第23話
テミスは昨日1晩かけて練り上げた対地竜のプランを再度確認した。その内容は今朝の砦での攻防の結果報告を受けてさらに修正されている。
――とにかく、まずは地竜の足を止める。たとえ全魔導士の魔力が枯渇してもだ。ここで止められなければ後ろは王都。市街戦だけは何としても避けなければならない。
前方ではドラゴンが衛士と接触したらしく、爪や尻尾が振るわれるたびに人が木の葉のように飛ぶのが見て取れた。
「全員、詠唱開始!」
テミスの号令と共に散開していた魔導士たちが地竜を取り囲むように呪文を唱え始めた。発動までの時間は衛士たちが決死の突撃を繰り返して稼いでいた。
「全員、退避!」
衛士隊の隊長が叫び、衛士たちがドラゴンから一斉に距離を取った瞬間、魔導士たちが放った魔法が一斉に地竜に襲い掛かった。
「な……んだと……!?」
魔法の着弾による轟音と土埃が治まって地竜の様子がはっきりと確認できるようになり、テミスは思わず
「化け物め……」
話は少し前に遡る。衛士たちが地竜の足を止めようと苦闘している頃、ダフニも丘の上で1人苦闘していた。
「むー、ちょろちょろと動き回ってちっとも照準が定まらないですな!」
すでにレールガンの組み立ては完了していて、後は照準を合わせて発射するだけというところだったのだが、肝心の照準がなかなか定まらない。
初めてダフニが見た本物のドラゴンは想像していたものとはちょっと違って、端的に言うとティラノサウルスの背中に小さめのコウモリ風の羽が生えたような形状をしていた。上体が起きているのでそこを狙っているのだが思った以上に機敏な動きをしている。
「くっ、我の中のもう一人の我が囁く。早く
「そんなことを言っても無理なのですな」
「ダフニ様、弾は何発かあるので必ずしも1発で当てなくてもよいのではないでしょうか」
「このレールガンは未完成の試作品を応急的に組み立てたものですな。何回か撃てば確実に壊れるですな。いつ壊れるか分からないので1発で決めないと次はないかもしれないですな」
レールガンは発射の際、摩擦熱やジュール熱が発生して砲身にダメージを与える。応急的に組み立てただけの砲身ではそのダメージに対する耐久性に問題があるのだ。
ダフニがプログラムを見直してドラゴンの動きを予測できるように改良しようとしていると、不意にターゲットの動きが止まった。宮廷魔導士の魔法攻撃を当てるため、衛士たちが決死の突撃で地竜の動きを止めたのだ。
「お、やったですな。ゼフィルお兄さま、今ですな」
「我が名はゼフィル。闇の支配者にして真理の探究者なり。誓約により我が半身となりし精霊に我が求めを伝えんとす。魔槍グングナー・キンリングに神の雷の回廊をもて敵を滅ぼさん。デストロイング・サンダーボルト・ダークネス!」
DUMMP
「ふぉっ」
とっさに危機を感知したダフニが変な声を上げて慌てて飛び退くと、レールガンの後部から鉄球が飛び出してきた。
「あ、危ないですな。右と左が逆なのですな。帯電させるのは左側なのですな」
ダフニが危機を直前で察知できたのは、トーアが狙ったのが右のレールだったことが見えたからだ。幸い、加速距離がほとんどなかったので後ろに落ちただけでほとんど被害はなかった。ダフニは左右をきちんと伝えたつもりだったが、ゼフィルは忘れていたらしい。
「あー、千載一遇のチャンスだったのにですな」
地竜の方はといえば、宮廷魔導士の魔法攻撃をしのいで再び暴れだしていた。これではまた照準を合わせることができない。
しかし、衛士や宮廷魔導士はそう簡単に諦めてはいなかった。彼らが負ければもう地竜の王都への侵入を阻止するものはいないのだ。再度魔法攻撃を決行するべく衛士たちの必死の突撃が再開されたのだ。
「む。もう一度できるかもしれないですな。ゼフィルお兄さま、今度は間違えないでくださいですな。こっちですな。こっち」
ダフニはレールをぱんぱんと手で叩いて示すと、再び照準に意識を集中した。
照準を正確に合わせるためには地竜の場所を正確に特定する必要がある。しかし、ゼフィルやクロエには遠目に見えるドラゴンが今どういう状況になっているのか正確には把握できていなかった。ただエーテル知覚に目覚めたダフニだけが超知覚によって現地の状況をリアルタイムで理解しているのだった。
「よし。今ですな、ゼフィルお兄さま!」
「我が名はゼフィル。闇の支配者にして真理の探究者なり。誓約により我が半身となりし精霊に我が求めを伝えんとす。魔槍グングナー・キンリングの左のレールに神の雷の回廊をもて敵を滅ぼさん。デストロイング・サンダーボルト・ダークネス!」
DDOOOHNNN!!
