第24話

 レオとの面会の後も、ダフニは王宮内にとどまった。昨日のドラゴン襲撃と国王暗殺について上位貴族を集めて発表があるので、その場に出席する義務があるためだ。


 発表は大広間で行われることになり、貴族たちはその地位に応じた順序で入場をしていった。成人した王族は貴族と同様その地位に応じた順序での入場となるが、成人前のダフニは国王の家族として貴族たちの後での入場となる。


 ダフニが入場したとき、家族席にレオと第2王子のルキがいなかった。そして、貴族席にももう一人、そこにいるはずの人物が欠けていることに気づいた。


 「おい、お前。そこは俺の席だ」


 ダフニがゼフィルの隣に座ると、突然後ろから小突かれた。


 「マルクお兄さま、お久しぶりですな」

 「さっさと席を変われ」

 「先に座ったのは私ですな。お兄さまはあっちに座ればよいですな」

 「口答えするか!」

 「それ以上騒ぐと闇の鉄槌が貴様の喉笛を貫くなるぞ」


 マルクが騒ぎ立てようとするところをゼフィルが割り込んで黙らせた。もともと雷の希少級(レアランク)の魔法使いとして有名なうえ、ドラゴンを一撃で倒したという噂がすでに口伝えに広まっていたこともあり、マルクはそれ以上の騒ぎは控えて別の席に座った。


 ――何か、すごく睨まれているのですな。


 視界の外からダフニをすごい形相で睨みつけるマルクの姿は、エーテル知覚のために全方位が見えるダフニにははっきりと映っていて居心地の悪い気持ちになるのだった。


 そんな小競り合いも大広間の他の貴族たちには見咎められることはなく、正面には最後の入場者が姿を現すところだった。


 ――お兄さまとルキお兄さまと、アヴェンティ公爵? それともう一人は誰ですかな?


 「諸君」


 口を開いたのはアヴェンティ公爵だった。本来なら貴族席の先頭に座っているべき公爵がどうしてレオやルキに並んで壇上にいて真っ先に口上を述べているのか、ダフニには見当がつかなかった。


 「すでに聞き及んでいる者も多いだろうが、昨日、我が国を地竜が襲撃するという事件が起きた。この地竜は伝説に違わぬ禍々しさで王都の目前まで迫ったが、衛士、宮廷魔道士、そしてそこにおられるゼフィル王子のご活躍で食い止められた」


 公爵の言葉で居並ぶ貴族たちの視線が一斉にゼフィルの方へと向いた。ゼフィルは何か言葉を求められるのかと公爵の方を向いたが、公爵は何事もない様子で話を続けた。


 「しかし、その間に王宮では心痛に耐えない事件が起きた。我らが主、テオドル=オスティア陛下が何者かによって暗殺されたのだ」


 そう言って、公爵はしばらく祈りを捧げるジェスチャーをした。それに合わせて居並ぶ王侯貴族たちも合わせて祈りを捧げるジェスチャーをした。しばしの沈黙の中、声を忍んで涙を流す音も聞こえてきた。


 「混乱を避けるため、対外的には陛下はドラゴンとの戦いにおいて名誉の戦士を遂げたと発表する。だが、私個人の考えではこれは帝国の手のものによる暗殺であると考えている」


 貴族席にざわめきが広がる。ダフニは事前にレオから話を聞いていたが、断定的な公爵の言い方に若干の引っ掛かりを覚えながらも何も言わずに話を聞いていた。


 「悔しいが現段階の我が国の力では帝国と事を構えることは不可能だ。帝国はさながら知性なき巨竜のごときもの。だが、臥薪嘗胆の志をもって、いつか機会があれば必ずや陛下の無念を晴らさんことをここに誓う!」


 公爵のアジテーションに呼応して貴族たちは気勢を上げた。ゼフィルも怒りに燃えているのか鼻息を荒くしている。だが、ダフニはその様子を見てドン引きしていた。


 ――うー。怖いですな。こういう雰囲気は超苦手なのですな。


 前世、集団行動が苦手でクラス行事や学校行事などでいつも浮いていたダフニは、全員が一つの方向に向かって意思統一されるという状況に本能的な違和感を感じる性質があった。しかも、人々の目が皆血走っている様子に、高揚感どころかむしろ恐怖感を感じてしまっていた。


 「そして、国王陛下の身罷みまかられた後のことだが、陛下はまだ後継者を正式には指名なさっておられなかった。それに、最年長のレオ王子もまだ学生の身で政務の経験に乏しい。なので、ここにいらっしゃるレオ王子とルキ王子の2名による共同統治として、お二人が経験を積まれるまでの間、私が摂政せっしょうをさせていただくことになった」


