第29話サレンダー
実権を握っている地球統括政府正規軍、その終焉が刻一刻と近づいていることを知るのはもはや神だけなのかもしれない。ただ、その神が気まぐれを起こさないとは限らない。一つだけ確実に言えることがあるとすれば、この戦いに大した意義などない。
ニールスのキスやバーナードが真実を知っていたということがエドゥを驚かせる中、ゲラ基地攻防戦によりついにレボルストと統括軍が全面的にぶつかる戦いが始まる。アルバトロスは序盤バッツェブールの猛攻に悩まされるが、それを跳ね除け内部に突入、フィフス・ヘッズ、サード・ヘッズの二つの部隊と死闘を繰り広げる。そんなさなか、作戦がうまくいかないことに若干のいら立ちを見せているハイネスはゲタルトの妙な雰囲気に疑いをかけることとなる。
シャイダンのランド・バトルシップ「ディオネー」は今、ヘルダスを通過してゲラ基地のすぐ側ににまで来ていた。遠くに見える爆発を確認しつつその戦況を探る。
「現在ゲラから出て来た艦影を確認したところフィフス・ヘッズのものという事が分かりました。サード・ヘッズと入れ替わりで脱出した様です。」
「ミラージの部隊か、ゲラからとなると向かう先はタルトスだろうな…。早々に守りの姿勢に入ったということはあまり戦況は芳しくはないな…。」
シャイダンは手を顎にやり、モニタを見つめる。ミラージの事が気にならないといえば嘘になるが、今はゲラの状況が、特にレボルストとアルバトロスの動きが気になっていた。
「…今入った情報によると基地に突入した陸艇は小型のものを除きアルバトロスだけとのことです。レーダーと守りの薄いところから侵入してサード・ヘッズとやりあっている様ですね。」
「一応アルバトロスには細心の注意を払ってはいたのだろう?…ザンダガル、エドゥか…。」
ヘンリエッタキンダガートンで出会った不遇の青年、エドゥの事、そして彼の乗るザンダガルを思い出す。軍を抜け出すその経緯を聞くに実に不幸な境遇であろうが、シャイダン自身とは違いこの統括軍からいち早く離れ、自由となった彼、いやアルバトロスの彼らというのは本当は幸せなのかもしれないと考えてしまう。それはシャイダンが自身を育て上げてくれた統括軍に軍人としてとして最後まで尽くし、恥じぬ人間であろうとするプライドを持ちながら、その反面グリーチの治めるこの腐敗した統括軍を見限らねばいけないのではという中途半端な立場に置かれてしまったからだろうか。
(つくづく私も…人生の歩み方というものを間違えてしまったのかもしれないな…。バーナード中将、エドゥ…あなたたちが私は羨ましい…。)
「少将、例の小型艦艇から入電です。すぐさまサード・ヘッズに加勢しアルバトロスを叩けとの事だそうです。」
「ミラージ・ミラージュめ、中佐の分際でなめた口を…!こちらをシャイダン・サルバーカインのディオネーだと知っての事か?」
「まぁ落ち着け、そもそもサード・ヘッズに手を貸す義理はない。それよりもあの艦艇を引き上げてタルトスへと向かおう。その間にミラージュ中佐から色々と話を聞きださないとな。」
シャイダンは小型艦艇を遠くに見ながらディオネーをそちらの方へと寄せていく。
サードヘッズの戦艦に取り付いたアルバトロスのマシンはそのまま主砲の砲身をへし折り、砲塔にマシンのコクピットから顔を覗かせながら手榴弾を投げ込むなどして攻撃力を抑えていく。ニールスのMk-Ⅱとレスロッドのゴーヴは対空攻撃が止んだことをチャンスと伺い上空からミサイル攻撃でブリッジを狙う。動きにより攻撃が定まらないが、誰かが艦の後部にあるAGSを破壊し浮いていた船体が動きを止めドシンと地面をゆらしながら着底する。止まった的を狙うはたやすいことと、再び攻撃を繰り返し艦橋の中心に命中し、そのまま折れていく。ついに戦艦は一切の攻撃手段を断たれ、なすすべをなくす。
