Develop 27

 好きな相手に「好き」と何故言わないのか。

 入鹿は少し驚いたようにRe-17に訊いたが、Re-17はRe-17で少し驚いた。普通は言うものなのだ、と。

 幾つか恋愛を題材にした本は読んだことがある。確かに、想いを寄せた相手に好きだと伝えるシーンはあった。でも、それを伝えてどうしたいのだ。伝えてその先の何を望んでいるのかが、いまいちピン、と来ないのである。

「恋愛って難しいんだなあ」

 Re-17はベンチに深く腰掛け、真上にある大きな木を見上げた。青く生い茂る木の葉の隙間から差し込む日光が、視界を白く染める。

「当たり前だろ。簡単な恋愛なんてあってたまるか」

 入鹿が腕を組んでRe-17の隣で吐き捨てる。

「健人って恋愛したことあるの?」

 Re-17の問いに入鹿は眉間に皺を寄せた。

「あるよ。恋愛の一つや二つ」

「その時、好きな人に好きって言った?」

 特別、まずいことを訊いたつもりはなかった。しかし、入鹿の表情が一瞬曇ったのを、Re-17は見逃さなかった。

「……言わなかったの?」

 入鹿は少し驚いた顔をして、「お前は顔から読み取るのが本当に得意だな」と眉尻を下げて笑ってみせた。

「……言わなかったっていうより、言えなかった、なあ」

 そう言う入鹿の目は何処か懐かしそうで、Re-17とは違う景色を見ているようだった。

 Re-17は入鹿が口を開くのを待った。

「……俺さあ、好きになった子に『好きだ』って言おうとしたの。でもなあ、その子、好きな奴に告白するってグループの中で盛り上がっててな」

「それで言えなかったの?」

「いや、その時は、それより先に言ってやろうって思ったよ。言ってやろうとは思ったけど、思うだけでなかなか言えなかった」

「それで?」

 入鹿はRe-17の方を見て、口の端を片方だけ吊り上げた。

「他の男に取られた」

 Re-17にはその言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かった。

「別に、その子の告白が成功したっていうわけじゃないんだ。ただ、俺が言おうと思った時には、その子、違う奴に告白されてて、それをOKしたらしかった」

「その違う奴っていうのは、その子が好きだった人だったの?」

 入鹿は首を振った。

「面白い話だよな。自分が想ってた人より、自分を想っている人を取ったんだ」

 乾いた笑い声を上げながら「それならもっと早く言っとけばよかった」と投げやりに言う。

「言えなかったこと、後悔してる?」

 Re-17の問いに入鹿は大きく頷いた。

「大後悔。躊躇ったあの時の自分をぶん殴りたいくらい」

 入鹿は拳を握り、目の前の空に向かってパンチする。

「……誰も自分の気持なんか待ってくれない。留まったら、出遅れるだけだ」

 突然、嫌な焦燥感がRe-17を襲った。入鹿の言葉が自分に向けられている気がした。

 自分自身は麗紅のことを想っている。では、麗紅は? 自分と同じ感情を抱いているのだろうか。分からない。分からないという不安がRe-17を包み込んでいく。

「……ねぇ。麗紅って僕のことどう思ってるのかな」

「さあ。本人に聞いてみれば?」

 入鹿が気怠げに欠伸をする。

「本当に聞けると思う?」

「へー、そこの感情は、俺らと一緒なんだな」

 Re-17は眉間に皺を寄せ、口を前に突き出した。

「他人事だと思って」

「他人事だもんよ」

 何も言えない。

「言っただろ、さっき。自分の気持ちは誰も待ってくれないって」

「……そうだけど」

「また言われるぞ」

「誰に?」

「須賀野博士に。『男ならしゃきっとしなさい』って」

 Re-17の目と口が開く。

「知ってたの?」

「俺はお前の教育係だぞ」

 入鹿がしたり顔でRe-17を見る。しかし、その顔は一瞬で険しくなった。

「また、麗紅ちゃんから逃げるのか」

「それは」

 もう何も言えなかった。

 自分の気持ちに整理がつかず、麗紅に会わない。今度は麗紅の自分に対する感情が分からず、何も言おうとしない。これでは、臆病者の繰り返しである。

 黙り込んだRe-17に対し、入鹿の表情筋は緩んだ。

「これ以上は言わない。あとは、自分がどうしたいかを考えろ」

 入鹿はベンチから立ち上がり、Re-17の肩を二回ほど叩く。

「大丈夫。失敗したって死にはしねーよ。じゃあ、先に出るわ」

 手をひらひらと顔の横で振りながら、入鹿は庭を出ていった。残されたRe-17はベンチに寝転ぶ。

 自分がどうしたいか。正直、今から麗紅に会って、「好き」と言えるか否かと言われれば、答えはノーだ。だが、麗紅がどう思っているかは聞きたい。その後は……その後?

 Re-17は首を傾げた。その後、どうしたいかは浮かんでこなかった。

 ただ、一つだけ漠然とあった。

「……麗紅を誰かに取られたくない」

 溜息混じりに漏れた独占欲。これが、好きという感覚なのだろうか。

 ───留まったら、出遅れるだけだ。

 入鹿の言葉が、頭の中で反芻する。

「………」

 Re-17は立ち上がる。庭の出口に向かって歩を進める。その足は軽やかでなくとも、行く先に迷いはなかった。


 To be continued...

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Re-17 ~人間にほど近いロボットとロボットにほど近い人間の物語~ 屈橋 毬花 @no_look_girl

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