第5話 「死んだら愛してもらえないから」

無様にノックアウトされたあの日以来、サトウは一心不乱にトホを殺す計画をたてた。今までに培ったノウハウをフル活用して計画をたてた。躊躇する理由など何一つなかった。とにかく、キレた。


なにはともあれ、一番にすべきなのはトホの正体を暴くことだ。あの忌々しいカメレオンヘッドのせいで、こちらはまだ彼女の素顔すら知らない。名前も、連絡先もだ。

これまでのしつこいストーキングからして、彼女の拠点がこの辺りにあるのは間違いなさそうだ。あの骨格からして性別は間違いなく女。年齢は、成人したてか、それ以下。薬物を扱っていたから、ソレ関係の学校でも出ているのかもしれない。

手っ取り早いのは本人に会ってシメあげることなのだが、生憎、あの日以来彼女は周到なまでに姿を見せない。


居所さえ、いや、せめてよく通う場所さえ分かればこっちのもんなんだがなあ……


サトウは嘆息する。

食べ物に毒を混ぜるなり、ガス管に穴をあけるなり、乗り込んで自ら終止符を打つなり、その後のやりかたは彼の分野だ。相手がさだまりさえ、すれば。


「あ?」


サトウはあることを思い出した。

トホが初めて接触してきたときのことだ。


ぼーっとしていて、赤信号で横断歩道に踏み出したサトウ。そこを助けてくれたのがトホだった。


ふむ、と、サトウは腕を組んだ。


あいつは俺のことが好きだ、といった。正直今でも信じられない。あいつがぬかした理由だっておよそ恋愛とよべるような動機ではなかった。それでももし、トホがサトウを好きだと思い込む気持ちが本気なら……


サトウの視線がピルケースに向いた。








家から少し離れたところにある公園までてくてく歩いた。

日差しが苦手で、サトウは夏の昼間に外に出ることは少ない。もともとインドア派なのに加え、友人の少なさに比例して出かける頻度も低い。

出かけるのは日が弱まる夕方か、夜。


気分が落ち着くし、暗闇に紛れたほうが、何かと都合がよい。


公園に着くと、サトウは何気なく広場を横切って一番奥のブランコへ向かった。色の褪せた青いブランコに座り込み、その低さに驚いて腰を浮かせる。昔はそう低いと思わなかったんだけどなあ、と首をかしげながら、幼いころやっていたのと同じようにがしゃがしゃと座面を回して鎖を巻き上げ、高さを調整して座りなおした。


ふう。


一息ついて、持っていたペットボトルの麦茶をちびちび飲む。

ペットボトルのキャップをしめると、サトウはズボンのポケットから一錠、薬を取り出した。

誰に言うでもなくつぶやく。


「素性の知れないやつに今までやってきた所業を知られてしまったんだから、もうのうのうと生きていることはできないなぁ。ここらが潮時か。さよなら現世」


薬を口元へもっていったとき、


「ちょおおおおおおおおおおっと、待ったぁ!」


出た。

サトウの眼の光がスッ、と濁る。

濁った眼のまま振り返ると、背後の茂みからラブリーなシマリスの頭がとび出したところだった。

シマリスが勢いよく立ち上がり、


「死ぬには、あれっ?」スカートが藪にひっかかったらしい。前に進もうとしても動けず、大変苦労してしゃがみこんで何やらもたもたと作業し、「よしっ」やっとのことで解放されて茂みからがさがさと出てくる。

そこらじゅうに葉っぱと小枝をひっかけ、女は腰に手を当てペラい胸をはった。


「死ぬにはまだ早いぞ、若者よ!」

「うるせえよ」


サトウは振り向きざま、フルスイングでペットボトルを投げつけた。まだ半分以上中身が残ったボトルは見事にリスの頭部に命中し、リスは見た目ちょっと怖いくらいのけぞった。


「ぁいたぁ!!」着ぐるみの頭を両手で抱え、女はすぐさまサトウに向き直る。「なんてことするんですか、うら若き乙女の顔面にー!」

「うら若き乙女だっつーなら素顔さらして見せろっつーんだ」

「あ、顔はちょっと……おっぱいじゃダメですか?」

「モラルは!? キミにモラルはないの!?」


猟奇殺人鬼にモラルを問われた女は、「ふふん!」と無表情なはずのリスの顔がどこか自慢気に見える角度で腕を組む。「そんなものを持っていてはこの世の中上手に渡っていけませんぜ、旦那! ……様♡」

