第16章:封鎖

[1] ヒトラーの誤算

 北方軍集団は9月上旬、レニングラードと内陸部を結ぶ連絡路を遮断して形式上は市街地を封鎖することに成功していた。レニングラードを完全に封鎖するためには、ラドガ湖の東岸でドイツ軍とフィンランド軍が接続する必要があった。この点はヒトラーが9月6日に発令した「総統指令第35号」においても示されていた。

 9月8日、フィンランド軍はスヴィリ河に到達した。これで2年前(1939年)の「冬戦争」で奪われた失地を全て回復したため、フィンランド政府にこれ以上、対ソ戦に参加する意義は存在しなかった。

 また、フィンランド軍は大規模な市街戦を想定した訓練を行っていなかった。ましてや甚大な人的損害が予想されるレニングラードにおける市街戦は人口の少ないフィンランドにとっては、自殺行為に他ならなかった。そのため、フィンランド軍総司令官マンネルハイム元帥はスヴィリ河より南に部隊を進めてほしいという、ヒトラーの要請を毅然とした態度で拒絶していた。

 対ソ戦に関する根本的な認識の違いを見抜けなかったヒトラーは北方軍集団を北上させるしかなかった。ヒトラーが眼をつけたのは、市街地に搬入される補給物資が東方からティフヴィンを経由してヴォルホフに通じる鉄道によって輸送されている点だった。

 10月1日、ヒトラーはブラウヒッチュに対して第39装甲軍団(アルニム大将)によるティフヴィン攻略作戦を実施するよう命じた。第39装甲軍団を南翼から支援する4個歩兵師団のうち1個(第250歩兵師団)はスペインから派遣されたグランデス大将率いる義勇兵による部隊だった。この部隊は通称「アズール」師団と呼ばれていた。

 ヴォルホフ河東岸に戦線を築いていたソ連軍では、指揮系統の変更が行われていた。

 10月5日、レニングラード正面軍司令部では同正面軍司令官ジューコフ上級大将がモスクワに迫る中央軍集団に対処するため、クレムリンに呼び出された。後任のレニングラード正面軍司令官に第42軍司令官フェデュニンスキー少将が昇格した。フェデュニンスキーはさっそく軍事会議を召集し、第54軍・第55軍によるレニングラード解囲作戦の立案を進めた。この反攻は攻撃開始日を同月20日としていたが、先手を打ったのはドイツ軍だった。北方軍集団がヴォルホフ河を越えて東方に攻勢を開始したのである。

 10月16日、第39装甲軍団は第4軍(ヤコヴレフ中将)と第52軍(クリュイロフ中将)の境界面を切り裂くように突進した。作戦開始から8日目には攻撃開始点から45キロ東方のブドゴシュチに到達した。

 10月23日、第39装甲軍団はブドゴシュチを占領した。目立った抵抗拠点に遭遇することもなく鉄道に沿って東方のティフヴィンに向かって進撃を続けていたが、レニングラード周辺では例年より早く10月2日に初雪が降り始めた。

 ドイツ軍は深い積雪の中を進撃せざるを得なくなった。積もったばかりの雪の下にまだ凍結していない沼地が点在しており、進撃中の戦車が車体の重さで沈む事態が発生した。さらに東方に進撃するうちに両翼の側面が延長され、ただでさえ部隊の不足に悩む北方軍集団は大きな問題に直面した。

 10月30日、モスクワの「最高司令部」は第4軍に反撃を行うよう命じた。ティフヴィンに迫る北方軍集団の攻勢を一刻も早く粉砕するための措置だった。

 11月2日、第4軍は北からブドゴシュチに向けて反撃を開始した。この反撃は4日に渡る死闘の末に頓挫し、第4軍司令官ヤコヴレフ中将は罷免された。後任の同軍司令官にメレツコフ上級大将が就任した。

 11月8日、第39装甲軍団の第12装甲師団(ハルペ少将)がレニングラードの東方180キロに位置するティフヴィンを占領した。この日にミュンヘンで演説を行ったヒトラーはこう述べた。

「レニングラードはすでに手を挙げている。早晩それは陥落する。それを免れることは出来ず、包囲環を破ることは出来ない。レニングラードは飢えで滅びる運命にある」

 レニングラードへの物資補給は絶望的だった。ラドガ湖に通じる唯一の鉄道を遮断された上、ヴォルホフ近郊のゴスチノポリチェに置かれた物資の補給基地はドイツ軍砲兵隊の射程圏内に収まった。軍と市民に対する配給は次々と切り下げられる日々が続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る