第11話

「くっそ!」思わず心情を吐き出してしまったのは片腕の袖が丸ごとない異形のカンフー服を着ている女。長い髪の毛が街頭に照らされて輝いている。もともと茶髪であるから余計に光り輝いている。


 突然、大きな声を出してしまい我に帰る。


 周りを見渡すが誰もいないので一安心。周囲は真っ暗で人通りの全くない路地。普通であれば女子が一人で歩くには危険すぎる場所である。しかし、彼女には功夫クンフーと呼ばれる謎の力がある。


 どちらかと言えば危険なのは彼女を襲おうとする輩の方であると言える。


 茶髪の彼女は深呼吸して再び歩き出す。彼女の足取りは非常に重い。そして顔は浮かない。


「ちょっと待て!!!!!!」


 人気のない道で彼女は呼び止められる。


 先ほどまでの沈んだ気持ちを一瞬で入れ替えて戦闘態勢になる。全身を功夫クンフーで覆う。


「……アンタか」


 彼女の視界に入ったのは理だった。腕を抑えてフラフラしながら彼女を見ている。


 彼女は少し微笑んだ。自分と理との勝負が不本意な形で終わってしまったのが心残りだった彼女にすれば、この理の登場は思ってもみないチャンス。きっと彼は自分の持っている看板のかけらを取り返しに来たのだろう、と彼女は考える。


「懲りないわね……看板は返さないわよ?」

「返してもらう……でも」


 思わぬ逆説に頭の中に疑問符が浮かぶ。


「でも?」


 彼女が訊いた瞬間、理は地面に両膝をついて正座した。


「今のままじゃ俺はお前に勝てねえ! だから」




「俺を弟子にしてくれ!!!!!!」




 頭をアスファルトに擦り付けるように下げる。


「え……?」


 あまりにも予想外の出来事に何と言葉を発していいのか分からない。彼女の想定としては、看板を取り返しに来た理と再戦し、何のわだかまりもなく、道場破りを終えること。


 しかし、蓋を開けてみれば何だろう?弟子にしてくれ?意味が分からない。


「弟子って.....は!?」

「このまま看板を取られっぱなしは師範代代理として面目が立たなねぇ! けど俺にはお前らが使ってた力がねぇ! だからケンフーだかコンフーだか分かんねぇけど教えてくれ!」

功夫クンフーのこと?」

「それだ! 教えてくれ!」


 ため息を一つつく。


「で? 教えてどうするの?」

「お前ともう一回戦って看板を取り戻す!」

「呆れた.....。じゃあ何? 私は自分の敵を強くするってこと? バッカじゃないの?」

「俺は!強くなりたい! 一番になるんだ! だからお前を超えなきゃなんねぇ!」


 茶髪の女は頭を毟る。


「だーかーらー、会話になってないって! 他を当たりなさいよ! わざわざなんで私?」

「他に当てがねぇ! それにお前はいい奴だ。なんとなく分かる。だから教えてくれる筈だ!」

「死ね! 話にならない。折角闘えると思ったのに」


 女は戦闘態勢を解いて歩き出そうとした。


「俺に! 負けんのがこえぇのか?」


 ピタッと足が止まる。


「は? もう一回言ってみなさいよ?」


 女の顔は怒りに満ち満ちている。


功夫クンフーを覚えた俺に負けんのがこえぇのかって言ったんだ!」

「ふざけんな! アンタなんて目じゃないっての!」


 理はニヤリと笑った。


「何もずっと教えてくれなんて言わねぇ! 一週間! いや、一日でマスターしてみせる!」

功夫クンフー舐めんなよ? アンタなんかが一日やそこらで習得できるもんじゃないっての」


 話しながら女は思い出す。理が自分に一撃入れたことを、そしてその一撃が功夫クンフーを纏っていたことを。


「頼む!」と理はもう一度頭を下げる。


 女は少しの間、黙る。



「一日。リミットはそれまで」

「よしっ!」


 理は土下座を止めて立ち上がる。


「ありがとな!.....っと」

御紫衣みしえ楚歌そか。アンタは?」

「俺は青須あおすさとる


 こうして不思議な師弟が生まれたのである。

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