『隊長!艦が、艦がアルバトロスの奴らに沈められました!』
「なに…俺の艦が?」
チー・ウォンホーが通信に耳を傾けるが、ザンダガルは再び彼を睨みつけるように首を傾ける。だが、先ほど衝撃を与えられたときザンダガルのモニタはブツリと音を立てて消えた。モニタなんて使い物にならないと口の中で愚痴を言いながら頭部センサによるレーダーを使いキャノピー越しにリーザベスを確認する。
「弱点は…足元か!」
エドゥが瞬時に確認したところ、どうも足元に違和感を覚えているように見える。片足の加速装置が壊れている状態のリーザベスはやはりまともにスピードを上げることができないからだろうか最初よりもおぼつかない様子だ。
そんなリーザベスに狙いをつけて肩のキャノンをを撃つが相手も手練れ、機体の損傷度が高くともそれを軽々と避ける。
「しぶとい奴め…。これでもか!」
接近をかけたチー・ウォンホーはザンダガルにしがみつき羽交い絞めにする。払いのけようともギリギリとマニピュレータを食い込ませて来るリーザベスは振り払えない。
「こいつ!」
エドゥはザンダガルを無理やり変形させてそのまま垂直に飛ぶ。急な加速によるGが自分の何倍もの体重となってかかってくるがそれでもグリップを離すことはしない。チー・ウォンホーは慣れない上昇にコクピット内で吐瀉物を出す。それが視界を防ぐことによってザンダガルにしがみつく腕を緩めてしまい自由落下していく。
ザンダガルとは違い空中制御ができぬままに地面へと叩きつけられると、軽く失神する。その瞬間が決着のつけどころであった。ハッと目を覚まし立ち上がろうとするが上空から突き刺すようにザンダガルのミサイルがリーザベスに集中し避ける間もなく命中する。
「手ごたえが…なかった…。この程度でやられるとも思わないが…っ!」
後方から迫る別のリーザベスがザンダガルに向けてマシンガンを撃ってくる。それをエドゥは避け、リーザベスをパンチで爆炎の中に叩きいれる。するとその中からガチャンッという金属が激しくぶつかり合うような音がするとチー・ウォンホーのリーザベスはゆらりと現れてくる。
「やっぱりな…悪魔のようにしぶといな、全く…。」
アクチュエータが焼き切れているのか各関節からバチバチと火花が噴き出すように光っている。おそらくマシン自体が自立することさえ困難な状態なのだろう。オートバランサーではなくマニュアルで立たせていた。
「アテンブールのパイロット…逆賊ではあるがその腕だけは一級品だとほめてやろう…、だがそれではせいぜいこの俺だけを…倒すにすぎん…!」
チー・ウォンホーの叫びとともに数機のリーザベスがザンダガルにとびかかり四方から攻撃を加える。同時攻撃をされてはザンダガルとてダメージは大きい、外部だけでなく内部の装甲まで貫通し、機体は前のめりに転倒し、コクピット内で弾けた破片がエドゥの腕に突き刺さる。
「…っぐぅ…何のこれしき!」
痛みを紛らわせるかのように叫び、思い切りフットペダルを踏み込む。
ドォドォドォ…
息せき切るように排気ダクトから吹き上げるガスが砂を巻き上げながら立ち上がる。ミサイルの残弾を確認し、心許ないと感じながらも先ほど攻撃を仕掛けてきたリーザベスの一機に向かって突っ込んでいく。
「わぁっ!トチ狂ったのかコイツ!?」
リーザベスのパイロットは回避運動をとるが間に言わずにザンダガルに間合いを取られる。
「この距離なら!」
リーザベスのコクピットにバルカンポッドを突き突けて引き金を引く。ゼロ距離からの攻撃によりリーザベスはハチの巣となりザンダガルを掴みにかかろうとしていた腕がダランと下がる。どう仕掛けようかと考えている中、間接視野によりサキガケのアッシェンサースが見えた。エドゥはサキガケにコンタクトを送り、自身はそのままそのリーザベスを盾代わりに使いながら狙いをチー・ウォンホーのマシンだけに絞り勢いよく迫り体当たりをする。
ガァン!
