第19話

奥苗春希と比空望実は慌ただしく相談部の部室を出た。

「昼休みってあと何分だ?」奥苗は早足で二年三組の教室に向かいながら訊ねる。

「おおよそ三十分だよ」

「楽勝だな」

 階段を上がる。廊下はまだ休み時間を楽しんでいる生徒たちで溢れている。二年三組の教室が見えてきた。

 教室の中に入る。黒板の上の時計を見ると、昼休みが終わるまであと五分を切っていた。驚いて何度も時計の針の示す数字を確認してしまう。

「おい比空。さっきのあと三十分ってのは何を見て言ったんだ?」

「ん? 見てないよ。感じたままに言っただけ」

 なるほど。

 奥苗は視線を素早く移動させて神王院姫耶を探す。

 いた。既に五限目の授業の教科書を机の上に置いて姿勢正しく昼休みが終わるのを待っていた。奥苗たちは机の間を移動して、一番前の一番左側、窓側の席に行く。

「神王院」

 神王院は上品な仕草で振り向いた。

「なんでしょうか?」

 奥苗は首を巡らせる。辺りに生徒の姿が見える。ここで話していいものかどうか悩む。

 時計を見る。時間は一秒ずつ刻まれている。放課後を待つ余裕はない。

「少しだけ廊下で話せるかな?」

 悩んでいたら横から比空の助け船が入った。

 神王院は小さく頷く。廊下へと向かう。

「ねえ」比空が耳打ちしてきた。「神王院さんとなに話す気? 久住くんも同じクラスなんだから色々と注意してよね」

 奥苗は肩越しに振り返って久住を見る。

「いや。そこらへんは大丈夫だぞ」

 比空は小首を傾げる。

「なにが?」

「今から神王院と話す、そしたら比空にもわかる」

 比空は腑に落ちないといった顔をしたが、それ以上は訊いてこなかった。

 廊下に出る。人気がない場所に行って、神王院と向き合う。

「神王院。相談部に来たときのことを覚えてるか?」

 神王院は突然の話題に戸惑っているようだった。

「はい。覚えてますけど」

「そのことでちょっと訊きたいことがあってな」

 神王院の目が輝き出す。

「もしかしてあの下着を入れられた方が見つかったんですか?」

「いや、悪いがそうじゃねー」

「では、なんでしょうか?」

 比空を一度確認する。比空は黙って奥苗と神王院の会話を聞いていた。

 奥苗は続ける。

「あの時、神王院は、その、プールの授業中にロッカーに入れられたものを、持ってきてたよな」

「はい。そうですね」

「そんでだ。その時、えっと、ガーターベルトとだな、一緒に何かメッセージのようなものが入ってたんじゃねーか?」

 比空は目を見開いた。

 神王院は躊躇するような素振りを見せたあと、重く口を開く。

「はい。そうですね」

「そこに書いてあった文字は、ノーサンブリア陥落、二度と復興する事なかれだろ?」

 神王院は驚いたように開いた口に手をあてる。

 そう、この連続パンツ切り裂き事件の最初の被害者はずっと綾瀬真麻だと思っていた。けれど綾瀬のブルマが切られるより前に、既に事件は起こっていたんだ。

 神王院姫耶が最初の被害者だったのだ。気づけるはずがない。神王院姫耶当人に自分が被害者だという認識がないのだから。

 七王国と組み合わせられた七つのパンツ。その中に含まれるノーパン。考えて見れば、他の六つの下着は切り裂くことができても、ノーパンを切り裂くことはできない。だから犯人は神王院のロッカーに下着を入れたのだ。

 奥苗は神王院を観察する。

 清楚なお嬢様といった雰囲気の女子生徒。

「つまり、だな。その、神王院は」言い淀む。女子に向かってこの言葉を吐くのは躊躇する。「だから、だな」奥苗は意を決して質問を発した。「神王院は普段ノーパンでいるのか?」

