第28話リリ、できるだけのことはした。あとは神頼み。

3月25日 Fri.

リリ、できるだけのことはした。あとは神頼み。

●リリが一昨日の夜、ひとりでケージに入った。カミサンのベッドで寝ていたので三部屋通り抜けて、わたしたちがテレビを観ているリ―ビングまでやってきたことになる。

●ドタッと音がした時にはおどろいた。ケージのいちばん上にトビノッタところだった。

「ひとりにしてゴメンネ。さびしかったの」

カミサンが話しかけている。

●さくじつは変わったことはなかった。あいかわらず、食欲はない。固形餌はほとんどたべない。

●カミサンは献身的に看病。

「わたしの命、縮めてもいいから、元気になって」と言っている。リリはさびしそうに、カミサンを見上げている。ニャーンと鳴けないリリだ。キッ、とそれでも短い声をだす。なにか訴えたいのだろうが、ニャ―ンと鳴けないだけに、可哀そうだ。

●リリが削り節を二三枚食べた。シラスを二三匹食べた。そんな些細なことで、夫婦で一喜一憂している今日この頃だ。

3月26日 Sat.

リリとカミサンの顔が同じに見える。

●桜の便りが各地から聞こえてくるのに、寒い朝。晴れているので、古賀志山がよく見える。

●この頃、庭にノラ猫が迷い込んでこなくなった。リリが最後かもしれない。ノラ猫が街からいなくなった。ノラ猫に餌をやることを禁止した街があるらしい。いいか、悪いかの論評はここでは、控えておく。

●それにしても、リリはノラだったのだろうか。白の毛の部分はマッタク汚れておらず、シャンプーをしてもらっていたようだった。それに人なつっこくはじめからカミさんの足元にスリスリしていた。

●ニャァと鳴けず、鼻水をたらしていた。飼い主が、病弱なのをミヌキ、捨てたのだろう、というのがカミさんの推理だ。

●周囲に猫を飼っているうちは、二軒ほどだ。子猫の生まれた様子はない。「アサヤ塾」の卒業生はわたしたち夫婦が猫好きなのをしっている。ソット、病弱なリリを置いて行ったのではないか。

●カミサンは風邪をひいてしまった。リリに夜、注射器で流動食をあたえるために、なんども起きているせいだろう。

●今朝、遅い目覚めのカミサンとリリをのぞきにいった。

●カミサンにリリがホホをよせてねむっていた。

●リリがカミサンに似てきた。カミサンがリリに似てきた。

●スヤスヤ寝ているふたり? をみて「おれは猫ちゃんの、亭主か」

3月28日 Mon.

リリ、の体重が1キロもやせてしまった。

●リリの体重は発病前には3,6キロあった。

いまは、1キロもやせてしまった。

2,6キロしかない。

皮がたるみ、毛がパサパサしてしまった。

●注射器で口をこじあけ、むりに流動物を食べさせている。

いやがって、口を閉ざしてしまう。

このまま、拒食をみとめてしまったら、死んでしまう。

●一日でもながく生きてもらいたい。

奇跡が起きて、もういちどリリが元気にかけまわる姿を見たい。

獣医さんには毎週かかっている。

でも、インターへロンを打ついがいに治療方法はないらしい。

こうした病気は生まれつきなのだろう。

病弱に生まれついてしまった、己が性を悲しめ……などと、つきはなして言えない。

●カミサンは風邪をひき、体調もくずして、ぼんやりとして食欲がない。

リリと同じょうだ。

●わたしは、食欲もりもり、小説を書きつづけている。

健啖ぶりをあいかわらず発揮している。

リリのこと心配でないのかしら――。

憎たらしいと、カミさんに思われているだろう。

3月30日 Wed.

リリ、自然死をまったほうがいいのだろうか。

●夜2時。

枕元の携帯が鳴る。

カミサンからの呼び出しだった。

「リリに食事させているの。ひとりではムリみたい」

●リリをダッコする。

カミサンが注射器で口に流動物をいれてやる。

リリはいやがる。

飲みこむのがツラソウダ。

胸が大きく波打っている。

目の光もぼんやりとしている。

あらぬ方をみている。

可哀そうだ。

●そうかと言って、食事をしなければ、命を長らえることは出来ない。

どうしたものなのなのだろうか。

●このまま、食事を無理強いしないで、

自然死をまつほうがいいのだろうか。

心は、わたしとカミサンの心は、千々に乱れる。

4月20日 Wed.

