最終話タイディング オーバー

 盛者必衰とはまさに世のことわり。水門にが入ればそこから決壊するまでそう時間は要さない。

 アルバトロスの存在が統括軍にとっての、グリーチ・エイベルにとってのだったのだろう。何もかもが終わり、そして何もかもが新しく生まれ変わる時が来た。


 敵主力艦隊の母艦が墜ちるとやはり艦載機はどこか落ち着きがなくなり隙が生まれる。バッツェブールの動きはどことなくぎこちなく、ただひたすらにターゲットになることに甘んじているようにしか見えなかった。

「全艦一斉射撃…撃てーッ!」

 レボルスト艦隊から浴びせられる砲撃がタルトスの基地を襲う、硝煙が消えるのを前にしてギルガマシンが次の攻撃を仕掛ける。統括軍に反撃の余地を与えることはない。その合間を縫っていくように続々と白兵戦部隊も各所の制圧のため突入に踏み込む。シャイダンらディオネーの艦載機もレボルストとは別行動を取りながら突入していく。

「いいか?我々はもう統括軍ではない、個々で戦うもとして情け容赦はすべて捨てろ。」

 ローディッシュ・パンターにつづくマシンは基地の深くまで入り込んで制圧を続ける。


『管制塔、もう駄目です!完全に制圧されました!』

『格納庫、火薬庫もそれぞれ敵により制圧、通信不可能です!』

『状況はどうなっている、すぐそこまでいるんだろう!?』

『外にいるのは味方の部隊ではないのか?シュヴァイツ小隊!?迎撃に当たれ!』

『バッツェブール隊は何をしている?何、壊滅状態だと!?ほぼすべてを投入したんじゃないのか!』

 そんな声があちらこちらで聞こえてくる。アルバトロスはそんな音声を基地内からキャッチしながらグリーチ・エイベルの様子を探る。

「グリーチの情報は全然入って来ないわね、もしかしたらすでに逃亡したとか?」

 ルトがそういうがバーナードはすぐに否定する。

「いや、奴の事だ。まだ基地内にいるだろう。…うぬぼれに聞こえるかもしれないが…あいつは…この私を待っている。」

 彼の発言がアルバトロス内を緊張に包み込む。ザンダガルが帰投せぬ今、むやみやたらと攻め込むのは吉ではないが、ここで行かねばすべてが手遅れとなる。そういった雰囲気がそこにはあった。

「…ともなるとこちらも構うことはありませんね。」

 マクギャバーが額に汗を流しながらバーナードの方を振り返る。彼の言わんとすることをバーナードはくみ取り、帽子を深くかぶりなおしてシートに座る。

「通信士はエドゥに伝えろ、アルバトロスで敵基地に突っ込む。そこからすぐにでも白兵戦にうつれるよう準備しろ。全員対ショック姿勢を取れ!いいな?」

「「「了解!」」」

 アルバトロスの機関が噴きこむ。砲撃を続けていたアルバトロスが急に動き出したことにレボルスト側は驚き通信を入れようとしてきたがそのすべてを無視した。そんなことをすれば万が一にも攻撃をされかねないと考えたがバーナードは艦体に向けて敬礼をするだけだった。それを望遠カメラで確認したレボルストでは誰も口出しする者はいなかった。

「ギルガマシン各機に告ぐ、アルバトロスで敵の基地に直接体当たりをかけてそこから内部に潜入する。その前に遮蔽物となるものを取り除いてくれ。」

『いいけれども…大丈夫なの?』

「いいも悪いもあるかよ、艦長がそう言ってんだ。好きにやらせてやろうじゃねえか!」

『そういうことだなニールス、いっちょかましてやるぜ!』

 サキガケはロングランチャーを構えて目の前のギルガマシンの残骸に向けてそれを放つ。一瞬にして払いのけられたマシン、アルバトロスはさらに加速をつけて進む。

「よし、それならボクだって!」

 ニールスはフックショットを構えてそれを壁に向けて打ち込み、亀裂が入った部分にミサイルを浴びせる。コンクリート壁は粉々に微塵と化し道幅を広くする。

「前方に見える建物だ、私の予想が外れていなければグリーチ・エイベルはそこにいる!やってくれククールス!」

「了解!みんな、歯ァ食いしばれよ!」

 タルトスの中枢部に位置する建物、かつてバーナードもそこにいたからこそ知っている、常にグリーチはそこからすべてを見下ろしていたことを。司令室のあるその建物にアルバトロスは突っ込んでいく。

