Stage11_終点《shoot end》


 激しい怒りを放った白き龍人が額の球体に触れると、瞬く間に傷が消えていく。  

 遥か上空から高速で叩き付けられたときにできたおおよそ回復不可能な傷。それらの全てが初めからなかったかのように治ってしまった。

『ふむ、元に戻せたのはここまでか』

 一部の隙もなく治った一対の腕を眺めると満足げな顔をする。そしてそのまま全身の動作を確認しはじめた。


「はは、嘘でしょ……」

 平は渇いた笑いを浮かべる。

「嘘でもねえが、悪夢でもないらしい」

 厳しい表情を崩さないままあたえは告げる。トレーニングモードは既に終了していた。

 視線の先は痛みきった白い、いや白かった翼である。今は血にまみれ、汚れた赤に染まっているそれは、明らかに

「たぶんあれはペイント系のアプリだ。とすると元に戻るコマンドなんだろうが……。あいつの宿主、何度も描き直す癖があったみてぇだな。色を塗る能力が発達してないのがその証拠だ」

「元に戻るってそんな……」

 絶望が拭いきれないのか、純の表情は怯えきっていた。

「だがアレを見る限り、戻せるのはある一定の変化までらしいな」

「翼が先に地面に着地して、その後に受け身を取った腕が壊れた。……だから元に戻せるのは最後の変化――腕の怪我までってこと?」

 平が真剣なまなざしで見つめる。


われが全身の機能を確認するまで待ってくれるとは、キサマら愚かなのか?』


 幾らか冷静さを取り戻した白き龍人。それは時間切れを意味する。

 この先はまさに戦闘が待ち受ける。純はそんな中にいて、自分ができる事を探していた。

「……この状況で役に立つ祝詞のりと雷封ライホウくらいしかありません。それも随分と荒い使い方です」

 思いついた策、それは逃げ場のない檻を作る事。

「ウィズさんとあの白いグラトンを閉じ込めます。雷封ライホウは内側からでも通電されるるので小さな傷にはなるはずです。大したダメージにはなりませんが、元に戻る能力に回数の制限があるのなら確実に効果があると思います。小さい傷も変化の一つ、だとすれば大きい傷を治せる余地を残しておきたいはず……!」

 思い切った作戦、しかもウィズひとりに負担をかけるやり方にあたえは渋った。

「確かに有効かもしれないが、しかし――」

『いい案ですね、小娘。やりましょう』

 だが彼女は全く臆する事なくその役を引き受ける。

 今の彼女を動かしていたのは新たな自分を見つけた高揚感、そして高速での飛翔がもたらした危険な全能感あたえの“トキ”を喰べた事によって再確認された忠誠心と、それを押し通すための狂気。


「――ではいきます」


 ウィズ自身のその決断を止められる者はいなかった。なによりあたえがこの作戦の価値を認めてしまった。


『はは、死ぬ策はできたか?』

 白い龍人は近づいてすら来ない。自ら動かずに狩るとでも言いたいのだろうか。


『行ってきます』

 ウィズは振り返る事なく白いグラトンに近づいていく。

「まさかあなたを信用するとは思いませんでしたよ」

 純はその背に語りかける。

『私も信用されるとは思わなかったわ』

 一番上のはねに光りが灯る。純はその意味を理解した。



「弾け、雷封ライホウッッ!!」



 一閃。



 二体を雷の檻が閉じ込める、それまでの一瞬の間にウィズは翅を使って加速。

 そのまま真昼の彗星が如く相手を掴んで、完成した檻の内側を這うように一周。しっかりと電撃を喰らわせきってから雷封ライホウの中心へと叩き付けた。


『這いつくばっていろ、愚物が』


 白い龍人は再び傷を戻すも、そこには確かに感電による裂傷がいくつか見えた。が、その表情には余裕があった。地に伏したまま、手をスウっと動かす。



 それだけでウィズの膝から下が、派手な装飾の服と共に消え去った。



「ウィズッッッッ!?」

 遠くから見ていたあたえたちにも分かるほどにごっそりと。

『――ッッッッッッッ!?!?!?』

 一拍置いて痛みがウィズを襲う。

 もとより浮遊できる身とはいえ、支えを失っては踏ん張る事もできない。

 痛みによる意識の虚空。理解できない事への思考。その所為で反応が遅れる。

 瞬き程度の時間。

 気がつけば錆色の二本の腕は振り抜かれ、宙に浮いたウィズは吹き飛ばされて雷の檻を突き破って落下した。

『ハッ、ハッ、ハアッ、ハアアッッ!!』

「ウィズッッッッ!!!!」

 三者は駆け寄って、白いグラトンからかばうように立ちはだかった。。


『さっきさんざん我が色を使っていたのは見えただろう? これを見ろ』


 余裕からか、白き龍人は語りだす。

 彼が示した先は、翼の付け根。五角形ペンタゴンの平面でできた環。

 それを見た純は違和感に気付く。

「それって白かったはずじゃ――」

 そこにあったのは虹の環。

 綺麗なグラデーションをしたそれを指差して彼は続けた。

『先ほどから我が色の壁を使っていたのが見えなかったか? これは色相環パレットといってな、使った色が表示される。そして全ての色が揃った時に消滅の能力を使えるようになるのだよ』


