第25話 はじまり
毎朝の習慣というのは、人によって様々です。まずははみがき。まずは洗顔。真っ先にお風呂、という方もいるのでしょうか。
わたしは、毎朝必ず郵便受けを見るようにしています。
かねてから朝刊のチェックは欠かしていませんでしたが、毎朝、起床後すぐに郵便受けを見るようになったのは、つい四日の出来事をきっかけとしています。なので、習慣と呼ぶには、まだ浅いとも言えるでしょう。
自宅玄関のドアにある郵便受けに入れられていた、切手も貼られていない一枚の封筒。
怪訝に思いながら開いてみると、テレビドラマや、かつての重大事件を振り返る報道特番でしか見たことのないものが、そこにはありました。新聞の文字を一文字ずつ切り取り、一つの文章にする、犯行声明などでよく使われる手法のもので、しかし実際に切り貼りしたものではなく、それに似せて印刷されたものでした。
たった一行の文には、こう書かれていたのです。
『ゆるさないみていろ』
その瞬間に立った鳥肌と、背筋を奔った悪寒というものを、わたしは当分忘れることはないでしょう。
気味が悪いですとか、恐怖ですとか、それらの言葉では表現しきれないと思う程でした。心臓を大きな手で握られているかのような、経験のない圧迫感がわたしを襲ってきたのです。
その日以来、わたしは用心深い人間になってしまいました。
毎朝毎晩、郵便受けに入れられた全ての郵便物に怯える日々の始まりです。
大袈裟かも知れませんが、窓ガラスには全て防犯用のシートを貼り、上下に補助錠を付け、玄関も鍵を増やし、賃貸物件で出来る範囲内で防犯対策をしました。過剰とも思えますが、それでも心許なさは拭えません。
警察に相談しようにも、たった九文字に恐怖しているなどと言って対応してくれるほど警察の方々も暇ではないでしょうから、易々と出向く訳にも行かず。
わたしは、このような、ともすれば笑い話で終わるようなお話を、お友達に相談することにしたのです。
しかし、翌日。十二月七日、水曜日。
大学に行こうとした時でした。
最寄りのバス停から見える公園に、警察の方々が数人いましいた。何かを調べているようでした。周辺住民も数人集まって、ざわざわしています。
胸騒ぎがしました。躰が一瞬硬直したことも憶えています。
心臓の鼓動に耳を傾けながら、公園へ向かい、警察の方にお訊ねしました。曰く、公園のそばにあるゴミ捨て場に、決められた曜日を守らず捨てられていたゴミがあったようで、マッチ棒か何かで火を点けられた、とのこと。
よく見てみれば、ゴミ置き場を囲う背の低いコンクリートブロックの壁には、荒々しい焦げ跡がくっきりとありました。大惨事にはならずに済んだようですが、例え小火でも火事は火事。わたしの住むアパート前のゴミ捨て場は鍵で施錠してあり、決められた曜日以外は開けられないのでこのようなこととは無縁と思いますが、やはり心配です。
わたしが不安げな顔をしていたのを想ってか、警察の方が、「市内で起きた火事や事件や不審者の情報が配信されているメールマガジンがありますよ」と教えてくださいました。周辺の情報に疎いわたしは自分に辟易しながら、今日を機に登録することを決めました。こういったことには敏感になっていたので、貴重な情報源です。
この小火騒ぎ、わたしには、あの一文との関連を疑わずにいられません。真冬でありながら、それその物とは違う寒さが全身を包み、息も僅かながら乱れました。
ですが、これはあくまでも、全ての事件の発端に過ぎません。
わたしと、わたしを取り巻く世界と、わたしの友人をも巻き込んだ騒動は、全て、ここから始まったのです。
いいえ。
もしかすると、もっと前から――。
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