 地鳴りを上げるような激突音があたり一面に響くものの、周りの銃声や爆発音にかき消される。

 照明の落ちたブリッジ、静けさと暗さが相まって全体の時が止まったかのように感じさせられる。

「全員けがはないか?」

 バーナードが尋ねるとチラホラ声が聞こえる。

「ちょっと口の中切りました。」

「なんでぇ、そのくらい!俺なんか見ろ!ガラス片が刺さってんだぞ!」

「うわっ、そんなもの見せるなよ!」

「赤ん坊は大丈夫なんだろな!エドゥに怒られるぞ!」

「へーきへーき、ちゃんと包み込んでおいたから。」

 バーナードは笑いながら全員の無事を見届ける。

「死人は出ていないようだな…。これから司令室まで援護を頼みたい。それからまだ無事な砲座はそのまま攻撃を続けて敵マシンを近づけないように頼む。」

 アルバトロスを建物が包み込むような形となり、建物内に入る手間が省けた。クルー一同機関銃を手に取る。ブリッジから一番近いハッチはぐにゃりと変形して出ることができないため、割れたウィンドウから体を出して侵入する。

「さて、ここから最後の大勝負と言ったところかな。」

「アルバトロスの留守番は任せておきなって。」

「エドゥが帰ってきたら伝えておくわ、キャップ。」

 ルトやサミエルたちに見届けられながらバーナードは腰にホルスターを捲いて拳銃の残弾を確認してから収める。

「よろしく頼んだよ。よし、行ってくる。」


「今の揺れは何だ!?」

 シャイダンたちもギルガマシンから降りて司令室を目指している最中だった。アルバトロスが体当たりをしたことなど到底知らない。

「直接攻撃を仕掛けるにしては派手だな…、それよりもシャイダン先を急ごう。」

 ミラージも辺りをクリアリングしながらがれきを押しのける。その視線の先に動く影を見た。右手の人差し指を口に当て左腕で全員をその場に制止させる。

「まだこの基地内に残っているのかしら…。司令室の方へ向かったようだけれども…。」

「いや、流石に統括軍のスタッフは残ってはいないだろう…。レボルストはまだここには来ていないだろうし…?もしかしたらさっきの振動が関係しているんじゃ…。例えば我々のようにここにグリーチ・エイベルがいると目星をつけて自らの艦で体当たりをかけたとか…。」

「それがレボルストにしてもわざわざ自分たちの陸艇をぶつけるような真似をするとでも?…それにこんなピンポイントな場所に…。」

 シャイダンは少し考えるがある結論に至って額から汗を流す。もしやと頭をよぎった人物はそれをしでかすような男なのでたちが悪い。

「…なるほど、アルバトロスだ…。あの中将ならグリーチの居場所を、というよりもこの基地の癖を知っているし、それにそのためになら艦の一隻や二隻ぶつけるような無茶な真似を平気でする…。」

「先を越されたってところね…。どうする?」

 ミラージが心配そうに顔色をうかがうがシャイダンはさほど悔しいとも思っていなかった。それ以上にいつもいつも自分の考えの及ばぬことを平然とやり遂げるバーナードに対する特殊な畏敬の念さえ抱くほどだった。

 とはいえここで引き下がるわけにも行かない。自分自身に対する決着をつける意味でもなんとかグリーチのもとまで行かねばならなかった。

「あれにつづく、随分と迂闊そうな動きをしていたからな。グリーチのところまで案内してもらうついでに背中を守ってやろうじゃないか。」

 それだけいうとワザとドカドカと大きな足音を立ててバーナードらの後ろを追っていく。シャイダンの存在に気が付いた者が一人発砲しそうになったのをバーナードは気づいて止めさせる。シャイダンもまた彼の部下やミラージに一切銃口を向けないように指示を出し、一人でバーナードの方へと駆け寄る。

