第6話 ▲暁の薔薇・クラリーヌ ワルキューレの騎行

 シャフト以上にネクロポリスを掌握するレジスタンスは、神出鬼没に街中に出現し、保安省との壮絶なテレキネシスとレーザーの応酬を展開した。

 シャフトの秘密警察を率いるハウザー長官は、彼らをユグドラシル大本部の根をかじる「反乱軍ニーズヘッグ」と命名し、直ちに太陽神殿占拠を中断してレジスタンス制圧へと切り替えた。「反乱軍」。つい昨日まで、自分達こそがクーデターを起こした側だったにも関わらずに。その結果として、シャフトは今もなお太陽ピラミッド占拠を中断せざるをえず、まだツーオイ石の占拠には手をつけられていない。

「ニーズヘッグとは実に皮肉な命名よね。まさに、ユグドラシルの根をかじる蛇の名か。私たちはシャフト本部の根をかじる蛇って訳だ!」

 クラリーヌは「暁の薔薇剣」を抜いて走り、アルコンに不適に微笑みかける。その武器は夜明けの空のような薔薇色の剣身の優雅な剣。

「だったら、いっその事ニーズヘッグで結構!」

 クラリーヌは大部隊を引き連れ、カモシカのような俊足で走り去る。ハイヒールで走り、激しい魔術舞踏を踊る。そんな芸当はヱメラリーダでも不可能だ。クラリーヌの魔術舞踏は所々動きを停止させるポージングや目線が、まるでマネキンか、あるいは人形のようであった。今日でいうロボットダンスに似ているが、その身振りはダイナミックかつ大きい。そしてほぼ瞬間移動のような速さで移動する。軍事衝突はアクロポリス市内で同時多発的に勃発した。戦闘はアクロポリス市街全体に拡大していった。

 ハウザー隊はブラスターと長銃の各色レーザーをシャワーのように降らせて反撃した。

 ハウザーの帯剣ストームキラーは、その切っ先から炎蛆(えんしゅ)を出現させる。炎がのたうった十数メートルの紅蓮のオロチだ。それは幾つもの頭を持った姿をとって、七色に変色して空を覆う。その炎の化身を自在に操って、次々とレジスタンスを丸のみしようと路上に頭を突っ込んでいった。

 同時多発に出現したレジスタンスに一瞬慌てたものの、ハウザーは瞬く間に市街戦を有利に掌握した。何せシャフト保安省は大部隊である。火力で圧倒し、レーザーの雨がレジスタンスを逃さない。ハウザー長官とその優秀な部下たちは、首尾よく数多くの抵抗の戦士を殺害していった。誕生したばかりのレジスタンスは、早くも滅亡の危機に瀕する結果となった。それでもハウザーの脳裏には一抹の不安がよぎっている。一体どれだけの勢力がレジスタンスなのか。制圧しても制圧しても、続々と地下から沸いてくるではないか。これまで情報が不足していたせいで、レジスタンスの全容が全く分からないのだ。ハウザー直轄部隊はマンホールの中へと飛び込んでいった。

「無駄だ、地下を追っても、迷宮はレジスタンスの鼠共の方がはるかに詳しい。鼠とて、決して侮るな」

 ラムダ大佐は長官の意に反し、追撃を制止した。ネクロポリスの秘密は、ドルイドが独占していたが、それをオージンへ、さらにレジスタンスへと横流しされ、シャフトには渡っていないものだった。ラムダはその不利を認めている。

 ハウザー長官のやみくもな総攻撃はかわされ続けていた。だが見つけ次第攻撃を仕掛けているハウザーに対し、ラムダは、ある事実に気づいたのである。

 死体が何処にもない。いや、打倒されたレジスタンスはしばらくその倒れた姿が残っている。ところが他の戦闘に集中しているうちに、死体が胡散霧消してしまうのだ。これは、これらの敵が幻であるという証拠だった。いや、敵の一部が幻なのである。

 ラムダ大佐は一旦戦闘を停止し、索敵魔術に時間をかけた。偶像の土台に、目立たぬようにタリスマンが記されている。しばらくして百メートル先の噴水にも発見され、どうやら一つや二つではなさそうだった。

「幻術は予想できたが、まさか街全体レベルとはな。予想以上に巨大な魔術だ。どうやら、どこかに鼠どもを操る『狐』がいる……」

 アクロポリス市内に無数の攻撃用タリスマンが仕掛けられている。それらが、幻の軍団を生み出していたのだ。ようやくその恐るべきレジスタンスの戦術の真実を、ラムダは見破った。一体、どれくらいの割合で幻の軍団が存在し、その中でどれくらい実体のレジスタンスが存在するのか。それはまだ不明だったが、ラムダがハウザーにその事実を伝えるも、ハウザー自身はめくらめっぽうな総当りをやめようとはしなかった。長官の戦法は効率の悪いことこの上なく、他ならぬ保安省によって帝都アクロポリスは破壊されていっている。

