第20話
作延好道が相談部から出ていってしばらく経ったあと、作延美世が訪れた。
美世はまた、しつこく綾瀬真麻の事件について訊いてきた。兄と同じで比空の役にでも立ちたいと思っているのだろうか。それにしては妙に動機が個人的なものに見えるが。
「綾瀬の話はそれくらいにして、作延妹がどうやって下着を盗まれたのか教えてくれよ」
と、奥苗はそれまでの話を断ち切って言った。
「えぇぇ。でも美世よく覚えてないしぃ」美世は自分の髪を指で弄りながら、猫なで声で言った。
「覚えてねーってそんなことあり得ねーだろ」
「でもぉ、実際に美世がそう言ってるんだからそうなんだよぉ」
奥苗はこみ上げてくる苛立ちを必死に抑えこむ。
「ほとんどのやつはプールの授業中に下着が切られてたけど、作延妹はどうなんだ?」
「えぇとね。真麻はどうだったのぉ?」
「綾瀬はロッカーに入れっぱなしにしてあったブルマが切られたから別もんだ」
「じゃあ美世もそれでぇ」
作延美世はそう言って笑った。
支離滅裂。意味不明。言ってることは矛盾だらけ。
下着を盗まれた日にちも、その方法もどんどん変わっていって、作延美世が口を開くたびに、美世に対する不信感は増していった。
怒りを通り越して呆れてきた。
「それでぇ、真麻のブルマを切った人って誰だったのぉ?」
「それは、まだわからない」比空が答えた。
「でもぉ、こいつがやったんじゃないかって人はいるんでしょぉ?」
「……前にも言ったけど、疑わしいってだけじゃ教えられないよ」
「えぇ、でもぉ、少しくらいいいじゃん」
比空は困っていた。相談部に来た人間だから邪険に扱うこともできないのだろう。奥苗は我慢の限界だった。そして苛立ちが臨界点を突破して、奥苗は剥き出しの苛立ちを言葉にのせて美世に言い放った。
「疑わしいのは今福誠治と作延好道だよ」
比空が肘で奥苗をつつく。
「ちょっと、美世ちゃんのお兄ちゃんだよ?」比空の声をひそめた助言も奥苗の冷静さを取り戻すのには至らなかった。
「えぇぇ、美世のお兄ちゃんがそんなことするとは思えないんだけどぉ」
「なら今福誠治が犯人なんだろう」奥苗はぶっきらぼうに言い捨てた。
「そうなんですかぁ? それじゃあ、真麻はどうやって下着を切られたんですかぁ?」
「そんなもん知るか。五階にずっといる本人に訊けよ」
突き放すようにそう言うと、美世は思案顔になって立ち上がった。
「ありがとうございます。犯人探すの頑張って下さいねぇ」
美世が出ていったあと、奥苗は口を滑らせたことを激しく後悔して頭を抱えた。
「なんというか、奥苗もまだまだ子どもだね」比空が呆れ果てたように言う。
「反論してーが、今の状況じゃそれも無理だな」
奥苗は美世がいなくなった場所を見つめる。
「作延の妹だって悪いんだぞ。あんなにしつこく訊いてこなくてもいいだろ。うんざりだっての」
作延美世は綾瀬真麻がどんな事件に巻き込まれたのかを執拗に質問してくる。まるでその情報がなければ危機的状況に陥るのではと思うほどの執念さが感じられた。
「真麻真麻ってうるさーつーの」
「本人がいなくなった途端に悪口言うのはかっこ悪いよ」
比空にそう咎められ、奥苗はばつが悪くなって押し黙る。
「きっと美世ちゃんは綾瀬ちゃんと同じでいたいんだよ」
「それは見てればわかる。持ち物とか髪型とかそっくりだからな」
後ろから見たらよく見ないと区別がつかないほどに綾瀬真麻と作延美世の出で立ちは酷似していた。
「きっと美世ちゃんは綾瀬ちゃんといつも同じでいなきゃって強迫観念みたいなものを持ってるんだよ。主婦の井戸端会議である主婦が旦那の悪口を言ったら、他の人も旦那の悪口を言わなきゃって雰囲気になるのと似ているかもね」
「よくわかんねーな」
「わかる人にはわかるってこと」
奥苗は比空を見る。
比空にはそういう誰かと同じでいなきゃといった感じがなく、自分の道をただひたすら進んでいるように見える。それはとてもかっこいいことだけど、危うさもある。同じ道を歩む人がいないということは、それだけ共感してくれる人も少なくなるし、自然と敵も増えることになる。
比空は悩むように眉間にしわが寄っている。相談部を設立してから比空は笑顔よりも曇っている顔が多くなった。比空には、いつも笑っていて欲しいのに。
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