第30話ブリーチ オブ トラスト

 実権を握っている地球統括政府正規軍、その終焉が刻一刻と近づいていることを知るのはもはや神だけなのかもしれない。ただ、その神が気まぐれを起こさないとは限らない。一つだけ確実に言えることがあるとすれば、この戦いに大した意義などない。


 ゲラは落ちた。レボルストとアルバトロスの共同戦線によりそれは成功を収める。しかしその最終防衛ラインはすでに偽りのものとなった後だ。レボルストも統括軍も全てがゆがみ始める中、舞台が整う。


「サルバーカイン中将、これはどういうことだ!説明しろ!」

 グリーチと敵対するというシャイダンの考えに無論ファースト・ヘッズ、フィフス・ヘッズそれぞれから批判の声が上がる。同じように彼の部隊の中からも多数不満が出る。

「ここで統括軍を裏切ればあんたはアルバトロスと同じだ!ただで済むと思っているんじゃないだろうな!」

「閣下!いくらあなたの考えと言えども容認できません、それでなくともあのアテンブールのパイロットを一度見逃しているんだ!」

 ザンダガルに恨み募るテンピネスもシャイダンに詰め寄るように言う。だがその程度で彼は意見を覆らせはしない。

「貴公らの事は重々承知している。私と意見を違えるのならば別に止めはしない、そのまま艦を降りてもらう。その時にこちらからは攻撃を加えはしない。だからと言って止む追えない場合においてはこの限りではないが…。」

 シャイダンがそう発言することで周りからまくし立てるような物言いはシンと静まる。だがその瞳の奥にはいまだ納得がいかないといった感情がむき出しとなっている。「言い訳をするわけではないが…」そう言葉を続け始める。


 レボルストやアルバトロスに力添えをするつもりは毛頭ない。ただ個人的な感情をぶつけるようで悪いが、統括軍の、特にグリーチに支配され私兵と化す今の状況に対して私は反旗を翻すと決めた。だからこそここで意見を違えるというのならば私は止めはしない。タルトスへと戻ってグリーチ・エイベルに進言するなりすればいい。

 ただ一度でもこの戦況…いや我々の住むこの地球で起こっているすべての事を俯瞰してもらいたい。その時自分の進むべき道が間違えてはいないのだと信じるのならばそれで良し、だがそうでないならば足踏みをすべきだと…フフ、えらそうなことを言うようだが私だって広い視野では見えてはいないのかもしれないが…、こんな不毛な戦争を終わらせるためにはグリーチ・エイベルという存在がいてはならないのだとわかった。…さて、私の考えは包み隠さず出したつもりだ、時間は与える。それまでによくよく考えてもらいたい。


 騒然とするディオネーの艦内。今、ここは様々な部隊が混ざり合う中でその人の数だけの意見が飛び交う。シャイダンは目の前で腕を組みそれを眺めるように見まわし、それから目を閉じる。

 とある方向からシャイダンの横に立つミラージへと質問を投げかけるような声が聞こえた。無論フィフス・ヘッズの、ミラージの部下であろうと分かる。

「ミラージュ隊長は…いかがなさるんで?この男の考えに乗るということは我々が将軍に誓った忠誠を全く破るということに他なりませんが…。」

 すぐさまミラージは反論する。

「私はもう腹をくくっている、サルバーカイン中将とともに統括軍打倒を完遂させて見せる。どのみち将軍ありきのファイブ・ヘッズ。統括軍が降伏をすれば私たちはその将軍の直属として処刑を免れることは出来ないだろう。それに反正規軍に流れが傾く今、みすみす統括軍へと戻ってしまってしまうのは愚行と思ったのでな。」

 よくもまあこれだけ即興で屁理屈を並べられるものだとシャイダンは苦笑してしまいそうになるが威厳を保つために眉をひそめてそれをこらえる。

「閣下、レボルストの助太刀をする気でないというのならば奴らに攻撃を与えようとそれは構わんのでしょう?」

 テンピネスが今度はそんな質問を投げかける。彼が何を言いたいのかをシャイダンは分かっていたので無言のままにうなづく。アルバトロスへの攻撃をさせないなどすべての私的感情を押し付けることをすれば誰もが離れるのではないかという考えからの苦肉の策と言えた。だがテンピネスもそれを察せぬほど馬鹿ではなかった。

