天の河原で

 僕の仕事場は、天の河原。

 燐光の流れる河のほとりにはいつも、いろいろなものが打ちあげられている。それは、破れた一枚の写真だったり、鳴らなくなったオルゴールだったり。いつかはとても大切だったはずなのに、いつのまにか忘れ去られてしまったもの。そういうものたちだ。

 河のほとりを散歩しながら、そんな流れついたものを見つけては、僕は天の河原の砂に埋めてやる。色とりどりの水晶の砂の中で、忘れられたものたちは混じりけのないきれいな化石に変わって、透きとおった光を放つようになる。天は、そうやってできた忘れられた星たちでいっぱいだ。

 いつものように僕は、ゆらゆらと青白く揺れる水面をながめながら、のんびりと河原を歩いていた。ときどき、少し大きめの水晶を見かけると、拾って河に投げてみる。ぽちゃん、と落ちたところで一瞬、青い炎が立ちのぼって、すぐに消える。きれいだけれど、同じことのくりかえし。何回かやると、それでもうあきてしまう。

 そしてまた今日も、河原に打ちよせられていたものを、見つけた。

 宝石箱。

 ――だったのだろう。

 木でできた、表面に花の形の飾りのついた箱。多分もともとは、ものすごくきれいだったんだろう。でも今はあちこちに大きな傷ができて、鍵もすっかりがたついている。手にとった拍子にふたが開いて、中に入っていたものが、転げ落ちてしまった。

 水晶の砂の上でもきらりと光るそれは、指輪だった。

 銀の月の光の色をして、さわるととけてしまいそうなすらりとした指輪。きっと、とても大切なものだったのだろう。大切な誰かから、もらったものだったのかもしれない。花の飾りの宝石箱に、大事に大事にしまってあったのだろう。

 なのに、どうして忘れてしまったの?


 ――埋めて、あげるよ。

 そうして君も、きれいな化石になるんだ。〝忘れられてしまった〟という哀しいことは忘れて、きれいに夜空でかがやいておいで。

 色とりどりの水晶を手ですくって、宝石箱が入るくらいの穴をあけた。そして、その中に宝石箱と、銀の指輪を置く。ていねいにていねいに、上から砂をかける。

 そして僕は、立ちあがる。天の河原は、どこまでもつづく。


 天の河原をとりまく空は、星でいっぱい。

 ルビイはお好きですか。サファイアにエメラルド、トパアズもありますよ。

 こんなにきれいに熟れたのは、誰かの思いがかけられたから。こんなにきれいに光るのは、本当は忘れてほしくないから。

 ルビイはお好きですか。サファイアにエメラルド、トパアズもありますよ。

 星たちの声は、誰にもとどかない。


 河のほとりを歩いていくと、また、流れついたものにであった。

 灰色にくすんだ、うさぎのぬいぐるみ。このうさぎもきっと、最初は真っ白だったのだろう。毛並みだって、昔はすごくふかふかだっただろうに。そう思って、手をのばすと――

 うさぎが、目をあけた。

 ルビイよりもガアネットよりもきれいな、赤い目をしている。

 その目で、じっと僕を見る。

「ここは、どこですか?」

 うさぎがたずねた。

「天の河原だよ」

「天の河原? ここは、空の上なんですか?」

 赤い目のうさぎは、驚いたように言った。

「どうして、私はそんなところに」

「きっと、君も大切にされていたんだね」

 僕は言う。「ここはね、〝いつかはとても大切にされていたけれど、忘れられてしまったもの〟が集まるところなんだよ」

「〝いつかはとても大切にされていたけれど、忘れられてしまったもの〟……」

 僕の言葉に、うさぎは悲しそうにうなずいた。

「ああ、そうです。私は、大切にしてもらっていたのです。

 ずっと大切にしてもらえると、思っていた」

「みんな、そうなんだと思うよ」

 僕も、うなずく。「なのに、どうしていつまでもそのままでは、いられないんだろうね」

 うさぎは、長い耳をしゅんとさせて、つぶやく。

「空の上になんて来てしまって、私はこれからどうすればいいんでしょう」

「ここに来た他のみんなは、星になったよ」

 そう、教えてやる。「天の河原の砂の中に埋めると、汚いものや醜いものがすっかりなくなって、きれいな化石になるんだ。みんな、そうして光っているよ」

「汚いものや醜いものが、なくなる?」

 不思議そうに、うさぎが聞きかえす。

「うん。……何もかも、忘れてしまうから。

 どんな風に大切にされていたのか、どうして大切にされなくなってしまったのか……そういうことを全部忘れてしまえば、残るのは〝大切にされていた〟ってことだけだもの」

「ああ。……それで、星はあんなにきれいなんですね……」

 きれいなきれいな、星の光。きれいな思い出だけで、かがやいている。

「私も、星になるんですか?」

「なりたければね。僕が埋めてあげる。でも……」

「でも?」

 うさぎが、赤い目をくりくりとさせて、たずねる。僕は、思いきって言ってみた。

「もし、君がよければ、そのままこの河原にいてくれないかい?

 僕と、いっしょに」

「あなたと、いっしょに?」

「うん」

 僕は、じっとうさぎを見つめた。

「僕が、君を大切にしてあげるよ。ずっとずっと大切にしてあげる。忘れたりしないよ。だから」

 うさぎも、じっと僕を見つめる。大きな赤い目の中に、僕の姿が映る。

「――それも、いいかもしれませんね」

 しばらくして、うさぎが言った。「星になるより、いいかもしれません。あなたといっしょに、ここにいましょう」

「ありがとう」

 よろこんで僕は言った。「僕の名前はコリン。君は?」

「私の名前は、トーネです。よろしく、コリン」

 トーネは、ぴょこんと耳をさげた。僕もトーネに手をさしだす。

「よろしく、トーネ」

 頭をなでると、トーネが顔をあげて、また僕を見た。

「――コリン。あなたも、いつかは大切にされていたんですね?」

 ぼろぼろの服、壊れかけたあやつり人形の僕を、じっと見つめる。

「うん。――いつかはね」

 そう言って僕は、片目のとれた顔で、笑った。

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