第10話

 白い長衣パオの女が放っている怒気は、その背景にとてつもなく大きな優しさがある様に感じた。


 彼女は誰かのために怒っているのだ。


 形はどうであれ理は彼女の妹を傷付けた。理と彼女はどうしても相容れない。闘うしかないのだ。


「指、一本。それで終わらせる」


 ゆっくりと歩みを進める女を理はじっと見る。


 ーーコイツはつえぇ。


 女は指を一本だけ理の額の前に差し出した。そして、指を親指にかけ、勢いよく弾いた。


 俗に言うデコピンである。


 デコピンを受けた理は目にも止まらないスピードで後ろに吹き飛んだ。交通事故でもあったかのように遥か遠くに転がっていく。


 理は道場の入口にかかっている『燃龍館』と書かれた木の看板に激突した。木の看板はバラバラに砕け、理は完全に地に伏せた。


 指先がほんの少しだけ動いている。しかし、それ以外はピクリとも動かない。


「妹だけは絶対に守る」


 白い長衣の女はバラバラになった看板の木片を一つ拾い上げる。


「道場破り、させてもらう」


「俺達も取っとこう。一応な」


 他の木片を武装したミイラ、チャイナドレスの金髪、ツインテールの少女がそれぞれ回収する。


「じゃ、里霧りむは帰るねー、ピューーー!」


 ツインテールの少女は走って去っていく。それについて行くように金髪の女と白い長衣パオを着た女が帰っていく。


 ただ、茶髪の女だけは木片を拾うことを躊躇い、その場に立ち尽くしていた。


「ほら、楚歌そかも取っとけ。『親父』に渡さなきゃなんねーんだからよ」


 ミイラから投げられた木片を、しぶしぶ受け取る。その顔はいまだに浮かない。


「正々堂々、じゃないのに」


 苦虫を噛むように言う。


「アイツは俺達にかかって来いって言ったんだ。その時点で勝負成立なんだよ。俺達はそれに勝った。だから看板を戴くのさ」

「一体一でも勝てた! 秋水あきみねえは何も分かってない!」


 ミイラは茶髪の胸ぐらを掴む。包帯の合間から見える目が刀の様に鋭い。


「ガキみてーな事言うな。俺達がそんな事言える状況か? 俺達は自分の事で精一杯なんだ、分かるだろ?」


 唇を噛み締める。自力で勝てなかった悔しさと今、自分の置かれている状態が彼女を激しく苛立たせた。


「情けない。正々堂々と戦えない」


 脱力する茶髪。ミイラは胸ぐらを掴んでいた手を離して踵を返す。


「『親父』を倒すまでの辛抱だよ」


 背を向けながらそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る