「了解いたしました、自分がここにいるのも閣下のおかげということもある。最後までこの身をお預けいたしますよ。」

 テンピネスは後頭部を掻きながら少し自嘲するように含み笑いを浮かべる。


 結局ファースト・ヘッズの大半、フィフス・ヘッズの一部はディオネーを降りる。各マシンを乗せた小型陸艇はぐんぐんと離れていき、タルトスの方へと向けて消える。

 だがシャイダンの部隊はその全員が残る結果となった。内心安心するシャイダンにミラージがそっと寄り添うように耳打ちをする。

(やはりあなたはあたなだ。)

 あまりにも抽象的な言葉だったが、その胸にはよく響いた。


「これまでよく耐えて耐えて耐え続けてくれた。」

 レボルストの集会においてハイネスはその一言からゲラ基地制圧の最高についての挨拶を始めた。彼の立つ壇上から見て左側にはゲタルトが構え、右側にはナーハ商会のベンジャミンが座る。

 アルバトロスのクルー達はレボルストのメンバーよりも後ろの部分に立たされ、側から見れば冷遇されているようにも思える。その中のサミエルがベンジャミンの顔を見てうげぇ…と小さく声をあげる。

「これまで我々は統括軍の理不尽な圧政にずっと耐え忍んでいた。時にはそれに対する抵抗組織が生まれたこともある。だがしかしながら彼ら同胞は皆、打倒統括軍の夢半ばにして散っていった。…しかし、今はもう違う!バラバラであった我々は一つの組織、レボルストとして生まれ変わることで大きな力を得た!それが今回このゲラ基地を制圧できたことの何よりの証拠だあろう!」

 ワァーッと歓声が上がる。熱量のあるハイネスの演説が周りに共鳴するかのごとく会場を盛り上げる。

「ありがとう。よくここまで私を支えてくれた。ゲラは最終目標では無いが、我々の悲願は近い。ひと時の休息を挟んだのち、グリーチ・エイベルを倒すべくタルトスへと向かうわけだが、ここで離脱してしまっても咎めはしない。私が求めるものは自由であるはずなのに拘束をしてしまえばそれも薄っぺらくなってしまうからだ。あくまでも君たちの意見を尊重しよう。」

 本心からは思ってもいない言葉ではあるが、そういう所が彼のカリスマ性たるゆえんだろうか…誰もが最後まで戦い続けるという意思を見せる。

 ハイネスは口角を上げて再び「ありがとう」と感謝を述べる。

「では、これまでに散った同志達に祈りを捧げながらここに誓いを立てよう!我々レボルストはこの戦いで勝利を掴むと!」

 先ほどよりも一層歓声が響く。士気は十分に上がっている様だとハイネスは確信する。ここまで来るのに様々な不安が彼を包んでいたのだが、レボルストとしての組織の結束力が高いことを自覚し、それを払拭した。

 問題はそれが直接解決となるわけではないことだろう。壇上から刺さるゲタルトの視線、これを感じなかったのは単にハイネスがどこか無意識に彼の方を気にしまいといたからか、はたまた…。


「ここまではまだ何も起こっちゃいないか…。無事にタルトス攻略ができるとも思わないが…。」

 バーナードは一つあくびをしながらハイネスの話を半分聞きながら流す。アルバトロスから漂う気の抜けた雰囲気に周りのレボルストの面々から白い目を向けられる。

「昔から訓示とか嫌いだからさぁ、体動かしてる方が性に合うぜ。さ、長話も終わったようだし場違いな俺たちはさっさとここを離れようぜ。」

「ニールス、なにあんた真面目腐ってあんなの聞いてんのさ。どうせ自分たちの自慢ぐらいしか話してないんだからさ。」

「そうかもしれないけれど一応聞いてあげなきゃかわいそうだよ。」

「だっはっは、ないないこうしている間にも統括軍は軍備整えてるんだよ、行こうぜ!」

 ガヤガヤと音を立てて出ていく彼らはやはり異質な空気を放っていた。会場は全体的にシラーッとした空気に包み込まれる

 外に出てアルバトロスの方まで歩き、バーナードは誰もつけていないことを確認すると小さな輪を作って相談しだす。

「いいか?あれで奴らは我々を侮っている。が、ゲタルトを含めた元統括軍の人間たちが背信行為に出てレボルストに混乱が生じることは分かっている。何か不穏な動きがあったとき、残るレボルスト艦隊をまとめ上げ、真っ先にバナンスタルを攻撃できる用意をしておく必要がある。」