ゾッとするほど甲高い音がキャノピー越しに聞こえ全身に鳥肌が走るが、すでにボロボロになっている二機のリーザベスを力技で地面に押しつぶすとバックステップを踏んで残りのミサイルを上のリーザベスの動力部分に集中させる。
「…俺は…俺はァッ!」
悲痛な最期は誰に届くものでもなかった。動力ごとマシンを吹き飛ばすその威力は先ほどとは比にならないほどの爆発を起こし、辺りを急激に明るくする、それは次第に炎となって青空に上っていく。
サード・ヘッズの部隊はアルバトロスを相手にその隊長と母艦ともどもゲラ基地内にてほぼ壊滅する。バーナードはやれやれと言わんばかりにキャプテンシートに腰かけ、ルトが持ってきた水を一気に飲み干す。
マシンのパイロットらも周囲に残存する敵がいないかを確認するとコクピットから這い出て伸びをするようにガソリンや火薬をたっぷりと含んだ娑婆の空気を吸い込む。
その時初めてエドゥは自分の右腕から発せられる痛みとともに出血をしていることに気が付く。
応急的にスプレーを吹きかけガーゼで押さえつけながら覆うがじんわりと生暖かい感触が左の掌に伝わってくる。
(これが、俺が生きている証拠、なんだよな…。)
黒焦げとなってあちこちに散らばっている無機質な残骸を見て改めてそう実感させられる。
「ファイブ・ヘッズの一部隊が壊滅だと!どういうことだ!」
「わ、わかりません…。アルバトロスとの基地内部での戦闘の末シグナルがロストしまして、そこからは…」
「…そもそもなぜアルバトロスが基地に入ることができたんだ!レーダーでキャッチできなかったはずがないだろう!」
「今確認したところ…第三工区から侵入したそうです。あそこはちょうど工事の関係でレーダーや通信施設のケーブルが遮断されておりまして…。」
「そこに運よく入ってきたというのか?そんな馬鹿な話があるわけはないだろ、どこからか情報漏洩したに違いない!」
慌てる基地中枢に司令官ジャビアが立ち入る。全員が立ち上がって敬礼をしようとするがそれを止めさせる。
「あらかた話は聞いた、が今はそんなことを言っている場合ではないだろう。なにもアルバトロスだけが問題ではない、現に多数のレボルスト艦が我が基地に押し寄せている。対艦防衛システムはもはや意味をなさない、過ぎ去ったことを嘆くより今は少しでもこのゲラを守り抜きグリーチ将軍の手を煩わせなければよい。現場を離れ、あまつさえたかだか寄せ集め戦力のアルバトロスなどにやられるようなファイブ・ヘッズなぞ気にすることはない!」
「りょ、了解しました。残っているギルガマシンもすべて投入し、レボルスト殲滅にもてる戦力を持ってかかれ!」
ジャビアが発破をかけることによって再び指揮を高めるゲラ基地ではあるが、ジャビア自身の内に秘めたる思いは声に出したものとは全く反対の事であった。
(どうあがいても確実にゲラは墜ちる…。応援部隊だとほざいていたファイブ・ヘッズもいよいよ使えないとなるともう降伏以上に我々の生きるすべナシと言ったところか…。グリーチめ、浅ましい男!)
サード・ヘッズとの激戦を終えたアルバトロスは周辺の建物が特に重要なものでないことを知ると、侵入したときと同じルートをたどってゲラから脱出する。バーナードが長居は無用と判断し後退させるようククールスに指示をだす。
「まだ完全制圧を仕切ったわけではないからな、警戒を怠るなよ。レボルストの方はどうだ?」
「確実に囲まれているけれども、とはいえ善戦はしているみたいよ。基地中央の制圧は時間の問題ってところね。あ、エドゥお疲れ。」
サミエルはモニタから目を離して艦に戻ってきたエドゥらをねぎらう。
「手厚く歓迎されちまったよ、ただロナウドJr.の資料は本物だったな。ほとんどの配置が完璧だった。」
「確かに、サード・ヘッズが現れたのは急な変更なんでしょうけれども、これで厄介な相手は減らすことは出来たし、結果オーライってところかしら。ね、キャップ。」
「ん?ああ、ただ手ひどくはやられているからな。エドゥ、お前の腕だってそうだろ?」
バーナードはエドゥの右腕に目をやる。だがエドゥは痛みを感じないとでも言わんばかりにその腕を振って見せる。
「へーきへーき、ちょっと切っただけだって。それよりもザンダガルの損傷がひどくておやっさんに怒鳴り散らされた方が堪えたよ。」
「よい言うわい、生きとるだけでも儲けもんじゃとちゃんと言うとろう!」
「げえっ!ってててて!」
