった。それに加えて私腹を肥やすシャフト議員たちにとって、それを厳しく戒める法を作ろうとした皇帝は邪魔な存在だった。皇帝に着せた罪状は、すべてシャフトが行っていたものだ。自分たちの全ての罪を帝に着せる。アルコンは彼らから得た様々な情報を収集し、そう結論した。

 この間にアルコンはピラミッドに立てこもったままのドルイド僧団との通信を図った。ギデオン大僧長に直接ピラミッドの明け渡しを要請したのである。すなわちそれは、クリスタルの使用。レジスタンスがピラミッドを武装占拠し、ツーオイを守る。ここをさえ取られなければアクロポリスは掌握されない。そうしてツーオイにアクセスし、シャフトを無力化、さらにクリスタルを使って攻撃する。もはやそれしか考えられなかった。

 反応はないが、向こうからはこちらの声が聞こえているはずだった。やがて、中から声が聞こえてきた。だが、その声は言った。

「残念ながらツーオイの使用は許可できない。レジスタンスはシャフトとの二元性の戦いの幻想に囚われ、敵の戦略を写し取っているにすぎない。一なる法則とは、二元性を超えているものだ。そうでなくては、ガイアへの貢献は出来ない。もしも、あなた方が戦闘の目的で大クリスタルを使用すれば、結局あなた方自身の手によって国土を滅ぼすだろう」

 ……まさか。これまでずっと味方だったドルイド僧団が、自分達を拒否するとは。しかも、この土壇場で。アルコンの全身にどっと冷や汗が吹き出る。

 どんな理由だろうと、ドルイド僧団は、クリスタルの軍事使用の危険性を説いたのだった。

「帰りたまえ! アルコン隊長」

 一体何処へ帰れというのだ。この国こそが自分の故郷であるというのに。その情熱は誰にも負けないつもりだ。ドルイド僧団よりも、誰よりも。

「ギデオン猊下、一体あなたは何のためにツーオイ石を守っているのです?! ここがシャフトに占拠されればドルイドは終わりです。お分かりでしょう。これから一体どうなさるつもりなんです? この、アトランティスの運命は?」

「……」

「猊下ッ」

 返事はなかった。一時間が経過した。もう時間はなかった。


「部隊全員に告ぐ。帝の教えを奉ずる者は、悉く黒魔術に与する者だ、破廉恥な黒魔術師どもをひっ捕らえよ!」

 ハウザー配下の保安員たちが、一斉にフレイムスピアーから火炎を放射した。

「こうなったらやむをえん、全員一時ネクロポリスへ撤退!」

 炎にむせ、暑さに耐えながらアルコンは叫んだ。

 ライダーに続いて、ドルイドに拒否されたことを知ったアルコンは万事休すだった。もはやヱメラリーダの立てた作戦は全てが無に帰した。

 そのタイミングで、タリスマンをほとんど消し去ったラムダ大佐の部隊が迫ってきた。今や幻の軍隊は数を減らし、実態のレジスタンス兵ばかりが目立ってしまう。時間の経過と共にレジスタンスは数を減らし、クラリーヌはラムダの放ったダイヤウルフ軍団の追撃から逃れようとして、ブラスターを雨あられと浴び、戦死した。あのゴージャスな女戦士はもうこの世にいない。