 消滅。言われるまでもなくそれは実感していた。


 平は静かにウィズに語りかける。

「……さっきの、まだできる?」

『はッ、愚かですね、タイラは』

 言葉は少ない。それでもいい。ウィズは平の手を取った。

「待て、なんの話をしている」

 穏やかな二人とは違い、取り乱したのはあたえだった。

「どうして平サンがウィズに触れる」

 あたえは怖れたように弱々しい声で言う。崩れ落ちそうな表情を留めるかのように眼鏡を押さえる。

「全部、あとで言うから」

『信じてください、お父様』

 二人が手を握るとエメラルドグリーンの閃光が視界を灼く。


「『さっきよりはスムーズにいけたかな』」


 そこにあったのは平の身体。そして二人の声。

 エメラルドグリーンの髪は先ほどよりわずかに短い。そして背中には三対のレイピア状のはねを携えて。平の肉体にウィズが憑くのであれば、当然脚もついている。

「説教は後だ、ウィズ」

 あたえは大きな溜め息を吐き出す代わりに、全ての疑問と感情を飲み込んだ。


 テロン♪【Fight for World Rank2】


「それなら俺も全力で行く」

 平の肉体に宿ったウィズ。そのウィズの力の部分をサポートするのがあたえの役割となる。

「そろそろ雷封ライホウが時間切れですッ……!!」

 純が苦しげな顔をする。


『「いきます」』


 ウィズの声だと、あたえには分かった。

 雷封ライホウが消え去ると共に再びの加速。

 だがあくまで平の身体を使っている以上は限度がある。それはいい。問題はあの消滅のてのひらだ。


 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】


 掌がかざされる。

「『ファインダー』」

 だが絶望的な能力でも、その狙いが分かれば怖い事はない。

 ウィズが

 それさえ分かれば、障壁バリアを張れる。

『ほう、防ぐか』

(よし、なんとかなる)

 そしてもっと言えば。

『ではこれはどうだ』

 左の腕と脚をピンポイントに狙いフッとかざされる掌。

 が、平は走りながら避けて近づいた。


 そう、見えているのならば、


『は、避けられるなら、コレだ』

 そういうと

「なッッ!?」


 テロン♪【excellent!】 テロン♪【good!】 テロン♪【excellent!】


 あたえのスコアが乱れる。

『なんのアプリか見当はついているのだろう? イラストのアプリで着色ペイントは基本ツールだろうが、阿呆め』

 血の色を、着色ペイントしていた? 実際には傷は治っていた!?

『生身ならば一撃でほふってくれる!!』

 翼の加速で距離を縮める白翼。

 が、


「『――それを待ってたのよ、愚物が』」


 平は跳んだ。

 一番下のはねに光が灯る。

 平は振りおろされた片方の右腕を空中で掴むと、その場で急速にひねりを加えた。


 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】


 そこで平は相手の瞳をた。生身の人間に対する油断。翼が壊れていると敵を騙せていた慢心。障壁バリアくらいなら消滅できるという思い込み。


――自身が優れた者だという驕り。


 ゴキンと音を立てて右腕が折られる。これは平が視た全ての要因が重なった結果である事を彼女は確信していた。

 そしてそのままもう一本の腕を掴むと、加速をしながら背負うように地面に叩き付ける。

 自身の速度と質量が持つエネルギーが爆発して白翼を襲う。


「『元に戻されるなら、多くのダメージを与えればいい!!!!』」


 白翼を投げた威力を殺さずにその場で前方に回転。背中の翅の三対全てを自ら切り離し、白翼の頭部に突き刺した。


『ガッッッッッ!!!!!!!』


 白翼はそこでようやく声を上げるが、“トキ”既に遅し。


「『これでッ、ラストッッ!!!』」

 平は突き刺さった翅を蹴り付け、更に深くはりつけにすると、上空へ跳んだ。


テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】



『「法衣螺刃クロスド・ラジンッッッッ!!!!!!!!」』



 綺麗に振りかぶられたそれは平の手から伸びた光る刃で。

 既にめった刺しにされた頭部から、股下までを一直線に切り裂いた。



 ドウッッッッッッッッッッ!!!!!!!!



 飛び散る、血、血、血。


「『――元に戻されるなら、致死量のダメージの後に変化を加えればいい』」


テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】テロン♪【excellent!】


『「五重障壁ペンタ・フラグマ!!!!!!!」』



 撃ちだされる五枚の障壁バリア、肉の潰れる音を聞きながら平は白翼の足下に着地。と同時に崩れ落ちた。


 ウィズが抜け出る感覚。狭まっていく視界。掠れゆく意識の奥で彼女はスマートフォンのゲーム音を耳にした。


 You win♪

【You win! Result→Score:1456471 Grade:SS Rank:1】


(ああ、くそッ、やっぱりスマホは嫌いだ)


 でもそれはあたえが側に来ているという事で。


(父さん、あたし。仇、取れたよ)


 彼女の耳には誰かの叫び声が聞こえていた。だが、それも次第に遠のく。


(ここで、終わりかな)





 仲間の腕に抱えられたまま、平の意識は閉ざされた。






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