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「大人に聞くとか?」

「誰によ」

顧問こもん遠山とおやまセンセー」

「は産休でいないでしょ」

「じゃあ代理顧問の近藤こんどうセンセー」

「それは無し! あの人いい加減だもん。今回の合宿も顔出さないであたしらのこと放置じゃん、おまけにチャラチャラしてるし、女子のスカートのすそとか脚ばっか見てくるし、頼りたくない!」

「そうですよぉ! 近藤先生だけは嫌です!」


 次々に首を横に振る女子たち。今まで担当してくれた遠山先生は、映画や映像の知識は無くとも、なにかと生徒にまめな気遣いをしてくれた。だが、彼女が夏季休暇前に産休に入ったと同時に、代理で我が部の顧問を任された新任教師の近藤先生は、一度部室に顔を出し、出欠を取ったあとは大抵ふらっと消えてしまうという顧問らしかぬいい加減ぶり。居てもろくなことがないことから映画部での評判は悪く、女子らに言わせれば最悪だった。


 例え僕たちが作ったものを彼に見せても、良いアドバイスが返ってくるとは到底思えない。逆に遠山先生だったら、今頃行き詰まった僕たちに的確な助言をくれたことだろう。こんなふうに生徒だけで活動させず、根気よく付き合ってくれたはずだ。


「ホラーって意外と難しいもんですよね」

「やっぱり素人が作るには難易度が高いのかなぁ」


 もう既に鑑賞し終えたDVDのケースを手に取り、眺めながら言う垂瓦とかなみ。一度ジャンルを変えてみようかと話し合ったこともあるが、あいにく企画を一から立ち上げる時間はもう残されてはいない。


 この夏までになんとか撮り納めなければ、コンクールには出すことはかなわないだろう。


「いっそ、諦めた方がいいんすかねぇ」


 言いづらそうに呟いたのは左門に百合子はすぐに異を唱えた。


「だめよそんなの!」

「あっ……ごめんなさい。でも流石にオレら生徒だけじゃあ限界あるっすよ。やっぱり、それなりに指導してもらわないと、ちゃんとしたの作れないと思うんす。すいません右京先輩、先輩たちは最後ですし気持ちはわかるんすけど」


 百合子に怯みつつもっともな意見を述べた左門にガッツも腕組みしながら言い添える。


「まー、中途半端なもん出されたって審査員も困るし、こっちも恥掻くだけだしな」


 目を細め斜丸も難しそうな顔をしている。合宿を始めてからなかなかはかどらない制作の様子を思うと、考えは限りなく二人の方に傾いているように見える。しかし当然、彼らの意見に百合子が黙っているはずもなく。


「今更そんな無責任なこと言わないでよ! みんなでやろうって言ったじゃないの! 勝手にやる気無くさないでよ!」

「そっ、そうですよ、せっかく春からやってきたんですよお!」


 百合子に加勢する垂瓦も高い声を張り上げる。


「別にやろうって話し合ったわけでもねーじゃん、お前が勝手にエントリーさせて巻き込んだんだろ」

「それはみんなの為でもあると思って、あたしら三年は最後だから! いい思い出になると思ったのよ! 映画部の看板だって立て直せると思って……」

「だからお前、そうゆうとこだよ。良かれと思ってるのかもしれねーけど、お前の気が強い所為で後輩や物静かな東やかなみもなかなかNOって言えないんだよ、巻き込まれる他の奴らの迷惑も考えろよな!」

「西川先輩そんな言い方しないでください! 百合子先輩は……!」

「ガッツ! なによあんたこそ、野球部のくせにふらふら顔出して! 正式部員でもないくせに偉そうなこと言わないで!」

「俺は評価頼まれてるから来てるだけだっつの! 偉そうなのはそっちだろ!」

「ちょっとやめて下さいよ、喧嘩みたいになってますってば!」


 斜丸の言う通り、ぱっくり割れた意見は仕切り板の上をテニスボールみたいに行き来し、いつしか険悪なムードを作り出した。

 ガッツは強く出れない僕たちを思い代弁してくれているようだが、百合子も百合子で部長として引っ張っていかなければと人一倍責任を感じて頑張ってくれているのはよく知っている。ほぼ先生の指導もない放置されたうちの部で、なんとか成果を出そうと指揮を取って奮闘しているのは他でもない彼女なのだ。


