第4話 ▲ツーオイ石

紀元前八〇八七年九月一日


 統率された兵士たちが出兵して一ヶ月あまりが経過した。だが、依然として海戦は始まらなかった。アトランティス海軍の動きを察し、ガデイラの要塞からヘラス海軍が速やかに出陣した。両者は洋上でにらみ合ったまま動かなかった。そこにはアトランティス海軍の抱える重要な問題があった。それは軍のヴリルのエネルギーチャージの問題だ。

 海軍の出兵を見送ったシャフト評議会は、次なる仕事にかかっていた。評議会の開催により、王家の所轄する太陽ピラミッド内にある水晶炉(クリスタルリアクター)を軍事利用する決定がなされたのである。シクトゥス4D議長は太陽神殿、太陽ピラミッドを管理しているドルイド教団に対し、明け渡しを要請した。ところがドルイド僧たちは、これを拒否した。今の時世にシャフトに逆らう事は、イコール死を意味するにも関わらずに。問題は、ピラミッドに入り口が全くないということだ。ピラミッド自体が、「意思」を持っていて中に人を入れようとしない限り、いくらそこから破壊工作を行ったところで、中の部屋へと通ずる通路には、魔術の結界に守られて入れないのである。

 この皇帝のシンボルたるアンクが記された太陽神殿には、アトランティス最高の魔法石が鎮座している。神殿の太陽ピラミッドの、水晶炉の重心室、絶縁石に囲まれた「中枢神経の間」に鎮座するツーオイ石は、高さ七メートル、幅三メートルもの巨大な人工クリスタルである。それは上部の冠石こと「火石」(ファイヤーストーン)と、下部の六角形のシリンダー水晶の二重構造に分けられる。両方とも錬金術の結晶で造られた人工水晶で、対で陰陽を成している。人工とはいえ、完成したのは奇跡で、二つと作り出すことはできない精度のものだ。下部のシリンダーが無限と有限を結び付け、大宇宙に遍在するヴリルを吸収する。それをシリンダー水晶内のプリズムによって収斂し、そのヴリルを主としたエネルギーを上部の冠石へと吸い上げる。冠石の特殊なカットによって、物質エネルギーとして様々な用途の波動エネルギーへと変換し、都市の各所へと送り出す。すなわち太陽エネルギーを直接電力へと変換する特殊な石であり、それが水晶炉として、アクロポリス全体を潤す中央発電所になっていた。

 ここにある、たった一個のツーオイ石だけでアクロポリスを丸々養え、都市のエネルギーが一極集中しているまさに「要石」だった。ツーオイ石がエネルギーを一手に掌握するゆえに、ここに権力も集中し、この国の官僚社会が成立しているのだ。しかもツーオイというこの魔法石は、発電機のみならず、情報ネットワークの中枢神経でもあり、メインコンピュータでもあった。この場所こそ、アトランティスのピラミッド社会のシンボルといえる最重要の施設なのである。

 ツーオイはまさに世界を支配し、コントロールできる偉大な魔法の石! ツーオイは単にアトランティスの権力集中の場だけではない。それを掌握する事は、真に世界を掌握する事……。だがこの重要な拠点を、かれこれ一ヶ月の間、シャフトはまだ手に入れていなかったのだ。

 高さ二百メートル、底辺三百メートルの黄金に輝く太陽ピラミッドは、シャフト元老院からなるドルイド教団によって厳重に守られ、その権威はシャフトから独立している。「元老院」とはいうものの、ただのシャフトのOBや天下り的なものとは全く性質が異なり、極めて特殊なアデプトに位置するマスター達で構成されている。アトランティスにおけるドルイド僧は政治とは一線を画す神聖不可侵な存在だった。エジプトのヘリオポリス地下にヱデンが眠り、それがアトランティスを救うと記された古文書を保管しているのも、このドルイド教団である。

 シャフトが錬金術を卑金属から貴金属へと元素転換するなど、実用的な魔術科学として使用する一方において、ドルイド教団は、古代から一貫して「一体性の法則」を治めた人々であり、錬金術によって人間を不老不死の世界へと導く研究のために使用した。夕日を浴びた黄金ピラミッド神殿で、ドルイドの僧侶が瞑想している姿がよく見られたが、瞑想する彼らは動かず、やや宙に浮いている。彼らは古代から続く精神修練のためのクリスタル使用を重んじ、彼らでなければツーオイ石を自在にコントロールする事は不可能とされていた。なぜならツーオイ石は「生きている」からであり、生きた石は、元老院・ドルイド僧の作法にのみ恭順するのである。ただしその解釈は、シャフトの側では公式に認められておらず、ツーオイ石は半永久的に半ば「自動的に稼働」しているはずである。

 これまで百年間、アトランティスに大災害が起こっていなかったのは、ドルイドがツーオイ石を厳重に管理していたからだといわれている。ツーオイ石は一体性の法則の元に管理されなければならない。

