第32話 綾野の困惑

 自分の右目(正確には眼球は無い)に擁す

ることが判明した能力について綾野祐介はと

ても落ち込んでいた。心配していたことが現

実になりそうなのだ。官公庁の上層部を手始

めに、最終的には一般人まで旧支配者の遺伝

子を有している(キャリア)かどうかの判断

をしなければならなくなりそうだった。政府

上層部、特に検察庁関係者の理解がどの程度

のものなのか。一笑に付されてしまう事も充

分あり得たのだが財団のバックはド

イツとアメリカの超多国籍軍需産業なので、

そちらから手を回せば実現できそうだった。

但し、上層部本人たちがキャリアの可能性も

あるので自らのデータを提出するかどうか、

その辺りが問題の根本にありそうだ。


 またキャリアとして認識された後の処置が

一番重要だったので、そこを詰めないといた

ずらに不安を煽るだけだ。安易に監禁・拘束

訳にも行かない。問題は山積していた。いず

れにしても結論が出るまでには時間がかかり

そうな事がせめてもの救いだった。


 結論が出ないまま、特に何も起こらない日

々を過ごしていた所に、それどころではない

問題が降りかかってきた。星の智慧ちえ派の主導

者であるナイ神父が訪ねて来たのだ。


 過日。琵琶湖大学で合い見えたとき、そん

な話をしていたことは確かなのだが、事実確

認も出来ないことでもあり綾野の記憶からも

財団への報告からも洩れてしまっていた。到

底信用できる話ではなかった。万物の王

と七野修太郎という高校一年生の中身

が入れ替わっている、というのだ。


 七野修太郎の中身がに入ってい

ることについては、彼には悪いがそれほど問

題にはならない。もしかしたら早々に精神に

異常を来している可能性が高い。寧ろその方

が彼にとってはいいかもしれない。

の置かれている状況は普通の人間に堪えら

れるようには思えない。


 反対にの中身が七野修太郎の身

体に入っていることは重大な問題だ。元々そ

の強大な力は封印されているはずだが、それ

がもし一部でも解放されようものなら地球な

ど一溜りもない可能性が高いだろう。


 他にもどんな影響が出るものなのか、誰も

想像できない。それはナイ神父にしても同じ

ようだ。彼が理解できないことが人間に理解

できよう筈もない。


 地元の高校に普通に通っている、というこ

となので監視役として岡本浩太を留学先から

急遽呼び戻することにした。

大学で彼の知識は図書館長であるクレア=ド

ーン博士の計らいもあり飛躍的に増えている

ようだ。元々の素養もあったので

団の中でも有数の存在になっっていた。


 岡本浩太を送りだした後、綾野としては可

及的に行わなければならないことが無くなっ

た。事態の動向を待つしかないからだ。浩太

と同様に関西に行ってもよかったのだか、

財団関西支部は壊滅されたまま放置し

ていた。


「この際、関西支部の再建はとても重要なこ

とになったと言わざるを得ません。」


「ミスター綾野。態と東京を離れようとして

いませんか?」


 マリアはお見通しだった。


「そっ、それは、無いと言ったら嘘になりま

す。私には魔女狩りの手先のような真似はで

きません。」


「この国の中枢にキャリアが入り込んでいた

としたら、そしてその人物が重大な人類に対

しての背任行為をしたとしたら。あなたはそ

れを未然に阻止できるのですよ?」


「あくまで未然に、という話ですよね。キャ

リアだからと言って全ての人間が回帰する訳

ではないと思います。もしそんなことがあっ

たとしたら、もっと今の世の中が混乱してい

たことでしょう。は特異な例だと

思います。今の所日本国内では

づらが入国したことはあっても日本

人が回帰してになった例は報告さ

れていません。」


「だからこそ、ということではないですか?

今ならまだ未然に防げるチャンスです。あな

たの気持ちも判らなくはないですが、折角得

られた能力は有効に使用しないと与えてくれ

た存在への冒涜になりますよ。」


「与えてくれた存在、ですか。」


「そうです。本来はあなたもキャリアの一員

ですから場合によっては隔離・拘束などの必

要が生じる可能性があります。岡本浩太君は

少し事情が違いますが、橘良平准教授は同じ

境遇です。あと一番問題なのは桂田利明君で

しょうか。彼の存在は脅威です。できるだけ

早い段階で所在を把握する必要があります。」


「桂田ですか。そうですね。一応浩太には向

こうに着いたら杉江も含めて桂田のことも気

に掛けるように伝えてあるのですが。」


「それはよかった。彼の存在が今回の件を左

右してしまうかも知れませんね。」


 何かを知っているかのようなマリアの口ぶ

りが気に係る綾野だった。

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