「この高等魔術。狐の正体はまだ分からんが相当危険な相手に違いあるまい」

「しかし長官が……!」

 タリスマンなど眼もくれないという感じのようだ。

「長官の事はもう放っておけ、後で私から報告する」

 ハウザーは放っておいて、ラムダは独自の行動をとるべく考えを巡らす。

「まずはタリスマンを発見して破壊する事が先決だな。我々の部隊は各個撃破で、ステルスキラーを順に行う。やがて実態の軍隊を見破ったら、次にハウザー長官が総攻撃を仕掛けるのだ」

 ラムダは、猛るハウザーを静止すると、ファントムなのか実体のレジスタンスなのかを見極めることを諦め、町中に仕掛けられていたタリスマンを破壊していった。

「気づいたようね。フフフ……でもこれほどの数、戦場は常に動いている。そう簡単には実体は見破れないわよ」

 幻の軍団(ファントム騎士団)。それはクラリーヌの帯剣である「暁のバラ剣」の剣舞によって自在に操作されていた。クラリーヌは情熱党のスターではなかったが、その剣舞魔術は誰もが一目置いた。手足の長い彼女が舞えば、華麗な戦闘魔術が結実する。その瞬間、その眼からキラキラと涙がこぼれる。悲しいわけでも苦しいわけでもない。エモーショナルな瞬間瞬間、踊るクラリーヌは自然と涙がこぼれるのだ。そうして彼女は陽動部隊を指揮した。レーザーの洪水と、爆発で煙った白・赤・黒の三色の摩天楼都市。その中をクラリーヌが華麗に舞う。オージンはこの戦いに参加しなかったものの、この大魔術作戦には、事前に彼の手で仕掛けた罠が必要だった。

 この戦いの鍵は、マジカルステルスによってレジスタンスを大部隊に見せかけるオージンの魔術。あらかじめ市内にオージン卿の設計したタリスマンを張り巡らし、出現時とあわせて幻の軍団が出現したように見せかける。それは実際の兵力(千人)を何倍、あるいは何十倍に見せかけるものであった。

 こうしてハウザーたちはまんまとファントム軍団にかく乱された。いかに空を飛ぶレジスタンスを追い、レーザーを撃ち込み、テレキネシスで物理攻撃しても、実体のないものは胡散霧消するだけで、かえって町ばかりが破壊されてしまうのである。

 そうこうしている内に、実体の部隊の方は真っ直ぐ太陽ピラミッドに向かっていた。暁のバラ剣を振るクラリーヌのかく乱部隊がファントム騎士団を操作する一方において、アルコンは大多数の兵士を連れて太陽ピラミッドへ進撃した。ヱメラリーダの作戦は成功だった。保安省は戦力の分断を図られたのだった。よく考えればレジスタンスの目的は明白だったが、ハウザーは陽動に気を取られ、戦力を分散した。ラムダは、この時ほど愚かな長官の下で働く困難さを感じた事はない。

「ひるむな、太陽神殿を我らが再占拠し、ドルイド教団を守るのだ!」

 アルコンの叫び声と共に、地下から続々湧き出していった中枢部隊は、分断された保安省と交戦し、たちまち市街戦を掌握した。各マンホールから飛び出した地下鉄軍団は元近衛隊隊長アルコンの元へと再び集結し、率いられて太陽ピラミッドへ突っ込んで行った。それを守っている保安部隊と交戦するためである。最後の衝突でライダーの力を頼んでいたが、そこに強力な戦士ジョシュア・ライダーの姿はなく、現時点で、その力を頼む事は出来ない。

 神が沈黙しているなら、自分たちで打開する。そんな彼らを励ましたのは、流星群が見られたクーデターの夜、アクロポリスに神出鬼没に出現したゴールデンキャットガールの勇姿だった。情熱党ワルキューレを彷彿とさせるダンスをしたキメラもどきの正体はいったい誰なのか、しかしその正体が分からずとも、確かに励みになって、この戦いの精神的旗手になっていた。

 ラムダ大佐の努力が功を奏し、ステルスキラー攻撃で数多くのタリスマンが破壊されたことによって、多くのファントム騎士団は姿を消しつつあった。だがそのころにはレジスタンスは陽動に成功し、ピラミッド前はレジスタンスに占拠されたのである。依然「幻」たちも沸いて活動していて、街中にあふれているレジスタンスの、一体どこからどこまでが本物か保安省には分からない。

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