「姉さま! う……ううう。うそだぁ」

 総毛立ったヱメラリーダは今度は自分が特攻すると叫んだ。

「ダメだ、ここは何としても生き延びろ。無駄死には許さん」

 クラリーヌが死んで、嘆きと怒りに包まれるヱメラリーダの傍らで、アルコンは涙を見せなかった。妻いの亡骸に寄り添い、彼女の帯剣・「暁の薔薇剣」を形見に手にする。

「だったらアルコン、あんたはもちろんこの後何か考えが戦ってんのよね? なんとかしなきゃ、このままじゃああたし達早々に全滅する、この地下鉄軍団は」

「あぁ分かってる」

「だったらまた誰かが陽動するしかないじゃん!」

 ヱメラリーダは泣きながらアルコンの胸倉をつかむ。今度は実体の陽動である。

「それはダメだ……。ライダー救出に手間取ったせいで、俺たちは今後手に回っている訳だが!」

「何だよ、じゃああたしのせいだっていうの?」

 ヱメラリーダも作戦参謀として忸怩たる思いだった。ただ二人にとって、ギデオン僧長がレジスタンスの作戦に賛同しないというシナリオは予想外だった。

 レジスタンスの市街戦を指揮するヱメラリーダは、元々近衛隊のアルコン隊長直属の部下である。ヱメラリーダは、かつて身分を隠すことなくアトラス皇帝の教えに賛同した「情熱党」のエリートアイドルだ。それは過激派ゆえ、クーデター以前から始まった保安省との対立で、異端分子として逃げ回る生活を送り、多くの仲間を失った。今や情熱党の唯一の生き残りである。

 その彼女が一目置いていた男がジョシュア・ライダーだった。只一人であの議長の危険性を見抜き、暗殺しようとした度量は、英雄と云うにふさわしい。ぜひとも共同戦線を計りたかった。

「バルハラで逢おう!」

 自責の念に駆られつつ、ヱメラリーダはアルコンの制止を聞かずに、飛行石に語りかけると、最前線の空へと舞い上がると突撃していった。その浮力は、ヴリルを集積して作り出したマカバフィールドによるアセンドエネルギーだ。ヱメラリーダのヴリルは、腕のブレスに着いた彼女のアミュレット(魔法石)のヱメラルドの飛行石で増幅する。それは神聖幾何学に裏打ちされたクリスタルのカット計算によるレーザーで切り出された技術である。そのヱメラルドの飛行石に向かって呪文を唱え、磁場を変化させ、さらに宙でも声で自由に飛び回る。

「あの馬鹿者、あれほど『出るな』と言ってるのに……」

 四方八方から保安部員のレーザーの連射を浴び、ヱメラリーダはたちまち身体のあちこちを派手に吹っ飛ばされて地面に向かって墜落した。

 意識のないヱメラリーダは、アルコンの命令で地下基地・ニヴルヘイムへと運び込まれていった。後方担当の技術職・インディックが手際よく治療し、身体の破壊された部分を人工パーツに取り換えていく。しかし全く恐ろしさを感じていないのか、一七歳の少女は治療を受けて目覚めると、すぐさま飛行石を腕に装着し、最前線の硝煙渦巻く空へと飛んでいった。逃亡時代から、ヱメラリーダの身体はあちこちがサイボーグ化していた。冷めた者たちが多いアトランティス人の中で、ヱメラリーダは只一人過激で情熱的な性格で、無茶苦茶な戦いをし続けるのだった。

「俺の言う事を聞かないと、貴様は今度こそ命令違反で拘束だぞヱメラリーダぁ!」

 アルコンのどなり声が響く中、レーザーとテレキネシスの一斉放火を浴びたヱメラリーダの前に、突然現れた大男を見て誰もが驚嘆する。男の周囲を、青いヴリルが実体化し、身にまとっていた。その手には刃渡り一メートルほどの赤い金属製の剣が握られていた。古代の意匠があつらえてあるその剣は自ら輝きを放って、レーザーとテレキネシスからヱメラリーダを守っていた。それで事は収まらなかった。男がピンク色の剣を降る度、保安員たちは続々吹っ飛ばされていったのである。男の周囲は戦場から隔絶された結界となって、もはや誰も近づけない。