 覚悟を決めた奥苗春希の問いは、昼休み終了のチャイムに掻き消された。

 意気込んだだけに肩の力が抜ける。

「あら、授業が始まってしまいますね」

 神王院が教室の方を見やる。

「そうだな」

 時間切れだ。奥苗は最後に別の質問を投げる。

「神王院は何で最初に相談に来た時に紙が一緒に入ってたことを教えてくんなかったんだ?」

 そうすればもっと早くに色々なことがわかったかもしれないのに。

「それは、頂いた手紙を他の方に見せるというのは失礼だと思いましたので」

 なるほど。どこまでも律儀な人だ。

「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

 神王院は頭を下げたあと教室に向かって歩き出した。

 比空が奥苗の側に寄ってきて訊ねる。

「ねえ、神王院さんにした質問ってどういう意味?」

「なんだ? なんで紙が入ってたことを教えてくれなかったってことがか?」

「違うって、その……その一個前の質問だよ」

 一個前か。思い出す。チャイムに掻き消された自分の発言を。

「ひ、比空聞こえてたのかよ!?」

「うん……耳澄ませてたからね」なぜか得意気の比空。

「あれは、だな」口籠もる。

「えっ? もしかして個人的な趣向で訊いたの?」

「ちげーよ! あれは、ノーサンブリアがノーパンを意味してるからだって」

「ん?」比空は意味がわからないと言うように首を捻る。

「だから、今までわかってた事件は全部下着が切り裂かれてただろ? 綾瀬真麻のブルマはマーシア陥落って言葉と一緒に引き裂かれてた。んで、他の下着も全部切られてただろ?」

「うんうん」比空はこくこくと頷く。

「じゃあ、ノーパンはどうやって引き裂くと思う?」

「うーん」間を置いて比空は答える「それは無理だね」

「だろ? だから犯人は神王院に下着を渡すことによってノーパンを引き裂いたんだよ。要はノーパンじゃなくさせたってことだな」

「あー、なるほどね」ふむふむと納得する比空。「って、つまり神王院さんはいつも」一度言葉を切る。既に教室の中に消えた神王院の背を探す。「えっと、ノーパンということでしょうかね?」

「そういうことだな」

 比空は手をあたふたと動かす。動揺が見て取れる。

「えー。そうなんだ。えー。びっくりだよ。全然そんな風には見えないのに」

「まったくだな」

「でも、そうかー。そうだよね。そういうことなんだよね」

 比空はぶつぶつと呟いている。

 奥苗は廊下の窓から外を見る。強い太陽の日差しが街並みを照らしていて眩しい。生徒のかけ声が遠くの方から聞こえた。おそらく反対側の窓からならグランドで授業している生徒が見えたことだろう。

「ん? 授業?」

 頭の中に唐突に忘れていたことが蘇ってきた。

 背後に気配。

 顔だけで振り返ると、二年三組の五限目の担当教師が眉をひくつかして立っていた。

「授業始まってるのにいい身分だな」男子教師は怒りを孕んだ口調で言った。「そんなに廊下が好きならずっと立ってろ!」

 怒鳴られた。

 結果。奥苗春希と比空望実は廊下で立たされることになった。

「どちらかというと悪いのは奥苗だよね」

「おれ? なんでだよ」

「だって、休み時間が終わったチャイムが鳴ってんのに、まだ神王院さんに質問続けてたじゃん」皮肉を込めるように比空は言った。

「だったら比空だって昼休みの残りの時間間違えてたし、神王院がいなくなったあとぼーとしてたじゃねーか」

「わたしはぼーとすることすら許されないの!?」大げさに悲壮感を漂わせる比空。

「そういう意味じゃねーよ」

 二人は顔を合わせる。そして同時にため息をついた。

 二人は廊下で並んで窓の外を見る。

「神王院さんも被害者だったんだね」

「本人はそうとは思ってねーみたいだけどな」

「……六人、か」比空は呟いた。

 被害にあった下着は、神王院姫耶のノーパン、綾瀬真麻のブルマ、そして縦縞パンツ、紐パンと続き、比空望実の純白、そしてまだ切り裂かれた下着は出てきていないが作延美世の動物柄パンツ。残りはTバックだけ。

