第18話 襲撃
琉斗が異変に気づいたのは、太陽が空の半ばほどまで沈んだ頃であった。
つい先ほどまでは手頃な魔物をすぐに見つけていた指導員たちだったが、それがはたと止まっていた。しばらく探索を続けていたが、なかなか見つからない。
モルグも戸惑いながらも、やがて諦めたのか、こちらへと振り返ると頭をかきながら言った。
「何か全然魔物が見つかんなくなっちまった。ま、こういうこともあるさ。そんなわけだ、ちいと早いが今日はこの辺で終わることにするか。セレナさんもそれでいいか?」
「ええ、構わないわ。魔物がいないんじゃ仕方ないものね」
セレナも肩をすくめる。
「というわけで、ここでお開きだ。さて、それじゃ帰るとするか」
そう言って、モルグは王都へと道を戻り始める。セレナと琉斗たち新人も後に続いた。
「それにしても、何だって急に魔物がいなくなったんだ?」
王都に続く道へと向かいながら、モルグが首をかしげる。
「近くに凶暴な魔物でもやってきたのかもしれないわね」
「ははっ、例の魔物か? だったらちょうどいいな、俺たちで返り討ちにしてやろうぜ」
「私もそのためにこうして呼ばれたわけだしね」
セレナが笑う。
そんな軽口を叩き合っていた二人であったが、突然会話が途絶えた。
かと思うと、どこか嬉しそうにセレナが笑う。
「どうやら私が参加した甲斐があったみたいよ、モルグさん」
「そうみたいだな」
二人の視線の先へと、琉斗も目を向ける。
彼が見つめる先には、青く広がる空と、それを染みのように黒く汚すいくつかの点があった。その点が、徐々にこちらへと近づいて来る。
点がこちらへと近づくにつれ、その姿形がはっきりと見えてくる。
それは、手足が細長い人型の魔物であった。背中には一対の翼が生えている。体毛はほとんど生えておらず、灰色の肌が露出している。
魔物たちは、翼をゆっくりと羽ばたかせながらこちらへと近づいてくる。その数四体。獲物を見つけたとばかりに、魔物たちの顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
「あれはちと手強そうな奴だな。お前ら、後ろに下がってろ」
モルグが新人たちに指示する。琉斗もその言葉に従い、仲間たちと共に後退する。
「ミューラー、お前は少し手伝え。魔法で俺を援護しろ」
「了解です」
うなずくと、ミューラーが前に出る。琉斗とすれ違いざま、薄く笑みを見せた。余程琉斗のことを意識しているようだ。
モルグたちと五メートルほどのところまで接近すると、まず二体の魔物たちが彼ら目がけて降下してくる。
手にした槍を構え、黒目のない黄色い目を見開きながら、二体のうちの一体がモルグへと襲いかかる。
「ミューラー!」
「はい!」
モルグの声に、ミューラーが素早く魔法を詠唱した。術が完成するや、敵目がけて放つ。
放たれた炎は防御した敵の腕に命中し、魔物の身体を包み込む。怯んだところに、モルグがすかさず突貫していく。
「おおらぁっ!」
豪快なかけ声と共に振るった剣が、魔物の左肘から先を斬り飛ばす。金切声を上げる魔物の首を、モルグは一刀の下に刎(は)ね飛ばした。
もう一体の魔物がモルグに迫ると同時に、空からは魔物の魔法による援護射撃が放たれる。
魔弾をミューラーが魔法で迎撃している横を、一際大きな火球が通り過ぎていった。火球は空を飛ぶ魔物の一体に激突し、あっという間に魔物を焼き尽す。
「はい、一丁上がり」
何事もなかったかのように、セレナが優雅に髪をかき上げる。今の一撃は彼女が放ったのだ。おそらくは、上級魔法。
うろたえた魔物に向かいモルグが突進すると、繰り出された槍を回避して胸に一撃を加える。完全に相手の懐に入ったところで袈裟斬りを浴びせて息の根を止める。
仲間たちがやられ、これは敵わないと逃げ出そうとする魔物の背中に、セレナが容赦なく火球を放つ。まともにそれを食らった魔物は、なす術もなく燃え尽きていった。
「ま、こんなもんだろ」
いい汗をかいたとばかりに、モルグが額の汗を拭う。
「やるじゃないの、モルグさん。レッサーデーモン相手に」
「これでもそれなりに長くやってるからな。それにしても、上級魔法ってのは凄いもんだな」
「珍しいわね、モルグさんが褒めてくれるなんて」
再び二人が軽口を叩き合う。もうすでに戦いのことなど忘れてしまっているかのようなその様子に、新人たちは畏敬の眼差しを向けていた。
琉斗も、二人の戦いぶりに感心していた。
モルグの剣さばきも、セレナの魔法も、どちらも見事なものであった。モルグはほぼ全力で戦っていた様子だったが、セレナはまだ十分に余力を残しているようだ。
が、直後、琉斗は魔物の気配を察知する。たった今倒した魔物とは比べものにならないほど強大な闘気をまとった存在が、こちらへと近づいている。
指導員の二人も気付いたようだ。その表情が、今までにないほど険しいものへと変わる。
空を見上げれば、一体の巨大な魔族がこちらへと近づいてきているのが目に映った。接近するにつれて、その影がみるみる大きくなっていく。
巨大な熊が、甲冑で重武装したような姿だ。
その巨体が、大鷲のような一対の翼を羽ばたかせて空を舞っている。魔物の手には、琉斗の身長を軽く超えるであろう巨大な戦斧が握られていた。
明らかに上級魔族と思われるその魔物に、指導員の二人は無言で戦闘態勢をとる。琉斗もまた、いつでも出られるように身構えながら空の魔物を見つめていた。
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