第31話ファイナル ショウダウン

 実権を握っている地球統括政府正規軍、その終焉が刻一刻と近づいていることを知るのはもはや神だけなのかもしれない。ただ、その神が気まぐれを起こさないとは限らない。一つだけ確実に言えることがあるとすれば、この戦いに大した意義などない。


 ハイネスは恐れていたことが現実と化した。彼やベンジャミンらはゲタルトの策略によりレボルストの旗艦バナンスタルを占拠された上、殺される。だがその作戦の功労、ゲタルト・ジャイフマン大佐はグリーチ・エイベルの命によりバナンスタルごと沈められてしまう。

 さまざまな感情や状況が交差したこのタルトスで統括軍との最後の決戦が始まる。


「もう始まっているようだな。タルトスの様子は?」

 シャイダンは手前のモニタを見ながら戦況の確認を急がせる。

「はっ、統括軍がまだ押しているようですが…レボルストの旗艦バナンスタルは沈んだとの情報もあります。アルバトロスはファースト・ヘッズと交戦中で足止めを食っているみたいですし…。」

「バナンスタルが沈んだということはゲタルトも消息を絶ったわけか。今残っている戦力ではどちらが優勢だろうかね?」

「シャイダ…いや中将。やはり私たちだけでグリーチ・エイベルに敵対しようなんて無茶じゃないのかしら?」

 ミラージはタルトスを目の前にして自身が統括軍を裏切ったことが実感として湧き出てくる。そのことがいっそう彼女への不安材料となっていく。だがシャイダンはそうは考えてはいなかった、幾度となくアルバトロスと銃火を交え、彼自身が身をもってその実力を知っていたからこそ根拠のない信頼感を抱いていた。たとえそれがグリーチのような強大な力を前にしたとしてもだ。

「ミラージ、私はそうは思わない。いや、それが無茶だとしても今更後戻りはできないだろう?ならば賭けるしかないさ、我々が勝つ明日を。」

 レーダー捕らえられる圏内にパッと大きな点がいくつか、モニタの中に映り込む。レーダー手がそれを急ぎ確認するが、それが陸艇の艦隊であること以外何もわからない。

「な、なんなんだ、この艦隊…。識別コードも何もかもわかりません!…あっ、ギルガマシンが発進したようです!」

「なんだと!」

 シャイダンもすぐに索敵をさせるがそれが発するものは統括軍ともレボルストとも全く異なったシグナルを出していた。

「このシグナルの照合急ぎます…。…ッ!アルバトロスです!これはアルバトロス単体に対する援軍です!」

「ギルガマシン、わかりました!クリスタリアカンパニーのアッシェンサースです。同じく陸艇のタイプもクリスタリアカンパニーのものと類似します!」

 シャイダンは全身にゾワゾワと鳥肌が立つ感覚を覚えた、それと同じくして意識もしていないのに勝手に口角が上がる。そして彼は後に振り返り、右手を上げて命令する。

「アルバトロスに先を越されてはならん、我々も出撃だ!各機ギルガマシンは発進!」

 それを言い終わると彼もローディッシュ・パンターで出撃せんとギルガマシンのデッキへと向かう。ミラージも彼に付いて行くように後を追う。


「くたばれよ!」

 エドゥの繰り出すミサイル攻撃を防いだキストロールのドーエンは左手に構えるバルカンポッドの射程内にザンダガルを捕らえる。躊躇なくトリガーを引き銃口から曳光弾の光が弾けるようにしてザンダガルに向けて直進する。

「しまった!」

 エドゥは着地するところを狙われてはどうしようもないとスラスターをバフッバフッと噴かせてそれを避ける。そのおかげで十数発の直撃はあったが装甲へのダメージは微々たるものだった。地面に脚をつけたザンダガルはADSの調節で地面から少し浮かせながらドーエンに向けて間合いを詰める。ドーエンという機体がそもそもザンダガルとさほど体格さや重量に違いはないので機動力で勝るザンダガルに分はあった。

「は、速いな…しかし!」

 間合いを詰めようとするエドゥに対してキストロールのとる行動は同じように地面を蹴って前へと出る事だった。バズーカをメインウエポンとするドーエンが近接戦闘が主ではないと踏んでいたエドゥだったが、キストロールの予想だにしない動きに焦りを見せる。

