第10話 神殺し

「いくぞ。」


 モミジがそういうと、イチョウとモミジは同時に風のように動いた。

 その動きは、大怪我をして動けなかったとは思えないほどの速さだった。が、二匹の動いた後に滴るものすごい血の量をみると、体の限界を越えて、気合だけで二匹が動いていることがわかる。


「神格があっても私に負けた雑魚が!頭に乗るな。」


 蛇神は人間だった上半身を蛇の姿に変化させる。

そして、大きく開いた黒い大蛇の口から巨大なモミジの尻尾の倍はあるであろう大きさの水の刃を吐き出した。

 モミジが炎を吐きだすが、水の刃は完全に蒸発することなく水蒸気となって辺りは真っ白い靄で包まれた。

 塞がれた視界の中、ブゥンと重く太いものが振り回されている。恐らく蛇神の尾の一部だろう。

 さっと現れた影に、蛇神の尾が当たった。

 しかし、蛇神の尾にあったはずの影は、血を飛び散らせるでもなく、骨の軋む手ごたえもなくボロボロと崩れ落ちた。


 それは、コハクが作り出した土の人形だった。

 影はどんどん増え、蛇神の目を眩ませる。

コハクが作り出す囮たちに隠れながら、イチョウとモミジは蛇神の懐へと気配を消しながら向かっていった。


「小癪な。」


 蛇神はいらだった声をあげながら、丸太ほどもある太い尾や胴体を波打たせている。

 次にまた水の刃を放っても、また煙幕代わりにされることを警戒しているからか、蛇神は水の刃を放たず尾をめちゃくちゃに振り回していた。

 中庭の木は砕け、コハクの作る囮の土人形も次々と壊されていくうちに靄は薄れていく。

 かすかに、視界が開き始めたとき、蛇神はすぐそこまで近寄ってきていたイチョウに気が付いた。蛇神は咄嗟に頭を横に振りイチョウの横腹に頭突きをお見舞いした。

 コハクがそれに気が付き、トドメを刺させまいと土の槍を作り出す。

それは、運良く蛇神の腹と下顎を貫いた。

 蛇神はたじろぐと、鎌首をもたげて「シャー」っと舌を出しながら尾から槍を引き抜こうと暴れ狂っている。


 やつが我を失っている今がチャンスだ…とモミジは思った。

 イチョウが吹き飛ばされたのをしっかりと見ていたモミジは、躊躇うことなく蛇神の懐に飛び込む。

 自分の体に刺さった土の槍の痛みで注意散漫になっているのか、蛇神に気づかれることなくモミジは彼の喉元にたどり着くことが出来た。


 モミジの顎が、蛇神の首をとらえる。そして、出せる力のすべてを使い顎を閉じた。


 バリバリと鱗の折れる音、そして皮の裂ける音、最後に骨が砕ける音が響き、蛇神の頭は、胴体から切り離され宙を舞った。


「お…の…れ…。」


 蛇神の目は見開かれたまま光を失った。


「イチョウ!コハクを頼む!」


 蛇神の体からは黒い粘着性の液体が溢れだそうとしていた。モミジも実際に目にするのは初めてだがこれに触れれば自分は祟られるのだろうと直感で理解する。

 イチョウがハッとしてみた先には、蛇神の首を噛み切った後力尽き、地面に着地し損ねて無防備に横たわるモミジと、そんなモミジにゆっくりと向かっている黒い粘着性の液体のようなものだった。

 息をするたびに激痛に襲われる鉛のような体を引きずって、なんとかモミジの元へ向かおうとするイチョウだが、距離が遠すぎて間に合いそうもない。


「イチョウ…約束守れなくてごめんな。」


 いよいよ目の前に黒い液体が迫ってきたモミジは、そうつぶやいて霞み始めた目で必死に歩こうとするイチョウを見ようとした。そして、目の前に小さな影があることに気が付いた。

 そう、それは少女のような大きさの影だった。


 まさか…とモミジが思った時には、黒いネトネトが少女に纏わりついていた。ネトネトの中に見慣れた真っ赤な瞳が光る。

 そして、ネトネトに包まれた真っ黒な影にどんどん残りの液体も吸い込まれていく。


「言ったでしょ?わたしはみんなと…モミジと、イチョウと生きたいって…。」


 嘘だと思いたかったが、その声は、紛れもないコハクのものだった。

 そう、コハクはモミジの前に立ちはだかり、蛇神の祟りを一身に引き受けたのだった。

 彼女を覆っていた黒いネトネトは、ゆっくりと吸い込まれていくと、見慣れたコハクの顔がそこにあった。


「わたしなら…この身体で…蛇神の…力を封じられる…から…。」

 

 コハクは、目を見開いて震えているモミジに微笑んだ。イチョウの叫び声が遠くで聞こえる。


「大丈夫、モミジとイチョウが…なんとかしてくれるって信じてる…ね。」


 コハクは、座り込むとゆっくりと手を伸ばし、モミジの頭を抱える。

 モミジは、何もできずに足先から石になっていくコハクをただ見ているしかできなかった。


 どのくらい時間が経ったのかは、モミジにもイチョウにもわからない。いつの間にかイチョウもモミジの隣に、コハクを挟む形で寄り添っている。

 空が白み始めた。二匹のそばにあるのは、可憐な少女ではなく、真っ黒な石で出来た少女の像だ。

 その少女石像の胸元には、黄金色の桃ほどの大きさの美しい宝玉がキラキラと輝いていた。


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