六月:

対決は疾風・1

 篠上の体育祭において、組分けが今の七組になったのは丁度十五年前で、六十一年前の創立時には四組から始まり、その後も学年ごとのばらつきはありつつも、藤宮市ふじみやしの発展とともに徐々に生徒数が増えてきた結果だそうだ。そこから七組だから虹色、という発想で現在の組色が確定してからは、ハチマキや応援用ポンポンなどに限らず、色をモチーフにそれぞれの組が、芸術的な面でもより激しく競い合うようになってきた経過がある。

 それ故に、組分けの際には体育会系の戦力だけではなく、芸術畑である美術部、書道部、もちろん我らが漫画研究会の面々も、そのスキルを求められたりするわけなのだけれど。

 それらが、尽きることのない情熱とともにいかんなく発揮された結果、思わぬ副作用を呼んでしまって。

 「おーい、堤、そろそろ落ち着いたー?」

 「……なんとか。とりあえず、心臓はおさまった、みたいです」

 今日は、六月の第二週、金曜日。いよいよ本番を迎えた篠高ささこう体育祭、当日の朝。

 開会式もつつがなく終わり、半袖白シャツに紺のハーフパンツ、揃いの鮮やかな組色のハチマキを頭に、もしくはたすき状に斜めに掛けた生徒の群れが、所狭しとグラウンドを埋め尽くし走り回っている、そんな状況で。

 ……救護班なのに、いきなり自分に救護が必要だとか、洒落にならないんだけど。

 そう心に呟きながら、極力ゆっくりと、しゃがみ込んでいた姿勢から膝を伸ばして身を起こす。と、すぐ傍で見てくれていた小崎先生が、小さく口元をほころばせて。

 「よーし、顔色戻ったねー。あとさー、大原と迎の件だけど、梶と変なトライアングル状態に陥ってるみたいだから、しばらく放置しといても大丈夫だと思うよー」

 「……それはそれで、凄く心配なんですけど」

 ある意味怖い情報を提供されて、私は思わず首を巡らせると、開始の準備に沸いているグラウンドを見渡した。

 今いるのは、整備されたトラックを囲むように設置されたテントのひとつ、大会本部の救護班席だ。幸い、開会式が終わってすぐ一回目の担当時間だったから、私がここにいること自体はいいのだけれど、救護する役目のはずが、真っ先にへたりこんでしまうとは、本当に情けない限りで。

 「……それにしても、なんか、あれもう、ほんとにどうしたら……」

 「んー、ま、今日一日の我慢なんじゃない?人の噂も七十五日、ってだいぶ長いけどー、ほらー万物流転だし諸行無常だからさー、他のネタでさらさら流れてくってー」

 ……確かに、これ以上何をしようもないことは、分かっているんだけれど。

 コンパクトに事態を纏めてくれた先生の意見にも素直に頷けないまま、私はのろのろと顔を上げると、この一因となった緑の組看板を、さすがに恨めし気に見つめてしまった。



 篠高体育祭においての一番のハイライトと言えば、やはり女子400メートルリレーと、最終種目となる男子メドレーリレーなのだろうけれど、私が個人的に別格だと考えているのは、開会式のラストを飾る、各組のシンボルである組看板の除幕式だ。

 読んで字の如しである組看板とは、競技用スペースの外周から、わずかに離れた位置に設けられる各組の応援席、その一番後ろに据えられるもので、既定の木製の土台を用いること、それぞれの組色をベースとする、という決まりさえクリアしていれば、デザインもモチーフも何でも可、となっている。そして、その意匠担当は交流会で発表されるけれど、肝心の中身は、本番当日まではどの組とも、極秘で制作を進める決まりで。

