第17話

 精霊の能力を調べる方法は簡単だった。introduceの引数を変えると精霊はいろいろなことを教えてくれたからだ。試行錯誤の末、次のようなプログラムで精霊のプロファイルを作ることができるようになった。


Show-Spirit-Profile

> import Text.Printf

> main = do

>  spirit <- locate "そこの精霊"

>  give spirit 1

>  name <- call spirit $ introduce "類"

>  give spirit 1

>  ability <- call spirit $ introduce "能力"

>  give spirit 1

>  min_mp <- call spirit $ introduce "最小必要魔力"

>  renderHTML $

>   printf "<h1>%s</h1>" name ++

>   "<table border=0>" ++

>   printf "<tr><th>能力</th><td>%s</td></tr>" ability ++

>   printf "<tr><th>最小必要魔力</th><td>%s</td></tr>" min_mp ++

>   "</table>"

グノムス

能力     土礫

最小必要魔力 1


 「on target」という部分を外すことで精霊の名前をプログラムに読み込むことができるようになった。紙に書かなくなったのに使用魔力が変わらないのは納得いかない気もするがそういものだとあきらめるより他はなかった。


 表示にHTMLを使ってフォーマットするようにしたので見やすくなった。ダフニはこの出力に情報を書き足したものを覚えて自作鑑定能力とするつもりだった。ただし、研究としては紙に書きだしてまとめないといけないので少し面倒ではある。


 ――印刷の精霊とか、いないですかな?


 そんな精霊がいたとしても、これまでは使いようがなかったと想像できるから恐らく存在すら確認されていないだろう。同じように他にも存在は知られていなくても有用な精霊がいるかも知れないとダフニは考えていた。


 ――精霊事典の作成は大変意義のある研究ですな。頑張るですな。


 とりあえず、その日はもうすっかり夜が更けてしまったのですぐに寝るべきだった。集中すると寝食を忘れてしまうのは転生前からの習性だ。一応クロエに呼ばれてご飯とお風呂は済ませたが。


 クロエはダフニが寝るまで側に仕えていようと頑張っていたが、さすがに限界なのか椅子に腰かけて本を読む姿勢のまま首が傾いていた。


 「クロエ?」


 そっと声をかけても起きないのでベッドまで運ぼうと思ったものの、ダフニは腕力には自信がないので移動の魔法で椅子ごとベッドの近くに寄せてから頑張って持ちあげて寝かせた。椅子ごと動かしたのは、その魔法は直線的にしか移動させられないので空を飛ばすと最後にベッドに落ちることになり、衝撃でクロエが目を覚ますと思ったからだ。


 もちろん、魔法を使ったついでにその精霊もプロフィールをいただいておいた。


 翌日から、ダフニは精力的に精霊のプロフィール集めを始めた。絵を描くのは時間がかかるがリピカの記憶能力で後から姿は思い出すことができるので、まずはとにかくプロフィールをたくさん集めることを先行させた。


 場所や時間が変わると出没する精霊が変わることがあるので学園内だけでなく街や郊外の方へも調査に行きたかったのだが、先日通り魔に襲われたことや最近誘拐事件が発生していることなどからなかなか許可が下りなかった。


 「むむむ。休日にどこに行くかは個人の自由ですな」

 「ダフニ様は王子なのです。その身にもしものことがあったら大変なのですから」

 「もしものことはもうあったのですな」

 「もう2度とあんなことを起こすわけにはいきません!」


 せっかく休日にフィールドワークに出ようと思っていたのに許可が下りずに学園に軟禁状態になったダフニはぶつぶつと不満をこぼしていた。しかし、側に控えるクロエとしても前回の失態は堪えているためダフニの不満に簡単に同調するわけにはいかなかった。


 「仕方ないですな。じゃあ、今日は一日クロエの魔法の練習をするですな」

 「はいっ!」


 ダフニは諦め顔でそう言うと、クロエは傍目にも分かりやすく笑顔になった。それを見てダフニはいらだちが治まるのを感じるのだった。


 ――最近、新しい魔法のことばかりでクロエとゆっくり時間を取っていなかったですな。こういう日はそれはそれでいいかもしれないですな。


 「ふぇ、な、何で頭をなでるんですか!?」

 「あ、ごめんですな。ついですな」


 ダフニが魔法を教え始めてからのクロエの成長は著しく、中級に上がってからもその成長速度は衰えることはなかった。今ではイリスとも模擬戦で互角の勝負をするようになって本気のイリスに勝つことも少なくないようだ。


 ただ、エーテル知覚についてだけはどう工夫してもクロエが身につけることはできなかった。さすがに視力を奪うのは試すわけにはいかないので、これについては一旦お預けということになっている。