「お前の旦那になった覚えはない!」


って、だあああああああ。

サトウは頭を抱える。リスはウフフー、と機嫌よさそうに笑った。


「なんだ、自殺する気はないみたいですね。そうですよね、サトウさんに限って自殺なんかしませんよね。あなたは自分の体で、『不思議な死に方』を体験しなくちゃ気がすまないだろうから」


長生きしなくちゃ。

自然と息をひきとるまで。


そう言って、トホはくつくつと笑んだ。

サトウは一瞬、眉をしかめる。


「本当にいけすかない奴だな」

「そうやって私を鬱陶しがるあなたはとっても素敵です!」

「うん、俺たち本当に理解し合えないネ」


だから終わりにしようと思うんだけどね。

ブランコから立ち上がったサトウがトホに近づく。トホは避けることなく、彼が近づいてくるままにしている。

バカなのかな、と思った。

この流れで、この相手で、なぜ自分が無事でいられると思っているのだろう?


細い首に手をかけると、喉が痙攣したように動いているのが分かった。

至近距離の着ぐるみから、荒い息が聞こえる。もしや避けなかったのは恐怖のあまり竦んでいたのかもしれない。なんだ、かわいいところもあるじゃないか。


「……サトウさんが私に触れてる……」


……サトウは空耳を疑った。


「サトウさんが私の素肌に触れてる……! ああああ何回妄想したかしらこの光景このシチュエーション。さいっっこう、そのまま指に力を入れてじわじわとねぶるようになぶるように首を絞めて! お願い! さあ! 早く!」


……秒単位で興が削がれていく。


サトウはそっと彼女の首から手を離した。

途端に大ブーイングが起こる。


「なんでえええええええ!? なんで途中でやめるんですか寸止めですかおあずけですか!? ひどい! 私を弄んで捨てたんだ!」

「殺さずにおいてやったんだよ! どこまで正気を失ってるんだお前はァ!!」


チッ! と音高く舌打ちをするリス。ラブリーな外見だけに落差がひどい。


「ま、確かに殺されるのは御免なんですけどぉー。ちょっとくらい首絞めてくれてもよかったのに。ハァーア、かいしょーのない奴〜。でもそこが好き〜」


なんとなく、こいつ幸せになれなさそうな女だなぁ……と思うサトウ。


「それにサトウさん、先に言っておきますけど、私が死んだらこれまで収集したあなたの全データが警視庁へ直接送信されるようにセットしてありますから!」

「!? なっ、はっ!?」

「あなたが事故死にみせかけたあの転落事件や水死事件、犯人不明で迷宮入りのあんな殺人こんな殺人、どれもこれも鮮やかかつ後味の悪い事件たちの計画段階から隠滅までを証拠付きでひとつひとつ列挙してまとめてあります。さぞかし警察も喜ぶことでしょう」

「ってめ!」

「ノンノン、怒ってはイヤです」リスが人差し指を振る。「私はあなたのためならなんだってできますけど、ただひとつ、殺されるわけにはいかないんです。絶対にね」

は、とサトウは目の前のリスを嘲笑った。「その粗末な命がそこまで惜しいか?」

「ほんとうなら、私の粗末な命をあなたの『研究』に使うことで喜んでいただくのがベストなんでしょうけど」

「なぜそうしない! 俺が好きだというなら、俺のために死ぬこともっ、」

「死んだら愛してもらえないから」



サトウの喉に言葉が詰まる。

トホの言葉はどこまでも当たり前のように。



「サトウさんが興味を示してくれるのは、死ぬ間でしょう? あなたが知りたいのはヒトが死ぬ理屈であって、死体には興味がない。わたしね、サトウさん。わたし、あなたに見てもらいたいの。あなたに気にしてもらいたいの。それにはあなたの標的になるのが一番手っ取り早いでしょう? あなたの標的になっている間は、私のことを何より考えてくれるでしょう? だから、死ぬわけにはいかないの。死体になったらあなたは私を忘れるから」


ふふふ、とトホが笑った。


「恋愛は戦争といいますよ、サトウさん。私と戦争しませんか? わたしは命ある限りあなたにちょっかい出し続けるし、あなたは私を殺そうと私のことで頭がいっぱいになるーーーステキな関係じゃないですか」


ふざけんな、と言おうとする。

俺の切り札だけを握られていて、こんなアンフェアな戦争はない。

その気配を察したかのように、リスがサトウの肩に手を置いた。


「そうです。あなたに抵抗の余地なんか全く全然少しも微塵も! ないですよ?」

「つまり?」

「『バラされたくなきゃ従いな』」

「大変分かりやすい通訳をありがとう」



サトウは肩を落とした。



「覚えてろよ……お前絶対、タダじゃおかねーからな……!」

「キャーヤダー! たのしみー!!」

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