第30話 初陣


「今の試合、凄かったな」


「そうですね。私も少々驚いています」


 たった今決着がついた目の前の試合に、琉斗はため息をついた。二人の視線の先には、予選を勝ち抜いた大剣使いの姿がある。



 異様な姿であった。この暑さだというのに、頭のてっぺんから足のつま先まで分厚い全身鎧で覆っている。背はそこまで高くはないが、その鎧の威圧感たるや、尋常なものではなかった。


 先ほどの試合では、あの重戦士が他の対戦相手を次々と地に沈めていった。あれほどの重装備にもかかわらず動きは機敏で、長さ百五十センチメートル、幅十五センチメートルはあろうかという巨大な剣を軽々と振るうのだ。後半はほとんど勝負にもならずに相手が降参していった。


「どうしてあれほどの戦士が予選なんかに出場してるんだ?」


「今回が初出場なのでしょう。前回は見かけませんでしたから」


「ああ、そういうことか」


 一人合点がいったとばかりにうなずく琉斗に、レラが苦笑する。


「他人のことは言えませんよ。あなただって予選から出場するんですから」


「ほとんどの人間は、俺が予選から出場することに疑問なんてもたないさ」


 そう言いながら、琉斗は一つ伸びをする。


「さて、そろそろいかないとな」


「頑張ってくださいね、リュート」


「そうだな、レラに恥をかかせないよう頑張るさ」


 ニカッと歯を見せて笑ってみせると、琉斗は会場の方へと向かった。






 受付を終え、琉斗は他の選手たちと共に会場へと入る。


 レラの話によれば、特に名の知れた相手の名前は琉斗の対戦相手にはいないそうだ。

 もっとも、他国からの参加者やまだ見ぬ未来のヒーローが紛れている可能性はゼロではないのだが。


 ただ、大剣使いのマッシュという男だけは注意しておいた方がいいと彼女は言っていた。三級冒険者らしいが、あまり素行のいい人物ではないそうだ。頬に大きな傷があるそうなので、顔を見ればすぐにわかるだろう。



 正方形の会場に入ると、参加者たちは他の者とある程度間合いを取って武器を構える。

 琉斗の組は剣士と槍使いが多いようだ。そして、いかにも荒くれ者といった顔が多いのが特徴的だった。


 会場の外へと目をやれば、レラが微笑みながらこちらを見つめている。彼女のことだ、琉斗が負けることなどこれっぽっちも考えてはいないのだろう。


 少し遅れて、中年の男が会場へと入ってくる。この男がこの試合の審判なのだろう。

 審判は参加者が揃っていることを確認すると、右腕を上げて「はじめ」と試合の開始を告げた。



 試合が始まっても、すぐには誰も動き出そうとしない。互いが互いの動きを牽制し合っている。

 うかつに動けば、隙を突かれて袋叩きにされかねない。かと言って、いつまでもじっとしているわけにもいかない。参加者にとって辛い状況が続く。


 そんな中、一人冷静だった琉斗は周囲を見回しながら、どう動けば効果的かを考える。

 必ずしも誰かを攻撃する必要はない。彼が移動して参加者の位置関係が変わるだけで、他の者も自分が不利にならないようにそれぞれ移動しなければならなくなるのだ。


 そろそろ動こうかと思ったその時、一人の男が大声を上げた。


「なあお前ら、いつまでもこんな風に睨み合ってても埒があかねえだろ」


 声の主は、参加者の中でも一際大きな剣を手にしていた。身体も大きい。二メートル近くあるのではないだろうか。男の頬の傷を見て、この男がレラの言っていたマッシュだと気づく。


 マッシュはなぜかこちらを向くと、参加者たちに訴えかけるように声を張り上げる。


「まずは全員で協力して強そうな奴から潰していこうぜ。お前ら、あいつを知ってるか? さっきからずっとあのレラと一緒にいた男だ。きっとさぞ腕の立つ剣士なんだろうぜ」


 そう言いながら、マッシュはニタリと顔を歪ませる。なるほど、そういうことかと、琉斗は手にした剣を強く握りしめる。


 マッシュは琉斗を強敵などとは露ほども思っていない。一見ひ弱そうな少年にしか見えない琉斗を、全員で嬲って楽しむつもりなのだ。

 彼の提案に賛同したのか、他の参加者たちも次々と琉斗へと視線を向け、手にした得物を構える。状況は一瞬にして激変し、琉斗は窮地に立たされる。


 その時、一人の剣士が呆れたような声を上げた。


「私はごめんこうむるよ。一人の少年を寄ってたかって痛ぶるなど、私の趣味ではないからね」


 その剣士はまだ若いようだった。とは言え、二十歳は超えているようではあるが。中装の白い鎧にレイピアを手にした、いかにも貴族然とした男である。


「けっ、勝手にしろ。ただし邪魔はするなよ」


 マッシュは苦々しそうに吐き捨てた。彼が琉斗の次はあの男を狙うつもりであろうことは、想像に難くない。



 再び琉斗へと視線を戻したマッシュは、彼に同調する柄の悪そうな参加者たちと共に、残忍な笑顔を浮かべながら少しずつ近づいてくる。

 白い鎧の剣士を見れば、彼はお手並み拝見とばかりにこちらを見つめている。どうやら琉斗に加勢するつもりもないようだ。



 男たちが自分へと迫ってくるのを静かに見つめながら、琉斗は剣をマッシュたちに向けて構えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る