第6話 「生きざまに『鬼』がつくようなヤツが人に愛される権利とかないと思うんだけど、僕」

「はぁ」嘆息したのは、サトウの目の前に座る金髪の男である。「そりゃまた面倒なものに好かれたねえ、きみ」


知り合いが多くないと自負するサトウの、数少ない友人がコレ、”フジノ”だった。

一般人が手に入れられないアレやコレやをどこからともなく調達してくる便利な人間である。要は彼も、サトウ同様正々堂々お天道様の下を歩けない人種なのだった。


「それにしてもやっすいラノベみたいなお話だよね。きみみたいに顔も性格もよくないおっさん猟奇殺人鬼につくストーカーとかさあ。だいたい、生きざまに『鬼』がつくようなヤツが人に愛される権利とかないと思うんだけど、僕」

「奇遇だな。同じ意見だ」

「うらやましいな~」

「だったら一回立場変わってみるか? どこにいても気が落ち着かない24時間って思った以上の地獄だぞ」

「いいんじゃない? 本来鬼の居場所って地獄じゃん?」


さらりとサトウの意見をかわしたフジノは、イスの上であぐらをかいて楽しそうに笑った。


「でも、納得したよ。最近殺しをやってない理由がなら。きみの事件が10日以上あいたためしがなかったから、妙だなとは思ってたんだ。しかし有名な殺人鬼さんもおちたものですねえ、やり口全部コドモに暴かれるとは」

「笑い事じゃない」サトウが不満げに鼻を鳴らす。「お前に注文した電子デジタルロックや電子デジタルトラップ、全部攻略して家ン中侵入されたんだぞ!」

「へえやるじゃん! どうやったのかな!?」

「知らん! もう二度と家には入れたくない! やり方教えろ!」

「あちらさんがそっち方面に明るいなら、そっちの知識が及ばないもっと原始的な罠に特化してみるとか」

「……落とし穴、とか?」

「そう」

「そんなのでうまくいくかな」


首を傾げたサトウに、フジノはひらひらと手を振って見せた。


「見た目、着ぐるみのあたまかぶった普通の女の子なんでしょ? 身体能力がそこまで高くないなら、玄関封鎖・立ち往生で終わるんじゃない。それでも家の中へ侵入したいなら、窓を狙うしかない。だから窓のほうにも別個でトラップしかけておいて……」

「ふむふむ」

「んで、ここでこの器具使ってこう捕獲して」

「ほう」

「どうしても誘導したいならエサを仕掛けておいたら飛びつく気がするな。すっごく欲望に忠実というか、目の前の利益にとびつく印象を受ける。きみの使用済パンツとかぶらさげておいたらすぐかかってくれるんじゃ」

「却下ァ!」


話の内容がストーカー対策ではなく猛獣狩りになっている。

フジノは楽しそうに笑うと、目の前の液晶に指を置いた。青く沈黙していたスリープ画面がぱっと明るく生き返る。

やたら長いパスワードを打ち込みながら、闇商売人は言う。


「ま、いいよ。こっちでも調べておいてあげるよ、その女のこと。さすがに今のままじゃ何の手がかりもないから、きみはとにかく相手からいろいろ聞き出して逐一俺に知らせて」

「わかった」

「それから……」


タン、とエンターキーを押してログインしたフジノは、言葉をつづけようとして、

思わず目をしばたかせた。


いつもの見慣れたデスクトップ画面が、目の前から消えていた。

大人気アニメ魔法少女マミナの壁紙のはずが、画面はキュートなクマのぬいぐるみになっている。

……正しくは、中指立てて『やれるもんなら、やってみな』と書いたロゼットを胸元につけているクマのあたま……をかぶった少女、なのだが。


フジノはそれをまじまじと眺めた。


「……へえ……」


自分から敵に塩を送ってくるとは。挑発で頭に血が上ったのかな?

よく見ようと顔を近づけると、


「え」


途端にデスクトップ画像はさらさらと流れるモーションで端から消えていく。

画面が購入時の青い初期画面になるまで、一秒とかからなかった。


ようやくフジノの様子がおかしいことに気づいたサトウが後ろからのぞきこみ、「あー」と声をあげた。


「やっぱ聞いてたんだなー、ここの会話」

「やっぱって……」

「それよかフジノ、他のデータ大丈夫か?」

「へ?」

「消えたりしてない?」

「!」


『顧客リスト』と名前を付けたフォルダを高速のダブルクリックで開く。

告げられたメッセージは、


『このフォルダーは空です。』


「あああああああああああああ!!!!!!」


フジノの悲痛な絶叫が部屋に響き渡った。


「ぼぼぼぼ僕の至高のマミナフォルダがぁぁぁああああ!!!」

「顧客リストじゃなかったのかよ」

「うるさい! 何年かけて集めたと思ってんだ!! 公式HPの無料配布壁紙からアニメスタッフのパソコンに眠る原案の没デザインまで(手段は問わず)集めたんだぞ! 努力と愛の結晶をよくも!」


憤るフジノを見ながら、愛はつくづく人間をアホにするなあ……としみじみ思うサトウ。

ばっ! とフジノがサトウを振り返った。涙目である。


「サトウ!!」

「お、おう」

「僕は! この女を! 許さない!!!」

「お、おおおおう」

「マミナの仇を討つ!!!」

「う、ウン」

「草の根分けても探し出して息の根を止めてやる……! 見てろ……僕に喧嘩を売ったことが間違いだとすぐに気づかせてやる……! いいかサトウ、君が今まで実践してきた最高の殺害方法をもってして彼女を殺すといい! その方法を今からよく! よおおおおおおく!! 考えておくんだな!!!」


知り合いのあまりの豹変ぶりに、なぜかストーカーの少女の心配をしてしまうサトウである。












その後サトウのスマートフォンに『パンツ待ってます』という差出人不明のメールがきたので、『夜道には気をつけてな』と返信しておいた。

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