 彼は少し走る速度を緩めながら後ろのシャイダンに追いつかせる。二人は並走しながら肩で呼吸しながら双方声を投げかける。

「こうやって間近にお会いするのはいつぶりでしょうな、中将。」

「さぁね、もう少し早くても良かったんじゃないかと思っているほどだが…。頭の固い貴公にしては早い方だとほめるべきかな?」

「…皮肉…というにはあまりにもストレートすぎる物言いですね。…私なりの正義というものがあったのですよ。それを改めて考え直した時にこうなったとしか申し上げられませんね。」

 ついに廊下の突き当り、物々しい扉の前に彼らは足を止める。

 二人ともただ走って疲れたから心臓の鼓動を早くしているわけではないとわかっていた。ぐちゃぐちゃに絡まり合った緊張感がそうさせている。人間の体は意外にも自制が効かない。

 ついには足の先から首筋まで鳥肌が走ったような気持ちの悪い寒気が身震いを起こさせる。

「二対一で攻め込むのは卑怯でしょうか?」

 シャイダンは笑いながらバーナードに問う。

「二対一どころの話じゃないさ、私たちの後ろにこれだけいるんだ。卑怯も卑怯。外道といっても差し支えはないんじゃないか?あくまでも軍人だったとしての話だが。」

「違いありませんね…。」

 右手をホルスターにかざしながら左手でノブを回して勢いをつけながら部屋の中に入る。以前は見慣れた司令室だがここはもう戦場だ。大したことにグリーチは少しも眉根を動かさずにゆっくりと振り返る。それから二人を目だけで舐め回すように観察し、シャイダンを見てやっと口元をゆがませるぐらいの反応を見せ、バーナードを見て初めて眉間にしわを寄せる。

「案外、タルトスの制圧は早かったというわけか…」

 大きな窓の外では眩いほどの爆発がこれでもかというほど爆音を鳴らしている最中、この部屋では男たち三人の静かな戦いがグリーチのその一言から始まる。


「てことはあの艦長自身で大物を狙いに行ったのか…。」

 エドゥはザンダガルの機体の損害状況をチェックしながらルトから話を聞く。ショートを起こして動作停止になる前に切れるだけの回路の接続をオフにしていく。

『それが途中であの少将と鉢合わせたらしいのよね。しかもなんだか仲良さげに話してたみたいよ。』

 ヘッドギアから響くルトの声に脳をガンガン揺さぶられるが彼女が興奮気味に説明するのも仕方がない。ついこの間まで殺し合いをしていたはずの相手、統括軍という組織において信頼されていたはずの男がまさかこの土壇場になって軍を裏切るような真似をしたのだ。驚くなという方が無理な話だろう。ことジャーナリストであるルトは特に。

 しかし、

「それを言えばウチの艦長だって、俺たちだってそうだ。違うのは時期の問題だけだよ。シャイダンは遅咲きだったのさ。」

『そんなモノかしらね?』

 イマイチ納得のいってなかったルトから話題をそらすようにエドゥはケーラの様子を聞く。なんだかんだと無茶して建物に突っ込んだ陸艇の中に赤ん坊を取り残しているのは心配でたまらなかった。

「ところでルト、あの子は無事なんだろうな?」

『それについては心配いらないわ。今ゴーヴの腕の中で静かに眠っているわね。』

「あんなごつごつした腕の中で寝られるなんて大した子だ。」

『全部聞こえているぞエドゥ…。』

 急にゴーヴの声が聞こえたのでエドゥは焦りつつも笑って誤魔化す。だがアルバトロスがボロボロになったとしてもみんな無事であると知れて内心ほっとしていた。機体チェックを終えた彼はバーナードが向かったとされる指令室のある建物までザンダガルを歩かせる。