「あと一つだな」

「神王院さんが被害者だってことがわかっても、何一つ新しい情報は得られなかったね」

 比空は嘆息して肩を落とす。

「いや、神王院が今までの事件の被害者の一人だってことはかなり重要な情報だぞ」

「え? なんで?」

「久住佑が犯人じゃねーってことがわかったからだよ」

 比空の表情が一時的に固まる。固まった表情は徐々に驚きの顔に変わっていく。

「どうしてそうなる?」

「比空が前に言ってただろ? 久住佑はプールの授業を休まない」

 比空は考える間を置いたあと、あっ、と何かに気づいた表情になった。

「そっか。プールの授業にサボってないんだから、当然女子更衣室に忍び込むことはできない」

「そういうことだな」

 久住佑と神王院姫耶は同じクラスだ。

 普段プールの授業には必ず参加する久住佑が、プールの授業中に神王院姫耶のロッカーにガーターベルトを入れることなんて不可能だ。

「けど、ならどうして久住くんは綾瀬ちゃんのブルマのことで嘘を言ったのかな? というか、そもそもなんで綾瀬ちゃんのブルマに触ってたのさ? それに、なんでわたしが被害にあった時だけプールの授業休んだの?」

「そんなのおれが知るわけねーだろ」

 比空は口に手をあてて考えるように床を眺めている。

 奥苗は天井を仰ぐ。残る下着もあと一つになってしまった。もし、次の犯行が成功してしまったら犯人を見つけることはもうできなくなってしまうだろう。なんとしても、Tバックが切り裂かれる前に犯人を見つけなくては。天井にある消火用のスプリンクラーを見つめる。でも、Tバックなんて履いている生徒がこの高校にいるのだろうか。いるとしてもその人物を見つけることは可能なのだろうか。

「なあ、犯人ってさ」

 横に顔を向ける。比空の姿がなかった。視線を下げると比空がしゃがみ込んで二年三組の教室の扉をそっと開けようとしている。

 近寄って声をひそめて訊ねる。

「おい。なにやってんだよ」

 比空は振り返って奥苗にもしゃがむように指示する。

「久住くんがいるか確認しようと思って」

 比空は扉をそろそろと開ける。できた隙間から中を覗き込んだ。

「いるか?」

 比空の返答を待つ。

「うーん。いないみたい。でも鞄は置いてある。これはサボりというやつだね」

 比空は立ち上がった。自然と見上げる形になる。

「どうかしたか?」

「探しに行こう」

「は? 誰を?」

「久住くんに決まってるよ」

 そうか。決まってたのか。

 奥苗は立ち上がる。

「どこにいるか知ってんのか?」

「知らないよ。だから探すの」

 比空はにやりと笑って歩き出した。奥苗もその後に続く。

「どっから探すんだ?」

「というかサボるって何するんだろう?」

「授業に出ないってことだろ」

「だから、その時間に何をしてるんだろうなってこと」

 考える。授業に出ずに久住佑は何をしているのだろう。どこかで寝ているのか、それとも遊んでいるのか、もしくは誰かと会っているのか。

「そういえば、比空がひとりで久住のこと探ってるときはどうだったんだ?」

「放課後は隠れて見てたけど、さすがに授業に出ずに追いかけることはできなかった」

 つまり、どこにいあるかは予想が立てられないようだ。

 五階の特別室が並んでいる場所を探す。それぞれの教室で授業が行われていてサボっている学生が隠れられる余地はなかった。保健室を覗いてみるが、久住らしき人間はいなかった。

 グランドに出てみる。体育の授業中の生徒がいるだけで制服姿の生徒は見られなかった。

「どこにいるんだろうね」

 一階の用具入れや部室、倉庫が並んでいる場所を比空と奥苗は歩いている。

「学校の外に出ちまったんじゃねーか?」

「そこまでするなら鞄持って帰るでしょ」

 それもそうか。奥苗は納得して頷く。

 足を進める。授業の時間中に廊下を歩くというのは不思議な気分だった。自分の足下を見ながら無言で歩く。静寂が漂ってきそうだったところに、突然大きな音が混じった。がたっ、と何かが崩れる音がする。

「なんだ?」奥苗は音の所在を探して視線を巡らせる。

 比空は横を見ていた。どうやら目の前にある倉庫から聞こえてきたようだ。備品入れと書かれたプレートを見上げる。確か地理で使う地図や、昔の資料などが置いてある場所だ。そういえば奥苗がパイプ椅子を頂戴したのもここからだった。