 額から流れ出る汗が彼に不快感を与え、そこからマシンを操縦する神経に障る感触が体や脳を支配する。だが、そこから生まれる無駄な思考時間がエドゥを殺す事さえある。

(止まれば負ける…。ならば突っ切ってしまえばいいんだ。)

 エドゥの考えはそこに一点集中し、腰の小型ミサイルを展開させながらフットペダルを踏み抜いてAGSの出力もいっぱいにあげる。

 キストロールは小型ミサイル如きはたいして気にも留めなかったが、自分の頭の上を大きく跳ぶザンダガルの動きには目を見張る。ドーエンの頭上を行くザンダガルは肩にある二門のキャノンを斉射する。

「バカめ、その予測もできんこの俺だと思ってか!」

 キストロールはドーエンを左側にステップさせてその勢いを殺さぬままに右腕に持つバズーカの照準を絞る。右後方で爆発が起こるがドーエンの機体はブレることなくザンダガルを捕らえる。

 だがそれだけに気を取られていたキストロールは横からの攻撃に気づくのが遅かった。

 ガキィン

 装甲を削り出すように飛んできたもう一機のザンダガルの攻撃。Mk-Ⅱのフックショットがドーエンの右腕を弾く。バズーカの引き金にそのまま指をかけていたために空に向かってロケット弾は飛んでいく。

「決まった!やったね、エドゥ!」

「さすがだぜニールス!次の攻撃行くぞ!」

 Mk-Ⅱはフックショットをシュルッと収めながら地面を滑る。

 キストロールは自らの慢心を戒めながら倒れた機体を起こす。

「アテンブールは一機で無かったのか…。ならばこちらも、おい!フォーメーションをかけるぞ!」

 キストロールが呼ぶと他のドーエンとフィフス・ヘッズのフィートレッガーが彼の後方にVの字になって列を作り、アルバトロスのマシンに連続攻撃を仕掛ける。サキガケの操るアッシェンサースはアルバトロスの上からロングランチャーで狙いを定める。

「こうすりゃまとめていっぺんに片づけられるってもんよ。」

 スコープに目を凝らし偏差射撃を行う。

 キストロールには命中しなかったもののすぐ後方に並ぶ二機のマシンの足元を崩す。すぐさまアルバトロスのマシンがその横転したマシンに一斉掃射を浴びせる。三列目以降は左右に回避運動をしながらアッシェンサースを狙う。だがアルバトロスから飛び出したマシンがアッシェンサースに気を取られているところに狙い定める。

「いいぞ、やれやれ、やっちまえ!どぁッ!」

 サキガケのすぐ手前に弾着する攻撃はアルバトロスの表面装甲をえぐり取る。艦自体の航行に影響はないが火を噴きだしては火薬庫にまで広がる恐れがある。サキガケはブリッジに消化作業をさせるよう報告する。

 そんな中、キストロールらファースト・ヘッズはアルバトロスの勢いづいた攻撃によりじわじわとタルトスきの方へと押し戻される。ドーエンがアルバトロスから離れ後方から飛んでくるミサイルをバルカンで撃ち落とし、それが飛んできた先を見る。ザンダガルが地面を蹴るようにして走る。

「チィ…これでもダメか!しぶとい奴!」

 エドゥは吐き捨てるように言葉を漏らしながら再びキストロールのドーエンと一騎打ちを演じる。ペダルに脚をかけギアレバーを手前にめいいっぱい引きザンダガルでドーエンの頭部を蹴り上げる。そのままバランスを崩し後ろに倒れそうになるのをスラスターを噴かせて何とか持ちこたえる。

 この程度ではキストロールも大したダメージにはならないと高をくくっていたが首元の油圧シリンダーが折れ曲がり茶褐色に薄汚れたオイルがぽたぽたと零れ落ちる。

「センサ周りは…問題ないが…クソッ!」

 ドーエンが足を一歩踏み入れるだけでドボッと音を立てながらオイルが漏れる。

 ザンダガルはもう一度ドーエンと距離を置いて様子をうかがう。先ほどはほぼ不意打ちのような形だったためにうまくいったが今度はそうもいかない。迂闊に動いてはただ隙を作るだけになるかもしれない。キストロールも手負いのドーエンでザンダガルとにらみ合いを続けるのは不利と考える。二人の間にほんの一瞬ではあるが静寂が起こる。

 エドゥは拮抗した状況を先に破るが吉とザンダガルのキャノンを向けて照準を合わせる。

(どうせ当たらない!)

