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この学校は過疎化対策として数年前に校舎を大幅改装したそうで、各設備の一新、広く綺麗な教室には黒板代わりの大型モニターが設置され、授業時には一人に一つノート代わりの最新式のタッチパネルが与えられるなど、ど田舎に勿体無い設備の充実っぷり。しかし町側が狙っていた新校舎目当てで外から編入してくる生徒というのは残念ながら殆どおらず、町おこしとして行った学校の改装工事は税金の無駄遣いであったと、度々大人たちが話題にしていた。
別館にはシャワー付きの宿泊室があるのだが、夏休み中に合宿をしているのは僕らだけでなく、運動部も他校を呼んで使うため、夏休み前に志願書を書いたのに少数の映画部は優遇されず、結局いつも活動拠点にしている視聴覚室での寝泊まりを余儀なくされてしまった。
これも日頃の行いかと、百合子は嘆いたが、まあ布団と枕は借りることが出来たので居心地はそれほど悪くない。後はぶうぶう煩い女子と男子の間に仕切り板でも立てれば完璧だ。
「ガッツ先輩、今夜は野球部の方に戻らないんですか?」
コンビニのカップラーメンをもごもごさせる左門に問われ。ガッツはおにぎり三個目を頬張って答える。
「んあ? あー、明け方戻るわ、明日も普通に練習あるから。っても、一、二年主体のトレーニングだし俺ら三年はサポートだけどな」
「ああ、そういえば大会終わっちゃったんですよね」
「げえ、此処にいるの? 戻ればいいのに……」
「そんな顔しちゃダメだよ百合子。一応西川君、野球部掛け持ちながら、うちらに付き合ってくれてるんだから」
「付き合うっていうか、西川先輩はただ単に此処で映画観てたいだけじゃないですか」
仕切り板の隙間から見える向こう側で嫌そうな顔をする百合子。苦笑するかなみ。肩を竦める垂瓦はさっきシャワーを浴びてきたばかりでまだ髪が濡れていた。
僕らは寝間着代わりのジャージ姿になって布団の上で夜食の弁当やらカップラーメン
「ちょっと皆さん、今クライマックスですよ! ちゃんと見てるんですか⁉︎」
そこで垂瓦と同じ一年のガリガリ眼鏡の斜丸が叫ぶ。ポップコーンの袋を片手に持った彼に咎められ、僕らはそうだったと眼前の大型スクリーンに意識を集中させる。
天井から垂らすタイプのスクリーンの中には、井戸から這うようにして出てきた髪長の白いワンピースの女。
不気味な
「うーわ、顔やべえ……」
「指、地味に痛そうっすね」
「こういうのってギャラどんくらいかなぁ」
「撮る時ってお祓いしてるよね?」
「ビデオテープってとこが時代感じるよなぁ。今なんか、Blu-rayかDVDだもんな、ビデオみねぇじゃん、つかビデオみれなくね?」
「確かに、ビデオデッキある家そんなないよね」
「あはは、呪いのビデオテープ涙目」
「やっぱり私も、顔白く塗るべきかなあ」
「なにで?」
「絵の具……とか?」
かなみの発言に、もっとも恐怖がピークに差し掛かる場面だというのに全員が破顔した。
「絵の具かよッ!」
「やめた方がいいですよ、かなみ先輩お肌荒れちゃいますよ!」
「でも、だって殆どの映画って幽霊出るとき白塗りじゃないの」
確かにそうだが。クラスでも持て囃されるほどの美女、
「役作りは大事なんです!」
四方八方から笑われ、既に今日一番の大恥を掻いていた彼女はすっかり拗ねてしまったらしい、そっぽを向くような声を仕切り板の隙間に投げ込んだ。その後に宥めるような百合子の甘い声が上がる。
「んもぉ。かなみ怒んないでよぉ、悪かったって」
「だって、私べつにふざけてないし、本気でそう思っただけで」
「わかってるってば、
「あ、わたしも! わたしもかなみ先輩の髪触りたいです! 先輩の髪、つやつやしてて、凄い綺麗なんですもの」
「そ、そうかな……普通だよ」
「長いし綺麗だし。
「もう、百合子! それちょっと引く!」
なんて調子で、女子は女子で
「百合子って、まじ百合子だよな……」
「女の子の会話はよくわからないっす」
「ちょっと! だから今良いところ! これじゃ研究にならないじゃないですかあ!」
呆れるガッツに、添加物たっぷりのスープを全て飲み干し、菓子パンに手を伸ばす左門。スクリーンに注目するよう慌てる斜丸だけが、恐らく最初から最後までのおおまかなストーリーを説明できるだろうと静かに思う僕。
映し出された世界の中で、長い黒髪の女が恐怖に
僕だってそこまでオカルトやホラーが得意な方ではなかったが、春から研究として何十本と様々な作品を鑑賞していたら、いつしか耐性がついたらしい大抵のことじゃ驚かなくなってしまった。
女子らも最初こそ身を縮こめて、観たくないだの停めてだの、きゃあきゃあ言いながら顔を手で覆いながら騒いでいたが、そのうち悲鳴を上げることもなくなり、今じゃ魅せ方がどうのとか、このタイミングがどうのとか言って借りてきたものを視聴しながら余裕でメモを取るほど。
こうして、何本もの日本のホラー映画を見続けてわかったことは。
恐怖シーンに繋がるまでの引きが長いこと、大音量で驚かせたり、水の表現が恐怖を誘うこと。白塗りの幽霊や、赤い服、または白装束、兎に角髪の長い女が必ずと言ってもいいほどよく登場することなどなど。
ただ情報は揃ってもそれを参考に話を作るのは簡単なことではなく。脚本担当は百合子と垂瓦、僕も少し
「つうかさあ、髪の長い女とか白い着物だとか、ありがちで怖くねえよ。何番煎じだよ」
ガッツの考えには僕も一理ある。日本人が想像する幽霊の代表が昔からこういった女であるため、こうして見続けていると飽きがくるし、そもそも個性がない。最初こそ不気味だなあと思っても、何回も出てくるとまたかよ。って感じになる。
「確かに……考えてみると、固定概念に囚われてる気もしないでもないっす」
左門、斜丸もうんうん頷く。
「じゃあ、どうすればいいってのよ」
スタッフロールの流れる画面を停止させ、レコーダーからディスクを取り出し、うず高く積まれたホラーDVDケースの山にそれを戻した百合子が不服そうに口にする。
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