「でもキャップ、私たちの戦力程度じゃすぐにバナンスタルに太刀打ちできるとは思えないのだけれど。あっちは確認が終わるまで味方の戦艦に、しかも旗艦に攻撃できるとも思えないし…。」

 ルトが無茶よ…と弱気になるがバーナードは特にそれを気にする様子はない。

「クリスタリア兄弟が数隻陸艇とアッシェンサースタイプのマシンを回してくれるそうだ、それに彼ら自身も前線に足を運ぶ。資金繰りはロナウドJr.が何とかしてくれた。これで鎮圧の準備は万端というわけさ。今日の十六時にでもレボルスト行軍部隊のルート上に現れるはずだ。」

「そんなの…いつの間に…。」

「こう見えても私は統括軍の元将校だぞ?舐めてもらっては困る。」

 誰もが彼を敵に回すのが一番恐ろしいと感じながらも後に続いて乗船する。

 弾薬や燃料等の補給を既に終えていたアルバトロスはエンジンに火を入れ、AGSの出力をめい一杯にあげる。ゴォゴォとうなりを上げるような音を立てて周りに土ぼこりをまき散らしながら出航する。

 それに遅れるようにしてレボルストの艦隊も次々とゲラを後にする。その中にバナンスタルがあった。


「シャイダン・サルバーカイン中将にそそのかされたミラージュ中佐が統括軍に反旗を翻しただと!?ど、どういうことなんだ!そもそもサルバーカイン中将が造反だと?詳しく説明しろ!」

 がなり散らすキストロールの声にひるんでシャイダンのもとから去ったファースト・ヘッズの隊員の声は小さくなる。

『そ、それがサルバーカイン中将はどうも統括軍の今の在り方に嫌気がさしたとかでミラージュ中佐とともにディオネーでレボルスト同様、タルトス攻略をするようで…。そこで意見を違えた我々はこうして小型陸艇でタルトスに帰還しているというところです。』

「…。無論奴らを、ディオネーを落したんだろうな?」

 キストロールの鋭利なナイフで刺すような問い方に一瞬喉元がチクリと感じるが、脂汗を流しながら唾を飲み込んで言葉を絞り出す。

『い、いえ。それに関しましては、こちらが手を出さなければあちらも出さぬという約束事にのっとり…武人の誇りとして何も…。』

「つまり貴様らは揃いも揃って危険分子となったサルバーカインを野放しにしたということか!ふざけやがって無能共がぁッ!」

 ついにキストロールの怒髪天を衝き、通信機のマイクを勢いよくたたきつける。ぶちっと言った音とともに切れた通信に小型陸艇の中は静まり返るが、互いにどうしようもないと頭を抱える。

「どうした、キストロール・スキャッチャオ中将?」

 グリーチがその騒々しさが気になり姿を現す。キストロールは彼の目の前だということで深呼吸で取り繕い説明をする。

「ほぉ、奴までこの私に歯向かおうとするのか…。おもしろい。」

「面白がっている場合ではありません将軍。このままでは敵にいいように扱われるだけです。ファイブ・ヘッズも自分の部隊を残すばかりとなりましたし…。」

「かまわんよ、どれだけの数でこようとも。シャイダン・サルバーカインはたかだか艦一隻、レボルストはジャイフマン大佐の死をもって混乱に陥れ再起不能に…。要はアルバトロスだけが問題なだけだ。」

 はぁ…と気負抜けた返事をする。

「はっきり言って…。」グリーチはキストロールのそんな返事を気にせぬままに自分の言葉を続ける。

「私は、私は奴が怖い…。バーナードという男が…。いつもいつもこの私の知らぬところでコソコソと動き回り何かをしている奴が。底知れぬあの男が私は怖い…!」

 おそらくバーナードに固執する彼の根底にはこの恐怖があったのだろう。ではそれを今まで見せていなかったのはなぜか…?ただ単に強がりを見せていただけなのかもしれない。それまで統括軍はグリーチ・エイベルを中心に上手くいっていたはずだったのだ。だからこそ一見して冷静にふるまっているようにも見えた。だがそれがバーナードの存在によって歯車が狂い始め、さらには近しい存在であるシャイダンの造反によって引き金が引かれたのだろう。

 どんな人間でも何かに怯えることがあるのだな…。キストロールは言葉には出さずにグリーチを見ながら思った。


 アルバトロスではそれぞれ決戦を前に控えていた。そんなさなかエドゥはやはりニールスと若干二人きりで顔を合わせづらいなと考えながらザンダガルの装甲を磨く。

 気を抜いてぼーっとするとついつい目がニールスの方へと行ってしまう。

(元々男だと思っていて、女であると知って、しかもキスまでされて気になって目で追う…。別に女性からのキスなんてザラなのにあいつの場合どうも変な気がしてならんな…。やっぱ俺おかしいのかな?)