後から急に現れたビンセントに驚いてうっかり腕を壁にぶつけてしまう。
バーナードはそれを全く無視してビンセントに修理の様子を聞く。
「それでおやっさん、どうなんです?ザンダガルは。」
「ああ、外装がはがれているだけで見た目ほど深刻な損害ではないの。それにコクピット内も少し荒れてはおるがスペアがまだあるからそっちも大丈夫じゃろて。頭部のカメラもコンピュータ配線が切れておるが、そこはジュネスに任せた。ただ少しデリケートなところじゃからのクリスタリアカンパニーの人間に見てほしいところではあるが…。」
「その辺に転がっているバッツェブールを使えばそれなりに修理ははかどるんじゃ?」
「もうすでに回収はしておる、がお前さんたちの暴れすぎじゃ。ほとんどが使い門にならん。コンピュータユニットで危うく火傷するかと思うたわい。」
「どちらにせよタルトスでの戦闘には間に合うと考えていいかもしれないな。」
その話を区切るようにゴーヴとニールスが戻ってくる。今回は戦艦を沈めるのに一役買った英雄なのでブリッジにいるみんなが彼らを称賛する。
ニールスとエドゥがそのとき瞬間的に目があったが、先ほどの事を思い出して顔を赤くして目をそらす。
「お、俺ケーラの様子を見てこなきゃな、それじゃあ!」
エドゥは適当な理由をつけてその場から立ち去るが、一連をルトは怪しんで見つめていた。
「同志ハイネス、先ほどより攻撃が弱まっているようには感じませんか?」
「そうだな、このまま突っ切る。相手に白旗を上げさせる余裕すら与えるんじゃない。」
ハイネスは駆逐艦を先頭に据えてゲラ内部に突入をかけた後、滑走路および格納庫等を破壊し制圧。徐々にゲラを追い詰めていた。
出てくるマシンは先ほどのバッツェブールとは打って変わりビルガータイプの敵ではなかった。そんな優勢な立場にいる中、先ほどから脳裏をかすめるゲタルト・ジャイフマンの不敵な笑み、これがハイネスを不振の底に追いやっていた。
(たとえこのゲラを制圧したとして、次に待つはグリーチのいるタルトス基地…この間にゲタルトが何か動きを見せるかもしれない…。ただもし先ほどの事が私の勘違いで、急いてしまい無実のゲタルトを疑うようなマネをしてしまえば士気に関わる、勘違いでないにしても選択を誤れば奴につけ入る隙を与えかねん…。)
ギルガマシン隊に指示を出すゲタルトの姿をじっと見つめるハイネス、その視線に気が付きゲタルトが後ろを振り返るとハイネスは視線を外す。
「同志ハイネス、いかがなされましたか?」
「いや、我がギルガマシン隊、君でなければこうも早くまとめ上げることは出来なかったなと。感謝している。」
「いえ、そんな…。ひとえに同志ハイネスのその人を引き込む力があってのこと、自分はそれを手助けしているにすぎません。」
「ふっ、謙遜を…。」
この短いやり取りの中でゲタルトはハイネスの少し上ずった口調や、必死に目を泳がせまいとしていることが分かった。確実にゲタルトを怪しんでいると。
(今更気づいたかハイネス・ダットソン。だがもう遅い、たとえこのゲラ基地がどうなろうともお前とベンジャミンは死ぬ。そうなるとレボルスト全体に混乱が生じ、ナーハ商会との関係も脆く崩れていくさ。俺にとって厄介なのはアルバトロスとそのギルガマシン隊だ。)
互いが互いを探り合うような状態が続く中、レボルスト旗艦バナンスタルは艦体を率いて前進を続ける。ふとゲタルトが外に目をやるとビルガー部隊が統括軍を奥へと追いやる姿が見えた。確かに彼自身、潜入とはいえ同時に統括軍軍人でもあるためにその光景がどこか恐ろしくもさえ感じられた。
現在のレボルストが持っているこの流れ、それはタルトスへ向けられたときにさらなる加速を見せるのではないか。もしハイネス暗殺が成功し、レボルスト内に混乱を招くことに成功したとしてもこの勢いを止められるだけの影響はあるのか、そしてなによりグリーチ・エイベルはこの作戦に見合う対価を自分に与えるのだろうか…と。
その未来がこの目の前の激戦によって描かれているようであまりにも恐ろしかった。だからこそそのことが彼を先走らせてしまうのかもしれない。
「ん、そろそろか。アルバトロスはそのままゲラ基地に正面から入るぞ。レボルストが完全制圧するのを後方から援護する。どこから敵が出てくるかもわからないしな…。」
バーナードはキャプテンシートからその腰をあげると再びアルバトロスのクルーをスタンバイさせる。しかしながらもう敵がこれ以上攻めてくるとも思っていなければ、先ほどの戦闘でほとんどのギルガマシンが使い物にならないので大した戦力にはならないと自覚している。