「もういい……。やりたい人だけがやって、やりたくない人はやらなくていいわよ!」


 泣きそうな百合子の声にガッツがまた反論しようと口を開き、見兼ねて僕は彼を止めた。


「――みんな! ちょっと落ち着こう! ねっ!」


 すると。よどんだ空気を包み込むようなかなみの優しい声が仕切り板の方から投げ込まれ、手をパシパシ叩く音が続いて響き。仕切り板がかなみの手によって視聴覚室の隅に追いやられた。


「かなみ先輩……」

「顔、顔見て話そう。その方がいいよ! 二人とも熱くなりすぎだよ、やっぱ暑いからかなあ。なんか下の自販機でジュースでも買ってさ、もっかい一から、ゆっくり話そうよ、ねえ!」


 一生懸命になると彼女は赤面してしまう癖を持っていた。今も顔を真っ赤にして、僕らを交互に見ては壊れそうなこの空気をなんとかなごませようとしている。


「ほら、百合子も泣いちゃダメだよ。百合子が頑張ってんの、ほんとはみんな知ってるから」


 半べその百合子をよしよしと抱きしめて、ガッツの方を向いてニコッとする。みんなが大好きな彼女の笑顔だ。ガッツは気まずそうに視線を逸らすが、彼女はけして一方の味方をし、もう一方を責めたりはしない。


「西川君も、左門君達のことを考えて言ってくれてたんだよね」

「いや、俺は」

「西川君の言ったこと、間違ってないよ。百合子の考えもね」


 そう言って彼女は独り言のように、「さーぁてどうしよっかー」と天井を見上げた。


 誰もなにも喋らない。先ほどよりほぐれたとしても、気まずい空気にきっと誰もが、発言してもいいのだろうかと怯えていたんだと思う。

 いくら待っても誰も答えないから。かなみは、どうしたいんだ。と、そこで僕は久々に声を出した。


「私? 私は……んー。もちろん、最後まではやりたいかなあと、思うよ」


 急に指名されしどろもどろになる彼女、けれど考えは固まっているようで、そのまま続ける。


「ちゃんとしたもの作らないとっていうのもわかるけど、私はお芝居も東君にはおよばない大根だから、やっぱり完璧には出来ないって思う。ああ! 完璧に近くしたいなとは思うよ! だけど、私たち中学生だし、どうしたって映画作ろうとしても中途半端になっちゃうよ、生徒だけで作るんだもんそれは仕方ないよね。でも、最後までやることで、達成感はあると思うの。例え賞が取れなくて、評価されなくても、今こうやって頑張ったり、合宿してみんなで騒いで、話したりすること、これだけでもいい思い出になるよ、でも途中でやめちゃったら多分、いつか思い返した時に、ああそういえばあんな終わり方しちゃったんだって……ちょっとがっかりしそうだから。そうならないように、私は最後までみんなと映画作りたい」


 なんていうか、つまり。終わりよければ全てよし……ってことかな?と、恥ずかしそうに笑った彼女に、僕は何故かほっと安心した。

 恐らくこの場の全員もそう感じたことだろう。いつの間にかみんなの表情も穏やかになっていた。


「どう、かな……なんか自分勝手っぽいこと言ったけど、みんなは、どう?」


 恐る恐る尋ねるかなみに、百合子は目に浮かんだ涙を拭いて、鼻水を啜り小さく頷く。


「うん、あたしも……ッ、そうがいい。完璧なんて求めない、それでも……完璧に近くなるように、部長として努力するから、最後までっ」


 それを見て、バツが悪そうな顔で頭部を掻くガッツ。


「わーったよ……そんなに言うなら、やろうぜ最後まで。確かに途中で放り投げんのも後味悪いもんな。なんつーか……言い過ぎたよ」

「あたしも熱くなった、ごめん」


 二人が和解し。ようやく息が吸えると安堵の溜息を吐く後輩三名。思わず立ち上がってしまったかなみも、ふうと息を吐き、布団に座り込む。

 そんな彼女に、僕は声に出さずに口の動きだけで礼を言った。彼女はそれを受取りにっこりする。

 ガッツや百合子といった引っ張る者も確かに必要だが、こうして衝突した際に場を和ませ解決に導いてくれるかなみは、誰よりも此処にはなくてはならない存在だ。

 彼女がいるからこそ、この部は此処まで絶えることなく循環してきた。優等生と言うほど目立ってもいないが、温和で清楚で、陽だまりのような笑顔で接してくれる彼女を、みんな一目置いている。