 公爵はそう言って、レオとルキの発言のために一歩後ろへ下がった。まず口を開いたのはレオだ。


 「皆さん、まずは昨日のドラゴンとの戦い、ご苦労であった。衛士、宮廷魔導士、ゼフィルだけでなく、そこに至る砦を守った兵士たち、伝令、宮廷内で作戦立案に当たった参謀、急な物資の調達と運搬に当たった人夫、その他全ての関係者に感謝の意を捧げたい」


 レオの口調はいつもダフニに話しかけるものとは違い、しっかりしていて威厳があり、若いながらいつ国王になっても心配ないと感じさせるものだった。


 「この度の父上の急逝には、皆さん大変な喪失感を覚えたであろう。私ももちろんそうだ。しかし、この国には多くの人々が生きている。彼らの生活を安らかにすることは私たち王侯貴族の使命と私は考えている。この2つの事件の混乱を早期に解決して、安定した国家を維持することこそが、この非道な事件を起こした黒幕への最大の反撃となるだろう」


 貴族席から拍手が上がった。ダフニも控えめに拍手をした。


 続いてルキが口を開いた。


 「まずは英雄を称えたい。ゼフィル」

 「はひっ? ……貴様、この闇の支配者に何の用か?」


 完全に不意を突かれたゼフィルが変な声を上げたが、すぐにいつもの様子で問い返した。


 「今回のドラゴン討伐において最大の武勲がゼフィルであることに異論はないだろう。宮廷魔導士の魔法をもってしても傷つけることの叶わなかったドラゴンの体を貫通させた一撃が、劣勢だった局面を勝利に導いたのだ。これは歴史に残る偉業だ」


 ゼフィルは手放しの賛辞に居心地の悪そうな、しかし嬉しそうな表情を隠しきれない様子だった。


 「この偉業をたたえ、ゼフィルには叙勲と共に『ドラゴンスレイヤー』の称号を贈る。近いうちに盛大な式を行い、この偉業はすぐに世界中の知るところとなるだろう」

 「わ、我がドラゴンスレイヤー……くっくっく。我は闇の支配者にして真理の探究者。そして、忌まわしき羽と鱗の眷属をほふるものなり」


 ゼフィルが調子に乗って宣言すると、貴族席からそれに呼応した歓声が上がった。


 「諸君。知っての通りドラゴンはこの地上で最強と知られる生物だ。その性格は凶にして暴。力は万の軍勢に匹敵すると言われる。しかし、我々にはそのドラゴンをも殺す最強の戦士がいる。しかも、忠の心にあふれる兵士、精鋭の衛士と宮廷魔導士を加えれば世界で我々に敵うものはもはや帝国のみ」


 ルキの演説に、貴族席は一転して静まり返ってその話に耳を傾けていた。ダフニは話が流れる方向に不安を感じて、さっさと帰りたいと思っていた。


 「私は誓う。いつの日か帝国をも凌ぐ力を得て、必ず父上の無念を晴らさんと!」


 ルキが力強く言い切ると、貴族席からはレオの時よりも大きな拍手が沸き上がった。ゼフィルも拍手をしていたが、ダフニは拍手をしなかった。


 ――すごく嫌なのですな。まるで球技大会みたいなのですな。


 小中学校でよく行われていた球技大会は、生前ダフニが藤沢奈都だったころに最も苦手とする行事の一つだった。そもそも運動が全般的に苦手な奈都にとって球技大会はただの苦行のようなものだったが、やる気のない奈都を目の敵にする先生や生徒が必ずいて練習の強要から逃げ回るのがいつも精神的な負担となっていたものだ。


 解散が宣言されるや否や一刻もこの場に留まりたくないと、ダフニは逃げ出すように学園の屋敷に戻った。そして、魔法の実験に打ち込むのだった。


 その翌日、国王テオドル=オスティアの戦死が公式に発表され、レオとルキの共同統治体制の宣言とともに、国葬の日程が布告された。それによると国葬は発表の日から1週間後ということとなった。これは、近隣友好国からの出席者を待つための時間であった。


 ダフニは生まれてから父と暮らしたことはなく、頻繁に会っていた頃でも月に一度で最近は個人的に声を交わしたこともなかったので、父というよりも親戚のおじさんという程度の印象であった。なので、親族が暗殺されたという出来事に対するショックはあっても、父が死んだという悲しみは実感していなかった。亡骸を見たときも、母の時は人目をはばからずに泣いたのに、父の時は他人事のように冷静だった。


 ただ、長男のレオにとっては違ったようで、葬儀の時には喪主として参列者に挨拶をする役割を気丈にこなしていたが、目が真っ赤になっていることに気づかないものはいなかった。ダフニはそんなレオの様子を見て、父ではなく兄のことを想って目頭を熱くするのだった。


 葬儀に参加できるのは貴族のみであったが、一般国民が哀悼の意を表するために各地に献花台が設置された。王都では精霊殿前に献花台が置かれて一般市民の献花を受けつけていた。折を見てダフニが覗いてみると参列者が長蛇の列になっているのが見えた。