健康で長生きしなければ、とあらためて思った。

●桜を観られなかった。

気がつけば、はや、蕊(しべ)桜の季節となっていた。

薄桃色の花びらと違いやや色も濃くなったシベが、大地に重なっておちてきている。

●花ミズキは、まさにこれから満開のときをむかえようとしている。

●三月の末にひいた風邪が治らない。寝こむほどではない。買い物にも出かけることが出来た。それなのに桜を観にいこうという気力はなかった。

小説を書くのもお休み。

一つ月も、小説を書かないなんてことは、初めてのことだった。

やはり歳なのかと酷く気が滅入った。

●リリはなんとかがんばって生きている。

カミサンが一日に五回くらい注射器で(もちろん針はついていない)が、食事を与えている。でも、あまりよろこんで食べない。今週からインターへロンは休すむことになっている。べつに、元の元気な状態にもどらなくてもいい。生きつづけてもらいたいと願っている。

●カミサンもリリの看病疲れで参っているせいか、これまた風邪が治っていない。

●抗加齢協会から推奨されるほど若く見える、カミサンも寄る歳波にはかなわないのか。

●先日見た。今宮神社のご神木――大ケヤキ。切り倒されていた。芯は、空洞になっていた。枯れていたのを、思いだした。

●外見ではわからないが、老いはまさに体の中を浸食している。さびしくなった。

4月21日 Thu.

安楽死についてかんがえている。

●安楽死についてかんがえている。人間の安楽死ではない。猫の、リリの安楽死についてである。どんなに、かわいがっていても、愛していても、死はかならずおとずれる。別れはやってくる。

●人間よりも寿命の短い小動物と生活をともにしていると、その別離の悲しみをなんども体験することになる。こんなことを書くと批判されるだろうが、わたしの場合、人の死よりも愛猫に死なれたときのほうが悲しかった。初代飼い猫のミューに死なれたときの悲しみはいまでも忘れない。

●animal euthanasia  animal mercy killingなどという言葉が脳裏をかすめる。

●リリは苦しんでいる訳ではないが、むりにこじ開けた口に注射器で餌を入れてやる。その行為がリリには迷惑、いじめられていると、思うのか、すごくいやがる。すすんで、固形餌を食べてくれればいいのだが――。

●トントントンと足音をひびかせて二階らリリが下りてきた。

「今日も……生きてて、よかった。よかつたね」

とカミサンはリリを抱き上げてホホずりをしている。

●安楽死について話したわたしのことをどう思っているのだろうか。

●よくなったり、わるくなったり、いまのところまだリリは健在だ。

4月22日 Fri.

ごくあたりまえの風景が消えてしまった。

●もののあるがままの相(すがた)であるとして、道元禅師語録に「鶏は五(ご)更(こう)(午前四時)になると時を告げて鳴く。とある。今朝しばらくぶりで四時起きをしてブログを書きだした。

●鶏の鳴き声はしない。わたしが子どもの頃には、鶏の時を告げる声が随所でしたものだった。朝の早い製材所、建具屋の機械ノコのひびき。犬の遠吠え。恋猫の鳴き声。も聞こえてこなくなってから久しい。

●わたしは雌猫二匹と同棲している。オスの、野良猫がわが家に寄って来たものだったが、もはや、野良猫の姿は見受けられない。

●ペットショップ、日曜大工の店「カンセキ」や「VIVA」のペット売り場でも、この三月ほど猫の姿は消えている。この街では猫の人気がないのだろうか。

●ごくあたりまえに見受けられた風景が、猫がうろついていたり、犬が吠えしていたりする光景が見られなくなってしまった。

4月27日 Wed.

リリのお手柄。ムカデを退治。

●なにか気配を感じた。かすかな音がする。リリは虚空を見上げ鼻をひくひくさせた。耳をぴくぴくさせていた。

●リリのこの動作をカミサンは見逃さなかった。こうした動きを猫がするときは、なにかいる。

●「キャア―」とカミサンが悲鳴をあげた。この世の終わりが到来したようなけたたましい悲鳴だ。

●その絶叫をききつけ、わたしは離れ座敷に急ぎ、引き戸を開ける。カミサンの指さす襖の上のほうに。いた。ムカデだ。10センチ以上もある。わたしはあわてて、手にしていたバインダーでムカデを叩いた。

●「噴霧器。ゴキブリ用でいい」

とカミサンに叫ぶ。

●カミサンが持参した噴霧器――を、わたしがムカデに向かって吹きつけた。ムカデが畳におちた。

●多寡がムカデくらいで、なぜこんなに大騒ぎになるのかというと――。数年前の五月のゴールデンウイークだった。わたしがムカデに刺された。ひねりつぶすのは、かわいそうだとおもい、ティシューで捕まえて、刺された。

●痛みはたいしたことはなかった。体がふるえだした。動悸が高まった。おどろいて、深夜であったが、お客に来ていた娘に上都賀病院まで連れて行ってもらった。

●「リリ。偉かったね。よく知らせてくれたね」

カミサンはリリにほほずりして、ほめている。

●リリは病気でほとんど動けない。カミサンの寝床の裾の方に座ったきりだった。もしカミサンが刺されたら、そのショックで……心臓の弱い彼女だ――。

●リリのお蔭で助かった。なにもしないで、おまえは生きているだけだ。なんていったらバチがあたるな。

●リリちゃんありがとう。

4月28日 Thu.