昨日とは比べ物にならない衝撃とともにレールガンの砲口が火を噴いた。火薬を使っているわけではないが、空気がプラズマ化していたのでやはり火を噴いていた。
ローレンツ力により超加速された砲弾は一瞬でドラゴンの正面に至り、宮廷魔導士の魔法をはじき返した竜鱗をいとも簡単に食い破って胸から背中へと大穴を開け、その後数百メートルも飛んでからようやく落下して勢いのまま地上を転がってどこかへと消えて行った。
一瞬で胸に大穴を開けられた地竜は、その衝撃で後方へと吹き飛んで十数メートルにわたり地上を転がったのち息絶えて地面に横たわった。
「やったですな。命中ですな」
大成功の結果に飛びあがって喜んでいるダフニとは対照的に、ゼフィルとクロエは言葉を失っていた。レールガンの桁違いの威力にただ呆然としていたのだ。
それは衛士や宮廷魔導士たちも同様だった。あれほど命がけの戦いをしていた相手が、それとは全く桁違いの威力の何かによって一瞬で葬られたのだ。しかも、彼らはレールガンの存在を知らないのだから、なぜ突然ドラゴンが絶命したのか理解もできていないだろう。
「ゼフィルお兄さま、実験は大成功なのですな」
「あ、ああ。くっくっく。あの程度のドラゴン、我の手にかかれば赤子の手をひねるようなものだ」
「そのことわざは幼児虐待だと思うのですな」
その後、3人は高温でレールが変形してしまったレールガンの残骸を鍛冶屋に運び込み、ドラゴン退治の報告をするべく王宮へと向かった。鍛冶屋の主人はレールガンの惨状に驚いていたが、それ以上にドラゴンを一撃で葬ったその威力に戦慄を覚えていたようだ。
「どうして入れないですかな?」
「申し訳ございません。
鍛冶屋を離れたダフニたちはなぜか王宮の門のところで足止めを食らっていた。
「私たちは王子ですな。王宮に入れない道理はないですな」
「申し訳ございません。王子と言えども例外はないと強く言われておりまして」
「だからどうしてですかな?」
「申し訳ございません。理由は聞いておりません」
さっきからこういうやり取りを延々と続けているのだが、門番は誰も通すことはできないとの一点張りで取り付く島もなかった。
「仕方ないですな。では、お父さまに伝言をお願いするですな。ドラゴンはゼフィルお兄さまの魔法で倒したですな。詳しい話は次に会った時に説明するですな。よろしくなのですな」
「くっくっく。我が魔槍グングナー・キンリングに貫けぬものなし。闇から生まれ闇に呪われし我がついにドラゴンをも凌駕する力を得たのだ」
「かしこまりました。えっと、すぐにとはいかないかもしれませんが、可能な限り努力いたします」
門番はゼフィルの不思議な言動に目を丸くしながらも伝言については(一応)受けつけてくれたのでここはおとなしく引き下がることにした。ドラゴンと戦っていた衛士や宮廷魔導士たちも戻ってきてやはり王宮に入れず、門前が混乱し始めていたからだ。
「ではゼフィルお兄さま、また今度ですな」
「うむ、我が闇の
ゼフィルはそう言って
「クロエ、私たちも帰るですな」
「はい、ダフニ様」
その日はさすがのダフニも疲れていたのか、お風呂に入っているところをうとうとして溺れそうになりクロエに慌てて起こされたということがあって、データの整理などは明日にして早く床に就いた。
翌日、昼過ぎになって、王宮からの使者が来た。兄のレオからのものだった。
――お兄さまから呼び出しとは珍しいですな。
今回は一人で来るようにということだったので、クロエは置いてダフニ単独で王宮へと向かった。
「お兄さま、大丈夫ですかな? 何かあったですかな?」
王宮であったレオは目の下に隈ができて憔悴した様子だった。
「ダフニか。急に呼んでごめんな」
「何も問題ないですな。私はお兄さまのためなら火の中にでも飛び込む所存ですな」
「相変わらずだな、ダフニは」
レオはダフニの言葉に少し笑うと、言葉を探すように視線を泳がせた。
「実は今日呼んだのはな……お父さまが亡くなった」
「え?」
「昨日、場内で何者かに刺し殺された状態で発見された」
「昨日というのはドラゴンの時ですかな? 王宮に入れなかったのはそのせいですかな?」
レオは頷いた。
「ドラゴンのことで警備が薄くなっていたところを狙われた。即座に王宮の出入りを封鎖して全員を取り調べたのだが、対象者が多すぎて犯人を絞ることができなかった」
「では、昨日のドラゴンの襲撃は……」
「それは分からない。あるいはただの偶然だったのかもしれない」
ドラゴンの襲撃は国王暗殺のために仕組まれたことだったのか、あるいは襲撃は偶然でその機に乗じて以前から狙っていた暗殺者が暗殺を実行したのか。ダフニの頭の中では様々な可能性が浮かんだがどれも証拠らしい証拠はなかった。
「犯人の目星は付いているですかな?」
「こんなことをするのは帝国くらいのものだ、と皆は言い立てている」
「お兄さまはそう思っていないですかな?」
「分からない。だけどもし帝国がこの国を狙ったとして、こんな小国の国王をわざわざ暗殺する理由があるのだろうか?」
レオは疲れた様子ではあったがなおも気を張りつめたままでいるようで、神経質に手の甲を擦っていた。その態度が口に出さないレオの懸念を雄弁にダフニに語り掛けていた。
「もしかすると、私たちもまだ狙われているかもしれないですな」
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