第5話 ▲死都ネクロポリス

 同時刻のアクロポリスの地下深く、地下宮殿へ通じるという伝説のある迷宮の大広間・エスペランザに、「神の掟の子ら」の千人近い兵士が集結している。そこはネクロポリス(死者の都)と呼ばれる地下都市の一角だ。アクロポリスの地下には、長い間迷宮が存在すると言われてきたが、地下世界の通路は、シャフトも全容を解明していないほど複雑である。もともと帝都建設の際の環状水路の掘削中に、偶然、古代の迷宮の一部が発見されたのが地下都市の始まりであった。迷宮は、さらなる広大な地下世界・クシナイアンへとつながっていると噂される。アトランティス人が一部を整備したものの、迷宮の全貌はまだ明らかになっていない。自然に土砂で埋まっていたり、あえて行き止まりのままになっている個所も多い。こうしてアクロポリスがシャフトの手に落ちた後も、ネクロポリスはそれを是としない者たちの格好の隠れ家となっていた。彼らは王党派の残党、すなわち自ら最前線で指揮を執る、アルコン・ペンドラゴンの反シャフト独裁政権レジスタンスだ。後にローマ帝国に迫害されたキリスト教徒たちが、地下のカタコンベに墓地を作った事にも通じている。とはいえネクロポリスはシャフトだけでなく、レジスタンスも解明したのは一部にすぎない。

 このところレジスタンスでは、連日の出現が続いているゴールデンキャットガールの話題で持ちきりだった。それはクーデターの直後ですら出現した。その正体は依然不明だったが、ともあれ彼女に出来て自分たちにできないことはない。ワルキューレ(情熱党)を再興する、ヱメラリーダの情熱はまさにあのゴールデンキャットガールによって触発されたといってよい。つまりマリスのこっそり情熱党ごっこが、アルコンやヱメラリーダや支持者たち、姫らの、色々な人に目撃されていて、クーデター直後の希望になっていた。アルコンは、処刑されたアトラス帝や同胞たちへの祈りから目を開くと辺りを見回した。隣の武装した赤髪の少女に声をかける。

「それでは、ヱメラリーダ参謀長、本作戦のマジカル・タクティスの概要を頼む!」

 赤いリンゴをひとかじりした小柄な十七歳のヱメラリーダ・ロックバルトは机の上に登り、仁王立ちして千人の屈強な兵士を見渡した。

「あの悪夢の惨劇から一ヶ月と五時間と、三十四分、エート十七秒が経過した。我々の敵はシャフト! 奴らは巨大な権力と軍事力、警察力を持っている強大な勢力だ。だが奴らは今、美酒に酔っている。そこに隙がある。おごりがある。そこを我々は突くのだ。全力で。我々は今日の反撃の為に身を隠した。陛下を、仲間達を救うこともできなかった……。戦争を阻止することもできなかった! だけどそれは負けを認めた訳ではない。あえて言おう。負けて勝つためだ! 私は、全滅した情熱党唯一の党員であるが、あたしは、ここに奇跡的に集まってきてくれた千人の仲間たちと共に再び決起し、太陽神殿を守り抜く戦いに身を投じるだろう。このネクロポリスの全容は連中も把握していない。ここからアクロポリス全土を戦場とする同時多発ゲリラ作戦を実行する!」

「……ここにいる全てを?」

 最前列の兵士が質問する。

「そうだよ」

「しかし、我々は約千人ほどしか残されていない。もし全滅したらどうするのです。必要な人数だけで戦うべきでは? そうしてある程度の兵力を、ここに温存した方が」

「それで失敗したら、お前は兵力を逐次投入するつもりなのか? それこそ全滅の道だよ。この作戦にはちょうど千人の人数が必要だ。少ない兵力でどうにか大勢力に勝つには? こっちには地の利を生かした俊足がある。それは向こうにはない機動力とスピードだ。逆にいえば、千人いれば勝てる作戦を私は立てている。それにあたしには秘策がある」

 兵力を温存したいためにケチり、試しに攻撃してみて失敗したら次の兵力を投入する。それを繰り返すといつまでも相手に対して優勢にはならず、全滅の道を進む。戦力の逐次投入は決してしてはならない。もちろんぎりぎりの勝負だが、安全策に目を奪われば、勝機を逃すどころか死への道をまっしぐらだ。ヱメラリーダは兵士の質問を一蹴した。

「諸君……、ぬかりなく。アリーナを血で染めた、陛下処刑によりアトランティスの太陽(ラー)は一度は沈んだかに見えた。あたし達はクーデターによって数多くの仲間達を失った。だが、今こそ神の掟の子らは立ちあがるべき時が来た! 生き残った我々こそ真の精鋭だ。あたしはここに集まった君たちを『地下鉄軍団』と命名する」

