第33話 マリア=ディレーシア

 財団におけるマリアの立場はとて

も不安定なものだった。元々いたプロヴィデ

ンス支部から綾野祐介の絡みで日本に派遣さ

れ、そのまま極東支部長に収まったのだが、

本人が望んでのことではなかった。ここ最近

の非常事が日本で立続きに起こっていたので

最前線のような支部になっていたものを、上

層部が失敗したことの責任を取らせるために

あまり上層部には伝手つての無いマリアを据える

事にしただけだった。


 マリア本人にしても財団の設立趣旨は正直

なところ入ってから勉強したようなもので、

元から何かの使命感に燃えて入った訳ではな

い。水商売の客に軍需産業のお偉いさんが居

て、その紹介で入っただけなのだ。マリアと

すれば上昇志向が異常に強いだけであり、た

だ高い基礎能力を持ち合わせていたのと持ち

前の美貌で現在の地位に着いたのだ。だが、

その野望はまだまだ成就にはほど遠いと感じ

ていた。


 綾野が旧支配者の遺伝子を引継いでいる事

に一時吸収され、一部は融合

したことは、マリアにとって何か千載一遇な

チャンスのように感じられた。マリアからす

れば綾野や橘のような遺伝子を継いでいるこ

とは今更無理な話だが、のよう

な、後天的な接触による変容もあるので「融

合する」という新しい方法に人間を超越でき

る可能性を見出していた。との後

天的接触では知能レベルの低下が顕著で、そ

んなことに自らの身体を差し出すつもりはな

かった。一時的な融合、という選択肢は、岡

本浩太や桂田利明を見ても問題が無いように

思えた。特に所在が判っている岡本浩太は経

過観察の意味を含めて財団に採用し

大学に留学させたのだ。今の所、特段

の異常は認められなかった。但し、何か超人

的な能力が備わったとの報告もない。


 一方、所在は不明だが桂田利明は琵琶湖大

学心理外病棟において再発見された際、何か

特別な能力を発揮した、との報告がある。岡

本浩太との違いは融合の期間、融合の深さに

よるものと考えてもいいようだ。問題はそれ

がどの程度が正解なのか判らない、というこ

とだった。人間としての自我が保たれ、なお

かつ超人的な能力を得ることが理想だ。


 そんな折、桂田利明の所在が判明した、と

の報告がマリアの元に齎された。但し、この

情報は財団のエージェントからでは

なくマリアが独自に依頼していたある組織か

らだった。見つけたら財団の情報と交換、と

いう条件で内密に取引をしていたのだ。その

組織も偶然見つけたらしいのだが、間違いな

く桂田利明本人らしい。


 マリアは早速現地に飛んで桂田利明に接触

した。確かに情報は間違っていなかった。


「桂田利明さんですね。」


「ああ、たしかマリアさんでしたか。お久し

ぶりです。よくここが判りましたね、さすが

です。」


 実際には探し出したのは別の組織の古本屋

なのだが、それはこの際関係ない。


「お久しぶりです。といっても、それほど時

間は経っていない気もします。あなたはここ

で何をしているのですか?」


 桂田利明は神戸に居た。須磨地方の賃貸に

一人で普通に暮らしていたのだ。


「いや、特にすることもないので、ここでず

っと海を見ているのですよ。明石海峡大橋も

見えますから素敵でしょ?」


 確かにその部屋からは海や橋が見える。


「僕は今まで生きてきて、何もしていなかっ

た、というか生きていなかった気がします。

これから何をしようか、海を見て考えようと

思って故郷に近いここに居るのです。」


「そうですか。学校は辞められたんですね。」


「辞めました。浩太もアメリカだし杉江も退

学したようですし、僕も居ても仕方ないかな、

と思いまして。」


「それで、ただ、ここで海を見ていると?」


「そうなりますね。でもマリアさん、ここに

来られた理由は何なのでしょうか。僕を拘束

しに来られたんですか?」


「いいえ。財団は一般人を理由もなく拘束し

たりしませんよ。」


「一般人じゃなかったら、理由があったら拘

束する、って聞こえますよ。」


 桂田利明は少し疲れ気味な顔で笑った。


「そういう側面は確かにあります。でも今日

私か来たのは別のことです。あなたにお願い

があって来ました。」


 思いつめたマリアに顔に、冗談では済ませ

られない雰囲気を感じて桂田は少したじろん

だ。


「何でしょう。僕に出来ることですか?」


「あなたにしか出来ない事、です。」


 マリアは桂田に異様な依頼をした。それは

マリアの野望を叶える一歩目だと自分では思

っていた。

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