「艦長の事は俺に任せておけ、そっちはそっちでギルガマシンになんとか守ってもらいつついい加減で脱出しろよ?それとニールス、お前の持ってるそれ貸してくれ。AGSの出力がもう上がらなくてな。」

『フックショットを?いいけど、ロックは解除したから好きに持って行ってよ。』

「すまねぇ、恩に着る。それとアルバトロスを頼んだぜ。」

『わかってるよ、そっちも最後まで油断は禁物だよ。』

 エドゥはMk-Ⅱの腕に取り付けられたフックショットを取り外しザンダガルのジョイントに差し込む。

 そんな二人のやり取りにルトが小さく茶化すように口笛を吹く。もしや…とエドゥは思うが余計なことを考えててはそれこそ命取りなので黙ってバーナードたちのもとへ向かう。ゴーヴもサミエルもルトのそんな様子を見ても何が何だかといったような呆けた顔をしている。


「自分の築いてきたものが崩されて行くのを見届けるというのはどんな気持ちかな?グリーチ。」

 グリーチと机を挟んでバーナードとシャイダンが向き合う。

 バーナードはサングラスを外して胸ポケットにそれをしまう。シャイダンはその一連の動きを観察しながらそこで初めて彼の素顔を見たようにも感じた。

「…我ながら実に滑稽だよ、私のこれまでの行いをまるでたしなめるかのようにすべてが壊れて行くのを見るのは。しかしバーナード、貴様も同罪だ。三十余年前、この私と共に新地球統括軍政府を設立し、この戦争を共に創ったのだからな。」

「戦争はもっと前から始まっていたよ、我々が行動を起こす前からね。それを自分が作り上げたというのならばはなはだ自意識が過ぎるな。…それに貴様が始めたのは戦争ではない、一方的に相手を押さえつけるだけの虐殺だ。統括軍とは名ばかりの虐殺集団にすぎない。…ただそれを三十年もの間黙ってみていた、貴様を私との間にあった理念の違いによる溝を見て見ぬふりをしていたこの私にも罪があるというのならばその罪、甘んじて受け入れよう。」

 バーナードはグリーチをねめつける。机の下ではグリーチの握った拳がわなわなと震え始め、もう意識を働かせても止まることはない。バーナードが持つ覚悟、彼を一番恐ろしく感じさせるその覚悟に気圧されそうになるのが神経を通して体の全体、指先にまで伝わる。

 グリーチが呼吸を整える間、まるで隙を与えないと言わんばかりにバーナードは続ける。

「…決心するまでに時間は要した。中将という立場に置かれながら、背負っている責任をすべて捨てるまでに長かった。裏で同じ志を抱くスタッフを集め、謀反を企てながら私の行いはバカバカしいのかと考えた時もある、だが今になって思えば間違いではなかった。各地を転々と周り私は見ることができた、強大でありながらしかし腐敗化している統括軍のザマを。安全なところでえばって椅子に座りながらでは見えなかったものが。想像をはるかに絶する光景だと言っても過言ではないだろう。」

 シャイダンはそっと目を伏せて思いだす。ザンダ基地から始まった彼の因縁を、ダクシルースで見た人道を欠いた作戦を…。バーナードの一言一言が彼がここに至るまでに触れてきた幾多のものを想起させる。

「…かつて聞くことができなかったことを今更ながら改めて聞こう。グリーチ、貴様は一体何をしたいんだ…?」

 バーナードが訊ねてから少しの間が空く、シャイダンはそれまで大きく見えていたグリーチがだんだんと小さくなっていっているようにも感じられた。

 そしてゆっくりとグリーチの口が開かれて行く。

「…若かりし頃は確かに何か野望を持っていたのかもしれない、例えばこの世界を自分の手中に収めたいといった征服欲を満たすためだとか。…だが今となってはそれすら思い出せない…これ以上出世を望めない、ある時自分の目指す目的に天井があることを知って以来、すべてを失っていたのかもしれない。ずっとこの大義名分もない戦争ごっこを続けて見せたのは全てを失った私にとって最後の道楽だったのかもしれない。戦略を立て、コマを動かし、それを俯瞰する。状況の変化が常に起こり続けるのは刺激的だった。だからこそバーナードやサルバーカイン中将が謀反を起こし、レボルストが決起するのは恐ろしくもあるが私に最も刺激を与えたのだ。」

