第16話 魔物の影
冒険者選抜試験の翌日、琉斗は冒険者ギルドを訪れていた。合格者向けの実地研修に参加するためだ。
琉斗がギルドの中へ入ると、ホールはこれから探索へと向かう冒険者たちでごった返していた。午前のこの時間は込み合うようだ。
受付のあたりへと目を向けると、気の強そうな少年と目が合った。魔術師の名門の出だという少年、ミューラーだ。
彼の周りには、他にも数人が集まっていた。あれが今日の実地研修に向かうメンバーなのだろう。
琉斗もその中に加わると、軽く挨拶を交わして全員が集まるのを待った。
やがて最後の一人らしき少年がやってくると、指導員の冒険者が口を開く。
「よし、全員揃ったな。それじゃこれから研修を始めるぞ。俺は指導員を担当する剣士のモルグ、三級冒険者だ。今日はよろしくな」
そう言うと、モルグは改めて出欠を確認していく。
今日の参加者は七人、初日のわりには多いと思う。自分とミューラー以外にも、剣や槍、弓を持った者たちがいる。彼らも昨日の試験を合格したのだろう。
昨日会話を交わした黒髪の少年の姿は見当たらなかった。合格したのか、落ちたのか。前者であれば、いずれどこかで会うこともあるかもしれない。
出欠を確認し終えると、モルグは皆に少し待つようにと指示した。そのまま彼はどこかへと行ってしまう。
言われた通りに待機していると、しばらくしてモルグは一人の若い女性を連れて戻ってきた。
その人物を見て、突然ミューラーが叫び出す。
「なっ、なぜお前がここにいる!」
「これはこれはミューラー家の坊ちゃん。今日は一つよろしく」
その人物は特に動じるでもなく、彼の問いを軽く受け流す。モルグがじろりと睨むと、ミューラーはそのまま口を閉じた。
それを確認すると、モルグが彼女を紹介する。
「さて、今日は俺ともう一人、こちらのセレナさんに指導員として加わってもらう。知っている者も多いと思うが、この若さで二級冒険者として認められている凄腕の魔術師だ」
「セレナよ。今日はよろしくね」
女は気さくな調子で挨拶する。
モルグの紹介を聞いて、琉斗はなるほどと納得した。きっと彼女もミューラー同様に魔術師の名門の出身か何かなのだろう。それで彼は反発したのだ。
あるいは逆に、彼女はそのような家系とは無縁の人間なのかもしれない。もしそうであれば、それはむしろ彼のように血筋を重んじるタイプの人間にとってはより一層受け入れがたいことなのかもしれなかった。
と、参加者の一人が手を上げて質問する。
「あの、今日はどうしてセレナさんほどの冒険者が参加してくれるんですか? 通常、実地研修は三級か四級の冒険者が一人指導員として参加すると聞いているんですが」
それは琉斗も気になっていた。指導員については、彼もそのように聞いている。どうして今日に限って二人も、それも二級冒険者などという一流どころが参加するのだろうか。
すると、モルグは少し答えにくそうに声を落とした。
「それがな、実は昨日、東の方で冒険者が襲われたんだ」
「襲われた?」
「ああ。そこそこの腕の連中だったんだが、一人を除いて全滅しちまってな。この研修も中止しようかって話もあったらしいが、こうして上級冒険者に参加してもらうことで無事実施にこぎつけたわけだ」
全滅、という言葉に、参加者の何人かが息を飲む。動揺する参加者を落ち着かせるようにモルグが言う。
「安心しろ、セレナさんはこの国でも屈指の魔術師の一人だ。それに、事件があったのは王都の東部、森の向こうの荒れ地だ。明日研修を行う北の平原に、急に強力な魔物なんて出やしないさ」
それもそうか、と参加者の間に安堵の空気が広がる。
森の向こうの荒れ地というと、ちょうど琉斗が飛ばされたあたりだろうか。そんな強力な魔物がいたのであれば、あの時に倒してしまえればよかったのだが。琉斗の胸を、若干の罪悪感が襲う。
参加者の不安を振り払おうと、モルグが声を張り上げる。
「お前ら、そんな顔すんな。これからお前らも冒険者になるんだ。そうなればいつだって死と隣り合わせの暮らしになるんだぞ? ちょっと強力な魔物が出たくらいでびびってたら、これから先もたねえってもんよ」
「彼の言う通りよ。亡くなった冒険者には気の毒だけど、こんなことは日常茶飯事だということは今から胸に刻んでおきなさい。大丈夫よ。あなたたちを守るために、こうして私がここにいるのだから」
「そうですよね! お二人がいるんだから、大丈夫に決まってます!」
「そうだ、ビビる必要なんかねえ!」
二人の言葉に、参加者からも己を奮い立たせるかのような声が上がる。この分なら心配もいらないだろう。
指導員の二人も少しほっとしたような顔を見せる。参加者に納得してもらえて一安心しているのだろう。
彼らにしてみれば、目の前のひよっ子たちには早く一人前の冒険者に育ってもらって、自分たちの手伝いができるようになってもらいたいのだろう。
その後、実地研修にあたっての注意点などをモルグが説明すると、一同はギルドを出て王都の東門へと向かった。
市壁の外へ出ると、そこから壁伝いに北の方へと向かう。
やがて北へと続く道に入り、一行は一路目的地である北の平原目指して歩いていく。
晴れ渡る青空の下、どこか遠足にも似たのどかさで琉斗たちは道を歩いていった。
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