 2人が魔法の練習に適した開けた場所に歩いて行くと、途中にイリスがいた。


 「おや、イリスですな。おはようですな」

 「ひゃっ、ダ、ダフニ、びっくりさせないでよ」

 「私は何もしてないですな」


 普通に声を掛けただけなのに飛びあがるように驚いたイリスは顔を真っ赤にして胸に手を当て肩で息をしていた。


 「あ、イリス様、ちょうどよかったです」

 「え?」

 「これから魔法の練習なんです。一緒に行きませんか?」

 「あ、いや、私は……」

 「何か用事ですか?」

 「いや、そういうわけじゃないんだけど」

 「じゃあ、いいじゃないですか。前から一度参加してみたいって……」

 「ちょっ、クロエ、しー」

 「はい?」


 ――ふむ。仲がいいですな。


 ダフニを置いて、クロエとイリスの2人は何か親しげに話をしていた。中級に上がったばかりでクロエと別れてしまい少し後ろめたい思いのあったダフニだったが、仲の良い友達ができてよかったと思うのだった。


 「ダフニ様、イリス様も練習に参加したいそうなのですが、よろしいですか?」

 「べ、別に参加したいってほどじゃないけど、まあ、クロエは後輩なわけで練習を見てあげるのも先輩の役目かなと」

 「クロエとイリスは同級生ですな」

 「中級クラスの先輩って意味よ!」

 「ふむ」

 「ダフニ様」


 クロエがそっと近づいてきて何やら小声で話しかけてきた。


 「イリス様は無詠唱魔法に興味があってダフニ様の練習方法が知りたいみたいなのです」


 無詠唱魔法は実は精霊契約をした上級クラスの生徒でもほとんど身につけていない高難度技術だが、最近はクロエはかなり上達して種類も成功率も向上していた。だが、イリスは一般的な魔法技術については優秀なものの無詠唱だけは習得できていないのだ。


 無詠唱を使うクロエに詠唱呪文も精霊契約もなく互角に戦うイリスの技術力には目を見張るものがあるが、それだけにイリスとしては無詠唱魔法を身につけたいという思いは強いのだろう。


 「イリスは無詠唱のやり方を知りたいのですかな?」

 「ダフニ様、声が大きいです」


 なぜか片手を額に当てて首を振っているクロエの奇行は置いておいて、ダフニはイリスの方へ歩み寄った。


 「! ……知りたいわよ。悪い!?」

 「悪くないですな。向上心があることはいいことですな。いくらでも教えるですな」

 「え、いいの? 秘密じゃないの?」

 「なぜですかな? 秘密にする意味がないですな」

 「そんなのなら隠れて覗き見する必要なんて……」

 「何か言ったですかな」

 「何でもないわ」


 イリスは目を丸くして驚いているがダフニは首を傾げるだけだった。とにかく、こうしてイリスはダフニとクロエの魔法練習に飛び入り参加することになったのだった。


 「では、まずは算数のお勉強からですな」

 「はい?」


 イリスはどうやら算数の勉強をしたことがなかったらしく、初手から躓いてしまった。この国の貴族には算数を子供に学ばせないものも多く、学校の生徒でも算数ができないものも少なくない。そもそも学校の必修教科にも含まれていないので誰も疑問に思うこともなかった。


 算数がダメなら他のことで、としてもよかったのだが、ダフニはあえてイリスに算数を教えることにした。現代日本から転生してきたダフニとしては算数もできないなんて社会人としてどうかと思うからだ。消費税の計算もできないおバカになったら可哀想だ。


 「うー。ねえ、本当にこんなことが魔法に関係あるの?」

 「大ありなのですな。頑張るですな。あとプリント10枚あるですな」

 「ふぇーん」


 イリスに算数を教えてクロエの魔法を指導しながら、ダフニはこれまで集めた精霊たちのプロフィールを再確認していた。まだ絵を描いていないものもいくつかあるのでこの機会に一気に描き上げてしまってもいい。


 ――それにしても、思ったより種類が多かったですな。


 ダフニの精霊集はすでに数十にも上っていた。このままだと百を超えるのもそう遠くない未来になりそうだった。同じ魔法を使う違う精霊や同じ類なのに見た目が微妙に違う精霊などいろいろあってどんどん増えていったのだ。


 精霊の能力もさまざまだった。多くはすでに呪文を知っているものだったが中には未知の能力もあった。その中でも特に使いどころのよく分からない精霊が2種類いた。


 1つは「創造」という能力の精霊だった。使ってみると半透明のスライムのような不定形の何かが出現して、しばらくすると消えてしまった。何度も実験してみると魔法を使うときに形を念じるとそれっぽい形にすることができることが分かったのだが、丸とか三角とかの簡単な形を作るのが精いっぱいだった。それに小さいしすぐに消えてしまうので実用には向かなさそうだった。


 もう1つは「待機」という能力の精霊で、その名の通りただ待機するだけだ。時間や条件を指定するとその条件が満たされるまで側にずっとついてまとって、満たされたらいなくなってしまう。ただ待機するだけで他に何もしないので、エーテル知覚がなければ魔法が発動したことすら分からない。


 そんな意味の分からない精霊でも発見は発見だ。これまで呪文として記録のない未知の精霊ならその学術的価値は高い。ダフニはそういう意味不明な精霊たちの方こそ面白がって研究レポートをまとめていったのだった。

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