「どうだ、マクギャバー。このあたりの様子は?」
「気になる艦影はありますがね、少し因縁深い相手が。」
マクギャバーの横から顔を出してバーナードもモニタを眺める。その反応の大きさを見て察する。
「なぁるほどディオネーか。あいつゲラの結末を伺っているんだな。ということはこちらも奴らに知れているということだな」
「何を悠長なことを!それだったらさっきのファイブ・ヘッズの片割れも近くに隠れているんじゃないか?」
サキガケがオーバーにリアクションをとって見せるが誰一人と気にはしない。ディオネーの動向が気になって仕方がなかったからだ。ことエドゥはシャイダン・サルバーカインという男と直接会い、彼を知った。固そうな武人として無粋なことをするようにも見えなかったがそれでも今アルバトロスがこのような状態に置かれている中で仕掛けてくるのでは?という不安がよぎる。
「ディオネーならば問題はないだろう。おおよそさっきのファイブ・ヘッズの片割れを回収にでも来たんだろ。」
ならばなおさら!とサキガケは続けたかったが、あまりにもバーナードが落ち着いて見せるのでがなり立てるほうがバカバカしく思えてしまった。
そんなさなか、ゲラでの爆発音や銃声が止み、あたりは急にシンと沈みかえる。そこで誰もが理解した。レボルストの手によってこの統括軍の最終防衛ラインとまで呼ばれたゲラ基地は陥落したのだと。そしてその間に何の増援もないことからグリーチは既にこのゲラを見放しのだと。
「意外とあっけない最後だったのね、得てしてこういうものなのかもしれないけれど。」
「見ろよ、あの白旗。日の光を通すほど数か所穴が開いてら。レボルストの奴ら相当容赦なかったようだぜ。」
「でもこれはまだ通過点に過ぎないんだろ?」
「そうだな、ここからが本番といったところか…。やれやれ思いやられるなぁ…。」
ゲラ陥落という一つのピリオドが彼らの無意識の緊張から解放する。操り人形の糸がプツリと切れたかのようにその場へ座り込む者もいた。
「みんなお疲れさん、このゲラを最終的に制したのはハイネス率いるレボルストなわけだが、私たちは影の功労賞という結果に甘んじることにしよう。マクギャバー、連続で悪いが戦闘配備を解くように指示を出しておいてくれ。」
「了解です、艦長。っと、あちらさんも引き上げていきますね。」
レーダー上に映されているディオネーと思しき反応もゲラの最後を見届けその場から去っていく。アルバトロスはディオネーを見送ることもせず、ゆっくりとレボルストのものとなったその基地へと入港して行く。
「ゲラが陥落したわけだが、いったい君たちは何をするつもりなんだ?」
シャイダンが自室で机越しにミラージに問い詰める。この作戦の前、彼女はシャイダンに確かにゲラ基地を防衛すると言い切った。しかしその実彼女の部隊はさらに数名のファースト・ヘッズまで連れだって戦線を離脱、はたから見れば敵前逃亡を行ったように思える。
「とはいえ理由があるのならば弁明の余地を与えよう、私だって君を営倉入りに…それどころか銃殺刑に処するのは心苦しい。」
やっとこれまでずっとだんまりを決めていたミラージが言葉を発する。
「ゲラを…グリーチ将軍はゲラを捨てるように言ったのです。レボルストが攻め入った時サード・ヘッズと交代し、奴らの戦力を十分に削ってから全部隊タルトスに撤退するという作戦だったのです。ですが、敵の侵攻は予定よりも早いどころか、アルバトロスがレーダーの網をかいくぐって急に現れたのです。ですからこの作戦上でサード・ヘッズをロストするなどというシナリオは存在しなかったのです。」
「元からゲラは放棄する予定だったのか…。だがそれではレボルストの戦力を多少削ったところで奴らの士気は上がるんじゃないのか?」
シャイダンは先が読めなくなる、だがふとある男の存在が頭の中をよぎる。
「そうか…ゲタルト・ジャイフマン…。奴がハイネスを暗殺するのか。」
シャイダンの的確な読みにミラージは驚きを見せる。そのためこれ以上隠し通そうとしたところで無駄になるだろうとすべてを話す覚悟を持つ。
「…その通りです。同じようにバナンスタルに同乗しているナーハ商会のベンジャミンもまた。そうすることによってレボルストは指導者を失いその戦力も半減以下に、そこに残るファイブ・ヘッズが包囲網を築き上げて一気に叩く、と。それとおそらくゲタルト・ジャイフマンには死にます。」