 秘密結社「地下鉄軍団」。ヱメラリーダ命名のその組織名は、この時まで多くの隊員には寝耳に水だった。が、ヱメラリーダは戦いにはロマンが大事だといってアルコン隊長をねじ伏せた。

「そうだ。我々は諦めない。このアトランティスを。……ではまずこの作戦の秘策を発表する。我らはまず英雄ジョシュア・ライダーを救出し、この仲間に迎える。街中のマンホールから地上へ一気に駆け上がり、腰ぬけシャフト保安省のどす黒いマギ共をせん滅し、シクトゥス4D議長の心肝を寒からしめるのだッ」

「……ジョシュア・ライダーだと?」

 半数以上の兵士たちの間にさらなる不安の色が浮かんでいた。

 ジョシュア・ライダー。筋骨隆々の元兵士ライダーはかつてアルコン達王党派とは無関係に、キメラの女士師ミラージュと手を組み、キメラの反乱を組織化した。キメラ暴動の真の首謀者と言われ、その際にライダーはシクトゥス暗殺をもくろみ、逮捕され収監された。その後、キメラはもちろん、皇帝も逮捕され処刑された。ところが真の首謀者は危険すぎて処刑できないのでネクロポリスの地下奥深くに封印されたのだった。

 処刑場と化したアリーナに引きずり出されなかったのは、おそらくシャフトの処刑を台無しにされる危険性があったからと考えられた上での結論だ。たった一人でも危険な存在。それがライダーだった。情報源によると、二メートルを超えた大男は、ネクロポリスの一角に捕らえられている。地下迷宮を把握するレジスタンスにとって、ライダーの奪還は有利な仕事だったが、実は問題はそこではない。この男はある意味で、レジスタンスにとってもシャフトとは全く異なる意味で危険な人物だった。

「キメラ達を焚きつけた、あの男の無謀な反乱のお陰で、結局陛下を危険にさらし、死に至らしめた。そして我々は窮地に立たされている。それが事実ではないか! そんな男を、一体なぜ我々の計画に加えなければならないのだ」

 大神官・オージン卿がはっきりと異を唱える。

 ヱメラリーダにしてみれば、そんなことは先刻承知だった。ある程度予想のできた反応だが、他ならぬオージン卿がライダーを好んでいなかった事を、彼女は初めて知った。だが、オージンが懸念したのはそれだけではない。時に「破壊者」とか、「覇王」などとあだ名され、恐れられたライダーだったが、その理由が、オージン卿のような正統派の白魔術師からすると、ある意味邪道たるパワー系の赤魔術を使用する為であった。それは決して黒魔術ではないのだが、騒乱を好む性質だとして一部の白魔術師たちからは嫌われていた。白魔術は神に仕え、神の為に奇跡を起こす。皇帝、王党派、情熱党と全てが白魔術の集団だ。しかし今や、その力を借りずしてレジスタンスは成功しないとヱメラリーダは睨んでいる。

「今となっては数少ない、味方となってくれる可能性のある人物です。こんな時だからこそ、共に手を取って協力し合わなければいけないのでは? オージン卿」

 アルコンの隣に立っている女性が一歩進み出た。

「しかし、彼にも責任が」

「そうです。彼に責任の一端があるのなら、彼は私たちに協力して償わなければならない。そうではないでしょうか? 彼女のおかげで、我々は再起する機会を得た。ヱメラリーダのタクティスを信じましょう」

 幸いにして、クラリーヌがヱメラリーダに賛同した。クラリーヌはアルコン隊長の妻で、世話好きの優しい性格でみんなのまとめ役になっている。さわやかで、百七十二センチと高身長で手足の長い、戦士としての能力も一級。何せゴージャスなピンク髪の超絶美人。高級チーズに目がない。ただし情熱党のスターではなく、かつては近衛隊の一員だった。それゆえ、同じ近衛隊員でもあったヱメラリーダは姉のように慕っている。クラリーヌもヱメラリーダを義理の妹のように大切にしている。一方でまだ二十七歳のクラリーヌは四十の坂を越えたアルコンに対し世話女房のようにかいがいしく、女性らしい一面を覗かせる。

「姉さん、ありがとう」

 すらりとした長身でくせ毛の彼女を、壇上から降りたヱメラリーダは見上げた。自分と似たようなところがある快活な女戦士。その華々しい戦歴に、王党派は一目置いていた。クラリーヌが賛同した事で、千人近い部隊はライダーを収容する監獄の襲撃が決定した。


 迷宮の闇から突如出現した軍隊の前に、監獄は突破された。何重にも封印されたライダーの監獄は、警備兵を突破した後もヱメラリーダたちの前に障害として立ちはだかった。その封印は厳重なタリズマンによるものだ。こんな時のためにオージン卿が同行している。大白魔術師はそれを慎重に解いていった。