 比空は倉庫の扉に耳を近づける。

「話し声が聞こえる」

 奥苗も扉に近づいて聞き耳を立てる。中から男の声と女の声が聞こえた。

 比空と顔を見合わせる。

 比空は小さく頷くと扉をそっと開ける。できた細い隙間に顔を寄せて中を覗く。

「マジかよ」思わず声が漏れた。

 中にいたのは探していた久住佑だった。久住はいつも教室で見せるぶっきらぼうな態度ではなく、楽しそうに会話をしていた。

「えっ? えっ? こういうことなの?」

 比空が小声で吐いた言葉は動揺で震えていた。

 久住佑が会話をしていた相手は、ブルマを切られた被害者である綾瀬真麻だった。久住は綾瀬の腰に手を回して、明るく談笑している。綾瀬は前に見たときより大人びた表情で笑っていた。

 その状況から容易に想像ができる結論が一つあった。それは、久住佑と綾瀬真麻がかなり親密な間柄であるということ。二人の距離が二人の関係の深さを表していた。久住は綾瀬の頭を撫でる。綾瀬はくすぐったように笑みをこぼす。

「なるほどね。美世ちゃんが言ってたことはこういうことだったのか」

「作延の妹がなんか言ってたか?」

「綾瀬ちゃんには彼氏がいるけど、人には知られたくないから内緒にして欲しいってやつ。納得だよ。そりゃあ久住くんが彼氏だなんて恥ずかしくて公言できない」

 比空の中で久住佑の存在はかなり下に位置するようだ。

 久住と綾瀬のスキンシップが増えていく。

 久住は綾瀬の首元に顔を近づけて舌を出して舐めた。綾瀬の身体がびくんと跳ねる。

 奥苗は比空を見た。比空は顔を真っ赤にして顔を逸らしていた。

「下世話なことをするのはやめよう」

 比空は音を立てないように扉をしめる。

「そうだな」

 奥苗も同意する。狭まる隙間に一度視線を送ったら、久住佑が綾瀬真麻のスカートをめくり上げて、中の下着に触れていたのが視界に入った。

 奥苗と比空はその場から離れ、同じ階にある相談部の部室に入った。

 先ほど見た映像がまだ頭の中に残っていて、心臓が大きく伸縮運動を繰り返している。

 比空はソファーに膝を抱えて座った。膝の上に顎をのせて、斜め下を呆然と見つめている。

「……心臓が、まだばくばくしてる」

 比空の頬は未だに火照ったように赤い。

「そうだな」

 先ほどの光景を思い出す。奥苗も自分の心臓が高鳴るのを自覚して、表情を隠すように手を口許にあてた。

「つまりは、そういうことなんだよね」

「ああいうことなんだな」

「久住くんと綾瀬ちゃんはつき合ってたんだね。だから久住くんに綾瀬ちゃんのことを訊いたときに、あんなに親しげだったんだ」

「綾瀬のことを知らないって言ってたのは、つき合ってることを隠してたからなんだろうな」

「それで、綾瀬ちゃんのブルマに久住くんが触れた記憶があったのも」

 倉庫での二人の接し方を思い出す。久住の手が綾瀬の下着に伸びる映像が頭に浮かぶ。

「つき合ってたら、あーゆーこともするんだろうな」

「……そうなのかな」

 なんとなく気まずい。比空の側に寄ることができなくて、奥苗は部室の隅で立ち尽くしていた。

 五時間目の授業の終わりを告げるベルが鳴り、二人はそそくさと部室を出た。

 ホームルームを終え放課後、久住から詳しい事情を聞いた。久住に綾瀬とつき合っているのかどうかを訊ねたら、始めは否定していたが、二人がイチャついていた現場を目撃したことを告げると観念したように色々と説明してくれた。どうやら、つき合ってることは誰にも話さないように綾瀬からきつく言われていたらしい。なので、綾瀬との関係を訊いてきた比空たちを警戒したようだ。比空の制服、下着が切り裂かれた日にプールの授業をサボったのは、比空の尾行がしつこくて、放課後隠れて綾瀬と会うことができず、しょうがないから大切なプールの授業を抜け出して密会することにしたらしい。