 自分の中で言い訳をするように言い聞かせ放つ。キストロールは(出遅れたか!)と焦りを見せながらバズーカに指をかけ、一気に押し込む。

 ちょうど真ん中、いや少しドーエン寄りに激突した弾は大きな爆発し、その爆風に煽られるように二機は弾き飛ばされる。


 ローディッシュ・パンター率いるシャイダンのギルガマシン隊はアルバトロスよりも先にタルトスへと取り付くことができた。というよりも敵が味方と判断される間に何とか基地に近づかねばならないと言った方が正しい。

 ミラージは戦場でザンダガルと戦うキストロールの姿を見たがそれに目もくれることはなかった。あちらも気づいてはいないだろう。

「ミラージ、どこから行けばグリーチに会える?」

 シャイダンはそう聞くがたぶん明瞭な答えが返ってくるとは思っていなかった。ただ何となくグリーチの下にいた彼女なら何か知っていると思っただけで答えられなくても何も言うつもりなんてさらさらなかった。

「さぁ…ごめんなさい。」

 だからそうやって謝れるのもどこか罪悪感が沸いてしまう。

「いや、分からないのなら仕方がない。ただ問題はこの中にどうやって入るかだ。上から侵入しようにも壁の上はここよりも危険だろうさ。」

 ここまで来ておいて今更引き返すのも…と思ったところでレボルスト艦隊が苦戦しているのが見える。

「借りを貸すってのも悪くはないな…。」

『は?今なんと…。』

「どうせ統括軍に売った喧嘩だ。いつどこで攻撃を仕掛けたところで同じならばレボルストに借りを作るんだ。そしてこの壁を壊すことでそれを返してもらえばいい。」

『閣下…それは…?』

「無茶は承知でついてきたんだろう?ならば命令だ、レボルストを助けてやれ!」

『りょ、了解!』

 シャイダンは広範囲にマシンを展開させて艦隊に近づいていく。レボルストはそれを統括軍の攻撃だと恐れ、各艦が火器を向けるが撃たれる前に統括軍のマシンを潰す。

 味方の援軍と思い油断していた統括軍は呆気にとられ手足も出せずにいる。

『貴様ら!何を考えて…ローディッシュ・パンターだと!?シャイダン・サルバーカイン中将、お気を確かに!』

 シャイダンはそんな呼びかけに一切答えずギルガマシンを打ち崩しレボルストに道を開けさせる。

『なぜ、あなた方が…正規軍ではないのか…?』

 先頭を走る戦艦から直接通信が入ってくる。シャイダンはそのままチャンネルを開放しつつ答える。

「我々もあの中に入りたいんだ。これは貴公らに対する貸しに過ぎない。それを返すためにあの壁を開けてもらおう。」


「レボルストに突き破られただと?第七十三機甲部隊はどうしたんだ…?クソッたれ、奴らにに好きなようにさせるな!これ以上基地の中には一歩たりとも入れさせはせん!」

「また新たな艦隊が来ただと?味方じゃないのか!?」

「Cブロックの守りが甘いぞ!何ィ、人員が足りんだと?他のところからマシンをそこによこせばいいんだよ!」

「搬入なんて後でもできるだろう、外には敵がいるんだ!ミサイル砲手の方に回せ!」

 統括軍は予想よりもはるかに多い敵の量に現場は混乱する。ファイブ・ヘッズのほとんどがアルバトロスとレボルストの手によって崩壊させられ、さらにシャイダンの裏切りによって基地内に敵が押し寄せるタルトス基地はまるで丸裸にもされたような心境であった。

 司令室は特に気が気ではなかった。もしこのままぞくぞくと基地に入られてしまっては真っ先に彼らのいる司令室がつぶされることは明白だったからだ。

「ギルガマシンの出し惜しみはするな!無駄に寝かせておいてもどうにもならないだろうが!…ん?」

 司令室の扉が開き、グリーチ他上層部が立ち入る。全員が立ち上がって敬礼しようとするのをグリーチは止め、作業を続けさせる。

「どうだ、敵の動きは?」

 司令室の責任者にグリーチは様子を聞くと彼は緊張のあまり声を震わせる。

「…はっ、あまり芳しくないというのが本音でありまして、先ほど現れた謎の艦隊の所在も不明のままです…。今現在は何とか敵の侵攻を食い止めてはいるもののこのままですといつ戦況はひっくり返されるか…。」

