Ending_エピローグ《epilogue》


「ゲームをやり過ぎた反動であたえがスマホを手放したァ!?」


 真っ白……と呼ぶにはいくらか黄ばんだ病室。

 六人部屋のベッドの上で平は素っ頓狂な声を上げた。

「た、平さん、他の患者さんもいますから。その、お静かに」

『うるさいです、小娘。由々しき問題ですよ、これは! お父様がこのままスマホ離れを果たしてしまったら、ウィズはどうすればいいのでしょう!』

 ウィズが幼い身体でベッドの上の平に詰め寄る。

「あたしが知るかッ」

 鈍い音をたて、げんこつがウィズに落とされる。ようやく彼女は頭を押さえておとなしくなった。

「でも、元気になってよかったです」

 純がはにかむのを見て、実は彼女は天使なのではないかと馬鹿な想像をする。

 憑依の影響からか、エメラルドグリーンに染まってしまった髪に指を通しながら平も笑い返した。

「心配かけたね」

 あの日意識を失った平はあたえの手によって病院に担ぎ込まれた。

 その時のあたえはどこまでも必死で、いつもの冷めた様子からは想像できない優しさがあったのを純は知っている。

 が、彼は運び終えると同時に病院が閉まるまでスマホでゲームをし続けたので、周囲の人々は驚きと呆れの海に突き落とされた。

 戦う前にウィズに“トキ”を前貸しして食べさせたことが原因だ。

 ちなみに充電器の手配をしたり、病院に頭を下げたり、各種の手続きをして、心配だと喚くウィズをなだめたのは他ならぬ純だった。

『“トキ”を使い過ぎて縮んでしまったのに、お父様がスマホを触ってくれなければ私は消えてしまうのではないでしょうか……!?』

 泣きそうな声で平にすがりつくウィズ。いくら賢女とはいえ、元々グラトンとしても幼子だったウィズ。彼女は頼れる相手が増えた事により、今までよりもわがままを言うようになり、甘える事も覚えてしまった。

「あー、うるさいね。アタエがあんたを消すわけないでしょうが。ってかアタエはどこよ。一度も顔見せないで、アイツ……ウィズの相手しなさいよ……」

 平が呆れた声でウィズの頭をぽんぽんと叩く。

 と、その時。


――コンコン


 小さいが弱くはないような扉を叩く音。

 スライド式のそれが開かれた先には、果たしてあたえが立っていた。


 ただし、その手にはスマホがあり、その眼は画面を捉えていた。


 平の赤銅の右目と淡緑の左目は点になった。

「……あー、アタエ? スマホは?」

「は? なんのこと」

 画面に指を滑らせながら首を傾げる。

『お父様ッッ! やはりスマホは手放せませんよねッッッッ!! ウィズは信じておりました!!』

 ウィズがひしっとあたえの足下にしがみつく。

 平は見る間に不機嫌そうな顔になり、そっぽを向いてしまった。

「なにしに来たのッ」

「あのぅ、スマホ持ってるのって多分照れ隠しだと思いますよぉ」

 純がさりげなく出した助け船はしかし、平の感情の波の前ではあっさりと難破してしまう。

「……ずいぶん元気になったんだ」

「ふん」

 顔を上げて声をかけるあたえ。平は期待していた彼とは違う姿に不満が隠せないようだった。

「敵討ち、おめでとう……?」

「ふん。……アタエこそ、その、おめでとう」

 あたえの疑問符のついた祝福に平は応じる。意地を張ったままというのも大人げないと思ったのだ。

ハナの仇討ちっていうよりも平サンがピンチだった印象しかないや」

「そ、それはごめん……」

 大げさに肩をすくめたあたえを見て、平はしょげた様子を見せた。


「あー、その、なんだ、治ったら、だな」


 あたえがガシガシと頭をかく。眼鏡を直したり手元をいじったりと落ち着きをなくしていた。


「チーズバーガー、食べに行こうな」


 言われた平はきょとんとした後、ニッと口角を上げた。


「それじゃ、アタエの奢りね」


 屈託のないその表情に、あたえはつられて目を細めて笑った。 




「おかえり」









【End】

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トキノ喰ライシス 宮下愚弟 @gutei_miyashita

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