 「梶先輩も、ついに三年連続担当記録達成かー。今年は青だけど、どう来るかなー」

 「うーん、ヒントも『ことさらに奇をてらうことはしない』だけだったし、難しいなあ。色からすると空か、水か、海か……鳥と炎はこれまでに使ってるし」

 「やっぱ、自然系かなー。これまで人物メインで描いたことないもんねー」

 小鈴と二人、そうひそひそと小声で言葉を交わしているのは、今が開会式の直前であり、まだ各色のテントは広げられないままの赤組応援席、その最前列に立っているからだ。

 初夏から梅雨へと向かう時期に開催だから、生徒も先生方も長く日差しにさらされないように、七色のそれが用意されてはいるが、広げてしまうと全く看板が見えなくなる、という難点があるからで。

 ともあれ、七つ綺麗に並んだ、文字通りベールに包まれたままの看板を見上げていると、

 「にしても、詩乃ちゃんはどうかなあ。すっごい自信満々だったよねー、わりと厳しい条件の師弟対決なのに」

 「……あれは、対決と言うより、通告って感じだったと思うけど」

 小鈴の言葉に、交流会のさなか、体育館の一隅で展開された光景がふと脳裏を過ぎる。


 『師匠を超える、までとはさすがに申せませんが、こうして隣り合うと決まった以上、せめても引けを取らぬよう精進致します!』

 『そこは嘘でも超えてみせると言えんのか……まあいい、最低限、俺を唸らせる程度のものを作れ、いいな』


 というやりとりの末、おおー、と周囲が冷やかし混じりに盛り上げていたせいもあって、一段と注目されていることも確かだ。ちなみに、梶先輩とチカくんは青組、詩乃ちゃんと要が緑組で、驚いたことに隣同士、しかも図書部と漫研それぞれ一人ずつの配分になっているのも、不思議な偶然というか。

 そんなことを考えていると、ピピッ、と短いホイッスルの音が耳を叩いて、周りの皆も一斉にそちらに注意を向ける。と、

 「はいはーい、ぼちぼち校長先生壇上に上がられまーす。例年通り手短だから、君らもちょっとだけ静粛に静粛にー、長引いて倒れたくないでしょー」

 「なんでそう、気の抜けるような声しか出せないんですか……だから、せっかく引いたラインを踏み消さない!」

 「あっ、小崎せんせー!緑組、詩乃ちゃんのどんな感じですかー?青柳先生も藍組はー?山石部長期待しててーって言ってましたけどー」

 今日はさすがに双方とも、ブルーや黒のジャージに身を包んでいる先生二人が傍を通りかかったのに、組看板を指さしながら小鈴がそう声を掛ける。

 ところが、我が部の顧問は、通り過ぎざま、何故か私にひたと目を据えたかと思うと、小さく、悪戯っぽい笑みをひらめかせてきて。

 「んー、まあ、二人とも頑張れー、って感じー?」

 「……え?」

 「小崎先生、情報漏洩は厳禁ですよ。君たちも、すぐですから静かに待っていなさい」

 何か意味ありげに、その視線がある方向に流れるのを、遮るように青柳先生の鋭い声が飛んで、そのまま顧問二人は看板の方へと歩き去って行ってしまった。

 直後、小鈴とほぼ同じタイミングで首を巡らせると、あの視線を追ってみる。応援席の左側から、学年順に一、二、三とそれぞれ四列縦隊で整列している中を貫いて向けられた先には、どう見ても、見慣れた後輩の姿があって。

 「……浦上くんと、木原くん?」

 「えー、二人って、あの二人ってこと?」

 『……あー、はい、音、出ますねー、よし』

 穏やかに通る校長先生の声が、マイクを通して響き始めたのに慌てた瞬間、すっと顔を上げた浦上くんと真っ直ぐに目が合ってしまう。反射的にびくりとしつつも、驚いた風の彼に小さく手を振ってから、私も壇上へと向き直った。

 ちらりと小鈴が目を向けてくるものの、もう喋るわけにもいかない。疑問を抱えつつも、わざわざ大階段の上に設えられたスタンドマイクの傍に立つ、二つの人影に注目する。

 棒の如しと評される細身の身体を紺のジャージに包んだ、中背で温和そうな校長先生がマイクを構えるその脇には、生徒会長の本多ほんだくんが立っていた。私たちと同じ二年生で、少し癖のある短髪に薄い眉、加えていつも睨むように細められた瞳と、既にどうやっても取れない、と噂の眉間の皺がトレードマーク、という人物だ。

