第19話

 「では質問するですな。お主の魔法はどうして的に当たらないのですかな?」

 「俺の射撃の腕は百発千中。当たらぬことなど絶えてなし」

 「雷は8本しか落ちていないですな。数学的には百発八百中が上限ですな」

 「ん?」

 「それはともかくですな。ゼフィルが平原の中央に雷を落とそうとしても、雷がその通りに落ちてくれないですな」

 「雷の落ちる場所など俺の与り知らぬところ」

 「何を言っているですかな?」

 「ん?」


 何か話がかみ合わない気がした。これは、そもそも話の前提が間違っているのではないかとダフニは思った。


 「確認なのだけれど、お主の能力は落雷ではないですかな?」

 「落雷など俺の力の単なる余波に過ぎん。それはより世界の深奥に近い根源的な変化なのだ」

 「あー、つまり電位差を作るのが本質だということですな」


 トーアは無言でうなずいた。


 ここで科学の解説。雷は、雷雲の下部が負電荷で帯電しそれに対応して地面が正電荷を帯びるようになると、まずストリーマーという細い放電路がその間に形成される。そしてその経路上に何度も電撃が走ることで電位差が解消されるのだ。


 初めのストリーマーの形成が雷の経路を決めるが、このプロセスは右へ左へとジグザグにステップを踏みながら上から下へと伸びていく。各ステップでどちらに進むかはランダムなので雷がどこに落ちるかは予測不可能だ。


 周囲より高いところがあればそこに落ちる確率が上がるし、その先端が尖っていればより確率は高くなるが、確実に落ちるとは言えない。


 「もしかして、雷は魔法使い自身に落ちることもあるですかな?」

 「闇の力は強大。時に術者を蝕むこともある」

 「落ちるですか……」


 ――ゼフィルお兄さまにはまずコントロールの前に自爆を防ぐ術を学んでもらう必要があるですな。


 トーアとの会話で十分な情報を得たダフニは、その足元に踏みつけられているゼフィルの顔に視線を移した。


 「終わったようだな」


 ハードボイルドを装ってダフニに声を掛けたゼフィルだが、トーアと話している最中そわそわしていたのをダフニは気づいていた。


 「落雷の場所をコントロールすることは難しいですな。方法が考えられなくはないけれど、まずは自分に当たらない方法を覚えるのが先決ですな」

 「え、自分に当たるの? ……いや、神の雷の力は強大。時に術者を蝕むこともあろう。……で、どうすれば?」

 「高い木や塔の先端を45度以上の角度で見上げるところに立つですな。ただし、あまりに近づきすぎるのは禁物ですな。そうですな。ここなら、あの辺がいいですな」


 ダフニはあたりを見回して少し離れたところに立っていた木立の近くにゼフィルを誘導した。


 「味方がたくさんいるときは味方に被害が出ないように気を付ける必要があるですな。矢倉とかは高いので落ちやすいですな」


 ダフニはゼフィルに雷の注意点を説明したが、改めて考えてみると落雷を武器にするというのは案外難しいと思った。


 その後、ゼフィルとはしばらく意見交換した後でダフニが今後もゼフィルの魔法制御を手伝うということを決めて別れた。ゼフィルの研究テーマはまさにトーアの制御方法の確立ということらしい。


 制御が難しいとはいうものの、ダフニにアイデアがないわけではなかった。雷を落とす目標を正電荷に帯電させてしまえば負電荷の雷は落ちやすくなるはずだ。ただ、トーアは負電荷しか帯電させられないし、ゼフィルは2つの魔法を一度に行使することはできなかった。


 そもそも2つの魔法の同時行使というのは無詠唱と同じく高等技術だ。呪文の改造が必要な上に発動に深い集中が必要とされている。魔法への深い造詣が不可欠と言われているのだ。


 ――と言うものの、厳密なことを言わなければプログラムを書けばわりと簡単にできてしまったりしないですかな?