「よし……! じゃあもっかい、一から整理しよ! そんで中学生のレベルじゃないっていう超怖い映画作ろう!」


 半べその顔を乱暴にこすった百合子が眼鏡をかけ直し、みんなが枕や布団を抱えて中心に集まり、再び同じ方向を目指すべく会議が始まろうとした。


 次の瞬間。ハプニングは起こった。


 全員が飛び跳ね、女子は割れるような絶叫を上げ、もうなにがなんだかわからなくなるような、そんなパニック。深夜の視聴覚室で炸裂したそれは、思い返せば笑っちゃうほど些細ささいな出来事だったのに。

 僕たちはその場でもみくちゃになって顔を見合わせた。


「な、なにッ今の、なにッ⁉︎」

「わ、わわわ、わかんないっす! 今なんか奥から――」


 そして全員が視聴覚室の後方。問題が起こったであろう機材収納室の扉を見やる。


 あまりの予期せぬ出来事に、かなみが僕の膝に乗りかかっているとか、ガッツが百合子の胸部辺りに腕を置いていたとか、斜丸が左門の下敷きになっていたとか、垂瓦が驚きのあまり頭隠して尻隠さずの状態で布団を被っていたこととか、僕らは直ぐにお互いの不祥事を突っ込むことができなかった。


 情けないことだ。今までつまらなそうに欠伸をしながら幾多の映像を見てきた、ホラー映画の制作陣たちが全員揃って不満顔を浮かべるだろう行為を平気でしてきた僕たちが。


 たった一回の物音に此処まで動揺させられるなんて。


「今のって、なに……なんかいるの……」

「やめて怖い!」


 お互いの熱と震えが伝わる。それぞれが脳内で想像していることは一つとして良い印象を与えるものでないことは一致していると思う。

 沈黙と共に感染し拡大される恐怖。何が起こったかわからない、その原因を突き止めることが出来なければ、恐怖はこのまま山火事のように広がっていくだろう。

 そんな不安を残したまま、問題の起こったすぐ隣の部屋で眠ることなんて到底できやしない。

 じゃあどうするか。言うまでもない。ホラー映画と同じ展開だ。

 安心を勝ち取るために、何があったか確認するしかない。


「ちょっと……男子見てきてよ」


 泣き出しそうな女子三人が布団の端まで避難して僕らに懇願する。

 そうなるんじゃないかと考えていた矢先に見事に建てられたフラグ、別に怒りはしない。こういう時は素直に女子の特権を行使していいと僕は思う、だが。ほぼ自分が指名されたと自覚したガッツは、何を思ったか目を泳がせ隣で震える左門と斜丸を一瞥いちべつした。


「お前らジャンケンしろ」

「エエッ!」

「ちょっ、ガッツ先輩あんまりです!」


 おいおい、そりゃないよガッツ。

 斜丸と左門に同情するように僕は額に手を当てた。


「じゃ、じゃあ! 全員でいきゃあいいだろ!」


 無難な意見だが、身長百八十センチのがたいのいい球児が焦りながら言う様は非常に残念すぎるわけで。その提案には当然僕とガッツ除く全員が激しく拒否を示した。

 みんな完全に他力本願である。このまま、あるかどうかはわからないけれど、視聴覚室の照明が落ち、辺りが暗転したとしたら。

 もうパニックどこじゃない、地獄絵図だ。

 はあ。仕方ない──。

 非常に不本意ではあるが、僕は安眠を手に入れるべくそこから立ち上がり、みんなの悲鳴を浴びながら重厚そうな扉に手を伸ばした。

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