 そして、あの場所に彼がいるのは、校長挨拶と開会宣言のみというシンプル極まりないことで有名な開会式のうち、開会宣言を歴代の生徒会長が行うことになっているからで。

 『……はい、よし。生徒諸君、暑い中どうもお待たせして申し訳ありませんでしたね。ともかく、皆さんの頑張りもあって、無事この日を迎えることが出来ました』

 やっとマイクの位置を調整し終えたのか、前触れが全くなく挨拶が始まる。朝礼などもいつもこうなので、先生も生徒ももはや慣れたものだ。

 『二年三年の皆さんは多少慣れているとはいえ、一年生の皆さんは慌ただしくも忙しい毎日だったと思いますけれど、交流会や有志主催の補講なんかを通じて、新たな繋がりも出来たのではないかと思う次第です。うちの上級生、結構面倒見いい子ばかりですしね』

 どこか弾んだ声音の通り、控え目な笑顔を浮かべながらそう話した校長先生は、ふっと真顔を作ると、一同をゆっくりと見渡してから続けた。

 『ともあれ、後にも先にも、この時は今しかないのです。存分にそれぞれが持てる力を奮い、そして楽しんでください。私からは以上です』

 言葉を切るとともに、一礼をした先生の姿に全員が拍手を送る間に、はい、本多くん、という小さな声をマイクが拾う。それを受けて、頷いた生徒会長が前に進み出ると同時に、各組の三人いる担任のうち、除幕担当の先生方(小崎先生も青柳先生も入っている)が、看板の下にスタンバイして、組と同じ色の紐を、いつでも引けるように手にする。

 と、左手でマイクを構えた本多くんが、すうっ、と胸が膨らむほどに、息を吸い込んで。


 『第六十一回、篠上高等学校体育祭!どの者もただひたすらに、悔いなく力を尽くせ!』


 実に端的な、これも創立以来ほぼ変わらない、という宣言とともに、本多くんがさっと右の手を天に差し上げるとともに、おう!という雄叫びが応えて辺りを満たす。この瞬間の爽快なまでの一体感も、格別だと思う理由のひとつだ。

 そして、一斉に引かれた紐が、ずっと秘められていた虹の色を次々と明かしていくのは、まさに、劇的と言っても過言ではなくて。

 「うわ、うちの組、やっぱり格好いいね……!」

 赤組は、美術部二名と書道部一名の共作で、朱に近い赤をベースに、巻き上がる白波と『く走れ!』の文字が鮮やかなデザインで、製作班ではない私や小鈴も、実は一筆だけ塗るのを参加させてもらったりしているので、余計に感動してしまっていると、

 「……真雪、ちょっと、こっち向いて」

 ふいにつん、とシャツを引っ張られて、言われたとおりに顔を向けると、小鈴がいつになく真剣な表情で、私を見上げてきて。

 「心落ち着けて、いっかい深呼吸して。それからそーっと、そーっと、緑組の看板見て」

 その言葉に、否応なしに先ほどの先生の表情が蘇るものの、ここまで言われると従わずにはいられない。周囲がまだ喧騒に包まれる中、胸に手を当てて、深々と息を吸って。

 それから、橙、黄、と、じっくりと見る余裕もなく、おそるおそる首を動かしていくと、信じられないものが視界に入ってきた。

 当然ながら、緑は緑だ。けれど、新緑を思わせる背景色に浮かび上がるように描かれているのは、見覚えのある二人のシルエット。つまり、まだ、公開はずっと先のはずの。

 

 ……あれは、あの、私と彼が、モデルにされてしまったキャラクター、なんじゃ。


 しかもほどけかけているとはいえ、はっきりと二房の三つ編みを結った黒髪の乙女と、何故かカラスのような羽まで生えた(ラフ画では確かなかったはず)少年が手を取り合い、彼方を目指すように飛んでいる、という、一種ファンタジックで随分ロマンティックな、そんな構図で。服装もゴシックというか色々と装飾的ではあるけれど、体格や髪形はほぼそのままを写したようなのが、また衝撃を与えてきて。

