第18話

 「ダフニくん、もういい」


 上級クラスで初めてのダフニの発表の日、前日の夜遅くまで発表練習と資料の作成に追われていたダフニだったが、当日は気合いをもって発表に臨んでいた。ダフニが発表する内容はエーテル知覚を得ていなければ不可能な内容で、詳細な精霊の分類学は世界初ともなる大きな学術的インパクトがあるはずだった。


 それは卑近な例を挙げれば物理学に与えた相対性理論のようなものだ。発表から100年以上経ってもその衝撃はいまだに人々の記憶に新しく、科学雑誌などで特集が組まれ続けている。それに匹敵するほどの歴史的発表であるなら、ダフニとしてもそれ相応の態度で臨むのが生前一時期とはいえ研究機関に身を置いたものの矜持だと考えていた。


 しかし、その発表は佳境を迎えようというところで突然遮られたのだった。


 「この授業は個人的な趣味の発表をする場ではない。真剣に魔法技能の向上を目指して研鑽する場だ。君は若くして魔法ができたせいで人間としての常識を身につける機会を逃してしまったようだね」


 その場でダフニが受けたのは世界初の偉業を成し遂げたことへの称賛ではなく、担任からの人格を否定するような罵倒であった。


 「これは趣味ではないですな。精霊を分類してその生態を理解することは」

 「もうこれ以上意味のない議論をするつもりはない。君はしばらくは発表はせず、他の生徒の発表を聞いて研究というものがどういうものかを勉強しなさい。幸い君はまだ若い。時間をかけてゆっくりと自分を見つめ直すといい」

 「これは歴史に残る重要な研究ですな。最後まで発表をさせてほしいですな」

 「今日の授業はこれで終わりだ。以上」

 「先生!」


 ダフニは食い下がろうとしたが、担任が解散を宣言したため生徒たちは席を立って教室から出て行ってしまい、発表を続けることはできなかった。


 ――またこのパターンですな。これで何度目ですかな。


 自分の身には生まれ変わっても解かれることがない呪いか何かがかかっているのだろうかと深く長い溜息をついたダフニだったが、いつまでも呆けているわけにはいかないと発表資料を集めて帰ろうとしたとき、その行く手を遮る影に気が付いた。


 「何か用ですかな?」


 ダフニが顔を上げると丸太が服を着たような何かがそこにあり、それを上の方に辿って行ったところに目と鼻と口がついていた。そこでダフニはそれが人だとようやく気づいた。身長は2メートルは優に超えているのではないかというやせののっぽだった。髪は緑で左目に眼帯をしているのが特徴的だった。


 「貴様も我と同じく闇に魅入られたるか」

 「えっと、ですな?」


 ――ふむ。どこかで見たことがある気がするけれど、思い出せないですな。


 記憶の精霊と契約してからは人の顔を見て名前を思い出せないということなどなくなったダフニだが、今回はどこかで見たことがあるのに思い出せないというもどかしさを久しぶりに感じて眼帯をする顔をじっと見つめた。


 「あやつは光に恵まれしもの。我らのような闇を求めるものとは存在そのものが異なるのだ」


 ――何を言っているのかわからないけれど、慰めてくれているのですかな。


 「ありがとうですな」

 「礼など不要だ。それより、貴様を同士と見込んで頼みがある」

 「あ、ゼフィルお兄さまですな」

 「くっくっく。久しぶりにその名を聞いたわ」

 「朝の点呼の時に呼ばれていたですな」


 ゼフィル=オスティア。第3王子でダフニの3歳年上の兄だ。母は元メイドでありゼフィルを生んだことで側室となったが身分は低く公式の行事にも顔を見せたことはない。ゼフィルもそのような生まれであるため第3王子であるのに王位継承権を認められていない不遇の王子だった。


 しかし、そんなゼフィルであったが精霊契約で希少級レアランクの精霊を引き当てたことで生活は一変した。王位継承権こそないものの、希少級レアランクの精霊魔法使いは宮廷魔導士としての未来が約束されていた。それは一代限りであるが貴族に匹敵する地位であり、功績を積んで階級が上がれば伯爵に匹敵する地位を得ることも夢ではなかったのだ。


 ただ、長い不遇の期間の後に突然上級精霊との契約があって急に待遇の変化したことで妙な病気が発病してしまっていたのだ。ちょうど歳は13歳。その病気が大きく花開くには絶好の時期であった。


 「我は今大いなる試練の時。闇の深奥を極めんとするものよ、共にその試練に打ち勝つべし」

 「魔法の練習に付き合えばいいですかな?」


 ゼフィルは無言でうなずいた。


 ゼフィルがダフニを連れてきたのは、ダフニやクロエが普段練習しているところよりもさらに遠く郊外の方へと進んだところだった。そこは大きく開けたところで建物や人影などは当然、目立つ立ち木などもない遠くまで見通しの良いスペースだった。


 ――かなり広い範囲で地面が焦げているですな。


 魔法の練習にこれだけのスペースを必要とするというのは魔法の威力が相当な威力なのだろう。でなければ、とんでもないノーコンで魔法がどっちに飛んでいくのか予測もつかないということか。