 そしてドルイド教団はシャフトにとってやっかいな事に、皇帝家の教義を支持していたのだ。当然の結果として元老院もシャフトのクーデター政権など認めず、痛烈にシャフト新体制を批判していた。事実これまで僧団の言う通り、ツーオイ石は一体性の法則に基づいて、平和利用のみに限定されてきたという事は確かだった。「光の実」ともいわれ、それは光ヴリルを受信するための装置なのだった。教団に伝わる古からのビジョンロジック(予言)によれば、このクリスタルが沈みゆくアトランティスの危機を救うと言われてきた。逆に言うと、これをシャフトのように戦争目的で使うなどもっての他という事を意味した。なぜならそれは光ではなく闇を呼び込む行為だからである。もしこのような「闇のベクトル」にツーオイ石を使った時は、アトランティスの滅亡を促進するだろうと予言されていた。

 実際のところシャフトの内部でさえも、この議長の水晶炉の軍事利用に対して、意を唱える者たちは少なくなかったのである。だが今や、シクトゥス議長に逆らう者は、皇帝と同じ運命をたどることであり、それでもなお反対を唱えようとする者たちは、シャフトとの対立を余儀なくされた。

 シャフトの始めたヘラスとの戦には、海軍の基本的な原動力としてツーオイ石の送信するヴリル・エネルギーが欠かせないばかりか、さらにツーオイ石の軍事利用たるヴリルを使用した雷兵器、あるいは気象兵器、地震兵器ともなりうるヴリル・デストロイヤーは、ラグナロックの最終兵器となるはずだった。ラグナロック作戦はゲリラ戦に長けたヘラスを最終的に倒す為に、ツーオイ石を使った兵器を使用する事を前提としている。

 むろん基本的な推進エネルギーは現状でも確保できているが、今後とも安定的に海軍と、それに伴って出兵した空軍とに、ヴリルを送信し続けなければならない。もしドルイドのアデプト達が言うようにツーオイ石に「意思」が宿っていて、最低限のエネルギーを軍に送る事さえも拒否し始めたら、飛行船も船も推進力を失って漂い始め、アトランティス軍は戦いの前に敗北する。シクトゥスは、水晶炉を占拠する前に見切り発車で海軍を出陣させた訳だが、敵と交戦する以前から背水の陣で臨んでいた訳である。

 よってこれを何としても制さない限り、シャフトはアトランティスを掌握した事にならず、自分たちの未来もなかった。だからこそ停戦条約を破棄したにも関わらず、まだ戦を仕掛けていないのだった。ただ皇帝を処刑しただけでは、まだクーデターは成功とは言えず、それは始まりに過ぎなかったのである。両者の対立がきわまった今、まさに太陽ピラミッドをめぐる後半戦の戦いが始まろうとしていた。

 ドルイド僧団逮捕の議長の命を受けたのは、やはりシャフト保安省を率いるカトージ・ハウザー長官である。シャフト保安省は、この国の警察力として最強と恐れられる戦闘集団だ。これに対抗しうる者は、王家の近衛隊が滅亡した今となってはどこにも存在しない。それ以外では唯一の対抗勢力となりえた情熱党との戦いにおいても、彼らを壊滅させ、死に追いやった。シャフト保安省に属する者は、誰もが恐るべき能力者だった。ハウザー長官を初めとし、ラムダ・シュナイダー大佐、イゾラ・マジョーレ中佐、マグガリスなど、いずれも攻撃力の高い魔術科学を心得たマギたち。基本的に好戦的民族といえるアトランティス人の中でも、特に戦いに特化した集団が保安省部隊なのだ。

 ハウザー長官達は、アクロポリスの要衝・太陽ピラミッドの占拠を行うため部隊を率いて向かった。隙間一つない人工クリスタル製の外壁が太陽の光で虹色に輝いている。太陽ピラミッドの占拠に武力的抵抗はおそらくないと考えられたが、ドルイド僧の厄介さは力の行使とは別の所にあった。堅牢な信念、つまりアトランティス人においても異例ともいえるほどの精神性の高さである。精神性とは、魔術的抵抗を意味していない。つまり彼らは「非協力」という抵抗でシャフトを拒んだのだ。彼らは秘教的な意味で重要な秘密を数々握るグループである故に、それは極めて強力な抵抗手段だった。

 ドルイドを束ねるギデオン僧長は、迫りくる武装兵と戦闘的魔術集団に対し、「陛下を殺したお前たちこそ黒魔術師である」と、毅然とした態度で保安省および議長を名指した上で痛烈に批判した。魔法石が生きている事を知らず、「間の子」、半獣半人キメラたちを「物」や「機械」として差別し、使役する彼らは、世界と分離している。それは「一体性の法則」からの堕落に他ならない。そしてツーオイ石がシャフトに、「心を開く」ことがなければ、ツーオイのデータコアへとアクセスし、水晶炉を自由に動かすことなど決してできないと断言した。もはや両者の対立は不可避だった。間もなくこのアクロポリスで、再び凄惨な虐殺が始まる事を誰もが予想した。だが、凶暴なシャフト保安省の手がピラミッド神殿へと迫る中、地下深くにおいて誰にとっても予想外の出来事が起ころうとしていた。

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