 そんなことを考えながらニールスがビンセントに何か相談しに行くのを見る。

「おやっさん、Mk-Ⅱにボクのシューターのフックショットを取り付けておいてよ、ここまで一緒にやって来たマシンなのに最後は留守番だなんてかわいそうだしシューターの一部でも使ってやりたいなと。それに何かしら役に立つかもしれないし。頼むよ。」

「おう、任せておけ。セッティングしてから配線つなげるまで時間がかかるからの。暇つぶしでもしておれ。」

「わかった。了解!」

 突如としてニールスの手が空いたのでエドゥはチャンスだとうかがい彼女に声をかける。

「ニールス、暇ができたんならちょっと付き合えよ。」

 エドゥに呼び止められたことで少し驚きながらもそれを承諾する。

 ずっと二人の動向を気にしていたルトもそれを追おうとするが通りすがりのバーナードび止められる。

「いずれ君はそう動くだろうと思っていたから口止め料代わりにきちんと説明させてもらうよ。」

「なぁんだキャップは知ってたんだ。じゃあ特ダネではないわね…。がっかり。」

「お前ねぇ…。」


 エドゥはニールスを自室前まで連れてくる。やはり彼女も自発的とはいえ例の件の事があったからか、エドゥに何を言われるのかと多少身構える。

「で、こんなところまで呼び出してどうしたのさ…。?キ…キスの事についてなら謝るけれども…。」

「いや、別にそのことはいいんだが…ちょっと待ってろ。」

 エドゥは部屋に入って何やら荷物をゴソゴソと探り始める。何をしているのか分からぬニールスはそれを横からうかがう。

 あった…。と小さく漏らし手招きする彼に従って部屋の中に入ってる。

「スヴァーナでさ、年頃の女の子みたいなことしてみたい…なんて話をしてただろ?でもあの店先にあったようなワンピースをアルバトロスに持ち込めば正体バレるか怪しまれるだろうからさ、まあいいセンスだとは思わねえがこれを…渡そうと思って。色々ゴタゴタしてたから渡しそびれちまってよ。」

 エドゥは掌に隠し持っていた小さな星のアセテートが付いているヘアピンを見せる。

 ニールスは恐る恐るそれを手に取り少し上にかざしながら眺める。

「まさか、あの時用事があるっていって途中別れたのって…。」

「そういうことだな…。これだったら小さいし隠しやすいだろうと思ってさ…。」

 照れ隠しに頭や首筋をポリポリと掻きながら視線を上にやる。

「…ップ…クククッ…」

 ニールスが肩を震わせながら笑いをかみ殺そうとしているのでエドゥはさらに顔を赤くする。

「笑わなくったっていいだろ?これでも俺なりに考えたんだぜ?」

「ごめんごめん…別にバカにしてるわけじゃないんだ…。普段デリカシーのない君がこんなことをしてくれるなんて思ってもいなかったからさ…。素直にうれしいよ、ありがと。」

