第15話 合格発表



 露店を巡り、ギルド周辺の店を一通り見物した琉斗が冒険者ギルドへと戻ると、それに気づいた一人の少年が近づいてきた。



 結果待ちの受験者たちが集まる中、真っ直ぐこちらの方へやってくると、少年は琉斗に詰め寄ってくる。


「おい、お前!」


「何だ?」


 妙に喧嘩腰な態度に、琉斗の態度も自然と硬くなる。


 確か、ミューラーとかいう魔術師だったな。

 琉斗は少年の顔を見ながら思い出す。先ほどの試験で魔法の参考にさせてもらった少年だ。


 ミューラーは納得いかないといった顔でさらに一歩詰め寄る。


「さっきの試験、あれはどういうことだ! なぜお前が無詠唱で下級魔法を使える!」


 やはりさっきの話か。琉斗は面倒そうに眉を動かす。


 試験後に少し聞いたところによると、無詠唱での魔法の使用というのは随分と難易度が高いものらしい。自分と同じレベルの魔法を琉斗は無詠唱で放ったのだ。名門の一族としては、無視できないのだろう。


「何を使った?」


「は?」


「何を使った、と聞いてるんだ! ただの人間に無詠唱魔法など使えるはずがないだろう! 何か仕掛けがあるに決まっている!」


 琉斗は一つため息をついた。確かに、それが自然な発想なのかもしれない。

 特に目の前のこの少年は、受験者の中に自分以上の術者がいるなど受け入れることができそうにはないように思われた。


 こんなところで揉め事を起こすのも面倒だ。琉斗は適当にあしらうことにした。


「唱えてたよ」


「は?」


「唱えてたよ、呪文。単にお前らが聞いてなかっただけだ」


「嘘をつくな! 試験員がそう言ってたんだぞ!」


「俺の声が小さくて聞こえなかったんだろう。第一、お前は俺が魔法を使うところを注意して見ていたのか?」


「そんなわけないだろう。なぜ僕がただの受験者に注意を払わなくてはならないんだ」


「そういうことだよ。重要なのはあの石が反応するかどうかであって、その前の行動なんて誰も注意して見てなんていないさ。もちろん不正を行っているなら別だが、それならそれこそ試験員が見逃さないだろうしな」


 琉斗の弁明に、ミューラーがぐっと言葉に詰まる。

 それでも、彼はさらに琉斗に突っかかってくる。


「そうだとしてもだ! なぜお前が下級魔法を使える? ただ使うだけならともかく、僕と同水準の威力で放つなど不可能なはずだ!」


「わかったわかった、それよりもう合格発表みたいだぜ」


 ミューラーの言葉を遮ると、琉斗は彼を無視して受験者が集まる一角へと向かった。





 合格発表は淡々と行われ、琉斗も無事合格することができた。



 今回の合格者は十四人中四人、その中にはミューラーの名もあった。合格率はおよそ三割、なかなかに狭き門である。

 そんな中、琉斗は五級冒険者として合格することができた。一年を通じても片手ほどもいるかどうかという、極めて優秀な成績を修めた合格者だ。


 しかも、今回はもう一人五級合格者がいるという。これは極めて異例のことであった。

 もっとも、当のもう一人の合格者は何とも不満そうな表情をしている。その少年――ミューラーは、整った眉をわずかに歪ませながら、黙って合格発表を聞いていた。



 続いて、合格者に合格証が配られると、彼らに対し今後についての説明が行われる。


 今日の試験に合格したからといって、すぐに冒険者として活動することはできないらしい。

 この後一度実地研修を受け、それを終えると冒険者として仮登録されるのだそうだ。


 研修を終えてもまだ仮登録なのか。若干うんざりしつつ、琉斗は説明に耳を傾ける。


 幸い、実地研修は明日からさっそく受けられるらしい。試験後一週間は毎日行われるので、希望日を伝えよとのことだった。

 琉斗が明日を希望すると、それに対抗するようにミューラーも手をあげる。琉斗にとっては気詰まりだが、だからといって他の日にしろと言うわけにもいくまい。


 実地研修には他の役職の者も参加し、三級ないし四級の現役冒険者が指導員として付き添ってくれるらしい。その指導員から冒険のいろはを学ぶことになるのだそうだ。


 具体的には、王都北部の平原地帯を回りながら様々なアドバイスを受け、その後は薬草などを採集したり実際に魔物と戦ったりすることになる。ちょっとしたチュートリアルのようなものなのだろう。


 ミューラーに目をつけられているのがうっとうしくはあるが、明日の研修を終えれば、仮登録とはいえいよいよ冒険者として活動できるようになるのだ。ようやく琉斗が期待していた剣と魔法の世界での活躍が、現実のものとなる。






 係の説明が終わると、琉斗はミューラーの視線も気にせずギルドを出てさっそく街へと繰り出した。


 夕食にはまだ早かったが、店であれこれと食料を買い込むと、琉斗はそのまま自宅に帰る。


 明日の実地研修のことを考えたり、その後の冒険について思いを馳せたりしながら、琉斗は一人異世界での食事に舌鼓を打つのだった。


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