「なにぃ!じゃ、じゃあ准将、君はこのタルトスが墜ちるとでも言いたいのか!」

「い、いえ!そうではありません、手を打たねばどうにも…。」

 憤る中将の怒号でさらに顔をゆがめる。がグリーチはそれに目を向けようともせずにアルバトロスが映し出されているモニタをじっと眺める。

「准将、このモニタはどこを映しているものか?」

 中将にずっと睨まれながら痛む腹をさすりつつグリーチの問いに答える。

「そ、そこはFブロック…つまり基地南方の大型陸艇用ゲートの付近ですね…。ファースト・ヘッズによって何とか抑えている状況です。」

「なるほど、ではゲートを開けてやれ。奴らを基地の中に入れる。」

 グリーチの一言が喧騒に包まれていた司令室を一瞬にして静寂へと変化させる。准将のゆがんだ顔がますますゆがんでいく。上層部のメンバーもグリーチが気でも触れたのかと脂汗を流す。

「そ、そんなことをしてしまえば奴らの思うがままではないか!ただでさえ敵は目の前にきているんですぞ!」

「…このゲートから司令部に来るために通るルートは先ほど突破された場所を横切ることとなる。そこから三百メートル手前にギルガマシンと陸艇艦隊の主力を回させることで、ファースト・ヘッズの猛攻を避けるために奴らがここへ侵入してきたときに挟み撃ちを掛け一気に叩き潰すことが可能だ。それに指導者を失ったレボルストもまた脇目も振らずにこの罠へと飛び込んでくるに違いない。一石二鳥だよ。」

 やはり静まる現場、そこで聞こえるのは外の戦闘による爆発音と命令を待つパイロット達の声だけだ。やっとの思いで准将が声を出す。

「…なるほど、理解致しました…。では将軍そのようにさせていただきます…。」

 准将は震える手や焦点を失っていく目、そんな体の異常に恐れながらマイクを取る。

「主力部隊を移動させるポイント指定A-7、繰り返すポイント指定A-7だ。Fブロックの大型陸艇用ゲートも開けろ。ファースト・ヘッズと挟み撃ちでアルバトロスを叩け。」

『!?しかし准将、それでは他の守りが薄くなって奴らにつけ入る隙を与えてしまいますよ!その地点だけに戦力を集中させるのはあまりにもリスクが高すぎます!』

 准将も分かっていた、グリーチのその命令が無茶であることは。だが彼にはそれをただ伝えることしかできなかった。どう考えても敵の援軍が押し寄せている今、それは誰が見ても自殺行為でしかない。周りを見ても彼に同情するような視線があった。みんな分かっていたのだ。

「グリーチ・エイベル将軍直々の命令だ…。」

『なんですって!?将軍が?司令室、司令しッ…!』

 ガチャ

 准将はマイクを置き、回線を切る。寒気が彼を襲い、崩れるようにして椅子に腰を下ろす。もうこのまま一生立ち上がることは出来ないのではないかと思うほどに深く深くため息をついた。


「ゲートが…」

「開いていくだと?」

「そんなバカな!どうしてだ、なんで今?」

 バーナードらアルバトロスが位置する地点、Fブロックの大型陸艇用のゲートがガラガラ…とチェーンを捲き上げながら開門する。誰がどう見ても罠としかとらえられず身構える。先ほどの爆風でほんの一瞬だけ気を失っていたエドゥも重々しく開いていくそのゲートの音を目覚まし代わりに意識を取り戻す。ザンダガルのを覆っていた重装甲は剥がれ、元の姿をむき出しにする。

