第17話 実地研修



 細い道を歩くことしばし。目的地である北の平原に到着した琉斗たちは、さっそく実地研修へと入った。




 平原を歩きながら、モルグが適宜冒険者の心得や解説などを加えていく。


 例えば草の倒れ方や土についた足跡、あるいは時々転がっている動物の骨。それらの手がかりからどのような魔物がいるのかを推測したり、自分たちとの位置関係を把握したり。

 こうしてただ歩いているだけであっても、冒険者にとって有益な情報はあたり一面に散りばめられていた。


 一通り平原を歩いて回った後、琉斗たちは指導員の助けを借りながら薬草の採集に取り組む。午前中はこのような冒険者としての基本をみっちりと指導されるのだそうだ。



 もちろん琉斗は必要とあらば『全知の記録アーカイブ』から情報を取り出すことが可能ではある。

 あるのだが、例えば実際に薬草採集一つ取ってみても知識と実践との間には開きがあるもので、薬草とその他を見分けるコツや引き抜き方など、やってみて初めて実感できる要素というのは少なくなかった。


 そもそも龍皇が自ら薬草採集なんてすることはないだろうしな。琉斗は内心で苦笑いする。

 剣や魔法の時のように身体がコツを覚えているわけでもない。こうして一から基本を身につけていく感覚は、琉斗には新鮮なものであった。



 フィールドを探索する時の基本動作なども、琉斗にとっては大いに参考になった。

 こうして歩いている間、どのような点に注意を向けていれば魔物の存在を察知することができるのか。あるいは、どのような工夫をすれば道に迷わずに済むか、効率的にフィールドを回ることができるのか。

 その他にも、冒険者として学ばなければならないことは山積していた。


 無論、琉斗がその気になれば、少し意識を集中するだけで他の生物の気配を容易く察知することができる。力を得て以来記憶力も向上したらしく、一度見た道や書物も忘れることはない。


 だが、それでもこのような基礎基本を理解し身につけることは有益なことのように琉斗には思われた。

 それによって琉斗の思考・動作がより洗練されるということもあるだろうし、何より自分以外の冒険者たちがこの基本に則(のっと)って行動しているということを理解しておくのは、今後彼らと関わりを持つ上では重要なことだった。








 午前中の講習が終わり、昼食をとり終えると、午後からはいよいよ戦闘訓練に入っていく。



 モルグが見つけてくる手頃な魔物を相手に、参加者は三人と四人のパーティーに分かれて何度か戦闘を行った。


 魔術師が二人いるということで琉斗とミューラーは別のパーティーに分かれたが、やはりミューラーの実力は参加者のうちでは頭一つ抜けていた。魔物に対し、的確に魔法を撃ち込んでいく。

 その魔力と手際の良さには、指導員の二人も感心していた。

 特にセレナは同じ魔術師だからなのか、ミューラーの力に舌を巻いているようであった。



 途中から、セレナはミューラーに対し自由に魔法を使ってよいと指示を出す。訓練では初級・下級魔法を扱うように指示されていたが、彼なら中級魔法を使わせても大丈夫だと判断したのだろう。

 ミューラーはと言えば、セレナに指図されるのが気に食わない様子であったが、琉斗を一瞥すると、自らの力を誇示するかのごとく中級魔法を使い始めた。格の違いを見せつけておきたいとでも考えているのだろう。


 実際、彼の放つ中級魔法はなかなかのものであった。バスケットボールほどの大きさの火球が放たれると、それを食らった魔物がなす術もなくこんがりと丸焼きになる。


 あれだけの炎で、よく周りの草木に燃え移らないものだ。

 そんな下らないことを思いつつ、琉斗もミューラーの魔法に感心していた。どうやら口先だけの坊ちゃんというわけではないようだ。



 一方、琉斗はあまり目立たないように初級・下級魔法を使っていた。もちろん、昨日の試験の時よりも威力は弱めている。よくわからない適当な呪文の詠唱も欠かさない。


 琉斗としては、こんなところで一々他人に絡まれるのはごめんだった。

 どうせ今日の研修が終われば、ミューラーと顔を合わせることもなくなるのだ。指導員にも使用魔法を指定されているのだし、わざわざ彼の前で悪目立ちする必要などどこにもなかった。


 とは言え、琉斗も筋はいいらしい。ミューラーと同じ五級合格者だからというのもあるのだろう。セレナは琉斗に対しても丁寧に魔法の基礎を指導してくれた。


 その指導の甲斐があってか、琉斗も初級・下級魔法の扱いには大分慣れてくる。彼にしてみれば、以前出くわした魔物に使ったような大魔法より、今練習しているような魔法の方がよっぽど調整に気を使うし大変であった。




 謎の魔物の話を聞かされ、出発時は緊張に表情も硬かった新米冒険者たちであったが、講習が進むにつれ、それもすっかり柔らかくなっていた。何度か戦闘を繰り返すうちに身体の硬さもなくなり、もういっぱしの冒険者といった具合だ。


 今のところ、ミューラーに絡まれるような雰囲気でもない。このまま何事もなく研修を終えられればいいのだがなどと思いつつ、琉斗は他のメンバーと共に戦闘訓練に取り組んでいった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る