第29話愛猫リリの旅たちに捧げる  詩

5月1日 Sun.

愛猫リリの旅たちに捧げる 


だれかに見られているようで

ふりかえって見上げる棚の上に

わたしたちを見下していた

リリはもういない。

うとうととネボケ眼でわたしたちを

くびをかしげて、眺めていた

リリ、の視線はもうない。


部屋の隅にツメトギ台がポツンと置いてある

バリバリと狩りにでる雄叫びのような

猛々しいツメトギの音はもう聞かれないのだね

リリ、リリ、さびしいよ。


ネズミをくわえてきたり

子雀をくわえてきたり

ビンボーな老人老婆の

わたしたちを養おうとしていた

けなげな勇姿

リリ、リリ、リリはもういない。


よびかけると

かわいいちいさな顔をかしげ

おおきなあくびをしていた

白く鋭い牙をのぞかせて

ワイルドなリリ

リリ、リリ、リリはもういない。


病院につれていく

キャリーバックのなかで

さいごに猫らしくニャオ―と

鳴くことができた

あれがリリ、リリのおわかれの挨拶だったのだね

リリ、リリ、リリ、リリはもういない。


さいごにニャオ―と猫らしく鳴けたね

リリ、リリのおわかれの挨拶

たしかにうけとったからね

リリ、リリこれからもいつもいっしょだ

オワカレナンカジャないよ

リリ、リリこれからもいつもいっしょだ

わたしたちと一体になったのだから


一晩泣き明かして

目蓋のはれあがった妻のひとみに

リリ、リリ、リリ、リリ、リリがいる。


いくら探しても見つからなくなった

サッカ―ボール

指で妻がハジクとリリがくわえて

もどってきた

手製のミニボール

それがふいにリリ、リリの遺体のわきに

あらわれた

リリが一晩よこになっていた

籐椅子のうえにあった

それを見て

妻はまた泣きだした

リリ、リリ、リリ、リリ、リリ、リリ

骨壷にこのボールはいれてやるからね

無限に広がるピッチで独りサッカ―

たのしみなさい

ナデシコ猫のリリよ。


よく見えるよ

よく見えるよ

リリの快活にとびまわる姿が

リリリリリリリリリリリリリリリリリリ

よく見えるよ

よく見えるよ

わたしたちはいつもいっしょだ

いっしよだ

わたしたちは

いつもいっしだ

リリよ


ビンボウな老書生はこんな即興の詩しか

リリに捧げられない

ゴメンよ。リリ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る