第20話 龍皇の力
モルグがボルドンを引きつけている間に、セレナが魔法を完成させる。
今セレナの頭上にある火球は、先ほど彼女が放った火球より遥かに大きい。直径は一メートル以上もあるだろうか。どうやら以前琉斗が魔物に放った魔法と同じ魔法らしい。人一人を丸呑みにできるほどの大きさだ。
球体の表面はぐつぐつと沸き立ち、そこから放たれる高熱が熱風となって琉斗たちのところまで流れてくる。
その巨大な火球が、ボルドンへと向かい放たれる。思わぬ威力の魔法だったのか、ボルドンが驚きの目で火球を見つめながら防御姿勢をとった。
直後、魔法が魔物へと激突し炎が炸裂する。魔物の巨体が炎と共に、まばゆい光に包まれる。
「間に合ったか!」
地面から起き上がったモルグが声を上げる。セレナも勝利を確信したような笑みを浮かべる。
直後、そんな二人の顔が驚愕で塗り固められた。
そこにあったのは、凶悪な笑みを浮かべる魔物の姿だった。
さすがに無傷ではない。鎧は吹き飛び、熱で変形した鎧の破片が周囲に散らばっている。
だが、身体中の体毛が焼け焦げ、毛並みがぼろぼろになってはいたものの、当の本人は致命的なダメージを受けてはいない様子だった。
「ば、馬鹿な! なぜ死なない!?」
「信じられない! 私の最上級魔法が直撃したのよ!?」
二人が思わず叫ぶ。
魔物はその声を心地よさげに聞きながら、嬉しそうに口の端を吊り上げた。
「なかなかやるじゃないか、人間! あの程度の魔法を最上級魔法などとは片腹痛いが、さすがの俺も少々肝を冷やしたぞ!」
そう言うと、セレナに向かい斧を構える魔物。
セレナとモルグが口々に叫ぶ。
「あなたたち、逃げなさい! 私はもう魔法が撃てない!」
「早く逃げろ! ここは俺が食い止める!」
ボルドンは斧を振りかざしながらセレナへと向かっていく。
モルグがセレナの方へと駆け寄ろうとするが、魔物の方が距離が近い。
「褒めてやるぞ、女。この俺が、渾身の一撃で葬ってやろう」
嬉々として斧を振り上げると、ボルドンはセレナへとそれを振り下ろす。日の光にきらめく斧に、セレナが目を閉じる。
平原に、甲高い金属音が鳴り響いた。
ボルドンが、そして冒険者たちが驚きの目で斧の先を見つめる。
そこには、魔物の斧を右手の剣一本で受け止める琉斗の姿があった。
琉斗はぎりぎりまで待っていた。先輩冒険者二人が戦うと言っているのだ。下手に手を出すわけにはいかない。彼らにも面子というものがあるはずだ。
だが、もうそんなことを言っている場合ではなかった。指導員の二人とあの魔物とでは、明らかに力の差がありすぎる。
セレナに襲いかかるボルドンの斧を、琉斗は抜き放った剣で受け止めた。途轍もない怪力だが、琉斗が押し負けるほどではない。
「き、貴様!? この俺の渾身の一撃を受け止めるというのか!?」
ボルドンが初めて動揺を見せる。先ほどセレナの魔法を受けた時でさえ余裕を見せていたというのに、だ。今の一撃が、本当に全力の攻撃だったのだろう。
「た、たまたまだ! まず貴様から血祭りにあげてやる!」
興奮した魔物が、琉斗へと斧を繰り出してくる。
交通標識よりもさらに一回りは大きい巨大な斧を、ボルドンは縦横無尽に振り回す。持ち上げるだけでも一苦労であろうに、恐るべき膂力であった。
高速で迫りくる鉄の塊を、しかし琉斗は右手に握った剣で軽やかに受け流していく。細身の少年が巨大な魔物を軽々とあしらうその光景に、冒険者たちも絶句する。
「おのれ、なぜ当たらん!? 貴様、もしや一級冒険者か!?」