 この言葉にさっきまでの恥ずかしさとはまた違った照れくささがエドゥをモヤモヤとさせた。だが彼なりに強がって見せる。

「悪かったなデリカシーがなくて…どっちみちバカにしてるじゃねえか!…ま、まあそれだけだ。後はタルトス攻略だけ、最後の大一番だ、頑張って行こうぜ!」

「おうっ!」

 ニールスはニカッと笑って見せて、エドゥにもらったヘアピンをギュッと握りしめてポケットの中にその手を突っ込む。

 もう片方の手をエドゥは引いてデッキに向かう。


『3時の方向から敵接近、おそらくレボルストの主力部隊だと思われます…。』

「おいでなすったか。いよぉし、景気よく一発あいさつ代わりの艦砲射撃してやれ。」

『了解です。全砲門開け、狙いはレボルスト艦隊。…っ撃てーッ!』

 タルトス基地の周囲にて統括軍艦隊の攻撃から戦闘は始まる。双方からギルガマシンの部隊が次々と出撃し、数分とたたずに交戦状態に突入する。

 その知らせを受けたグリーチはファースト・ヘッズのキストロールにも迎撃態勢に入るよう指示する。キストロールはそのまま彼の部隊を招集し前線部隊への援護に向かう。

「先制攻撃は向こうからか…流石にタルトスや首都の周りなだけあって迅速な対応だな。」

 ハイネスは窓の外で起こる爆発を見ながらそんなことを呟く。ゲタルトがまだブリッジに上がってきていないことを確認すると通信士のもとへと歩いて行き耳打ちをする。

「君、ゲタルト・ジャイフマンは二重スパイの恐れがある。奴に我々の動きを察せられる前に何とか元フォース・ヘッズの隊員を要注意人物だと他の艦にも伝えておいてほしい。それとベンジャミン氏をブリッジに上がるよう艦内放送をかけてはくれないか?」

「…。」

 通信士は聞こえていないのか、全く反応を見せない。ハイネスは気づいていないのではないかと思い真横につくと脇腹に何か固いものが押し込まれるような嫌な感触がする。

「き、君…?」

「それは出来ない頼み事ですね、同志ハイネス・ダットソン…。もうこの艦はレボルストの旗艦ではない。」

 してやられたと思ったときにはすでに遅かった。ゲタルトは既に手回しをしていたのか、ハイネスの気づかぬ間に数人のクルーが買収済みだったようだ。ハイネスの脇腹に拳銃を突きつける通信士の男のほかにも小銃を構えた人間がちらほらと見える。

 正規のクルーも元フォースヘッズの人間も交じっており今更ながらにハイネスは後悔する。


「そろそろ大物もお出ましだぜ。」

 ブリッジの奥に追いやられたハイネスらはその言葉とともに扉の方へと目をやる。

 ガチャッと開くと同時に拘束されたベンジャミンが倒れこむようにしてブリッジに入る。その後ろをお山の大将ごとくゲタルトが悠々とやってくる。

(やはり彼もか…。)

 情けないベンジャミンの姿を見ながらため息をつく。レボルストの主要人物をバナンスタルに集めたことがそもそも大きなミスだったが後の祭り。にやりと笑ったゲタルトの顔がやけにはっきりと目に焼き付く。

「タイミングが合わなければ危ないところだった、なぁハイネス。まだ他の艦はこっちの以上には気づいていないだろうからな。報告されていれば大きな混乱は起こせまいて。」

「ずっとこれを狙っていたのか、ゲタルト。大した演技力だとほめてやる。」

「ククク…嬉しいがねぇ。ほめてもらわなくて結構さ、元々俺たちフォース・ヘッズはこういった隠密作戦が得意な部隊だ、これぐらい朝飯前ってところよ。」

 後に縛られた手をモゾモゾと動かしてみるが何をしてもどうしようもない。少しでも変な動きを見せれば恐らく歯の一本や二本あげてしまうことになるだろう。とはいえ、この状況ならもう命はないが。

「どういうことだ!ハイネス・ダットソン、あの男が統括軍を裏切って信頼できる男だからというから協力したのだぞ!それがなんだ!クソォ、これを外せ!」

「ごちゃごちゃとうるさいんだよ!」

 ベンジャミンは抵抗むなしく喉元を勢いよく蹴られる。カハッカハッと不安定な呼吸がブリッジ内に響く。

「ゲタルト、この私を殺すのは容易いだろうが、レボルストの艦隊のど真ん中だぞ?指導者が死ねばすぐにでもこの艦は敵とみなされ攻撃される。君は無謀すぎる賭けに出ているのだぞ?」

 ハイネスの言葉をあざ笑いながらゲタルトは言い返す。

「だがここは統括軍の本部のすぐそばでもあるんだ。レボルストの、いや統括軍に敵対するそのトップが死ぬとなれば多少の混乱は起こる。その一瞬の隙をつくなんてワケないことだ。ただ、ここは利用させてもらう、連れてこい。」