「ジョシュア・ライダー!」

 すすけた顔のヱメラリーダが男の顔を見上げ白い歯を見せて笑っている。

「まさか、あの手に持っているのは……あれが破滅の剣なのかッ」 

 にやりと笑ったその男……覇王は、アルコンに自分の持つ「剣」を示していった。

「よく見ろ。こいつは帝の形見だ! 破滅の剣の真名は、ヱクスカリバー。貴様らを『陽動』に使わせてもらったぞ。アルコンよ、貴様ら神の掟の子らの戦いに、この神器の剣は不可欠だろう」

 目の前の剣を見てアルコンは驚いた。ライダーは神器「ヱクスカリバー」の回収に成功したのである。古代から代々皇帝家に継承されてきた、純度99.999パーセントの天の金属・オリハルコンの剣は、現在の錬金術を持っても、この水準の純度のオリハルコンの剣を作り出すのは不可能に近いとさえ言われている。

「貴様らが戦いに勝つ為に、こいつが必要になる時がきっと来る。なぜ破滅の剣と呼ばれているのか貴様は分かるか。ヱクスカリバーは、それに似つかわしくない者が持ては剣の霊力がその者に破滅をもたらす。それがお前も知る聖剣の伝説の真実だ。だが、この剣は俺が持つべき剣ではない。お前こそ、これを持つべき資格のある男なのだ」

 皇帝家秘伝の聖剣ヱクスカリバーは、ツーオイ石とセットで考えられていた。剣と聖杯とは、この事を意味した。つまりこの剣はツーオイ石をコントロールするのに必要不可欠だとされている。シャフトはこの赤い金属の剣を手に入れていなかったのだった。

「知っていたのか……お前は、この剣の秘密を。この剣が、どこに保管されていたのかも」

 アトラス帝を処刑したクーデターによって一度失われた聖剣は、こうして再び王党派勢力の手に戻って来た。

「あぁ。ヱクスカリバーは俺を操った。だから決して奴らのものにはならぬ。俺はシクトゥス4Dの暗殺に失敗した。それもまた、これを手に入れる運命の一環だった。俺の役目は剣を手に入れるところまで。聖剣は、すべからく自らの運命を知るのだ!」

 マリンブルーの眼を爛々とさせているライダーの言葉は、何もかもが神秘に満ちていた。ライダーは囚われの身となった時にヱイリア・ドネに出会ったという。

「ヱイリア・ドネに……だって?」

 その名にヱメラリーダは目の色を変える。その際、ライダーは彼女からヱクスカリバーの隠し場所を引き継いだというのだ。こうしてライダーはネクロポリスのどこかに隠された剣を回収したのである。死都ネクロポリス、すなわち「死者の都」には広大な墓地があった。およそ数十万基の墓があるといわれている。そのどこかに皇帝家所轄の秘密の墓所があり、聖剣の隠し場所となっていた。それをヱイリアから聞いたライダーは、封印された墓所の結界を凄まじい念動力で破壊し、剣を手にした。剣は今日の日が来るのを待っていた。確かにヱクスカリバーには剣が人を選ぶという伝説があった事を、アルコンはこの時思い出していた。決して人が剣を選ぶことはできない。

「私が持つべきだ、というのは?」

「俺は剣に操られた者にすぎぬが貴様は違う。なぜなら貴様もまたやんごとなき身。元は皇帝家の血を受け継ぐ者。だから貴様が破滅の剣の伝説を知っていたとしても不思議ではない」

「なぜそれを?」

「ヱイリアから聞いた。貴様はクロノス帝の血筋の者だろう。剣は、英雄から英雄へと渡り歩く。古代より、一度として例外はない。お前なら破滅ではなく、この国に希望をもたらすことができるはずだ!」

 アルコンの先祖はかつてのクロノス帝の血を引いた。「これは運命だ」という言葉をリフレインして大喜びのヱメラリーダは、彼がヱイリアと会った時の状況をしきりにライダーに訊いていた。それに対して、何となく利用された気分のアルコン・ペンドラゴンは、複雑な表情でこう考えている。

(この男。一体どこまで信用していいのだ? 本当に俺たちに統制できるのか)

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