「なんだと!」

 その言葉にシャイダンがいち早く反応する。バーナードは何も言わずに若い彼を見守る。

「私が正義と思って統括軍に忠誠を誓い戦ってきたことを己の欲求を満たすだけの道楽というのか!…謀反を起こしたとはいえかつての上司である貴様に敬意を払っていたがそのことさえ汚らわしい!」

 頭に血が上り、怒りをあらわにするシャイダン。今にもグリーチを殺しにかからんとする鬼気迫る勢いだ。

 だがその状況をがらりと変えるようなことが起こる。司令室がフッと暗くなったかと思うと巨大な鉤状のものが大きな音を響かせながら厚いガラスを突き破る。

 三人は驚き、思わずその場に伏せる。

 グリーチの体には飛び散った破片が突き刺さり、動くたび肉をえぐる。

『さっきから聞いてりゃ好き勝手なことを言いやがってよ、舐めるんじゃねえぞ!』

 スピーカーから聞こえる声の主はエドゥアルド・タルコットの声だった。よくみると彼の放ったフックショットが建物を貫いている。巻き上げるような音とともにボロボロになったザンダガルが下から姿を現す。開かれたコクピットからエドゥは体を出し、司令室内に飛び込む。

「エドゥ、お前って奴は無茶しやがる。」

「よく言う、こっちの総大将であるあんたが直々に敵の根城に行く方がよっぽどの無茶ってもんだ。…さてグリーチ・エイベル、俺の事を知らないとは言わせないぜ。直接的にも間接的にもあんたに恨みを持っていることもな!」

「エドゥアルド・タルコットか…よく覚えているよ。私からのファイブ・ヘッズ加入への誘いを断ったのは君を含めたったの五人だ、忘れるはずがない。」

「そしてその断った連中を地方へと飛ばし、あまつさえ息子を使って無理やり始末しようとしたんだ。忘れられちゃあいつらも浮かばれねえよ。」

 グリーチは肩のほこりを払い、エドゥは右手に拳銃を構える。

「…ヒッツのことだな。少しでも自らの愚かさを理解してもらうべくザンダに送り込んだがそれがこの私の中での一番の間違いだった。私の目の届かぬところで奴は軽率な行動をとり、それがまさかレジスタンス共のシンボルを生み出すなどと、誰が想像しようかな。」

「…あれはあいつの独断だとでも言いたいのか?いや、今となってはそんなことどうだっていい。…しかし皮肉なものだな、そのバカ息子のおかげで俺はすっかり目が覚めたさ。」

 シャイダンは顎に手をあてがってなるほど…と呟く。結果的にザンダガルは統括軍に反抗しようとする全ての者に対する希望となったのは間違いない。それがエドゥの突飛な行動ではなく外的要因が作用したわけであって、ヒッツを野放しにしたグリーチが回り回って気づけば自らの首を締めていたのだ。

「…さてグリーチ、残念だが本当にお前の負けだ。ここは潔く散ってもらう。」

 シャイダンは引き金にかける指を強くする。

 グリーチは顔を引きつらせて動き出そうとするが足元に銃弾が一発、エドゥの銃から煙が立ち上がる。

 シャイダンも同じくグリーチに銃口を向ける。まさかこんな結末が待っていようとは彼自身も思っていなかったため少しばかり手が震えるが、それを振り払うかのように声を荒げる。

「見苦しいぞ、最期くらい一組織の上に立つ者として堂々と構えるくらいのことはしろ!」

 だが、突如として建物全体が爆発音とともに大きく揺れる。建物に刺したフックショットだけで体を支えていたザンダガルバリバリバリと音を立てて落下し、地面に叩きつけられる。おそらく流れ弾が当たったのだろう。予想だにしなかった出来事に三人はほぼ同時にグリーチから目を離す。