 ハイネスらの周りに立つ男たちが彼を立たせる。そのまま通信席の方へと座らせるとゲタルトは操舵者に合図を出す。

 するとバナンスタルはレボルストの艦隊から大きく右方向へとそれはじめ、他の艦は動揺する。

 バナンスタルに緊急の通信が入る。ゲタルトは応答のスイッチを入れ、受話器を取りハイネスにあてがう。

『バナンスタル、どうした!何故急に隊列を乱す!』

 焦りと怒号が混じったその声にハイネスはゆっくり答える。

「…敵の目をわざとこちらに引き付けるためだ、一隻でも急な転進をすることでこちらに何か策があるのではと思わせるものだ。黙っていたのは味方も騙すことによって情報の漏洩を避けたんだ。ほら見てみろ、攻撃のパターンが変わっているだろう?」

『同志ハイネス!?…ですが、そちらに集中砲火が…』

「肉を切らせて骨を断つ。ここまで来たんだ、少しでも有用な手を使うに限る。夕日は沈む、以上、通信終わり。」

『…同志!?』

 ブツッ

 ゲタルトが通信を切断し、受話器の奥からは嫌なノイズ音がハイネスの耳に障る。

「そちらもなかなか良い演技力じゃないか…。」

「お互い様かな…。」

 ゲタルトはハイネスの脳天に銃口を向け、撃鉄を起こして引き金に指をかける力を強くする。

 すると一人の男がゲタルトに詰め寄る。

「ジャイフマン大佐!いまハイネス・ダットソンは暗号を残した!この艦はレボルストからも狙われるぞ!」

 何ッ?と言ったときにはすでに遅く。引き金は引かれた後だった。

「しまった、忘れていた…。バナンスタルが乗っ取られた時の暗号を…。」

「…なんだと…。だが、問題はない。統括軍は我々の援護に回るはずだ。あとの奴らを始末しろ、タルトスに連絡を入れる。チャンネル開け!」

 ハイネスの死体を後ろへと運びベンジャミンが悲鳴のような叫び声をあげる。裏切りにあったベンジャミンを含むバナンスタルのクルーたちは一人ずつ廊下の壁際に立たされ撃ち殺される。

 血に染まる廊下からはもう誰の声もしない。


「なんだ奴ら、仲間割れか?」

「のようですね…俺たちを前にして…。」

 目の前にはハイネスからの最後の暗号がすぐさま広まったために艦砲射撃がバナンスタルを集中的に狙う様子がひろがっていた。一瞬攻撃の手が緩んだようにも見えたレボルストが今度は異常な行動に出た為に統括軍サイドも混乱する。ハイネスが残したメッセージは意外にもレボルストの士気を維持したままであった。バナンスタルでは数機のギルガマシンでこれに応戦するが数がそもそも違う。

「ほぉ、流石これだけの人間を従えるだけの度量はある。自分できちんと始末をつけるとは…。」

 アルバトロスにもそれが伝わり、バーナードはハイネスに感心する。それと同時に時計を確認し、彼らの援軍を待ちながらギルガマシンの出撃準備を急がせる。


「最期の最期にしてやられましたね大佐。チャンネル開きました。」

「奴の最後っ屁さ、だが統括軍の増援が来ればすぐに楽になる。…あーあー、タルトス基地、聞こえるか?こちら統括軍グリーチ・エイベル将軍直属部隊フォース・ヘッズ隊長ゲタルト・ジャイフマン大佐だ。潜入任務にあたり先ほどレボルストの指導者ハイネス・ダットソンを始末し、旗艦バナンスタルを占領した。現在敵艦隊と交戦中だ。今すぐ我々に対するそちらの艦隊の攻撃をやめさせ挟み撃ちによる援護をしていただきたい。」

『な、なんですって!?確認急がせます!』

「頼む。」

 これで彼自身の功績もあり統括軍の勝利をゲタルトは信じてやまなかった。数十秒が経過し通信が送られてくる。

「もしもし、私だ。確認は取れたか?」

『…それが、ゲタルト・ジャイフマン大佐は死亡報告がされているとのことで、そちらにいる人物をジャイフマン大佐と認めるわけにはいかないと…。つまり統括軍はあなた方を敵とみなし攻撃は続行します。』