 プログラムを書いてもゼフィルには実行できないから意味はないが、2つ以上の魔法の組み合わせは他にも応用が利きそうな技術だ。試しに独りになった時にちょっと書いてみた。


Test-Parallel

> main = do

>  waterSpirit <- select "水の精霊"

>  freezingSpirit <- select "氷結の精霊"

>  target <- locate "目の前の地面"

>  let water = do

>     magic "水球"

>     to target

>    freeze = do

>     magic "氷結"

>     to target

>  give waterSpirit 3

>  give freezingSpirit 3

>  call waterSpirit water

>  call freezingSpirit freeze


 ゼフィルと別れて戻るとクロエとイリスが魔法の練習をしていた。ダフニが適当な空いている場所を探しているとクロエが話しかけてきた。


 「ダフニ様、何をするのですか?」

 「ん、ちょっと実験ですな」

 「また何か変なことをするのね」

 「いくですな」


> main = print =<< lipika "Test-Parallel"


 あらかじめ付けておいた魔法の名前をキーにリピカの能力でプログラムを呼び出した。そしてそれをさらに実行。すると大きなバケツほどの水球が地面にぶつかり水たまりを作ったかと思うとそれが一気に凍り付いた。


 「うむ。上手くいったですな」

 「ちょっと、今、2つの魔法を同時に使わなかった?」

 「正確には同時ではないですな。水の魔法の直後に氷結の魔法を連続で使ったのですな」


 同時というならマルチスレッドにした上でマイクロ秒単位で実行制御して発動のタイミングを合わせないとダメだというのは現代のコンピューター制御の知識があるダフニの発想で、イリスの目には同時といっても差し支えないと思ったようだ。


 「いや、ダフニ。あなたそれがどのくらい難しいことか分かってるの?」

 「わりと簡単だったですな」


 実際、プログラムとしては簡単だ。ダフニが生前書いていたプログラムの複雑さからすればこんなのは練習問題レベルだ。


 「普通は新しい改造呪文を作るだけで数か月から年単位の試行錯誤がいるのよ」

 「それはかけすぎなのですな」

 「それが常識よ!」


 ダフニは経験がないのであまり自覚がないが、エーテル知覚のない普通の人はデバッガなし、printfなし、文法不明、API不明という環境でプログラミングしているようなものなのだ。さらに魔法の場合、実行可能性に疑問を持つと失敗するという制約までついているので条件はもっと厳しい。


 シンタックス(文法)には自由度があるがセマンティクス(意味)は決まっているというのも話をややこしくさせている。また、知られている呪文は自然言語を用いていてプログラミング言語に比べて情報の省略があることが単純な拡張を難しくさせていた。


 クロエが使う無詠唱は実際には呪文を文字情報として脳裏に描いて発動するので呪文そのものは改変していない。ゼフィルが使う方は正真正銘の改造呪文であれほど自然に使いこなしているのはもともとの魔法の才能と闇の支配者(?)としての信念があればこそだろう。


 「ちょっとクロエもこのバカに何か言ってやってよ」

 「ダフニ様、すごいです」


 ちなみにこの後クロエとイリスも魔法の連続発動に挑戦してみたが、結果は失敗だった。


 ――さて、本命はこれからなのですな。


 いつものようにイリスの訓練(算数のプリント)に付き合った後、ダフニは木やら鉄やらといった材料を部屋に持ち込んできた。


 「何をするのですか?」


 訓練が終わってメイドに戻ったクロエが不思議そうに尋ねた。


 「ふむ。ちょっと実験装置を作ろうと思うですな」

 「実験ですか」

 「放電実験なのですな」


 ダフニが作ろうとしているのは上下に2枚の鉄板を離して置き、上の鉄板から針を伸ばした装置だ。下の鉄板にいろいろなものを置いたり魔法をかけたりして落雷の制御方法を考えようというものだった。


 「雷というものの正体は電気と言うものなのですな。今から作る装置は小さな雷を作って実験するためのものですな」


 ダフニはそう言って魔法で木や鉄板を加工し始めた。


 数時間後。


 「ダフニ様、お風呂に入ってください」

 「まだ、ちょっと待つですな」

 「待ちません。さっきからその返事、15回目です」

 「うーん。ダメですな。全くこれっぽっちも才能がないですな」


 ダフニのプログラミング魔法をフル活用した無駄に高度な技術で作成された工作だったが、結果としてできあがったのは鉄と木が複雑に入り組んだゴミだった。


 そもそも生前からものを作る方の技術はさっぱりだったダフニだが、プログラムで魔法が使えるなら今度こそと実験装置の自作に挑戦してみたのだ。結論としてダフニは魔法を使ってさえもの作りの才能はないということでFAだった。


 「はぁ。諦めたですな。クロエ、お風呂に行くですな」

 「はい」


 ダフニが完成したゴミを机に置いて立ち上がり部屋を出るとクロエもその後を追ってお風呂に向かった。


 実験装置は翌日鍛冶屋に屋敷まで来てもらい、ダフニが絵心のない絵を見せて説明して作ってもらうことになった。

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