「なにっ!?」
さすがにそこまでは考えてはいなかったシャイダンが今度は驚きを見せる。バナンスタルをゲタルトが占領し、そのまま残るレボルストの掃討に当たると思い込んでいた彼は唖然としたままミラージの言葉に耳を傾け続ける。
「いえ、私もそこまであまり詳しい話は分からないのですが…そもそもその話が事実なのかも定かではありませんので。ただ早い段階でその話は出ていました。」
曖昧な情報が余計に真実味を出してくるようにも思える。だがそこまで自身の直轄の部下をまるで戦争の道具としか扱っていないグリーチに尽くそうとするミラージの神経をもシャイダンは疑う。
「…どちらにせよミラージ、君はグリーチ・エイベルにこのまま従い続けるのか?もしかすると次は君がゲタルトと同じような目に合うかもしれないんだぞ?」
少しの間沈黙が挟まる。ミラージは顔を伏しそれをシャイダンはじっと見つめるが、その小さな体がだんだんと震えていくようだった。
「…正直今の私には分からないんです。何が一体正しいのか、どうすればよいのかが。」
ついにミラージは他人行儀な話し方をやめ、シャイダンに生身の人間としての本音をぶつける。それについてシャイダンも特に何も言わない、普段無表情なミラージからは到底考えることもできないその悔しそうな表情はどこか彼にも突き刺さるところがあった。久々に彼女の人間的なところを見た気がすると、そう思った。
グリーチの下で戦う彼女はどこか機械的で冷たさがあった。だが今はこの距離でも体温を感じられる。それほどまでに人間らしさを彼女に見た。
シャイダンはスッと立ち上がりミラージのもとに近づく。彼女の目線に合わせてしゃがみ、膝の上に作られた握り拳に優しく手を添える。ミラージは手元を眺める。少し頬を赤らめたのだがそれはシャイダンから見ることは出来なかった。
「ミラージ、もう一度私について来てくれ。統括軍もレボルストもアルバトロスも関係ない。私は自分の意思でこれからグリーチを倒す。そして君を奴の下から開放してみせる。ここからは私自身の戦いだ、それに力を貸してくれ。」
特に断る理由などは見つからなかった。フィフス・ヘッズに任命され、グリーチ・エイベルにその忠義を誓ったときからシャイダンは自分のもとから遠く離れ、そのことから過去を清算するかのように女を捨て、これまで一人の統括軍として戦ってきたつもりだったが、その原因を生んだ彼が今自分から歩み寄ってきたことがミラージにとってすべてを無に帰した。
最初からシャイダンに自分を見ていてほしかっただけだったのだ。それが今理解できた。
「でも、いいのですか?」
「いいも悪いもこれは私の艦だ、いやでも従ってもらう。」
「クス…それじゃあグリーチ将軍と同じではないんですか?」
「奴を倒すまでなら悪魔にでもこの身を売るさ。」
「それならば私だってそうさせていただきます。」
シャイダンは早速艦内放送を行う。誰もが耳を疑うような内容をただつらつらと。
「話がディオネーはこれからタルトスへ向かう。しかし基地防衛のためではない、目標はグリーチ・エイベルを討つことだ。もう一度言う、目標はグリーチ・エイベルを討つことにある。」
これで満足だとでも言いたげにシャイダンはミラージに向けてウィンクをする。
作戦が成功を収めたというのに心中穏やかではなかったのはハイネスだ。レボルストとしての活動としては上々と言えるであろうが問題はその先にある。
一つは言わずもがなゲタルトという不安分子について、そしてもう一つは想像よりもゲラでの抵抗力がなかったことだ。ゲラ基地の内部に攻め込んでから相手が白旗をあげるまでにさほどの時間を弄することはなく、ただ味方の戦力がじわじわと削られていることだけが実感できるようであった。
だが、歓喜に湧くこの中でハイネスは苦しくもそれを口に出すことは出来ずにいたる彼は徐々に自身が起こしたこれまでの一連すべてに疑いを向けてしまう。期待のアルバトロスもさほど戦果を得られたようにも思えず、何から何までハイネスを邪魔しているのではないか、考えすぎだとは思うが精神が蝕まれて行く思いでいっぱいだった。この先にあるタルトス攻略からの統括軍征伐、そのビジョンが今のハイネスにはかすむどころか見ることさえもできなくなっている。
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