 耳を疑った。ゲタルトはなんだと!と声を張る。その悲痛な声にその場にいる誰もが顔面を蒼白にして固まる。裏切りの先に裏切られたことをゲタルトの反応で知る。

「誰の命令だ!将軍を、将軍に話を通せ!」

 だが帰ってきた答えは無慈悲にも彼を突き放す。

『グリーチ・エイベル将軍じきじきの命令です。レボルストのバナンスタルは旗艦であり、敵よる手だと伺っております。それではそちらのご無事を。』

 皮肉な、あまりにも皮肉な話だ。ゲタルトは通信席にへたり込むように座ると途端に汗をかく。それもべったりと皮膚に食いつくような脂汗を。

「と…き…」

 蚊の鳴くようなゲタルトの声が爆音に消される。周りの人間は耳を澄ませる。

「タルトスに対してこのまま突撃をかける…。」

「…ッ!?そんな無茶な!」

「無茶は承知に決まっているだろ!でなければなぜ俺たちがこんな作戦に参加させられていたんだ!こんな…甲斐がないじゃないか!」

 ゲタルトは操舵者を突き飛ばしてバナンスタルを彼自身で操る。その狙う先を統括軍とレボルストの入り混じる艦隊ではなくその先のタルトスに向ける。

「降りたい奴は今からでも降りろ、だがなどうせ奴らはこの作戦に参加した俺たちを生かしはしない…。」

 ゲタルトは艦の速度をトップスピードまで上げる。船外のギルガマシンは急な速度の上昇に脚をすくわれ落下する。

 周りの艦隊はバナンスタルのその行動に驚き、さらなる集中砲火を浴びせるが停止する様子を見せない。統括軍のギルガマシン部隊がバナンスタルに取りつきブリッジめがけて攻撃を仕掛けようとするもそれをはじかれる。

「グリーチ・エイベルめ…見てろ、俺は…俺はァーッ!」

 その瞬間地上からの攻撃がパッと見え、ゲタルトの感覚はスローモーションとなる。もうバナンスタルは多方向からの攻撃でボロボロだったはずだが、ブリッジだけは特にこれと言った損害はなかった。だがこの一撃、たったこの一撃だけがあまりにも大きかった。ゲタルトの目に最期に映っていたのはファースト・ヘッズのエンブレムが施されたギルガマシン、キストロールの愛機ドーエンだけ。後ろを振り返るも彼以外の誰もそこにはいない。

 ドフッ

 ドーエンの放ったバズーカ砲の爆風によって飛ばされたゲタルトは壁に強く打ち付けられ即死、その後強大な爆発とともにブリッジは消え去る。

 勢いを殺すことなくバナンスタルはまっすぐ突っ切ろうとするがファースト・ヘッズの部隊は足元を攻撃しそれをすぐさま動きを殺す。

「さて、ゲタルトの始末は終わった…。あとはこいつらだけだな。」

 キストロールはパキパキと指を鳴らしつつキャノピー越しのレボルスト艦隊を眺める。


「まさかとは思ったけれども功労賞モノまで殺すたぁ、趣味の悪い。よし、各機ギルガマシンのパイロットに告ぐ。思う存分暴れまわってこい、敵は強いぞ。」

 バーナードはグリーチの徹底差に引きつつ状況把握を行う。そしてアルバトロスからのギルガマシン発進を急がせる。

『オーケーだ艦長、もともとそのつもりだぜ。』

『任せておけって、今日で統括軍の時代は終わりだ。』

『了解、うまくやって見せますよ。艦長。』

 アルバトロスのハッチが開かれ、火線飛び交う戦場があらわとなる。その先にドーエンが見えファースト・ヘッズとの初対面となる。

 マシンは次々と吐き出され、ザンダガルやMk-Ⅱも思い切り飛び出す。

 エドゥが上空から確認すると、未確認の艦数隻が接近しているのが分かった。

(なるほど、これが援護部隊か…。)

 ふと冷静になってみせると、また反対方向に見慣れた戦艦がいた。

(ディオネーか、厄介相手が厄介なところに。)

 だがその様子はレボルストに攻撃するわけではなくタルトスに単独で向かっているようにも思えた。

「まさか造反か…?今頃になって無茶しやがるぜ、あの中将。…っと、アレがファースト・ヘッズの親玉だな?」

 エドゥは誰に聞かせるでもない独り言を言いながらマシンを変形させる。ドーエンをロックオンしながらミサイルやバルカンポッドを撃ち込んで上空から一気に下降してマウントを取ろうとする。

 だが、キストロールはそれを少ない動きでかわす。

「例のアテンブールか…面白い、相手になってやる。」

 ドーエンも左腕に備えられたバルカンポッドを構え、エドゥのザンダガルと向かい合う。

 統括軍との最後の戦いがハイネス・ダットソンの死とともに始まる。

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