 その隙をついてグリーチは窓の方へと駆け出し、エドゥを突き飛ばす。不意をつかれたエドゥは気が動転しながらも引き金を数回弾く。

「ぐっ…!」

 そのうちの一発がグリーチの太ももを貫いたが、それでも彼は止まることなく窓から身を投じる。

 バーナードもシャイダンも、そしてエドゥも見た。グリーチが勝ち誇ったような笑みで彼らを見ていたのことを。

 焼きつく。

 たった一瞬の出来事であったが脳裏に焼きつく。

 人間の体は重力に逆らう事もできず落ちて行く。沈黙があった。まるで湖畔の奥の静寂が永遠に続くかのような。もしかすると先ほどの爆音によって耳が聞こえなくなってしまったのでは無いかと疑うほどの静かな、静かな静寂があった。

「…最期まで我々に勝利を譲る気は無かったと…、そう言いたげだったな…。」

 バーナードがその静寂を打ち破る。だがエドゥもシャイダンもその言葉は耳を通り抜けて行く。勝利の余韻にも浸れない、敗北の絶望も味わえない。その有耶無耶さが余りにも彼らにとっては後味の悪さだけを残す。

 バーナードはサングラスをかけ直す。

「ある意味、奴自身の強運が引き寄せた結果かもしれないな…。…だが、よく戦った。エドゥ、みんなのところへと戻ろう。シャイダン、君も一緒に来い。」

「「…はい。」」

 いまだに外では砲撃音が聞こえ、レボルストと統括軍の戦いは終わりを迎えそうもない。当分誰もグリーチ・エイベルの死を知りはしなかった…。


 全てを知らされたのはグリーチの死から実に三時間後のことであった。ある兵士が壊れたザンダガルの横にグリーチの遺体を見つけてからすぐさま作戦本部に通達を入れ、それが本人であると確認されるまでにおよそ基地内の半分をレボルストによって占拠される。

 ついにそれがグリーチ・エイベルの遺体だと公式に認められ、統括軍からの声明が出される。

 統括軍を支持するトップの死によって、皆これ以上無益な戦いは意味をなさないとし、彼らは負けを認め遂にレボルストに対し降伏宣言を出す。

 すでに指導者を失っていたレボルストではあったが、その後も士気が下がる事のなかった彼らはその勝利を噛み締めながらハイネス・ダットソンにそれを捧げた。

 アルバトロスのクルーたちはその間、クリスタリアの戦艦に便乗し、破損が少なくまだ使えそうなマシンだけを回収しタルトスからの引き揚げ準備を行う。

 エドゥはニールス達に迎え入れられながら、やっと一息をついて司令室での出来事を一から話し出す。

 シャイダン達はディオネーへと戻り、タルトス基地内に残っている残存統括軍兵士をレボルストに拘束されるよりも先に乗船させ、彼らを引き渡さないという条件を出し、事後処理を手伝わせる。

 そしてバーナードはレボルストと統括軍の最高幹部の席に召喚され、形式上戦いはレボルストの勝利に終わったと言う合意のもと戦いに幕を下ろすところを見届ける。

 その後、統括軍を解体してからこれからの地球をどう治めて行くのかという議題のもと、その場で話し合いが行われる。


 そして、全ての決定が下されるまでに五日の時を要した…。


 アルバトロスに乗艦していたジャーナリスト、ルト・ローパーによって書かれた統括軍についてを記したレポートがまとめられ、それが一般的に公表される時、小さないながらも社会現象が起きた。それもそのはず、そこには統括軍にかわる新たなる地球を治める組織、地球連合政府樹立についてが他社の各紙よりも事細かに記載されていたからだった。

「ま、私の特権と言ったところかしらね。キャップに直接取材を行えるのは大きいわ。」

「まあ、確かにそうなんだが…。しかし驚いたな。まさかほとんど統括軍政府の機能を残したまま新政府を作り上げるなんて。しかもあの艦長が直々にとは…。」

 エドゥがそう思うのも無理はない。統括軍との戦いからたったの五日間、つかの間の安らぎさえままならないのかとついため息が出てしまう。さらにあのバーナードがまさか新政府設立のための手助けをするだけに留まらず、自身がそのトップを務めようとは夢にまで思わなかった。