 その男・ジョシュア・ライダーは腕を組み、胡坐をかいて壁にもたれかかっている。マリンブルーの瞳がこちらをじっと見つめていた。年齢は三十五歳。この半年間の牢獄生活で、ライダーに力の衰えはなかった。封を解いたオージンは容易に近づこうとしない。その男はゆっくりと立ちあがると、二メートルを越える体躯でアルコンを見下ろし、にやりと笑った。だが、アルコンが声をかけようとしたとき、ライダーは無言でその場から立ち去ろうとしたのである。それにはヱメラリーダもクラリーヌも驚く他はなかった。

「待て! 一体どこへいくつもりだ? ジョシュア・ライダーよ。貴様には俺達と一緒に、これからやってもらわなければならない事が」

 あるというのにも、関わらず……。

「アルコン・ペンドラゴン。ところでお前は、この国に伝説の剣があるのを知ってるな。破滅の剣の伝説だ。俺はその剣の魂に導かれて、死都へと赴く。お前たちがここへ来たのも、全ては剣の導きによるものだ。これは天命なのだ。俺にもお前にも、誰にも留められん。オレは今から、それを手に入れねばならん」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。破滅の剣を手に入れるだと? そんな事の為に、俺たちはお前を助けたんじゃない。我々に協力してほしいからだ」

「もうすぐ騒がしくなるな。残念ながらお前の部隊を連れていくことはできん。あの場所へは一人で行かねばならん。それが運命だ。話している時間がもったいない。この辺で、失礼するぞ」

「ライダー! 貴様助けてやったのに、そんな挨拶はなかろう?」

 アルコンは怒鳴って、ライダーは立ち止って振り返った。

「俺を解き放ってくれた事には感謝しよう、近衛隊長アルコン! 騒々しくて檻での昼寝を邪魔されたので、仕方なく起きる事にしたがな。後は、好きにさせてもらうぞ。では、これにて」

「ちょっと待ってよライダー、あたし等、これからシャフトと戦うんだ。あんたの力が必要なんだよ? あんたが起こしたキメラの反乱が原因で、陛下が結局殺されてしまった事、その事を、何とも思ってないの? 罪の意識はないの? あたし達さ、あんたを助けることについて賛否両論だったんだ。でもあたし、あんたに期待してさ、作戦立てたんだよ。このあたしが……」

 ヱメラリーダが声をかけた頃には、ライダーは迷宮の向こうに消えていた。赤毛の少女はがっかりして肩を落とす。クラリーヌも二の句を次げず、エメラリーだの肩に手を置く。

「本当に味方なのか。ヱメラリーダ。破滅の剣を手に入れるなど、この状況に火に油ではないのか。ヤツが若し手に入れたとしたら。シャフトのみならず、我々はとんだ厄介事をしょい込んだぞ」

「何なのよ? その、破滅の剣って」

「ツーオイ石と同様、このアトランティスに伝わる偉大な力を持った伝説の魔法剣だ。だが、そいつは破滅の剣と名付けられている。それがどこにあるのかはわからん。しかしライダーは知っているのかもしれん。もしライダーがそれを見つけしまったら、シャフトだけではない、我々にとっての脅威になるかもしれない。またキメラの反乱の様な大混乱が起こるか前触れかもな。我々にとっての破滅が。野に……解き放ってしまったのではないか? 俺たちは、あの男を!」

 ツーオイ石同様、この国の「神器」の一種であるには違いなかった。だがその神器は不吉な伝説に満ちていた。破滅の剣で何か悪いことが起こるとアルコンは予感した。

「そんな……だってさ。あ、あたしはあいつを信じてたのに。あいつに限ってそんなはずが!」

「どうやら、お前の最初のマジカルタクティスは失敗だったようだな!」

 ヱメラリーダとクラリーヌはあっけに取られながら、どうしてライダーが協力してくれないのか理解できないまま、男の消えた通路の闇を見やった。

 闇の向こうから、無数の足音が響いてくる。

「来るぞ……騒ぎを聞きつけやがって、敵さんが!」

 アルコンは気配を感じていた。

「こうなったら計画変更する、プランB。予定通り『ワルキューレの騎行』発動、みんな分散して地上へ出て! オージン卿、後はクラリーヌ姉さまに任せて」

 ヱメラリーダは悔しさを押し殺し頭を切り替える。

「了解」

 大貴族オージン卿は、表向きは依然シャフトの高位に位置している。だからこの戦闘には後方支援以外では参加しない。彼が同行するのはネクロポリスまでだ。

 ヱメラリーダは部隊に指令を飛ばしていく。ライダーなしの作戦はクラリーヌを中心としたものとなる。アクロポリス各所のマンホールから同時に出現した地下鉄軍団は、保安省を足元から襲撃するのだ。

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