 そこまで見て取ったところで、はっとして後方を振り返る。皆が役割を果たそうと動き始め、綺麗に並んでいた列も崩れて、組の境界もあいまいになっている群れの中を探そうとして、すぐにその必要がないことに気付かされた。

 「……部長、大丈夫っすか」

 いつの間にか、二歩ほどしか離れていない位置にまで寄ってきていた浦上くんが、心配そうに声を掛けてくる。その少し後ろでは、木原くんがちらちらと、例の看板とこちらをしきりに見比べていたが、

 「あー、大原の気合いのせいで余計にやばい気が……こうやって並ぶとまんますぎじゃないすか?」

 「えっ、み、三つ編みほどいても無理!?」

 「いけませーん!より現物に近付けてどうするのー真雪ー!とにかく、始まっちゃえばそれどころじゃなくなるんだから、見なかったことにしてさりげなく解散」

 「…………真雪、小鈴!あんたら二人もそのでかいの、よけてー!!」

 四人で寄り集まって小声で交わしていた会話を、悲鳴めいた声が派手に断ち切ってきて、その場の全員が揃って顔を向ける。

 そこには、人の波をものともせず、さらには何故か薄く笑みを浮かべたまま、一直線にここを目指して走ってくる『でかいの』、要するにチカくんと、それを必死の形相で追ってくる詩乃ちゃん、ギリギリでつかず離れずの距離を保って追う要という、奇妙なトリオで。

 事態を把握する間もなく、単に大きいせいか追われているせいなのか、ぐん、と速度を上げたその姿が間近に迫りくるのに動けずにいると、ふっと腕に熱が触れて。

 引き寄せられた、と分かったのは、数瞬の後だった。急激に横へと動かされたためか、上下にぶれた視界に、ぶつかる寸前で唐突に方向転換を決めたチカくんの姿が、映って。

 「……待ってください迎くん!わたしはただ弟子として、いかにして師匠とのコラボを実現するに至ったのか、そして制作過程の一部始終を余すところなくお伺いしたいというだけでー!!嫉妬の炎も燃え上がっているのは否定できませんがー!!」

 「……あんたら二人ともいい加減にしとけー!!特に詩乃、次の次の移動玉入れに出るんでしょうがー!!」

 興奮するほどに早口にかつ多弁になる後輩と、怒ると結構容赦のない要が、駆け去っていく大柄な背中を追って行くのを呆然と見送って、しばし。

 「……チカちゃんはもうどうでもいいけど、詩乃ちゃんの本気モード、割と凄くない?」

 「……梶先輩燃料ブースターでしょ、間違いなく。あ、やっばい、あれ、ほとんど再現しちまってるし」

 ぽつり、と零された小鈴と木原くんの台詞に、次の瞬間、一気に感覚が引き戻される。

 私の左腕、肘から手首までの真ん中あたり、添えるとかいうレベルではなくがっちりと彼の手に掴まれているのを、視覚でも触覚でも、認めてしまって。

 「……すいません、危なかったんで」


 気遣うような声に、触れられたままのそれが意識に上って、わずかに身を引きかける。

 なのに、彼はどうしてだか、私をじっと見つめて、手を離さずにいて。


 『……プログラム開始、五分前です。救護班、応援班の担当者はすみやかに各テントに集合してください。競技に出場する生徒は随時スタート地点へ、残る皆さんは、応援席に戻って……』