 彼らの目的地である統括軍政府の本部だった建物はすでに連合政府の管轄下に置かれ、その旗をおろしている。

 バーナードによってアルバトロスの元クルー達は皆、そこに召喚されていた。

 目の前に立つ警備員にあらかじめ渡されていた来客用IDカードを見せると奥へと通され、エレベーターに乗り込む。

 流石に全員一緒とはいかず三基あるエレベーターをフルに活用する。

 ぎゅうぎゅうに詰められた中、有無も言わせず速い速度でぐんぐんと上がっていくからか、妙な不快感が内部に蔓延する。

 ブレーキがかかり、チン、と無機質なベルの音がするとドアが開いていく。そこには正装に身を包んだバーナードが待ち構えていた。

「やあ、何となく久しい気分だね。」

 相変わらず神経質そうな見た目とは裏腹に軽い挨拶を向けてくる。


「さて、ここに全員が到着し、慰労を込めた祝賀会を開かせていただきたい。」

 レセプションルームに集められた彼らは壇上に立つバーナードに注目する。

 ぐるりと周りを見回せばクリスタリアカンパニーの重役やレボルストで見たような顔がある。シャイダン・サルバーカインの姿もそこにはあった。

 そこで彼らはようやく呼ばれた理由を察する。

 とある男性がエドゥたちの方へと近づいてくる。その人物に見覚えがあった。

 ロナウド・マクダナゥJr.だ。

「こうして直接会うのは実に久しぶりだね。エドゥ君にニールス君。」

「連合政府立ち上げのパーティへの招待ならばそうと言ってくれればよかったんだ。もう少しマシな格好は出来たぜ?」

「違いない。だが別に自然体でいておいてもらいたかったからね。ここにいる全員が私のように君たちの事を知っているわけではない。統括軍がつぶれた今、新政府を築き上げるにはあのような二の舞を演じない為にそのままの君たちが必要なのさ」

 ロナウドの言葉に少し疑問を抱いたニールスが彼に問いかける。

「このままのボクらが必要って、なんでまた?」

「なんたって大人は頭が固いからね、若い組織で作り上げられたレボルストや君たちアルバトロスのクルーが統括軍を叩いたなんて話、聞く耳持たずだよ。武力で世界を制する時代はすでに統括軍が全ての人々の共通敵となったその日に終わっていたのさ。これからは一つの政府が椅子にふんぞり返って世界を支配するような時代じゃない。各国、各自治区が自分たちの自由のために生きる、そんな時代だ。地球はもうすでに何もかもが育った星だ。新政府はそんな彼らが困った時に手を貸すだけの存在でいいんだよ。」

「皮肉な話ね。地球全体が混乱した地球を結果的にまとめたのは統括軍だったってワケなんだから。その名の通り統括したんだもの。」

 サミエルの言葉に皆神妙な面持ちになるもののロナウドだけは違った。

「人間は、いや生きとし生けるものはみな無責任なのかもしれない。過去の人間がそうであったように私たちまたそうだ。だから歴史を知らなければならないし、残さなければならない。」

 開場で盛大に拍手が起こり、ハッとなって壇上を見上げる。すでにバーナードのスピーチが終わったようで彼は全員に向けるように手を振っていた。


「私のスピーチはどうだったかな?我ながら良いスピーチだったんだが。」

 バーナードがエドゥたちの集まる中に入ってくるが皆彼から顔をそらす。

「…一体どうした?何か不都合な点でもあったのか?」

 誰もがスッと後ろへ一歩引く中ゴーヴだけが取り残される。

 彼は動揺しながら、また申し訳なさそうにバーナードに謝罪する。

「自分を含めてここにいる全員…その…せっかくのお話を聞いていなかったと申しますか…。あ、いえ、聞く気がなかったわけではないんですが、その…」

 唖然としたバーナードはシャンパンの入ったグラスを落しかけ、それをルトがキャッチする。

 ロナウドは早くもその場から離れており、何事もなかったかのように周りの人間と話をしている。

(あの野郎…)

