闇の中へ/2

 彼は少女の言葉に答えられなかった。

 今こいつはなんて言ったのだ?

 もちろん彼は、少女の言葉をしっかりと理解している。しかし、理解した上でそう考えたのだ。武器を向けられ、殺すと脅され、それでもこの少女はそんなことを言ったのか。


「てめぇ何言ってやがるんだ? 殺されてぇのか!」


 彼は少女の胸倉を掴んだ。少女の真っ黒な瞳が僅かに揺れる。


「殺されてぇのか、クソガキ!」


 しかし少女の表情は変わることはない。それどころか、少女は更に彼に言葉を投げ

る。


「あなたの目は知っています。〝殺される動物〟の目です」

「なんだと……?」

「動物を殴った後、そのような目をしていました」


 少女の瞳が彼をしっかりと映し出した。この少女が言う〝殺される動物〟の目の瞳孔は、小刻みに揺れていた。


「殺される動物だと? それはよぅ、お前みたいな奴を言うんだぞ?」


 彼は少女を押し倒した。上品な深緑の着物が乱れる。少女の瞳は変わらずに彼を見つめている。


「お前、犯されたことはあるか? ないよな? 見たところまだガキだ。性の授業はちゃんと出席したか?」


 嫌らしい笑みを彼は少女に向けている。

 彼は少女の着物を強引に剥いていく。それに少女は一切抵抗を見せなかった。少女の肌を覆う着物は徐々に無くなっていき、少女らしい柔肌が姿を……現すはずだった。


「は……?」


 彼の手が止まる。

 現れた肌は、彼が想定しうるものではなかった。

 少女の体らしからぬ、傷だらけの肌。それは切り傷から、打撲の痕まで痛々しく、生々しく残っていた。その中でも特に目を引くものは二つあった。膨らみかけの乳房の左には焼かれたような痕。胸の中心から下腹部まで真っ直ぐに走る傷跡。

 それらは全て、治療の痕は見られない。自然治癒か。それにしてはあまりにも……雑だ。


「なんだよ、この傷は……」


 そっと、彼は傷をなぞった。傷は醜く膨らんでいる。触れられても少女は顔色を一つも変えない。


「これ、どうやって……こんな傷、どうやって出来るんだよ」

「それは、笑われながら切られた傷です」


 少女はゆっくりと語り出した。


「あの人は……お医者様だったと思います。体を切らせればお金をくれると言ってくれました。すごく痛かったけど、ちゃんと治してくれました」


 治した……少女は確かにそういった。だが、彼はそれに反論した。


「これが? 治した、だと?」


 どう見ても治療ではない。死なない程度に放っておいたが正しい。


「その間、世話をしてくれました。僅かな時間でしたが」

「気持ち……わりぃ奴だ」


 彼は彼女から距離を取った。


「萎えちまった。さっさと失せな」


 彼はそう言った。少女はその言葉を聞いてか聞かずか、まずは着物を直した。


「おい。聞こえ……」

「私は癒し神です。あなたの心を、癒させてください」


 少女は再度同じことを繰り返した。


「失せろって言ってんだよ、消えろ!」


 彼の怒声は少女の体をびくつかせる。その様を見て、彼はにやりと笑った。

 あぁなんだ。やっぱりガキなんだ。

 彼の中の加虐心がくすぐられる。


「なぁ、これわかるか?」


 彼は手に持っている銃をわざとらしく少女に見せびらかす。少女は首を傾げてそれを見ている。

 やはりこいつは銃を知らない。時代錯誤な恰好といい妙な話し方といい。こいつは何も知らない。


「これはなぁ……こうやって使うんだ」


 彼は引き金を引いた。

 発砲音とほぼ同時に、少女の頬を弾丸が掠めた。薄肌から僅かに血が滲んだ。

 少女は瞬きすらせずに大きく目を見開いて彼を見ていた。


「これが当たるとな、死ぬぞ? あはははっはははっははは!」


 彼は距離を詰めて銃を彼女の額に銃口を付けた。少女の瞳は小刻みに揺れている。それは先程まで彼が少女に対して向けていた瞳に瓜二つだった。

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癒し神 南多 鏡 @teen

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