「さ、誘っているっていうのか?こんな見え透いた…!」

『エドゥ、何が起こっているんだ?何故基地の門が開いた?援軍なのか!?』

「そんなことなんだって俺に聞く!」

『それもそうか…。』

 アルバトロスからの通信が入るがエドゥが怒鳴りつけることによって静かになる。

 なぜわざわざ弱点を自ら晒そうとするのか、それが分からぬのはキストロールらファースト・ヘッズも同じだった。

「司令部、どうしてゲートを開けた!このままみすみす敵を基地内部に入れる気なのか!占領されたわけではないだろう?」

 キストロールの質問に少し間をあけるように返答が返ってくる。

『…そのゲートからアルバトロスとそのマシンを基地内へと追い込み、それらを奥に置いた主力部隊と貴公らの挟み撃ちで奴らを殲滅する。』

 彼は耳を疑う。この状況を誰も分かっていないのかと思うほどにファースト・ヘッズにはそんな余裕はない。

「レボルストだってこちらの動きぐらい把握しているんだぞ!それをそんなくだらないことをして、挟み撃ちにあうのはいったいどっちだと思っているんだ!無駄なことをする前にこちらに一つでも部隊を回せ!俺たちだけじゃキャパシティオーバーだ!」

『しかしこれは将軍が…。』

「…ッ!もういい、つまらん小細工などしなくともアルバトロス程度、我々で落して見せる!」

 キストロールはコンソールパネルを殴りつけ怒りをあらわにする。さらにそんな彼に追い打ちをかけるような事態は起こる。バーナードが事前に呼び寄せていた援軍部隊、ロナウドJr.の出資によるクリスタリアカンパニーの艦隊がもうすぐそこにまで迫っていた。


 ザブザブ…と接触の悪そうなノイズが響いた後、モニタにはクリスタリアカンパニーの社長グリース・クリスタリアとその弟コークスの姿が映し出される。バーナードは目の前の状況に気を取られ時間を確かめていなかったが十六時を示していた。

『すまない、アルバトロス。少々出遅れてしまったかな?』

「いや、時間はぴったし。助かりましたよミスター。これほど大規模な援軍とは思ってもいなかった。」

 クリスタリアカンパニーによって連れられた艦隊はざっと見積もっても十隻はくだらない。大艦隊である。

『出資者の気前がいいこともあるが、半分はサービスだよ。私どものマシンを丁寧に扱ってくれていることへのね。さて、ここからは加勢するつもりでいたが、なんだもう突破口を開いてしまったのか?』

「まさか、急に開門したんだ。まるで私たちをいざなうようにね。」

『つまりは罠か…。』

「あからさまな…ね。たださっきから気になるのは敵の様子も何やらおかしいということだけ。…事前に知らされていなかったのかもしれないな。だが、あなた方のバックアップがあれば…この挑発に乗ることもできるかもしれませんな。」

『よろしい、』

 バーナードが結論を出すよりも先にクリスタリア艦隊からは大量のアッシェンサースが投入される。なるほど、これが気前の良さか、などと感心して見せるが本来戦争とはこれだけの戦力を投じるほうが正しいのだと思いだし、感覚が麻痺している自覚を取り戻す。

『ここは我々が何とか抑えてみせます、アルバトロスは先を。』

 広く展開されたアッシェンサース部隊、それに統括軍のバッツェブール、クリスタリアカンパニーの製造するマシンが入り混じり戦う様、その光景はまさに彼らのビジネスにおいていかにも独占的だと言える。さらにレボルストの持つビルガータイプもまた、ナーハエレクトロニクスのマシンとはいえ、頭取が死に、その上それをスポンサーとして支えているマクダナゥ家がクリスタリアにも出資しているところを見ると、まるで企業間競争の終末を見せられているようにも思えてくる。

 例え、どちらが負けようともクリスタリアカンパニーは損をすることがないのが末恐ろしい。ナーハはこの戦いが終わればしばらくして彼らに吸収されるのだろう。

「…壮観だろうな…。」

「艦長、何か言いました?」

「いや…。」

 つい声が出てしまったが誰が聞いているとも分からない、バーナードは後ろから差し迫るクリスタリア艦隊にむけて

(助かるよ。)

 と誰にも伝わらないであろう言葉を呟くように唇だけを動かし敬礼をする。


「アルバトロスが…行くのか!ニールス、そっちは任せたぞ!」

『了解、そっちこそ健闘を!』

 エドゥの目の前でアルバトロスが吸い込まれるようにしてゲートへと侵入していく。いつの間にやら戦線に参加していたクリスタリア艦隊も予想以上に善戦を見せつけてくる。ファースト・ヘッズはすでにアルバトロスへの攻撃を出来ぬほど惑わされている。だがそれらをぼぉっと眺めていられるほど悠長ではなかった。先ほどまでのドーエンの様子ははたから見てもおかしなものだったが、相手もプロなのだろう。もう動きが戻っている。