 エドゥが睨みつけるが全く目も向けようともせず、大した強心だと呆れながらも感心する。

 ニールスやゴーヴ、ルトがバーナードに酒を勧めながら励ましているのを見て笑いがこみあげてくる。

「そういえば、」とルトが話題を変えバーナードに訊ねる。

「なんでキャップは新政府を樹立するにあたってそのトップに立つことを承諾したの?どちらかというとそういうことをしそうにないのに。」

 するとバーナードは頭を抱えながら答える。

「それはさっきのスピーチでも言ったんだがなぁ…、まあいい。確かに私はあまりこういうことを好まないが…罪滅ぼしとでもいうのだろうか?グリーチ・エイベルの暴走を止められなかった代わりに、新たに政府を設立する上でのフォーマットの作成を手伝ったんだ。さっきの話からするにロナウドJr.がしゃべったようだが、今後各自治体への無闇な干渉をしないことが決定された。つまり軍の引き上げも行うというわけだ。連合政府の持つ軍隊はまだ若干残っている紛争や戦闘、またこれから大きな戦争を起こさぬための抑止力という位置づけとなる。」

「なるほど、また同じような歴史を繰り返さないためにね…。」

「あぁ、それにある程度片が付けば私は第一線から退くつもりでいる。いつまでも統括軍の残り香が残るようではいけないからな。さてと、私の話は終ったんだ。これからみんなの話でも聞かせてもらおうか。今なら連合政府に再就職という手もあるぞ?」

 バーナードはポンと手を叩いて提案する。彼の目がチラリとエドゥの方へと向けられる。

 エドゥはこれからどうするかはすでに決まっていた。せっかくバーナードがくれたチャンス。モノにしないわけにはいかない。

 彼は隣にいるニールスを手繰り寄せると彼女の背後に立ち肩に手を乗せる。

「俺はこれからこのニールス…いやリリィ・M・ファラシーとケーラ・シルヴィアを連れ立って何か生業なりわいを立てようかと思っている。」

 バーナードとルト、そしてニールス以外に衝撃が走る。

 ニールスはエドゥへと振り向き、

「ボクでよければ。」と笑顔で返す。

「嘘?まさかな…?」

「し、知らなかった…。」

「てっきり、エドゥもニールスもホモだとばかり…。」

 ニールスが男ではなかったことを驚く声とエドゥがそのことを知っていたことに対する驚きの声などが交錯する。なんだか失礼なことを言っている奴がいるなとエドゥは睨むが数人目を背ける。

「とはいえ、めでたい話じゃ。ほらエドゥ。」

 ビンセントが若者の間を割って入り、預かっていたケーラをエドゥに抱かせる。

「おやっさんが、預かっといてくれたのか。サンキュー。」

 ビンセントが拍手をすると、バーナード、ルト、ゴーヴ、サミエルと伝播していく。サキガケは笑いながらジュネスの口の中に酒を注ぎこみ、出来上がったククールスとマクギャバーは肩を組んで大声で歌いだす。

 エドゥとニールスは顔を合わせてから笑い、それにつられてアルバトロスのクルーたちも声を上げて笑いだす。得も言われぬ充足感に満たされた彼らには誰も近づくことさえできなかった。


 シャイダンとミラージはそれを遠くから眺めながらグラスをチンと軽く合わせる。

「アレがついこの間まで戦っていた相手だと思うと呆れかえるだろ?」

「ええ、でも今はそれを悪い気分とは感じはしないわ。私たちだって同じようなものだもの。」

「…そうだな。むしろ晴れやかな気分と言ってもいいほどだ。」

 気分に浸るべくグラスに口をつけて酔ったふりをして見せながら、この幸福は一生残るものだろうとすべてをその目に焼き付けた。


 この汚れきった世界の中で今日も爽やかな風は吹き、太陽は熱く照り付ける。

 昨日とは全く違った顔を見せながら。


 ―完―

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ギルガマシンの戦線 戦闘機装ザンダガル 北方 刃桂/岸辺 継雄 @kitagatabakei

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