第18話

同じ日の昼休み。相談部で奥苗と比空が事件について話し合っていたら、作延美世が訪れた。どうやら教室に行ったらこの部屋にいるだろうと教えられたらしい。

 飲み物を要求されたので、オレンジジュース、イチゴジュース、バナナジュースを買って戻る。

「それで、お兄さんがいないけど今日は一人でどうしたの?」

「はい。色々比空さんたちに訊きたいことがあってきましたぁ」

「わたしたちが答える前に幾つか質問してもいい?」

「いいですよぉ」

「結局美世ちゃんは下着を盗まれたの?」

「そうですよぉ」

「それで、まだ下着は戻ってきてないの?」

「もちろんですぅ」

 どうやら作延美世の事件は、他の事件と色が違うようだ。何日か経過したあとに切り裂かれた下着が戻ってくるのだろうか。

「じゃあ、いつ頃盗まれたの? いきなり剥ぎ取られたっていうのは冗談だったんでしょ?」

「まあ、そうとも言えるかもしれませんねぇ」

 まどろっこしい言い方だ。作延美世が何を考えているのかいまいちわからない。

 やはり兄である作延好道が言うように、彼女の発言は全て嘘なのだろうか。

「時間とか状況は覚えてるの?」

「そうですねぇ。真麻の場合はどうだったんですかぁ?」

「綾瀬ちゃんも時期は覚えてなかったけど、自分のロッカーにブルマを入れていたら切られたって言ってたよ。それは美世ちゃんも聞いてるんでしょ?」

「はい。ブルマをいきなり切るなんてひどいですよねぇ。最低ですぅ」

「そういえば一個確認しときてーことがあんだけどいいか?」奥苗は割って入る。

 比空はどうぞ、という仕草をした。美世は奥苗の方を見る。

「作延がさ。弁当を間違えて入れたことがあるって言ってたけどそのことは覚えてるか? 妹のロッカーと綾瀬のロッカーを間違えたらしいんだけどな」

 美世は考えるように視線を斜め下に向ける。

「覚えてますよぉ。ありました。兄が間違えて真麻のロッカーに美世の弁当箱を入れちゃったんです」

 なるほど。作延好道が言っていたことは本当だったようだ。

「確かに美世と真麻は似てますからねぇ。兄が間違えてしまうのも納得ですよぉ」

 言われてみれば髪型や身に着けているものなど共通点が多いことに奥苗は気づいた。

「そうか。答えてくれてありがとな」

 奥苗は比空に会話の主導権を譲る。

「綾瀬ちゃんの様子はどう? 元気そう?」

「そうですねぇ。彼氏と楽しくやってるみたいですよぉ」美世は笑った。けど、その笑みには怒りが少し滲んでいるようにも見えた。「隠れてこそこそイチャついてるんですよぉ」

 綾瀬に彼氏ができたことに嫉妬しているのだろうか。

「綾瀬ちゃんの彼氏ってどんな人?」

「すいません。それは言えない約束なんですよぉ。あんまり人には知られたくないから内緒にしといてって言われてるんですぅ」

「そうなんだ。でも元気そうならよかった」

 比空は安心したように笑った。

「それで、真麻の下着を切った犯人ってわかったんですかぁ?」

「ううん」比空は首を振る。「まだ分かってないんだ」

「そうなんですかぁ。でも、怪しい人とかは分かってるんですよねぇ?」

「疑わしいだけじゃ教えられないんだ」

「そうですかぁ」美世の表情が曇る。

 奥苗はじっと考えていた。容疑者は三人に絞られているのに、なかなか先に進むことができない。それに、何かを忘れているような気がしてならなかった。頭の片隅に違和感がこびりついていてなかなか剥がれようとしない。

 と、奥苗は一つのことに思い至って身を乗り出して作延の妹に訊いた。

「作延の妹はどんな種類のパンツを盗まれたんだ?」

 美世が驚いた顔になる。

「いきなりどうしたんですかぁ?」

「重要なことなんだよ。動物柄か? Tバックか? ノーパンか? そのどれかのはずなんだよ」

 美世の視線が奥苗と比空を行ったり来たりする。

「……動物柄ですぅ」

「……なるほどな」

 それから奥苗と美世は、綾瀬が彼氏ができてから美世に対しす態度が冷たくなっただとか、兄である作延好道が最近このパンツの事件のことを念入りに調べていることや、パンツを盗まれたのは綾瀬真麻と作延美世が仲がいいからだとか、どうでもいいような話をした。

 作延美世が部室から出て行くと、どっと疲れが出てくる。

「よくあんな喋れんな」奥苗はソファーに体重を預ける。顔を横に向けて比空を見た。比空は唇に手を当てて、何かを考えているようだ。

「どうしたんだ? そういえばさっきから比空黙ってんな。気持ち悪いのか?」

「違う。考えてたんだけどさ。きっと犯人は七王国であるパンツを全部切り裂くつもりなんだよね?」

「おそらくそうだな」

 比空は、うーん、とうなる。

「それがどうかしたのか?」

「気になったんだけどさ。ノーパンってどうやって切り裂くんだろう?」

 比空が複雑な表情で顔を上げる。

 思考が急速に巡るのを感じた。

 ノーパン。切り裂く。バラバラに四散していた情報が集まってぴったりと合わさっていく感覚。そうか。ノーパンか。作延の妹が盗まれたのは動物柄。ノーパンになったかもと冗談のように言っていたが、ノーパンを盗まれたわけではない。

 では、どうやってノーパンを切り裂くのか。ノーパンをなくすのか。

 頭の中で一つの答えが出た。

 奥苗は立ち上がる。急いで二年三組の教室に戻りたかった。

「どうしたの?」比空が奥苗の態度に戸惑っている。

 奥苗は興奮した声で告げた。

「神王院だよ。神王院姫耶がノーパンだったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る