 こうしてつつがなく葬儀も終え、ドラゴン襲撃と国王暗殺の騒ぎも一旦の落ち着きを見せることとなった。


 ドラゴンスレイヤーとなったゼフィルはまだ学校に籍は置いているが宮廷魔導士隊の方にも時々呼ばれるようになったようだ。レールガンは壊れてしまったので披露できないが、雷魔法の方を披露して称賛を受けたらしい。


 ゼフィルの活躍にはダフニの貢献が大きかったはずだが、そちらの方はほとんど注目されなかった。ゼフィルはレールガンの作者がダフニであることは折に触れて言ってはいるが、ただの武器製作者に魔法使いたちが注目することはなかったのだ。


 「その扱いは不当よ。どうしてもっと怒らないの?」


 その扱いにイリスは面白くないと感じているらしく、久しぶりに自主練習に参加した時に盛んに文句を言っていた。さらにクロエも口には出さないものイリスと同じ気持ちであることは態度から推察できた。


 「怒っても意味はないのですな。無駄なのですな」

 「ダフニがいなかったらゼフィル様がレールガンの可能性に気づくことはなかったわ」

 「だからと言って怒っていてもダメですな。もっと実績を積み上げて理解させるしかないですな」


 だが、ダフニはそんな2人の不満にも流されることなく研究に没頭していた。ダフニ自身にも思うところがないわけではないのだが、こういう時に騒いでも結局は時間と労力の無駄でそれくらいなら他の実績を積む方が結果的に得をするという経験則を持っていたからだ。


 そんなダフニがレールガンの次に注目して情熱を注いでいるのは創造の魔法だった。事件以前に試していた見本を見ながら複製するというアイデアは一定の結果を出していたが、その時にダフニは気になることに気づいてそれをちょうど試しているところだった。


 それは、単に何もない空間に新しい物体のイメージを描くのではなく、すでにある物体に重ねてそれを変形させるようなイメージを描くことで、物体を変形させることができるということだった。描くイメージが稚拙だと変形したところが半透明になってしばらくすると元に戻ってしまうのはこれまでと同じだ。


 この変形能力と元々の生成能力は実は本質的に同じなのではないかというのがダフニの仮説だ。物体生成の方も元々そこには空気があったわけなので、ある意味では空気を変形したと考えることもできるからだ。


 ダフニは創造の魔法は他の魔法とは一線を画した有用性があると考えていた。他の魔法は実行した結果何が起きるかはほぼ決まっていると言ってよいのに対し、創造の魔法はその結果の自由度が極めて大きい。その分制御が難しく、今のところ指でつまめる程度の物体を操作するのがせいぜいであるが、制御方法が確立できれば画期的な成果が得られるというのがダフニの読みだった。


 ただ、この制御というのが問題だった。この魔法のポイントはいかに正確に物体を描写するかというところにあるのだが、残念ながらダフニには絵心がなかったのだ。手で描くのではなく脳内で描写するだけなのでだいぶましではあるものの、才能の欠如というものはいかんともしがたいものがあった。


 ――こうなってくるとドローソフトとか3Dモデラーとかが欲しいですな。というか、ないなら作ればよいですかな。ふむ……


 絵心のなさは道具があっても解決するものではないかもしれないが、ないよりはましかもしれない。特にコピーアンドペーストやフィルタなどは絵心がなくても一定の結果を保証してくれるはずだ。


 ――よし。決めたですな。次は3Dモデラーを作るですな。


 と言っても、ドローソフトはともかく3Dモデラーを使った経験がないダフニはどうやったら作れるのかよく分からない。2Dの類推なら空間を細かいグリッドに切ったり、基本的な図形を描く数式を組み合わせたりすればいいはずなのだが。


 ――多分、写像を定義していけばいいんだと思うですな。そうすれば離散化せずに空間を扱えると思うですな。


 例えば自然物を複製したいと考えたとき、グリッドにしてもポリゴンにしても自然物そのものを直接表現することはできず、それを表現形式の解像度に応じて近似する必要がある。これは突き詰めれば自然物が連続的なのに表現形式が離散的だからだ。


 しかし、写像(関数)を定義してそれを空間に適用するという方式を取れば、一度離散的な表現形式を経由するという必要がなくなり、理論上自然物の情報量を全く損なうことなくコピーすることができるはずだ。


> copy3DObject delta area = draw $ fmap f area

>  where

>   f v = Just $ shiftPosition delta v


 例えばこんな感じのプログラムで写像fを空間に適用fmapすればdeltaで指定した分だけ像の位置をずらしてコピーするIOモナドを生成することができる。そして、areaに物質界を指定してやることで物質界の物体がコンソールにコピーされるのだ。


 他にもfを書き替えることでコピーだけでなく拡大縮小や回転変形など様々な写像を定義することができる。ダフニはこういう写像をたくさん用意してツールセットとして定義しようと考えた。

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