最終話 水巫女の石像

 ここは桔。名うての妖術使いの集う都市として栄え始めてもう百年が経つ。

 かつて、ここは暴れ川に囲まれている人の往来の少ない寂れた村だった。

 陽の月の満月の晩に、村を囲っていた暴れ川が、村の護り手として大切にされていた水の巫女と呼ばれていた少女と共に消え失せたということがあった。

 川がなくなった村は干ばつや水不足に襲われ、更に様々な妖怪などが村を襲い人々は苦しんだという。

 そこに現れたのが、金色の瞳の不思議な少女だった。

 彼女は、どこからともなく現れると、村に恵みの雨を降らせた。それは、かつて村で愛されていた水の巫女と同じ術だったという。

 後に不死の赤巫女と呼ばれるようになるその少女は、「水の巫女は命と引き換えに私を遣わしました。彼女に感謝し、この石像を社に祀りなさい。さすればこの村は未来永劫栄えることになるでしょう。」と静かな声でそう言ったという。

 そうして、不思議な少女が社に居座ることになると、村人に、妖術を使えるものが急に増えた。

 不死の赤巫女は、妖術を村人に教え、更に学び舎を創ることを提案した。そしていつのまにか、桔村は妖術を学ぶ者が集う一つの大きな都になっていったのだった。

 

 そして不死の赤巫女と崇められている彼女は今も、都の北にある森の中に位置する社の一番奥の聖域と呼ばれる部屋で水巫女の石像と共に暮らしている。

 百年前から老いることもなく、少女の姿のままでいる彼女の神秘は妖術研究が進んだ今も解明されてないと聞く。


「イチョウ久しぶりだな。」


 月夜がやけに明るい夜のこと。聖域には真っ白な九尾の巨大な狐が、不死の赤巫女と向かい合っていた。

 彼女は、狐にそう呼ばれると、狐のそばに近寄り頭を抱擁すると懐かしそうに彼の頭を撫でた。


「モミジかい…遅かったね。わしの寿命が尽きちまうところだったよ。」


「色々苦労かけたな神様…。」


 モミジは、イチョウにそういうと、水巫女の石像と向き合った。

 身を挺して石になった少女を助けるために、モミジはヒトゲツノ國だけではなく、西の大陸など世界を駆けまわっていたのだった。

 モミジは、石像になったコハクに頭をそっと擦り付け、頭を項垂れた。すると、モミジの九本の尾のうち八本が彼の体から音もなく離れて石像の周りを取り囲み始める。

 八本の尾が石像とモミジを中心にして踊るように揺れながら回転すると、不思議な光が部屋に満ちていった。

 尾はしばらく回転しながら光の粒子をばらまき終えると、ゆっくりと尾もキラキラとした光の粒子になりながら石像に吸い込まれて消えていく。その様子を、イチョウは嬉しそうに目を細めながら見守っていた。

 光が全て吸い込まれると、石像は眩い光を放ち、見慣れた赤い眼の少女へと変わった。


「あ…。わたし…祟りを…。」


「おかえり、コハク。もう…全部終わらせたよ。」


 事態が呑み込めてないコハクに事情を説明する前に、モミジは立ち上がりコハクを前足で抱きかかえた。

 その言葉を聞いて、コハクは涙を流してモミジを抱き返すのだった。


「我が子が幸せになるってのはうれしいものだねえ。」


 その日の夜、桔という都には、満月が輝く雲ひとつない夜にもかかわらず温かい雨が降り注いだ。

 そして、翌朝不死の赤巫女は姿を消し、聖域では一匹の老いた三毛猫が石像があったはずの場所で眠っているような安らかな顔で息絶えていた。

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