 プールの授業をサボればそのまま綾瀬と二人で隠れて放課後の時間を満喫することができる。

 奥苗は素直に久住に謝罪した。久住に綾瀬のブルマを切った犯人を必ず見つけ出すと約束した。

 事実を知れば拍子抜けするような内容だった。

 相談部の部室。比空に久住から聞いた事柄をすべて伝えると、比空はソファーに深く座って真剣な表情をした。

「これで久住くんは容疑者から外れたことになるね」

「そうだな」

 綾瀬真麻のブルマから絞り出された容疑者は、あとは作延好道と今福誠治になった。

「作延くんには妹のロッカーと間違えたっていう理由があったけど、今福くんの説明は意味がわからなかったね」

「女子トイレに忘れたから届けたとか言ってたな」

「奥苗も作延くんのこと信頼してるみたいだし、どう考えても怪しいのは今福くんだね」

 奥苗は比空の顔をじっと見つめる。

「そう、だな」

「なんだ? 歯切れが悪い言い方だなー」

「そういうわけじゃねーよ。ただ、比空は少し短絡的に物事を決定させすぎると思っただけだ」

 比空が顔を近づけてくる。

「それじゃあ、どう考えるのが正解なの?」

 奥苗が黙っていると、ノックの音が聞こえて作延好道が入ってきた。

「いま、大丈夫かな?」

 テーブルを囲んで三人は事件のことについて話し合う。どうやら作延は以前言っていたように比空の捜索を手伝いにきたようだ。

「そういえば、作延くんが奥苗にパンツと七王国のこと教えてくれたんだよね?」

 比空は作延にそう訊ねた。

「うん。そうだよ」

「それって、どういうこと? そもそも誰がそういうこと考えたの?」

「誰がってことは僕にもよくわからないんだけど、ネットの掲示板とかで彼女とか好きな子に履いていて欲しい下着は何かっていう議論が繰り広げられていて、それが徐々に色々なところに飛び火したあと、今の七つに固定されたらしいよ」

「……よくわかんないけど、つまりはいろんな男の妄想が詰まってるってことだね」

「そうとも言えるね。まあ、その七つに決定されたのは結構前のことだし、今はもう少し新たな議論が繰り広げられてもいいと思うけど」

 比空は観察するように作延を見たあと、奥苗に耳打ちする。

「ねえ、作延くんって変態の側の人間なんだよね?」

「んー、そうだな」奥苗も小声で返す。

 普段の会話はそうでもないが、時折作延好道はパンツに関する自分のこだわりを熱を持って語り出すときがある。作延のする下着の話などはどれも奥が深く、新鮮で、高校一年生の時はいつも楽しく聞かせてもらっていた。

「それで、犯人捜しはどこまで進んでいるのかな?」

「あー、そうだね」

 比空が横にいる奥苗に目配せする。自分で状況を説明することに躊躇っているようだ。なので代わりに奥苗が口を開く。

「容疑者は作延と一年の今福誠治だよ」

「ああ、そうなんだ」奥苗の言葉に一瞬作延は戸惑ったような表情を見せたが、その顔はすぐに微笑みに変わった。「まだ僕も容疑者に含まれているんだね」

「おお。やってないっていう証拠がないからな」

「それはそうだね。僕の証言だけで潔白を証明できるわけないよね。それで、もう一人の、えっと今福くんだっけ? その子もやってない証拠がないってこと?」

「おお。今福ってやつは、学校には来てんだけど、教室に鞄置いてるだけでほとんどの時間を五階のトイレで過ごしている変な奴だからな」

「へー」作延の目が細まる。

「しかも綾瀬のブルマを触ったかどうか訊いたときの答えも変だった。なにしろ、落ちてたから返した、だからな」

「それは変だね。下着がトイレに落ちてるなんてことはあり得ないね」

「これで、作延がやってねーって決定的な証拠があったら、今福がやったことになんだけどな」

「それは申し訳ないことをしたね」

「まあ、しょうがねーよ。それより、妹の下着はどうなったんだ?」

 作延はソファーの背もたれに寄りかかった。

「まだ戻ってきてないみたいだ。そもそも盗まれたかどうかも疑わしいけどね」

「そこら辺は下着が戻ってこねーとわかんねーな」

 沈黙が訪れる。

 作延が立ち上がった。

「それじゃあ僕は帰るよ。もし何か手伝えることがあったら何でも言って」

「おう。ありがとな」

 作延が部室から出て行く。

「なんだ。やっぱり奥苗だって今福が犯人だと思ってるみたいじゃん」

 比空はソファーから身体をずりずりと下ろして首をすくめて言った。

 奥苗は比空を見る。犯人を捕まえるために自分たちが持っている武器は二つだけだ。一つは人から聞いた情報。そしてもう一つが比空の能力。

 何とかしてこの二つだけで犯人を、比空を傷つけたやつを見つけなくてはならない。

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