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「ちょっと何言ってんすか、かなみ先輩、ガッツ先輩まで……いやいや、もうちょっと冷静に考えましょうよ、あのテープの中身オレらで再現するって……本気ですか⁉︎」

「お、おれ反対ですよ! あんな得体の知れない呪いのテープみたいなの、下手に手出してなんかあったらどうするんです!」

「斜丸君の言う通りですよ! わたしも、いやです……怖いですよ。あのシーンわたしたちで撮るっていうんですか」


 その辺の映画よりも本物じみていたと、怖がる後輩たちは突発的に持ち上がった案をなんとか取り下げようと口々に否定する。そんな彼らをたしなめたのはガッツだった。


「お前ら怖がってるなあ。久々のリアクションだな、それ。最近じゃいくら借りてきたって欠伸ばっかだったってのに」

「それは……」

「逆に考えても見ろよ。今までそういうジャンルに舌を肥えさせてきた自分たちが、あの映像に尋常じゃなくビビってる。ってことは、あの映像はホンモノだ。恐怖を感じさせる相当の破壊力があるってことだ」

「だけど……あの映像なんか普通じゃない感じしたっすよ、関わったら呪われそうだし……」


 今までノリノリで質の良いオカルトものを撮ろうとカメラを回してきた左門の逃げ腰具合をガッツは鼻で笑う。


「ばかお前、あれが本物なもんかよ。最初はあれだったけど、カメラが離れてからは俺は人形に見えたね。なんならもっかい観てみるか?」


 言われて、もげそうなくらいブンブン首を横にする左門。


「それに今更なに言ってんだよ、今まで散々撮ってきたくせに」


 出来は兎も角、ガッツの言う通り、僕らは今までいくつもの映画に感化された映像を撮ってきたが、これといって不可解な現象に見舞われたことは一度もない。


 怪談話や真夏の心霊特集じゃあるまいし。そうそうそんな現象起きてはたまらないが、まあ、そういうことだから大丈夫、という浅はかな考えは僕の中にもあった。

 

 それに台本もある。これはただのお芝居で作りものという証拠があるのだ。まず呪いのビデオテープでないことだけは確かだ。と、後輩たちにフォローのつもりで話してみたら、三人とも、そうでしょうけれど。と受け入れづらそうに返した。


 尻込みする後輩たちに、かなみは気をきかせて百合子とガッツの方を向く。


「でも、かなりショッキングなシーンだったし、みんな怖がっちゃってるしさ。一人でも気が進まないんなら、やらない方がいいんじゃないかな、全員の意見を大事にした方がいいよ」


 中立意見を挟むかなみに、百合子とガッツは、


「ま……かなみの言う通りよね。普通に考えたら気持ち悪いもの見たって、忘れたくなるわよ、あんなのマジで呪いのビデオテープみたいだったし」

「あんなん作ったやつの気が知れねえよな。関わりたくないってのはわかるし、無理やりやらせんのもだしな」

「ごめん三人とも、今のは全部忘れて、流石に無茶振りだったわ。あんなわけわかんないのより、もっとちゃんとした台本書くから」


 意外とあっさりその案を撤回させた。


 かなみの発言力もそうだが、思い返すと確かにあのテープは普通じゃないと考えを改めたくなる不可解な点が多すぎた。


 二人は肩を竦め、また明日ゼロからスタートだと部員に伝え、そろそろ本当に巡回の先生が来るだろうし、僕らは本格的に寝支度を始めた。


 とはいえ。寝る前にあんな衝撃映像を見させられて、布団に横たわり、枕に頭を預けてすぐに眠れた者は誰一人いなくて、全員、特に意味のない寝返り布団の中で繰り返していた。