 ドーエンもザンダガルも互いに尋常でないほどの損傷を負っていた。だがそれでも金属を軋ませながら動く様は恐ろしさと同時に美しさも孕んでいる。ザンダガルは軽くなった機体をステップを踏むように走らせて、ドーエンに近づき射程に入れる。だが軽くなった分、パワーで押すドーエンに捕まってはいともたやすく形勢を変えられてしまう。慎重さを捨てずに一定の距離を置く。

「ちょこまかちょこまかと!」

 首も動かぬドーエンのセンサだけに頼ることを不可能としたキストロールはバルカンをほとんどあてずっぽうに乱射する。ダメで元々、当たれば儲けものだ。ザンダガルのコンピュータでも読み切れない軌道の弾丸にエドゥは焦りを抱く。そういう時に不幸にも一番厄介なところに命中する。背中の主翼部分のスラスターに備え付けられたAGS、ここをバルカンが数発貫き小さな爆発を起こさせる。ザンダガルは前のめりになって倒れ、AGSもその制御ができぬようになる。立ち上がろうとするザンダガルもどこかぎごちなさがある、蓄積されたダメージがここに来て急にのしかかるようだった。このままではまるで格好の的だ。

 これを好機と伺ったキストロールはドーエンの肩に担いだバズーカのトリガーを引く。だがあっけないほどに手ごたえがない。弾切れだ。残弾の確認を怠ったことがこれまでなかった彼にとって自らのミスは屈辱的だった。

 さらに言えばその次に起こるアクションがその屈辱を上塗りしてくる。何とか立ち上がったザンダガルは姿勢制御を行い、キャノンを向ける。それの放ったキャノン砲がドーエンの下腹部に命中、エドゥはそこで弾を撃ち尽くしたことを確認して二門のキャノンを切り離す。普通ならば避けられないことはないはずだったが、意外にもかなりの慢心と動揺がキストロールを参らせる。首も動かなければ足回りもガタつくそれはもう中途半端な固定機関砲に過ぎない。

「何故だ!何故この俺が!こんな奴に!」

 バルカンポッドを連射するその反動がドーエンの下半身をガタガタと揺らし、銃身はブレ、ことごとく外れる。

 エドゥはザンダガルの様子を見ながらバルカンまでも撃ち尽くしたドーエンに近づく。

「これで最後にしてやる!」

 コクピットにバルカンポッドを突きつけて目を瞑り、一思いにトドメを刺す。至近距離で放たれたバルカンはドーエンのコクピットハッチを突き破り、パイロットもろとも息の根を止める。

 銃身の焼けたそれを取り外し、地面に捨て、まだゆらゆらと煙が上がるのを見つめる。後ろの方で起こった爆風が煙をフッと搔き消し、それを合図にエドゥはザンダガルをアルバトロスが向かった方向へと歩かせる。

「ザンダガル、すまないがあともう少しお前には付き合ってもらうぜ。」

 ギシ…ギシ…

 一歩また一歩と歩くたびにザンダガルが悲鳴をあげるようにきしんでいく。だがエドゥの命令に逆らおうとはしない。これほどまでに痛み切っているのに抵抗感というものがまるで感じられない。

「お前は…いい子だ。」

 後ろを振り返れば、えぐれた腹部から黒煙を振りまくだけのキストロールのドーエンが生気なく横たわっているだけだ。


 タルトスのゲートを突破したアルバトロスは勢いそのままに直接攻撃をかけんとギルガマシンに目もくれることなくなぎ倒していく。大通りを目の前にしてククールスに左へ舵を取らせようとするとすぐ手前で大きな爆発が起こり分厚い鉄板が重圧感を与えながら倒される。そこからギルガマシンや陸艇が押し寄せるが土煙に隠されてよく確認することは出来ない。

「敵襲か?」

「でもわざわざ自分たちの基地を壊すことはしないでしょ…!」

 マクギャバーの言う通り統括軍ではなかった。だんだんと視界が良くなると、そこにはローディッシュ・パンターを先頭としたギルガマシンにつづいてレボルストのマシン、陸艇艦隊が確認できた。シャイダンはこれで借りを返したと言わんばかりに彼のマシン隊を引き連れて基地本部へ乗り込む。