 会場に響き渡るアナウンスに、びくりと顔を上げると、彼は平静な表情を保ったまま、ただ、手を緩めて、そっと腕を引いて。

 「部長、次出るんで、行ってきます」

 「あ、は、はい!い、行ってらっしゃい!」

 とっさに返した返事に、浦上くんは軽く頭を下げると、私の脇をすり抜けるようにして、トラックへと向けて走って行ってしまった。

 「……マジでなんなんっすか、今の微妙な間と送り出すセリフって」

 「ねー、意味深長というかどことなーく新婚さんっぽいというかー」

 疲れたというか呆れ気味の声に、さらっととんでもない単語を混ぜてきた台詞が続いて、焦りながらも二人の方に向き直って、口を開こうとして。

 「……え、あ、の」

 明らかに自分に向けて、痛いほどに刺さってくる周囲の視線に、やっと現状を把握する。つまりここは、赤組の、誰もかれもが見知った顔ばかりの真っただ中だ、ということで。



 その後は、何を言ったのかすらしばらくあやふやなくらいにうろたえて、頬も首までも、信じられないくらいに熱くなったことだけは、はっきり覚えているのだけれど。

 気が付いた時には、逃げるようにここまで走って来ていたから、振り返る余裕もなくて。

 ……というか、すっごく、戻りにくい。

 純粋な善意で手が出ただけなのだろうし、自意識過剰過ぎるだろうと言い聞かせようとしても、男子にあんな風に腕を取られるなど、そうそうあるものでもないわけで。

 そういえば変に接近遭遇が多いし、と、過去のもろもろまで思い出してしまいながら、他の班員と一緒に、クーラーボックスや救急セットの中身を点検したりしていると、

 「はーい、そろそろ始まるよー。一同集合ー」

 ぱんぱん、と小気味よく手を叩いた小崎先生の声に、私を含めた三人(メンバーは他に一年三組の町野まちのさんと二年六組の岡谷おかやくんだ)が、小走りに傍へと駆け寄る。

 普段と同じ、白と黒とのツートンのジャージに、ちょっとふくよかな身体を包んだ養護教諭のせき先生が、一列に並んだ私たちを見渡すと、丸みのある頬を緩ませた。

 「毎年のことだけど、生徒たちはもうはりきって転ぶしすりむくし貧血も出ちゃうしで、結構こまごまと仕事がやってきます。けれど、それ以外の時には、あなたたちも精一杯、頑張るみんなを応援してあげてくださいね」

 それじゃあ行きましょう、と笑顔で締める先生に、はい!と揃って返した瞬間、位置についてー、用意!の声が飛んでくる。空へと向けられた黒のスターターピストルが放った鋭い破裂音とともに、七色のハチマキをきりりと額に巻いた選手が、一斉に地面を蹴って。

 体育祭の開幕を告げる種目は毎年同じ、男子100メートル走だ。直線に作られた七列のレーンの一番トラック寄り、身を低くした姿勢から一気に飛び出してきたのは、彼で。


 「……浦上くん、頑張れー!!」


 見る間に目の前を通過していくその耳に、届いたかどうかは分からない。

 けれど、真っ直ぐに風を切ってゆくその背中を、少しでも押したくて、叫んで。


 残像を残してなびく、ひときわ鮮やかな赤を一心に追っていると、白いゴールテープに突き刺さるようにして、その姿が勢いのままに走り抜ける。間を置かず、脇に控えていた審判の先生の差し上げた手には、赤の札が握られていて。

 「……やったー!!一着、凄い!!」

 「あらまあ、いい声。堤さん、その意気ですよ」

 「青春は弾けるもんですからねー。でも堤、あんまり前に出ると飛ばされるよー」

 笑みを含んでそう言いながら、左と右にそっと立った先生方に、ぽん、と肩を叩かれて。

 テントからはみ出すどころか、あと何歩かで、トラックに突っ込んでいくところだった自分を認めて、また一段と、体温が上がってしまったけれど。


 でも、きっと今、この時だけだから。


 気恥ずかしさも何もかも、振り飛ばすほどの熱をくれた彼の勇姿を反芻しながら、私は、せめて負けないくらいに頑張ろう、と、密かに心に呟いていた。

 ……それに実力が伴うかどうかは、ともかくとしても、だけれど。

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三つ編みと韋駄天 冬野ふゆぎり @fuyugiri

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