「あの――右京先輩。いいすか、聞いても」

「なに、左門君。ちょっとうとうとしかけてたのに」

「あ……すいませんす」

「なあに」


 暗闇の中で左門がぽつりと百合子に話し掛けて、全員が聞き耳を立てたことだろう。


「あの……もし。あのテープの話、作り直すことになったら」

「いいのよ、その話はもう」

「じゃなくて、もし。もしすよ。作り直そうってなったら、右京先輩、脚本あれ、続き書けます?」

「そりゃあ……。そうなったら書くわよ、書く気はあるわ」


 これでも脚本担当ですものと、澄ました声で言った百合子に。


「じゃあ。オレも、賛成するっす……」


 と、左門がとんでも発言を天井に向かって吐いたものだから、斜め前と隣の布団の膨らみがびくりと大きく動いた。

 斜丸と垂瓦だ。


「どういう心境の変化よ」


 僕の隣にいるガッツが眠たげな声で左門に尋ねた。


「そりゃあ正直気持ち悪すぎっすよ、あんなの。よくよく考えたら本物じゃないんだろうなって思えてきたっすけど。まー、ガッツ先輩や右京先輩の言うことも正しいと思えますし。普通の感性で作ったやつなんて、どうせコンクールで集められた作品に埋まるだろうと、やっぱり心臓鷲掴みにするくらいの衝撃っていったら、あれぐらいなんすかねぇと思って……だからその」


 やるんなら、手伝うっす。と左門。

 すると――。


「左門先輩もそう言うんなら、じゃあ、わたしも……やってもいいです」

「垂ちゃん。いいのよ……無理しなくても」

「このままやっても夏休みが終わっちゃう気もしますし。先輩たちは最後の夏だから、だったらドーンと強烈なの作って、それで入賞出来たらすごくいいじゃないですか。だからわたしも、やります。それに百合子先輩もかなみ先輩もいなくなっちゃって、来年からは女子一人になっちゃうかもですから、思い出作りたいんです」

「垂ちゃんっ、うう! なんて良い子!」

「引退しても遊びに来るからそんな寂しいこと言わないで!」


 間に挟まれた垂瓦は百合子とかなみに抱きつかれて笑い声を上げる。


「こら女子ィ! あんま騒ぐな、怒られんぞ……ったく。あーあ、ほぼ決まりかけてるぞ、どーするよ斜丸」

「どうするったって……おれにこの状況覆せって言うんですかぁ、流石に多数決には勝てないですよ……ねえ、東先輩」


 と、斜丸は僕を見るが、ごめん僕は笑ってやることしかできない。最初から争う選択肢は僕の中にはないから。


「ですよねえ……あー、非常に不本意だ。って言っても、おれだけ船に乗らないわけにもいかないしなぁ。もう、皆さんにお任せします。はあー、遠山先生が帰ってきたら卒倒しちゃいますよ」


 なんて気の無い返事を返しつつも、最終的に斜丸が同意したことで、僕らの翌日からの進路が固まった。


 謎多きビデオテープの、衝撃の内容を僕らの手で新たに作り変えるというなんとも無謀な計画。


 これがもしうまくいったとしても、けして僕たちは世間に胸を張ることはできないだろう。だって自分たちのアイディアではなく、名も知らない他人の、それも作りかけの作品に手を出したのだから。


そんな綺麗とも言えない吊橋の前に全員が足を踏み出した。


 だとしても。垂瓦の言ったように、このままやれば、ほぼ間違いなく夏休みは終了する気がした。


 例えなにか結果を残せなくても、そこに行き着こうとした過程を残さなければならなかった。


 でなければ、実績の殆ど無い映画部は、後輩達の代で今度こそ廃部になりかねない。

 だから、僕らにはどうしても“衝撃”を呼び起こすなにかが必要だったのだ。良かれ悪しかれ、映画部はとんでもないものを作ったという。証を残したかった。

 きっとただそれだけだった。


 だが、そんながむしゃらな気持ちの中に、この年頃なら誰でも隠し持っている、火遊びをするような、大勢がよしとしないだろう背徳的な物事への興味も少なからずあったのだ。


 中学生の僕たちは、それこそまだ社会の厳しさも知らなくて、これから先の未来もどうせ、特に苦しむことなくなんとかなるだろうぐらい呑気に構えていた。


 危険予測も充分にできていなかったし、なにかあったとしても、大人が代わりになんとかしてくれるだろうという甘えも、心の奥底にあったのだ。


 環境に恵まれ、貧しさも飢えも知らず、欲しいものもそこそこ手に入れられる。楽観的で、無知で、無謀な――僕たちは子供だった。


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