第29話 聖龍剣闘祭 予選



 聖龍剣闘祭の予選の日になった。



 琉斗は、待ち合わせしていたレラと共に朝から会場へと向かっていた。


 レラはこの前のデートの時と同様、髪をポニーテールにまとめている。今日は白いTシャツにズボンという、何ともラフな格好だ。シャツが小さいわけでもないだろうが、豊かな胸がはち切れんばかりに自己主張している。


 そんなレラと肩を並べながら、琉斗は会場がある王都の南西エリアへと向かった。





 とにかく建物がひしめき合っている王都にあって、南西エリアは独特の雰囲気が漂う場所であった。


 あたりは開け、緑や花壇、公園が次々と目に入る。場所柄なのか、行き交う人々も若いカップルが多いように思う。ひょっとすると、琉斗とレラもそのように見えているのかもしれない。


 そんなことを思いながら歩いていると、前方に巨大な建造物が見えてくる。あれが剣闘祭の会場となる闘技場なのだろう。ローマのコロッセオにも似たデザインだ。もっとも、その大きさは町の市民球場とさほど変わらないかもしれない。



 予選の会場はその闘技場――ではなく、横に広がるグラウンドになる。試合開始は十時からとのことだったが、それに先立って対戦表が張り出されると聞いていたので、琉斗たちもそれを確認するためにやってきたのだった。


 琉斗が通っていた高校のグラウンドより一回り広い程度のグラウンドの一角には、すでに小さな人だかりができていた。きっとあそこに対戦表が掲示されているのだろう。


 その場に近づくと、いかにも急ごしらえな掲示板に、予選の対戦表が貼りつけられている。

 ちょっと見てくる、とレラに断ると、琉斗は自分の試合の時間を確認しようとその人だかりの中へ入っていく。


 すぐに確認を終えると、琉斗はレラの下へと戻ってきた。


「どうやら俺は二時からみたいだ。それまでどうしようか?」


「そうですね、ではせっかくこのあたりまで来たのですし、少し公園でお話でもしましょうか。その後お昼をいただいてから、少し試合を観戦することにしましょう」


「ああ、それじゃそうしようか」


 うなずくと、琉斗はレラと並んで公園へと歩き出した。


 二人でカップルだらけの公園に行くなど、デートの誘いにしか聞こえない。だが、今の琉斗はそれほどうろたえることもなく応じることができた。自分もそろそろ彼女のノリに慣れてきたということだろうか。











 しばらく彼女と公園を散策し、昼食を共にした後、琉斗とレラは予選会場へと戻ってきた。


「そろそろ午後の部が始まりそうですね」


「ああ。次は一時からだから、二戦は見ることができそうかな」


「いいのですか? リュートは二時から試合なのでしょう?」


「間に十分も時間があれば大丈夫さ」


 予選は一試合につき二十分、間に十分の入れ替え時間を挟んで次の試合が行われる。二十分以内に試合が終わらなかった場合は、全十六試合が終わった後に延長戦が行われることになっていた。


「今回の予選参加者は約百五十名、いつも以上に参加者が多い印象ですね」


「そこから十六人が選ばれるんだろう? 一試合あたり九人か十人で争うことになるということか」


「リュートは算術も得意なのですね」


 何のことか一瞬わからなかったが、今の暗算のことだと気付いて少し気恥ずかしくなる。

 こんなの誰でもわかるだろう、と言いかけて、実はそうでもないのかもしれない、と思い直す。この世界において、どの程度教育が普及しているのかさえも琉斗は知らないのだ。


「見てください、リュート。そろそろ試合が始まりそうですよ」


 レラが会場を指差す。グラウンドの中央には、すでに武器を持った参加者たちが集まっていた。


 参加者が手にする武器は実に様々だ。剣に槍、斧、弓、中には鎌を持った者までいる。


「武器を落としたり、降参すれば負けなんだよな」


「はい。それと、場外に出ても負けですね」


 レラが会場に配置された四本の柱を指で示す。あの柱で囲まれた正方形の会場から外に出てしまうと失格となるのだそうだ。


「もう少し近くまで行きましょう、リュート」


 琉斗の手首を握ると、レラは彼を引きずるようにして会場へと近づいていく。

 そう言えば、剣闘祭に申し込む時もこんな調子だったな。そんなことを思い出しながら、あの時ほど動悸が激しくならない自分を不思議に思う。




 会場のすぐ側までやってくると同時に、試合が始まった。


 十人も集まっているからか、開始の合図があっても皆なかなか動こうとしない。しばらく睨み合いが続いたその後、一人の剣士が弓使いへと駆け出していった。


 それを皮切りに、他の者も一斉に動き出す。間合いを取ろうとする弓使いの進路を阻むかのように斧使いが立ちはだかる。さらに、それを取り囲むかのように他の参加者たちも集まってきた。


「何だかひどいな、あの人、寄ってたかって狙い撃ちされてるみたいだ」


「当然の流れではありますね。この形式の場合、まず狙われるのは最も脅威となりうる者か、逆に最も与しやすいと思われる者ですから。あの弓使いはその両方を兼ね備えた格好の『的』と言えるでしょう」


「なるほど、ひとたび間合いを取られれば弓でいいように狙われる反面、近接戦闘に持ちこめばたやすく倒せるというわけか」


「その通りです」


 そんなやり取りをしている間に弓使いは倒され、会場では四つの組が火花を散らし合っていた。


 琉斗は思わず試合に釘付けになる。単純に、試合展開が実におもしろいのだ。いち早く相手を撃破した槍使いが、剣を斬り結び合っている剣士の組の横から襲いかかり、あっという間に二人を撃破する。


 さらに漁夫の利を狙おうともう一組に狙いを定めたはいいが、今度は逆にその二人が共闘して槍使いを返り討ちにしてしまった。会場にはその二人と、三つ巴で戦い続けているもう一組が残される。


「凄いな、駆け引きが難しそうだ」


「そうですね、展開は運によるところも大きいですし。場合によっては、三つ四つの小集団に分かれたところを弓使いが外から狙うという展開も十分に考えられましたから」


「そうなっていれば、あの弓使いも必勝だったのかもな」


「そうとも限りません。あまりに優位に立ち過ぎれば、他の者たちの共闘を誘うことにもつながりかねませんから」


「ああ、そうか。難しいものなんだな」


 琉斗が頭をかく。試合と言えば個人にせよチームにせよ一対一の戦いしか見たことがなかった琉斗にとっては、十人もの人間が一斉に争う戦いは新鮮でもあり、複雑でもあった。


「リュートもしっかりと勉強しないといけませんね」


「努力するよ」


 会場では、最後まで残っていた鎌使いの男が剣士を場外へと押し出し、予選突破を決めているところだった。会場を取り巻く観客から歓声が起こる。琉斗とレラも、勝者に惜しみない拍手を送った。




 この後は自分の試合も控えている。もう一戦、じっくりと観戦して戦い方をイメージしよう。琉斗は気を引き締めて、会場を見守っていた。




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