第21話 槍姫



 魔物との戦いを終えた琉斗は、思わずその女に見とれていた。



 端正な顔立ちの女だ。年は琉斗よりわずかに上か。均整のとれたしなやかな肢体ながら、軽装の鎧越しにもその胸の豊かさが見て取れる。

 手にした長槍を見るに、彼女も冒険者なのだろう。それも、相当の使い手だ。



 琉斗の様子に、他の面々もそちらを振り返る。そして、皆が驚きの声を上げる。


「レラじゃないの! あなた、どうしてここに?」


 セレナの問いに、女は軽くうなずきながらこちらへと歩み寄ってくる。


 そのまま新米冒険者たちの横を通り過ぎると、レラと呼ばれた女は琉斗の前で立ち止まって彼の目を真っ直ぐに見つめた。


 こうして目の前で見ると、本当に美人だ。琉斗の好みに合致しているということもあるのだろう。自然と胸の鼓動が早くなる。


 色素の薄い金髪を軽く結い上げたその女の瞳は、吸い込まれそうな深い碧色をしていた。それが輝く様は、さながら王宮の宝物庫の奥深くに保管されている最高級の宝玉を思わせた。


 絹のようになめらかな白い肌に浮かぶ唇はやや薄いながらも柔らかさを感じさせ、まるで一面雪に覆われた銀世界にぽつりと咲く一輪の花のようだ。



 あまりの美貌に琉斗が思わず見入っていると、その唇がゆっくりと開かれた。


「あなたは、いったい何者なのですか?」


 それが、彼女の第一声だった。


 彼女の声を聞いた、ただそれだけで、琉斗の背筋を何か熱いものが駆け巡る。強い日差しを浴びてもさほど暑さを感じなかった琉斗の身体が、今は自分でも不思議なくらいに火照っている。

 透明感のある、落ち着いた中音域の声は、琉斗の耳を甘くくすぐり、その奥にある脳をも蕩けさせてしまいそうであった。


 意識がぼんやりしかけた琉斗であったが、それを無理やり引き戻すと、やや乾いた喉から声を押し出した。


「俺は皇琉斗、駆け出しの冒険者です」


「駆け出し? そんなはずはないでしょう。あの剣技、私がこれまでに見てきた中でもあれほどの腕前を持つ方は存在しません。それに最後のあの技、あれは魔法ではありませんね?」


「そうよ、あんな魔法、私も見たことがないわ。どういうことか説明しなさいよ、新人君」


 女の言葉に、セレナも思い出したかのように会話に割り込んでくる。



 周囲からは、新人たちの驚愕の声が聞こえてくる。


「おい、聞いたか!? あの槍姫そうきが、見たこともないほどの腕前だって言ってるぞ!?」


「槍姫って、マレイア最強の冒険者でしょ? そんな人にそこまで言わせるほどの腕なの?」


「最後の光は魔法じゃないのかい? だったら、あれはいったい何なんだ?」


 槍姫という言葉には、琉斗も聞き覚えがあった。この国唯一にして最強の一級冒険者。どうやら、目の前の女性がその槍姫らしい。



 二人の問いに答える前に、琉斗は目の前の女性に向かい言った。


「すみません、質問に答える前に、まずあなたがどなたか教えてくれませんか?」


 あいつ、まさか槍姫を知らないのか? いやまさか、この国にそんな奴がいるわけないだろう。


 そんなざわめきが起こる中、目の前の女性は一瞬驚いたような顔をすると、柔らかく微笑んだ。


「これはとんだご無礼を。私の名はレラ、一級冒険者としてギルドに登録しております。これからよろしくお願いしますね、リュート」


 本当にどうしたことだろう。彼女の声を聞くたびに、頭の芯がじんと熱くなる。その声で自分の名前を呼ばれると、それだけで天にも昇ってしまいそうな気分になる自分がいる。


 おかしい、俺は初対面の女性に何をこんなに舞い上がっているんだ。しゃきっとしろ。

 琉斗は無理やり自分にそう言い聞かせる。



 モルグが呆れたようにつぶやく。


「お前、ホントに知らなかったのか? うちのギルド一番の売れっ子だぞ?」


「すみません、この国に来て日が浅いもので」


「お前、ホントにいったい何者なんだ……?」


「それはこれから道中で聞くことにしましょう。私、いろいろあり過ぎてちょっと疲れたわ」


 セレナが心底疲れたといった表情でモルグを制止する。


「そうだな、この後ギルドに報告もしなきゃならないしな……。ところで、レラはどうしてここにいるんだ?」


「昨日の事件の話を聞いて、私も独自に周囲を警戒していたのです。こちらの方で大きな魔力の波動を感じたので駆けつけてみたら、リュートがあの魔物を倒していたというわけです」


「そうだったのか。お前さんが来てくれていれば、もっと楽に倒せていたかもな」


「さあ、それはどうでしょう」


 謙遜気味にレラが笑う。そうは言うが、その目は明らかに肯定の意を示していた。


「さて、それじゃ続きは歩きながらだ。のんびりしてると日が暮れちまう」


 そう言うや、モルグが先頭に立って歩き始める。


 空を見上げれば、日は地平線の近くまで落ち、あたりは夕日で赤く染め上げられていた。


「さあ、あなたたちも行くわよ。遅れないようにね」


 セレナの指示に従い、新人たちも歩き出す。


「では、私たちも行くとしましょうか」


「はい」


 レラに促され、琉斗は彼女と並んで集団の最後尾につく。



 夕焼けの空の下を歩くレラは、まるで絵画の中の世界を思わせるほどに美しい。

 そんな彼女に見とれながら、琉斗は平原を後にした。








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 私事ですが、新作『コワくないよ! 目堂さん』の投稿を始めました。

 漫画原作コンテストにも応募してみましたので、よければご覧いただけると嬉しいです。

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