 「くっくっく。まずは我が力、貴様の目に焼き付けて見せよう」


 そう言うとゼフィルは数歩前に進んで足を開き両手を空へと掲げた。


 「我が名はゼフィル。闇の支配者にして真理の探究者なり。誓約により我が半身となりし精霊に――」


 ――改造呪文ですかな。呪文の改造はなかなか難しいけれど大したものですな。


 通常、呪文の改造は詠唱を短縮する方向で行うことが多いが、ゼフィルのは逆に長くしているようだ。長くしても短くしても威力は変わらないのだが。


 「――我が求めを伝えんとす。かの平原の中央に神の雷の回廊をもて四方を焼き尽くさん。デストロイング・サンダーボルト・ダークネス!」


 ゼフィルが呪文を唱え終わると、空がにわかに騒がしくなったと思ったら突然極大の雷がズドンと落ちてきた。しかも1つではなく開けた平原のあちこちにズドンズドンと合計8発も落ちてきた。


 「いかがか?」

 「すごい威力ですな」

 「くっ」

 「どうしたですかな」

 「何でもない。呪印を解放した反動なり」

 「はぁ、ですな」


 ダフニたちはゼフィルの呪印(?)の反動が治まるまで近くの石に腰かけて休むことにした。


 「なるほど、つまり呪印の反動が試練ということですな! しかし、魔法の反動というのはあまり聞いたことがないですな」

 「あぇ、あ、ごほん。実は反動は大した問題ではない(ただの設定だし)」

 「え、違ったですか。では何が試練ですかな?」

 「この神の雷、力の強大さゆえ我が力を持ってしてもその全てを支配すること能わず」

 「……」

 「神のきまぐれは時に思わぬ結果をもたらす」

 「……つまり、的に命中しないということですな」


 ゼフィルは無言でうなずいた。


 魔法を行使した時、雷は8本落ちてきたが落ちた場所はランダムだった。呪文の中でもここという1点を指定するのではなく「平原の中央」と曖昧な表現になっていた。しかし、雷は中には中央ですらないところにも落ちていたから命中という点ではかなり性能が悪い。


 「雷の本数を1本に減らすことはできないですかな?」

 「我が力と神の雷は常に互いに食うや食われるや」

 「本数もコントロール不能ですな」


 ゼフィルは無言でうなずいた。


 「貴様は我が半身と言葉を交わすことが可能と聞き及ぶ。であれば是非にも神の雷の力の全て、我が手に掴む術を聞いてほしい」

 「ふむ。やってみるですな」


 精霊に声をかけるくらいは大したことではないのだが、問題はその精霊が機嫌よく答えてくれるかだ。


 ゼフィルの精霊はゼフィルの頭の上に器用に立っている変な奴で間違いない。ただでさえ背の高いゼフィルの頭の上なので見上げると首が痛い。意識していないと上の方が注意から外れて存在を忘れるほどだ。天井が低い部屋では頭が天井にめり込んでいたりする。


 その恰好は、厳めしくも凛々しいドラゴン……の頭を持ち、体がペンギンで目にはサングラスをかけて葉っぱの付いた枝を口に咥え、何となくハードボイルドな雰囲気を醸し出した風に空の一点を見つめていた。


 そこまであからさまに目立つ精霊なので、実のところこれまでダフニは何度か声をかけて見ていた。しかし、残念ながらその精霊からの返事はなかったのだった。


 「リピカ」

 「何だい?」

 「精霊契約は魔法使いと精霊の性格が似てる方が相性がいいとかあるですかな?」

 「まあ、精霊も契約相手を選ぶからね。そりゃ気が合う方がいいさ」

 「なるほどですな」


 ――これはやってみるしかないですな。うまくできるか分からないけれどですな。


 ダフニは小さく気合を入れて立ち上がると、ズボンをぱんぱんとはたいて気持ちを落ち着けた。


 「くっくっく。貴様がかの闇の5王が1柱、蒼き雷のペンドラゴンか、ですな!」

 「…………」


 ――しまった、外したですかな!? リピカ、お主、声を殺して爆笑するなですな。器用なのですな。


 「……如何にも俺がペンドラゴンだ」


 ――よかったですな。かかってくれたですな。ありがとうですな。


 「しかし、その名は力なきものが呼ぶと魂を食われかねない恐ろしきもの。今は「トーア」と呼ぶがよい」


 精霊の本当の名前が「トーア」である。それは道すがらゼフィルに聞いている。「ペンドラゴン」はダフニが適当に強そうな名前を見た目から付けただけだ。ちなみにアーサー王の苗字としても有名だがそっちの語源はドラゴンの頭という意味である。ドラゴンとペンギンのキメラでは断じてない。


 「もったいないお言葉ですな。私は名乗るほどの名も持ち合わせてないただのさすらいのダフニですな」

 「もう我慢できないよ。さすらいのダフニ……ぶはははははは」

 「ちょ、リピカ。笑うなですな。台無しですな」

 「何? リピカ、というのはあのリピカか!?」

 「あのリピカ、というのはどのリピカですかな?」


 リピカという名前を聞いたところで、トーアの様子が目に見えて変わった。


 「リピカという名は俺の知る限り最古の精霊の1つに与えられた名。そうかお前はリピカと契りしものか」

 「そうですな」

 「ならば俺もお前を一角ひとかどの人物として遇するに依存なし。聞きたいことがあれば何でも聞け」


 リピカのおかげで急に協力的になったトーアの態度に理不尽なものを感じるダフニだったが、ともあれトーアとコミュニケーションを取るという目的は達成されたので話を進めることにした。

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