ボルドンが、自分の攻撃が琉斗に当たらないことに苛立ちの声を上げる。
「さあ、どうだろうな」
そうつぶやくと、琉斗は一転して攻勢に出た。
ボルドンの斧を軽々と弾き返すと、琉斗は一振り一振り確かめるように斬りつけていく。ボルドンはそれを防ぐので精一杯だ。
空には赤みが増し、地平線に近づいた太陽からの光が琉斗と魔物を赤く照らす。琉斗が剣を振るうたびに、夕日が刀身に反射して煌めいた。
「おっ、おのれおのれぇ!」
もはやボルドンの顔からは一切の余裕が失われていた。これまでに戦ったこともない強敵を前に、軽い恐慌状態に陥っているようだ。
一つ息をつくと、琉斗はつぶやいた。
「これで……終わりだ」
刹那、琉斗の剣が一閃する。
否、そうではなかった。
周りの者には、剣が一閃したようにしか見えなかっただろう。
だが、琉斗の剣はその一瞬でボルドンの胸、右肩、左腕、左脇腹、右太腿の五か所を斬り裂いていた。
「ぐああぁぁあ!?」
何が起こったのかわからないという顔で、ボルドンが絶叫する。事実何が起こったのかわからなかったのであろう。斬り口からは、異様に鮮やかな赤い血が噴き出す。
「貴様ぁ、貴様、貴様はいったい……」
「お前がそれを知る必要はない」
「う、うわああぁぁ!」
今やはっきりと恐怖に顔を歪ませたボルドンが、背中の翼をはためかせ始める。琉斗には敵わないと見て、恥も外聞もなく逃げ出す気だ。
「そうはさせない」
静かに宣言すると、琉斗は両手で剣を構えた。
意識を剣に集中させると、刀身が青白く輝き始める。
「我が内に眠る龍の力、世界の理をも揺るがせし大いなる力よ、其を以て悪を滅せん」
自然とそんな言葉が口をついて出る。そこからどうすればいいのかは、身体が知っていた。身体を流れる力が剣へと集まり、輝きを増していく。
剣を振りかぶると、琉斗はそれをボルドンへと一気に振り下ろす。
青い光が炎のごとく噴き出し、すでに地上から三メートルほども浮かび上がり逃げ出そうとしていたボルドンへと襲いかかる。
光は氾濫した大河の流れのごとくボルドンの巨体を呑み込んでいき、そして容赦なくその身体を灼いた。
「うぎゃあああぁぁぁ!」
ボルドンの断末魔が、夕日で赤く照らされた草原に木霊する。
だが、それもそう長いことではなかった。ボルドンの巨躯(きょく)がみるみる小さくなり、そして青い光と共に虚空へと消えた。
二人の戦いを呆然と見つめていた冒険者たちであったが、剣を収める琉斗にモルグが叫んだ。セレナもそれに続く。
「お、お前! いったい何者なんだ!? 魔術師なんじゃなかったのか!?」
「最後のあれは何だったの!? あんな魔法、私でも聞いたことがないわよ!?」
彼の言葉が口火となり、他の者たちからも口々と疑問と歓声が飛び交った。
どう答えたものかと内心ため息をつく琉斗だったが、その目が新人冒険者たちのさらに向こうへと釘付けになった。
そこには、一人の人影が佇んでいた。
美しい女であった。その手には、自身の身長よりも長い長槍を携えている。
女は、静かに琉斗を見つめていた。
『
『壊破龍闘撃』
龍の闘気を凝縮し、破壊の力へと変えて対象に放つ破滅級闘技。上位龍種の基本闘技の一つであり、この技に魔力や自身の固有能力を重ねることによってさらに複雑な闘技へと発展させることが可能。
なお、十分に訓練をこなした者であれば、その威力を抑えることも可能である。
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