「むっ…あれはアルバトロス…。我々とほぼ同じタイミングとは、運命を感じてしまうな。」

 横目でチラリと見えたアルバトロスに近づく。艦内では撃ち落とさねば、と躍起になるがバーナードはそれをやめさせる。

「シャイダン、あのままグリーチに従順なままでいると思っていたが…、よもやレボルストを従えて先陣を切るとはな。」

 少し皮肉めいた言い方にシャイダンは実に愉快そうに笑って見せる。

『まさか、中将も人が悪い。これは自分の独断でやっていることですよ、レボルストを従えたつもりは毛頭ありません。ただ利害の一致を見せただけですよ。』

「つまり私と君の今の関係も利害一致でいいんだな?」

 やはり声を上げることを恥ずかしいとも思わずにシャイダンは大声で笑う。

『そういうことですね、ただ手をお貸しすることは出来ません。グリーチ・エイベルを討つのはこの私、シャイダン・サルバーカインです。』

 バーナードは耐えられずについ噴き出してしまう。

「なるほど、そこは真剣勝負というところだな。ククールス、負けるなよ。」

「合点だ、艦長!」

 アルバトロスはぐんとスピードを上げ、タルトスの主力部隊に突っ込んでいく。ニールスやサキガケたちも先制攻撃を仕掛けつつレボルスト艦隊とディオネーも後に続いていく。シャイダンはマシンを広く展開させザンダガルMk-Ⅱのバックアップに回らせる。

 Mk-Ⅱがフックショットを飛ばして捕まえた相手をフィートレッガーが撃ち落とし、アッシェンサースのロングランチャーで蹴散らした相手の後始末をビルガー部隊が担う。お互いに誰かが話し合ってそんな風に立ち回っているのではない。誰もが自分の出来ることややるべきことを各々が判断し、それが自然な循環となっていく。そこにあるのは指導者の有無などを超えたもの、ただ一つの目的を果たさんとするため意図せず生まれた奇妙な連帯感だけが漂っていた。

「まさかサルバーカイン少将まで統括軍を裏切るとは…。正直驚きでしたね。」

「いや、奴は不器用で融通の利かないところもあるが自分の抱いた信念の中にある正義を見失うような男ではないからな。きっかけさえあれば必ず変わる男だよ。いよぉし、各部砲座、砲撃手は援護射撃用意。味方には当てるなよ…撃てッ!」

『まってました!』

 ゴーヴが嬉々として照準を前方の母艦に向ける。一発や二発で沈む相手ではないことは重々承知だが致命傷を与えられないわけではない。ハンドルを回しながら精巧に着弾点を見極めて親指を下に向ける。ゴーヴの隣でサミエルとルトがトリガーを引いて弾は発射される。

 アルバトロスの景気のいい艦砲が鳴り響くと母艦のデッキに直撃してマシンの発艦の阻止に成功する。

「さすがの腕だね。よしボクだって!」

 Mk-Ⅱは飛行形態へと形を変えると上空に飛び交う対空砲火にギリギリ当たらぬ地点まで飛び上がるとバッツェブールをドッグファイトで撃ち落としながら下に向けて数発のミサイルを見舞う。

 爆発を確認しながら変形をしなをし降下しながら両肩のマシンガンをまるで暴雨のように降り注がせる。敵の反撃が来るであろう頃合を計り、味方陣営へと戻っていく。

「ゴーヴ、こっちは用意できたよ。いつでも合図送りな!」

「待ってろ、さっきより近づいたんだ。次はもっとド派手にブリッジでも狙ってやる。」

 二発目の装填を終えたサミエルはゴーヴをせかしながら再び座りルトとともにグリップを握る。

「このワクワク感、エドゥと出会った時を思い出すね。」

「そうだな…、まああの時はここに座るなんて思いもしなかったわけだが。」

「二人だけで浸ってないでよ、私だっているんだからね!」

「ククク、わかってらぁ。さてお二人さん、いっちょかましてやってくれ!」

 アルバトロスから放たれた弾はゴーヴの狙い通り相手の艦のブリッジに直撃する。三人はハイタッチをしながら喜びを共有し合い、アルバトロスのブリッジでもそれを確認し、バーナードは前進命令をかける。

 彼らの戦いもついに終焉を迎えるまで秒読みの段階となった。

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