今日はひねもす小説の日。

●夜来の雨が降り続いている。

昨夜は、風呂に入るはずだったが、カミさんが疲れてしまい、パス。

寝床の布団の上に枕の方に足をむけ――。

カミさんはリリとうたたねをしていた。

●同じように、カラダをエビのように曲げて寝ていた。

こがらなカミさんとリリの相似形の寝姿。

猫はうたた寝のカミさんによく似合う。

●毎日四時間おきに注射器でリリに食事をあたえている。

カミサンはつかれきっている。はやく、固形の餌をじぶんから食べられればいいのだが。このままでは、カミさんがツブレテしまう。

●「方舟の街」仮題。どうにか第一稿は書き上がった。

これからが大変だ。鹿沼を舞台にした小説はしばらくは書くことはないだろう。

それだけに、この作品は傑作にしたい。

●いま書いている作品は、宇都宮に取材している。

どんな作品になることやら。

●むかしは、小説や詩は青春の産物と思っていた。

いまでは、文学の勉強をしてきてよかったと思う。

老境の身ではあるが、作品をうみだせるのはウレシイ。

長年の想いを、家に籠って書きつづるのは、タノシイ。

4月29日 Fri.

リリ、危篤。なんとか生きつづけてくれよ。夫婦は老いの眼に涙。

●風呂上がり洗面所で歯を磨いていた。

「パパ、きて。パパ」とカミさんが絶叫している。

●おおきなホリゴタツのある部屋をぬけ、離れの引き戸をあけ、渡り板を踏み、キッチンを通り過ぎ、テレビのある居間にかけこむ。

こういうときは、家が広いのも、考えものだ。ありがたくはない。

●カミさんは、リリに餌を、注射器でやろうとしていた。

いやがる。それでもムリに口をこじ開けようとした。

リリの呼吸があらくなって、ぐったりとしてしまった。

……ということだ。

●「ねえ、どうしよう。どうしよう」

もう、涙声だ。

●どうみても、リリは黄泉比良坂をとぼとぼとあるきだしている。

「リリ。おいで。まだ早過ぎる。もどっておいで。まだ早過ぎるよ」

●こんなに呼吸が荒く、苦しそうなのに、ムリにでも生きていてもらいたい。

これは飼い主のエゴかもしれない。

このまま死なせてやった方が、ラクになるのだから、いいのかもしれない。

安楽死ということばが、またもやわたしの脳裏をかすめた。

●心配なので、離れの部屋にわたしもフトンを敷いてもらった。

夫婦でリリを中に入れて、川の字になって寝た。

●いまのところ、なんとかリリは落ち着いている。

呼吸もすこし荒い程度。

●でも、食事はとらない。水も飲まない。

●カミさんとわたしは老いの眼に涙の夜を過ごしている。

●リリ、げんきになってよ。おねがいだ。

4月30日 Sat.

寒い朝、リリが苦しんでいる。

●3:30分。

まだ外は暗い。

寒いので起きだしてセェターを重ね着したところだった。

枕元の携帯がなった。

「リリ、がまたおかしい。きてぇー」

●リリの呼吸が荒い。先日VIVAで買った新しいツメトギ台のうえに腹這いに成っている。腹部が大きく波打っている。

枕元に水をやったが、なかなか飲まない。

カミさんはサッサと片付けてしまう。あわてて、そのままそこに置いておいたら、と提案する。

やがて、リリは舌をだしてかんがえていたが、ペロペロと二度ほど飲んだ。

それも一度目と二度目のあいだが、休んでいるあいだがながかった。

●「このまま、そっとしておいて、むりに食事をあたえないほうが、いいのかしら」

また安楽死のことが、話題となる。

●このリリの姿がこの世からなくなる。とても、耐えられそうにない。

でも、どんなに愛している猫との生活も、いつかは、終りがくる。

かわらないものなんか、ない。

理屈では、わかっていても、考えただけで、悲しくなる。

●ホリゴタツをつけてパソコンにむかう。

ブラッキ―がきてもぐりこんだ。

けさは冬なみに寒い。

たぶん、10°を下回っているだろう。

4月30日 Sat.

明日になれば一握りの骨と灰になってしまうリリよ。

●リリ、10:10分に死んでしまった。

明日は火葬業者が来てくれる。

それまでは、籐椅子のうえに横に成っている。

むっくりと、起きあがってきそうな気配がする。

だが、リリは息をしていない。

これが死ぬということなのだろう。

痛恨、涙もでない。

ただ、嘆くのみ。

●明日になれば、一握りの骨と灰になってしまうリリよ。

この1年と8カ月。いっぱい、いっぱいの楽しい日々ありがとう。

●リリの肉体はほろびても、わたしたちはリリのことは忘れない。

いつもいっしょだよ。

いつもいっしょにいるのだからな。

リリよ。

リリよ。

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