第17話

「カンフーで金稼ぎなんて止めとけ。じゃあな」


 理はすでに見えなくなってしまった楚歌を追いかけようとする。


「ぶっざけんな! オイラと闘え! オイラは弱くない!」


 理は絆創膏の少年が昨日の自分と重なって見えた。圧倒的な力の差がある相手に対して闘いを挑む。無謀な挑戦の裏にはそれだけの理由がある。


 理は少年の心からの訴えを無視することが出来なかった。


 昨日の自分がされて嫌な事を他人にはする気になれなかったのだ。


「分かった、相手してやるよ」


 理の目は笑っていない。研ぎすまれた瞳の鋭さ。眼球の中に刃物が入っているかのようである。


「オイラが勝ったら有り金を全部よこす、お前が勝ったらどうする?」

「別に何も要らねーよ。でも、もう二度と金を賭けた決闘なんてするな」


 少年は唾を飲み込んだ。反物を口から出す様に薄く、長く息を吐く。足を大きく開いて構えをとる。


 理は思う。


 コイツは弱い。


「オイラの名前は張山(はりやま)壮(そう)!」


 理も同じく構える。液体のように滑らかで空気のように自然。全くスキのない理想的な体勢。


「俺は青須(あおす)理(さとる)」


「青須.....『才拳』の青須理?」少年は明らかに動揺している。

「怖気付いたか?」

「そんなわけないだろ! オイラはどうしても金がいるんだ!」

「容赦しねーぞ」


 理はすり足で移動し、壮に接近する。すり足は上体を動かさずに動く移動法である。これを完璧にこなせば相手は瞬間移動したかのように錯覚してしまう。


「うわっ!」


 壮が気付いた時にはもう遅い。


 理は掌で壮の華奢な体を打ち抜いた。


 壮は軽々と吹き飛んで地面に頭を打ち付ける。鈍い音が響く。

 

 少年はうつ伏せになったまま立ち上がることが出来ない。


「じゃあな」


 理は少年に背を向けて楚歌の捜索のため、走り出そうとした。


「待て! ま、まだだ.....」


 どうみても試合終了の一撃だった。理も全力ではないにしろ、すぐには動けない位の力で攻撃した。


 それでも壮は両手を地につけて立ち上がろうとしている。


 理は壮の目を見る。


「マジに昨日の俺みてーだな.....」


「おい! 何でそこまでして金が欲しいんだ? 何か欲しいもんでもあんのか?」


 理は理由が知りたかった。


「か、母ちゃんにこれ以上迷惑かけるわけにはいかないんだ.....折角、カンフーをやらせてくれたのに.....オイラには金が要るんだ!!!!」


 壮の目には大粒の涙が流れていた。嗚咽を混じらせ、必死に闘おうとしてる少年。


 きっと彼には『何か』ある。


 理は功夫(クンフー)の修行をしなくてはならない。『才拳』といえど未知の力を自力で習得するというのは自信が無い。楚歌の力が必要だ。


 看板を取り戻すために、師範代になるために理はこんな事をしている場合ではない。


 しかし、彼は少年を放って置くことが出来なかった。


 壮の視界に腕が一本差し出される。


「おい、事情を話せ」

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